第26話 鬼

「ぬぐぅ……!?」

「っ!!」


 エンフィレオの剣が輝き、衝撃波のような圧を放つ。

 破壊力は無い——けれど、周囲を拒絶するようなそれに押し出され、強制的に距離を空けさせられる。


(手数で攻めるのは難しそうか……だとすると、やっぱりこんな小ぶりなナイフじゃ心元無いな)


 このナイフは、今の俺の体格、筋肉量からベストなバランスのものを選び抜いた一振りだ。

 武器の合う合わないは体質の問題だ。剣に限らずどんな武器でもある程度は扱えた前世と違って、俺に与えられた選択肢はずっと少ないが――今更嘆いても仕方ない。


 それに今は、それさえ些細に思えるほどの高揚感に満たされていた。


 体が軽い。

 けれど同時に、熱に浮かされてたみたいなぼうっとした感じもする。


 イスカに見せつけるために訓練を始めた呼吸法、ゼタストラ。

 あれからも訓練を続け、何度もぶっ倒れ、何度もアズリアに叱られ……改良を重ねてきた。


 病魔に冒されたこの体でも、いや、この体だからこそ発揮できる、最高の形に。


「ふぅ……」


 深く、強く息を吐く。

 焼け付くような熱が全身を襲い、蝕む。


 そしてその熱は血を溶かし、吐き出す息さえ赤く染める。

 この赤い吐息こそ、俺の体が最高潮にノッてきた証拠。


 痛みで全身の毛は逆立ち、肌はうっ血して赤黒く、赤い吐息をオーラの如く全身に纏い――さぞ、今の俺は鬼のような姿をしているのだろう。

 アルマ・クレセンドは中性的な、弱々しい容姿をしているし、こんな風にでも雰囲気が出るのはあまり嫌いじゃない。

 ……命をすこぶる削るという対価を払う必要があるけれど。

 

「何なんだ、貴様は……! なぜ、我が輩が傷を負う……!?」

「この場の誰より、お前が弱かった。それだけだろ」


 この状況になっても、選定とやらはエミィを最弱に選び直さない。

 依然として俺は死に最も近いということか。その点はあの神剣とやらが公平で良かった。


(この状態は諸刃の剣だ。戦いを長く、心ゆくまま楽しめないってのは惜しいが……)


 それでも、興奮は高まる一方だ!


「はああっ!!」

「ぐ、ぬぅう!?」


 キン、ギィン、と刃を打ち合う心地よい音が響く。

 イスカや、アズリアとの時とは違う。


 こいつは俺を殺す気だし、俺もこいつを殺したっていいんだ。

 

「この……! 我が輩に刃を向けるなど、なんと不遜な!」

「おいおい、つれないこと言うなよ。そもそもアンタが整えた一騎打ちの場だろ?」


 エンフィレオというこの男自体は、さほど技量が高いわけじゃない。

 よほど敵に恵まれたか、弱者から屠っていくこのシステムに何かカラクリがあるか、はたまたまだ何か種を隠しているか。


 なんにせよ、厄介なのはこの神剣とやらだ。

 防御をくぐり、肌を斬り付けたとて、すぐさま先ほどのように弾き飛ばされてしまう。

 最初からやらない時点で意図的では無く、所有者が不利な状況に陥った際に反射的に発動するものだと推測できるが。


(時間を掛ければ不利になるのは俺だ。さっさと終わらすには惜しいが、停滞させる趣味も無いし……)


 今の俺は、なけなしの生命力を犠牲に、莫大な力を得ているようなもの。

 いつ力尽きるかも分からないし、客観的に見れば年下の女の子より弱っているってこと。


 遊んでいる時間は全く無い。


「と、なると……」


 何度目か吹っ飛ばされを経て――俺は着地と同時に再び突っ込む。


「この、小僧が……!」


 神剣のおかげで追撃を避けれているとはいえ、防御が通じず一方的に斬り付けられるだけのエンフィレオにはそれなりのストレスが溜まっているのだろう。

 エンフィレオは憎々しげに俺を睨みつつ、剣を下段に構えた。


(思ったより間抜けじゃないみたいだな)


 ヤツの狙いは当然、カウンターだ。

 俺に時間制限があることをヤツは知らない。さぞ今の俺は一方的に攻撃が成功していて、得意げになっているように見えるだろう。


 自分の攻撃の癖さえ、気が付かずに。


「間抜けめ! 貴様の攻撃は既に見切っている!!」


 走りながら俺が深く踏み込んだのと同時に、エンフィレオが勝ち誇ったように叫んだ。


 もう何度目か――俺が毎回繰り返してきたように、今回も飛び込むようにして一気に距離を詰めてくると読んだんだろう。

 この突発的な加速は、虚を突くには便利だが、読まれてしまえば直線的で無防備だ。

 タイミングさえ合わせれば、手痛いカウンターを打ち込むのは容易い。


 当然、相手が本当にそう動いてくれるのなら、だけど。


「ぬ……っ!?」


 俺は今までの動きとは真逆に、低く、沈み込むように跳んだ。

 上から来ると踏んでいたエンフィレオからすればまるで消えたように見えただろう。体格差だってある。


(おかげでがら空きだ……!)


 ヤツが気付くより先に、俺は大股の間をスライディングで滑り抜け、背後を取る。

 そして容赦なく、がら空きの背中へとナイフを突き立てた。

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