第25話 選定

「まさか貴様のような小娘に父親呼ばわりされるとはな……なんとも反吐の出る話だ」

「え……?」

「ああ、そうか。貴様はあの、我が輩のことを『貴方』なぞと呼んできた卑しき女の娘か。なるほど、面影がある」


 ドンヴァンはニヤリと口角を上げ、エミィの髪を掴み上げた。


「痛いっ!?」

「ククク……! 今思えば、あの女は良かった。困惑が絶望に変わり、何が起きたかも分からないまま死んでいった。無知で、哀れで……まさに生きる価値の無いゴミそのものだ。ああいうゴミを殺してこそ、世界がより清浄に近づいたと実感できるというものだ」


 ラウダも、アズリアも、彼の言葉にただただ絶句するしかなかった。

 その姿を目撃せずとも、彼の言う女というのが誰か、どのような関係の相手なのか、当然理解できた。


 そして、理解したくなくとも伝わってしまう。

 目の前で悪意をぶつけられた、実の娘には。


「お母、さん……?」

「そう、貴様の母親だろう。我が輩が真っ二つにしてやったが」

「え……?」


 男は、顔だけは父親の物で、嬉しそうに語った。


「お父さんが、お母さんを……? な、なんで。どうして!?」

「喚くな」

「あうッ!?」


 ドンヴァンは縋り付いてきたエミィを容赦なく蹴りつける。

 決して軽くない悲鳴が漏れる……それは蹴られた痛みによるものだけでないのは明らかだ。


「なに、焦らずとも、貴様もすぐにあの卑しき女の元へと送ってやろう。さぞ感動的な再会となるだろうなぁ。それが見られないのは、いささか残念……でもないか。フハハハハッ!」

「お父さん……やだよぉ……いつものお父さんに戻ってよぉ……」

「ふんっ、キャンキャンとやかましい。最後までやかましいガキだったな」


 ドンヴァンは興ざめしたように、剣を構えてエミィへと歩み寄る。

 そして、流れるようなモーションで、剣を高く振り上げた。


「う、あ……」


 彼女はただ怯え、絶望し、自分を見下し、一切の躊躇無く殺そうとする最愛の父の姿を見上げているしかなく――


 すぐに、刃は振り下ろされた。




――グオォン……!


「む?」


 肉が裂ける、ではなくどこか鈍いくぐもった音。

 ドンヴァンは真っ先に、手に伝わってきた感触で、その理由を理解した。


「『神樹の実』……我が選定による序列が更新された、だと?」


 エミィの体は、ラウダやアズリア同様、金色の膜に覆われ守られていた。


 そして――


「ククク……ハハハハハハハッ!!」


 獣のように荒々しく、喜びに満ちた笑い声が響いた。


 ああ、無理だ。もう抑えきれない、

 冷静さで蓋をしようとしても、どうしたって不謹慎な喜びが溢れ出てしまう。


「いる……いるじゃないか! この世界にも、同情の余地無く、問答無用で斬り殺していい相手ってのがッ!!」


 偶然目の前に零れ落ちてきたチャンス。

 たとえ死んだって、逃すわけにはいかない。


 俺はもう何度目か、喉の中に溜まった血の塊を吐き捨て、腰に差していたナイフを抜いた。


「何だ……貴様は。なぜ神樹の実の外にいる」

「変わったんだろ、序列が。先ほど自分で答え合わせをしていたじゃないか」


 この場における最弱がエミィから俺に変わったのだ。


 この絶対悪を前に、俺は場違いにも興奮してしまった。

 血は沸騰し、タガの外れた心臓は喀血も厭わず血を回し続ける。


 俺を蝕む病が、俺を死に近づけ……結果的に、神剣とやらに俺がエミィより弱くなったと判断させたのだろう。


(もちろん、狙ってやったわけじゃないが)


 エミィには悪いが、彼女を助けようと思った敢えての行動じゃない。

 あまりにも狙い澄ましたようなタイミングだったし、選定による序列が途中で入れ替わるなんて保証も無かったからな。


 結果的に、一人分早く順番が回ってきた。ただそれだけのこと。


「アルマ!?」

「アルマ様!!」


 弟の豹変っぷりに驚かずにいられないラウダ。

 その本質を察しつつも心配せずにはいられないアズリア。


 二人の声を聞きつつも、俺は男へと飛びかかった。


「ぬうっ! なんと無作法な!」

「死に損ないに作法もクソもあるかよっ!」


 初手は剣で防がれた。

 しかし余裕の無い所作……達人のそれではない。


「死に損ないだと? この我が輩がか!」

「首筋の痣……聖痕とやらだろ。お前はドンヴァンじゃない」


 シャツで隠れていたが、彼の首の側面から背中の方へ、妙な光を放つ痣が走っていた。

 イスカから聞いた聖痕――たちの悪い転生者が、彼の体を奪ったのは、容易に想像できた。


 この男は、ドンヴァンの体を奪い、その魂を殺した。

 そして、その妻も、おそらく村人達さえ……自分勝手に。


「ふん……如何にも。獣の如く知性の無い生き物かと思ったが、意外と頭が回るらしい」


 そう、鼻につく笑みを浮かべる転生者。


「我が名はエンフィレオ。偉大なる母に選ばれ、人の枠を越えた、誇り高きファミリアの一人よ」

「御託はどうでもいい」

「む?」

「エンフィレオ、だな。名前だけで十分。残りは――」

 

 先ほど以上のスピード――一瞬で距離を詰め、刃を振るう。


「一人、地獄に戻ってやってろ!」

「ぐうううっ!?」


 今度は追いつけない。

 咄嗟に体を晒されはしたが、ナイフの切っ先はエンフィレオの胸をしっかりと切り裂いた。

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