第24話 変わり果てた村

 生まれ変わっても変わらないものが幾つかある。

 その一つは、気配察知能力。

 こいつがガンガン警鐘を鳴らしてくれたおかげで、俺はイスカとの戦いで首の皮一枚繋げられたのだけど……今のこいつは驚くほどに静かだった。


(静かすぎる……)


 領主様御一行は現在、篝火の灯っていない村の入口を過ぎたところ。

 建物はいくつも並んでいるが……どこまかしこも真っ暗だ。


「…………」


 これにはさすがに、ラウダもアズリアも警戒を深める。

 日が沈んだとはいえ、まだ寝静まるような深夜ではない。

 それなのに、村の中から一切、人の気配を感じない。


(廃村って言われても信じられそうだな。エミィには悪いけど)


 そんな彼女も、今では俺の腕にがっつりしがみついて、不安げに月明かりだけが照らす村を見渡している。

 こんな状況、作ろうとしたって中々難しい。きっと慣れ親しんだ彼女にとっても初めて見る光景だろう。


 ……あれ? なんだ、この臭い。


「ど、どうしたの、アルマくん。急に立ち止まって……」


 突然足を止めた俺に、エミィがおずおずと聞いてくる。

 次いで、それに気が付いたアズリアがハッとして庇うように前に出た。


「ラウダ様、すぐにここを離れるべきです」

「え?」

「ここの空気、既に普通ではありません。村からも生気を一切感じない……おそらくは、もう」

「な、何を言ってるのアズリアさん! さ、さてはアルマくんと一緒になってあたしをビックリさせようとしてるんでしょ!」

「エミィさん、違います。既にこの場は――」


「そうだ。我が領域へと無断で立ち入っておいて、何事も無かったように去ろうなど、許されるはずもない」


「っ!!」

「この声は……!」


 村の奥、暗闇の中から、一人の男が歩いてきた。

 常人とはまるで違う異様な空気を放ちながら。


 おそらく30代手前。身長は190センチはあるだろうか。

 筋骨隆々とした体つきだが、戦いの為に鍛えている感じではない。

 おそらく農業従事者――仕事の中で自然に筋肉がついたような、そんな感じがする。


 戦士ではない。それは明らかだ。

 それなのに……気持ち悪いくらいに死の臭いがこびりついている。


「お父さんっ!」

「ドンヴァン! 貴方は無事だったのね……」


 エミィが喜びの声を上げ、ラウダが胸を撫で下ろす。

 彼女がエミィの父親? ……本当に?


「待て、エミィ」

「どうしたの、アルマくん。そんな怖い顔して……エミィのお父さんだよ?」

「……お父さん?」


 馬鹿にしたように、彼女の言葉を復唱するのは……父と言われた張本人、ドンヴァンだった。


「我が輩が、貴様のような娘を拵えるものか」

「こさ……?」


 冷たく、容赦の無いドンヴァンの言葉だが、8歳のエミィには少々難しく伝わらなかったようだ。

 しかし、もしも本当に父親だというのなら……とても看過できない発言だ。


「ドンヴァン! 貴方、なんてことを……!」

「貴様も随分と上から見下してくれる。小娘風情が。分をわきまえろ」

「な……!」


 冷たく、重苦しい喋り方をする。

 ああ、なんだ。この感じは。


「まぁいい。もう少々、栄養補給をしたかったのだ」

「っ! アルマ様、下がって!」


 いつの間にかドンヴァンの右手に黄金に光る剣が握られていた。

 その剣が放つ光は、あまりに濃い死の臭いを放っている――持ち主であるドンヴァン以上に。


「至高の神剣よ。『選定』せよ!」


 瞬間、風が、地鳴りが、俺達の体を突き抜けていった。


「う……!」

「何が……!?」

「これは……エミィ!!」


 俺、アズリア、そしてラウダの体を、金色に輝く球状の膜が、まるでタマゴの殻のように包み込む。

 ただ一人、エミィだけを残し。


(なんだ、これは……!?)


 金色の膜はブヨブヨとして、柔らかく、固い。


「くっ、この……!」

「なによ、これ!?」


 アズリアはナイフで、ラウダは魔法で膜を破ろうと足掻いているけれど、膜はただ揺れるだけで破れる気配がない。


「これこそが『選定』だ。我が領域にいる我以外の存在を格付けし、弱者一人を除いて無力化する」


 弱者一人を除いて……だから、エミィだけがこれに囚われていないのか。


「なぁに、安心したまえ。これはあくまで決闘の場を整える舞台装置にすぎない。その中にいる間は安全は保証されるし、自分の番が来れば解放もされる」

「自分の番……っ!? ドンヴァン、何をする気!?」


 ドンヴァンはラウダの問いかけを無視し、俺達――無防備なエミィに向かって歩いてくる。

 その目には、娘に対する慈愛は一切無い。


 それどころか、虫けらを見るような残忍ささえ滲んでいる。


――あたしのお父さんはね、そりゃあもう、この世界で一番優しくて、強いんだから!


 馬車の中で目を輝かせながら、うんざりするほど聞かせてきた父親の話。

 それがまったく、この男には当てはまらない。


「お、お父さん……」


 今、彼女の目には彼はどう映っているのだろう。

 頼りになる父親か、それとも……

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