第23話 小さな同行者

 少し状況を整理しよう。

 ラウダの視察は元々大々的なものではなく、少数で、気持ちお忍び的に行われる。


 稼働する馬車は一台。荷物は最低限。

 御者台にはラウダの執事兼秘書のライゼンが座り、荷車にはラウダ、俺、そしてアズリアが乗っている。

 そこに今回、エミィという少女が加わり、満席になった。


「あたし、エミィ。よろしくね、アルマくん!」

「…………」


 そんなエミィは俺の正面に座るなり、どこで名前を聞いたのか、さっそくそんなフランクな挨拶を飛ばしてきた。

 一応俺、領主の家の息子なんだけどな。親の権力なんてひけらかすつもりはないけど。


 こういう場面、最も注意を促しそうなアズリアは、エミィの隣に座りつつ、なぜか生暖かい視線を向けてくる。

 ラウダも俺の隣で沈黙を保つつもりらしい。


 そんな、任されてもなぁ……俺は子どもの扱いなんて全然、経験も興味も無いってのに。


「アルマくん、なんか弱っちい感じだね。本当に12歳? あたし8歳だけど、あたしの方が喧嘩強そう!」

「ははは……」

「あたし、男の子にも負けないもん。勉強も、喧嘩も、魔法も!」


 どうやら相当お転婆な子らしい。

 そして、一体何を気に入ったのか、馬車の揺れでグロッキーな俺に積極的に話しかけてくる。

 まぁ単純に唯一年が近い相手だからだと思うけれど。


「ていうかアルマくん、女の子みたいな顔してるよねー。領主様にそっくり」

「そりゃあ血が繋がってるからな」


 そっくりとは思わないけれど、やはりラウダとも外見的には似通った部分は多い。

 女みたいな顔というのは……まぁ、鏡を見るたびに思うことだ。


 ……と、一応、領主様の弟ですよ~とそれとなくアピールしてみたが、エミィに畏まる気配は無かった。


「あたしもね、お母さん似って言われるよ。すっごい可愛いってみんな言ってくれるの」

「良かったな」

「でもね、お父さん似でも良かったな。あたし、お父さんもすごく優しくて、強いの!」


 声のトーンが一段上がる。

 これは……話を変えるチャンスだ。


「エミィは家族のことが好きなんだな」

「当たり前だよっ」


 当たり前……かぁ。

 横目でラウダを伺ってみると、彼女も納得するように頷いていた。


「お母さんはお料理が上手で、お裁縫も上手で……お父さんは力持ちだし、優しいし、壊れた棚とかもすぐに直しちゃうんだから!」

「へえ」

「むー、なんか返事適当じゃない!?」

「ごめんなさい、エミィさん。アルマ様は少々体調が優れないようで」


 うん、見事に酔いが回ってきた。

 会話をしていると酔わないという人間もいるらしいが、俺は全く逆。

 頭を余計に回す分、体への負担も大きくなる感じがする。


「えー……」


 エミィの、情けない、と言いたげな視線を浴びつつ、俺はぐっと吐き気と溜息を飲み込んだ。


「時間的にはもうすぐ着くはずよ。しばらく窓から外の空気吸ってたら?」

「そうします。アズリア、お嬢さんの相手を頼んだ」

「あ、逃げるなー!」


 窓から身を乗り出し、今度こそ溜息を吐く俺のズボンをぐいぐい引っ張ってくるエミィ。

 まったく、子どもの相手は子どもになってもやっぱり苦手だ。


「はぁ~、やっと解放された……」


 エミィはともかく、馬車の中の湿気を吸ったようなこもった空気はやっぱり駄目だ。

 都会には『動力車』という、馬に引かせる必要がなく、しかも速くて安定した乗り物もあるという。

 べらぼうに値段が高く、車道を整備しないといけないため、一貴族の領内で走らせるのは実質不可能だが、もしも馬車よりも酔いが浅く済むなら……一刻も早く、クレセンド領でも導入できるようブレイクスルーが起きることを祈るばかりである。


 そんなことを考えつつ、そして相変わらずズボンを引っ張られつつ、すっかり日が暮れ、月明かりが照らす暗い景色を眺める俺だったが――


「……ん?」


 不意に、何か、妙なものを感じた。

 悪寒に近い……肌がピリつく感覚。当然良いものじゃない。


 何だ……? この感じ、昔どこかで……


「……妙ですな」

「え?」


 俺の気持ちを代弁するように、そう呟いたのは御者台に座るライゼンだった。

 彼は呟くと同時に、馬を叩いて馬車を止めた。


 その異変は当然、すぐに荷車の中にも伝わる。


「どうしたの、ライゼン?」

「お嬢様、間もなくセーレルなのですが……一向に見えないのです」

「……どういうこと?」

「おそらく、篝火が炊かれていないのかと」


 どうやら、彼が妙と感じたのは俺とは別の理由だったらしい。

 しかし、ライゼンの言っていることも当然変だ。


 闇は悪しきものを引きつけ、光はそんな闇から人を守ってくれる。

 魔物の脅威が殆ど無くなっても、人の営みは大きく変わらない。

 寝室は真っ暗にできても、町や村には夜中も常に街灯や篝火を炊き、悪しきものが近寄らないように対策しているのだ。


 もちろん、習慣というだけでなく、実用的な面も存在する。

 村の入口に掲げられる灯りはその村が生きていることの証明となる。

 当てもなく彷徨い続けた迷い人にとっては希望となり、脛に傷を持つものは避けていく。


 篝火は、その村が生きているという証明。

 それが絶えている……ということは。


「……嵐の影響かもしれないわね」


 ラウダは言葉を選ぶようにそう口にした。

 しかし、彼女自身それが必ず正しいとは思っていないだろう。


 嵐は既に過ぎ、雨も止んでいる。

 それに、馬車の定期便も消息を絶っているんだ。


 良い偶然が重なれば、奇跡と呼ばれる。

 当然その逆だって有り得る話だ。


「領主様?」

「大丈夫よ、エミィ。貴方はちゃんとお家に届けるから」


 嫌な予感は払いきれない。けれど、ここまで夜道を進んできてしまった。

 今更、引き返せない。


 それにこういう予感というのは、この現代において、だいたいが杞憂で終わるものだ。

 火は偶然焚き忘れた。馬は突然体調を崩してしまった……なんてな。


「念のため、ここからは徒歩で向かいましょう」

「えー、歩くの……?」

「ええ。何か篝火を消している理由があるかもしれないし、いきなり馬車が来たらビックリさせてしまうでしょう?」


 子ども向けの言い訳だが、他に言いようも無いし、ラウダを責めることはできない。

 実際馬車にはカンテラが付いている。夜道では目立つことこの上ない。


 さて、そうなると、次に姉様が言いそうなことは……そこまで考え、俺は彼女より先に口を開いた。


「なんだ、夜道が怖いのかエミィ。なんならお兄ちゃんが手を繋いでやろうか」

「こ、怖くなんかないもん! でも、アルマくんが怖いだろうから、エミィの方が握ってあげてもいいけど!」


 俺の挑発に乗って、エミィはぎゅっと、決して弱くない力で手を握ってくる。

 そんな俺達を――というか、俺を、ラウダ、そしてアズリア、ライゼンまでも、訝しげな目で見てきた。


「……ライゼン、貴方はここで馬車を見ていて」

「畏まりました。アズリア、お嬢様を頼みます」

「承知しました」


 もしかしたら、ラウダはここに俺とアズリアを残すつもりだったかもしれない。

 何かあったとき、俺だけは逃がせるように……もちろん、足手まといになるってのもあると思うが。


 だから、先手を打たせてもらった。

 エミィから俺を同行者に選ばせてしまえば、そうもいかなくなるからな。


 もちろん、エミィごと置いていくって選択肢もあるが……それほどの危険は万が一、いや億が一の話だ。

 その程度の可能性のために足を止めていたら一週間あっても到着しないだろう。


 だからズレているのは俺の方。俺が勝手に、余計な深読みしているだけなのだ。

 けれど……的外れなら、それはそれで別に良い。


 それも、俺の存在意義を計る指標になるのだから。

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