第21話 平和な世界での身の振り方

 この世界が抱える大きな問題。

 ……いや、問題なんて思っているのは、この世界でただ俺一人だけだろう。そう思いたい。


 それは……この世界には魔物が殆ど存在しないことだ!


 魔物とは、俺も詳しいわけじゃないが、空気中に混ざった魔力が腐って、瘴気と呼ばれるものになって、それらが集まり固まって一個の生き物になったようなもの……らしい。

 かつて、1000年前に俺が生きていた世界では、その魔物が至る所にウジャウジャして、人やその他、あらゆる生き物を襲いまくっていた。


 あの時代の人々は、夜に安心して眠ることもできず、常に死の恐怖に脅かされていた。

 だからこそ、そんな魔物達を狩る腕自慢達が活躍できた時代でもあった。


 そんな腕自慢の一人が俺――ていうか、リバールという男だった。

 まぁ、昔の、それも前世の自慢なんてするつもりはない。

 何が良かったかって言えば、求めていなくても腕試しの相手がそこら中にゴロゴロいたんだ。


 どれだけ殺しても罪にならない。むしろ金になる。

 そんな最高の案山子が。


「その点この世界は……」


 溜息を吐いてはいけないのは分かっている。


 これが殆どの人が求め、それに応えた四人の英雄が作った平和な世界。

 異界から漏れ出してくる瘴気を塞ぎ、その元凶を作っていた悪神を倒した。

 その為にどれほどの犠牲が払われたか……もしかしたらオレだってその一部かもしれない。


 けれど、強くなりたい俺にとっては逆だ。

 やはり一番成長できる機会というのは命を取るか、取られるかの戦いの中にあると俺は思っているし、肌でそう感じている。

 かつてはその相手探しに苦労しなかったが、今探そうと思ったら、山イノシシなどの野獣に喧嘩を売るか、野盗の類いを探してしょっ引くか……どちらも中々に手間だ。


 なので俺が行える訓練は、一人でできるものが殆どになってくる。

 素振りや型を行ったり、呼吸法を確認したり、あとは走り込みや筋トレくらいか。

 アズリアとの組み手ってのもあるが、彼女はノリ気ではないので、やはり真剣勝負とはほど遠い。

 

 果たして本当にこのままでいいんだろうか。

 漠然とではあるが、そう思わずにはいられない。




 その日の晩。

 約束通り、俺はラウダと一緒に食事を取ることとなった。


 もう2年も一緒に暮らしているが、こういう機会は非常に珍しい。

 というのも、食事自体が俺にとっては試練のようなものだからだ。


 胃が極端に弱く、すぐに下してしまうため、かつては一日十回以上に分けて、お粥のような、胃への負担が少ない食べ物をついばんでいくのが当たり前だった。

 けれど鍛え始めてからは、食事についても努力を重ね、最近は野菜多め、プラス魚肉程度なら(体調が良ければ)問題無く食べられるようになった。

 もちろん、補足がつくとおり、駄目なときはお粥生活に逆戻りになるのだけど……今日は大丈夫そうだ。


「鍛錬の調子はどうですか、アルマ」

「そうですね……まあまあといったところでしょうか」

 

 それは正直な思いだった。

 かつてに比べれば環境はかなり良くなった。

 けれど……得た物は想像よりずっと少ない。


 走り込みや筋トレの成果もあって、かつてよりはずっと健康に近づいた。

 医師も病状は横ばいに安定していると言っている。


(だから、なんだってんだ……)


 それが二年の成果。

 五年だって生きられるか分からない。そう言われた俺の、約半分の寿命を使って得た物がこれでは、あまりに悠長すぎる。

 このままでは……何のために生きているのかさえ分からなくなる。


「アルマ?」

「ああ、いえ」


 不自然に黙っていた俺にラウダ姉様が声を掛けてくる。

 俺は誤魔化すように首を振った。


「俺なんかより、姉様の方が大変でしょう。領地の経営なんて、考えただけで倒れてしまいそうです」

「ふふっ、それはイスカ姉様も同じね。私がこの仕事をしているのは、単に向き不向きの話よ」


 自嘲するように聞こえたのは、彼女自身、最初から望んでこの道を選んだからじゃないだろう。


 聞いたことがある。

 ラウダは、イスカに敵わないから、武術の道を諦めたと。


(諦める……か。俺には考えられない選択だが、ラウダにとってはそれこそが正解の道だった)


 この二年、彼女が統治するクレセンド領を歩いてきた。

 治安が良く、経営も順調。なにより領民からは大きな不満が出ていない。

 両親も手放しで任せられるわけだ。このために相当な研鑽を重ねたというのは、素人の俺でも分かる。


「……ねぇ、アルマ。私と一緒に経営学を学んでみない? もちろん、イスカ姉様の訓練優先でいいのだけど」

「え?」

「貴方の病気がこれからどうなるかは分からない。けれど、闇雲に鍛えるよりも、貴方が生きた証を残せる可能性はきっと高いと思うの」


 まるで俺の心を読んだかのような、ベストなタイミングでの提案だった。

 前世の話を知らないラウダからしたら、確かに俺のやっていることは、ただ死ぬことへの抵抗に見えるかもしれない。


(それに、もしも俺に前世の記憶が蘇らなければ……彼女の提案は救いになったかもしれないな)


 脆く弱いこの体でも、頭はそれなりに回る。

 ラウダの助けがあれば、何か一つくらい、政策でも遺せるかもしれない。


「貴方はよく頑張ってる。見ていて、胸が詰まるくらいに。私は姉として、貴方が何も遺せずに消えてしまうのが耐えられないの……周りから、好き勝手言わせたままで……」


 ラウダは丁寧に言葉を選びながら、苦しげな表情でそれを伝えてきた。

 真摯な言葉には、確かな感情が宿っている。

 俺も人間だ。それを無視できるほど、人でなしなつもりはない。


(けれど、俺にはこの生き方しかできない)


 戦う喜び。熱。高揚。

 それらに敵う快楽は無い。

 

 一度溺れてしまえば……バカは死んだって直らないんだ。

 でも——こうも思う。


(平和なこの世界で、戦いを求めるのは間違っているのかもしれない)


 世界は俺のような存在を求めてはいない。


 例えば、俺自身が世界の敵になる道もあるだろう。

 誰かを傷つけ、意味なく命を奪い、闘争の火種に堕ちるといい道が。


 そうすれば、きっと、俺の望む戦いに染まった日々が手に入る。

 呆気なく死ぬかもしれないが、その時はその時だろう。


 しかし、思いつきはしても、おそらく実行には移せないだろう。

 そもそも大逆を果たせる器ではないというのもあるが、一番は……俺の魂に楔のように打ち込まれている義理のようなもの。


 唯一、友と呼べた彼らが築いた平和を傷つけられないという何の価値もない拘りだ。

 平和を甘受できないくせに……自分でも半端だと思う。


(今更生き方は変えられない。変える時間もない……けれど……)


 戦闘狂と呼ばれた俺の生き方は、そもそもこの世界に居場所のないものかもしれない。

 そんな葛藤が、じわじわと締め付けてくる。


 この人生はリバールのためのものじゃない。

 アルマ・クレセンドのものなんだ。

 今の俺にとってベストは何か……感情で無く、理性で考えなければならない。


「……姉様」

「なに、アルマ?」

「姉様はたびたび、自ら領内を視察に回ることがありますよね」

「ええ。いつまで経っても新米だもの。書類越しには分からないことが殆どだし、とてもいい勉強になるのよ」

「よければですが……今度、連れて行ってもらえませんか」

「え……!?」


 ラウダは眼鏡の向こうで大きく目を見開く。

 殆ど自分から提案したようなものだが、まさか俺がすぐに乗ってくるとは思ってなかったのだろう。

 正直、俺自身も軽いって思うけれど、悩んでいる時間ももったいない。


 かつてのリバールが生きた時代から1000年が経った。

 アルマの生きる世界はたった一つ部屋の中から大きく広がった。


 生き方を見直す機会が来たかどうかはわからない。

 けれど、残り少ない命をどう消費するのか……ラウダのように向き不向きとやらを探すのも悪くないかもしれない。

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