第20話 とりあえず休息を

「おかえりなさい、アルマ。アズリアもご苦労様」

「ただいま、ラウダ姉様」

「お気遣い、感謝いたします」


 いつも通り、屋敷の執務室を根城とするラウダに帰宅の挨拶をする。

 一週間空けていたけれど、特に追及するような問いはない。

 やっぱりアズリアの言うような感動をそそるやり取りは無かったな。


「アルマ、ここにも随分慣れたかしら」

「はい。王都に比べれば静かで空気も澄んでいますから」

「お医者様も病状は安定していると言っていたわね。退屈な田舎経営だけれど、貴方の役に立ったなら良かったわ」

「ありがとうございます、姉様」


 アズリアがどこか得意気に肘で小突いてくる。

 やっぱり大切に思われているじゃないですか、とでも言いたげな……負けず嫌いめ。

 ていうか肘で小突くのは不敬だろ。別にいいけど。


「しばらくゆっくりしていくのでしょう。今晩は一緒に夕食を食べられるかしら」

「はい。体調も大分良いので、ぜひ」

「それじゃあ夕食まではゆっくりしていて。……ああ、ここにいてもいいけれど、私は書類の方にかかりっきりになってしまうからきっと退屈よ」

「では、少し休ませてもらいます。馬車にはまだ慣れなくて」

「それがいいわね。ベッドはちゃんと整えてあるから。アズリアもしっかり休んでちょうだい」

「はい、アルマ様がしっかりお休みになられたのを見届けてからですが」


 何度か寝ると嘘を吐いて訓練していたのを根に持ってるな。

 まぁ、今ばかりはしっかり寝るつもりだ。


 どうやら俺、乗り物も厳しいらしい。

 前世じゃ、空飛ぶワイバーンからワイバーンに飛び乗るなんて曲芸だってできたが、今は整地された地面を歩く馬車の上でさえ襲い来る吐き気とのデッドヒートだ。


 まぁ、こういう不自由は慣れたもの。

 次から次へと湧いてくるのだから、一々驚いていたら喀血も止まらない。

 この世界の全てが敵のように思えてくるが、それよりはマシだ。


(むしろ、もうちょっと敵が多くてもと思うくらいだけどな。これがアイツらの作った平和な世界、か)


 あくまでクレセンド家の領地のみ。それで世界の全てを知った気になるのは間抜けだけれど、1000年前とは平和の意味が全く異なっているのを感じる。

 殆どの人間にとってはいいことなんだろうけど、俺にとってはやっぱり……想像してた通りの世界だ。


「アルマ様、参りましょう」

「ああ、うん。それじゃあ姉様。また後で」

「ええ」


 執務室を出て、寝室へ向かう。


 例にもよって、アズリアの部屋は隣だ。彼女は同室を希望したが、それは許されなかったらしい。

 彼女より年上だった頃の前世の記憶が蘇っているっていうのに、なんとも警戒が薄いというか。


 それこそ彼女だって良い年頃なんだ。

 助けられてはいるが、そろそろ結婚を考えても良いのではないだろうか。

 俺のせいで婚期を逃すなんて、あまりに哀れ――というか、そんな責任負いたくない!


(でも、俺から切り出すのはなぁ……なんか、やぶ蛇だろうし)


「アルマ様? 何か言われましたか?」

「いや、なんにも」


 ちょっと意識しただけで感じ取らないで欲しい。


 そもそもだ、俺はただでさえ自分の人生だけで手一杯なんだ。

 俺よりずっとしっかりしたアズリアの人生を考えてやれる余裕はとてもない。


(まぁ、こいつのことだ。人生設計くらいちゃんとやってるだろう)


 こんなことを無駄に考えてしまうのも、案外疲れているせいかもしれない。

 さっさと寝よう。最上級にふかふかなベッドで寝られる機会も当たり前じゃ無いからな!!

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