第19話 クレセンド領
前世の記憶を思い出して二年。アカデミー入学まではあと三年。
現在の俺はイスカの威光を笠に、クレセンド子爵家の持つ領地内限定ではあるが、ある程度行動の自由が認められている。
クレセンド領はランディオス王国の隅に存在する。
幾つかの町村と、農耕地帯を持ちつつ、殆どが未だ未開拓の荒れ地や山岳地帯となっていて、広さはあるが、生産性は広さほどじゃない。
父や母、そして三女の姉が暮らし、そして俺がかつて閉じ込められていた本邸はこの領地ではなく、王国の中心である王都に存在する。
今、この領地を実質的に治めているのは、次女の姉、ラウダ・クレセンドだ。
俺がこの領地に初めてやってきたのは、約一年半ほど前になる。
以来、俺は、ラウダ姉様のいるこの領地内の屋敷を拠点としつつも、アズリアと二人で遠出して、宿屋に泊まったり、野宿したりと自由気ままに過ごさせてもらっている。
領地内ということもあり、物品の購入や宿泊に金が掛からないのがいい。
正確には掛かった費用の分だけ免税扱いになるとかなんとか言っていたが……まぁ、小難しい話はこれくらいでいいだろう。
「アルマ様、そろそろお屋敷を出て一週間です。いい加減帰られないと、ラウダ様が心配されるのでは?」
「ラウダ姉様は……そういうタイプじゃないだろ」
ラウダはイスカと違って物静かというか、常に淡々とした感じの人だ。
挨拶はもちろん、ある程度の世間話はするものの、無駄話は好きそうじゃない。
アカデミーで経営を学び、卒業してからすぐ領地経営を任されている点からも、武闘派というよりは頭が切れるタイプだ。
俺はそういうタイプは嫌いじゃないけど、どうにも嫌われた思い出が濃くて、ラウダともあまり積極的に話せていない。
(よく怒られたな、アイツにも……)
「アルマ様?」
「ん、ああ。悪い。ちょっと昔を思い出してた」
「昔……ですか」
アズリアの表情が微妙に陰った。
彼女は、俺が前世の記憶を思い出したことを知っていて、受け入れてくれている。
けれど、それとは別に、自分の知らない『アルマ』がいるというのはあまり面白くないらしい。
「いい加減、前世の記憶の中身についても教えていただいてもいいと思うのですが」
「知ってどうするんだよ。もう終わった話だぞ」
「その記憶を含めて、今のアルマ様です。お仕えするご主人様の全てを知りたいと思うのは、従者として当然のことでしょう」
「いや、そう胸を張られてもだな……」
前世について、絶対に隠さなければならないというほどの義務感も無いが、ただで明かすのもつまらないと思ってしまう。
四英雄と呼ばれるあの四人の仲間でありながら、歴史の影に消された存在ってのも風聞が悪そうってのもあるし……そうだ。
「じゃあ、俺がアズリアより強くなれたら教えるっていうのはどうだ?」
「……普通逆では? 私が聞いているのですから」
「それじゃあ条件にならないだろ。ああ、もちろん手抜き無しで、だからな」
「むぅ……アルマ様が私を超えられるのは当然喜ばしいことですが、そうも自信満々に言い切られると釈然としないものがありますね。それほどまでにアルマ様の前世はお強かったと?」
こいつ、さり気なく情報抜こうとしてやがるな。
まぁでも、それくらい出し惜しむ必要は無いか。
「もちろん」
「…………」
「言っておくが、前世の俺はイスカ姉様だって余裕で越えてるぜ」
「……それはさすがに風呂敷を広げすぎでは?」
アズリアはじとーっと呆れのこもった半目を向けてくる。
「もしや、それとなく私を乗せて、訓練の時間を増やさせようとでもお企みになっているのではないでしょうね」
「う……」
そこまで露骨には考えてなかったけれど、淡い期待があったのは事実。
そんな中途半端なスケベ心が、余計にアズリアの不信感を煽ってしまったらしい。
「……取りあえずのところ、今回はお屋敷に帰りましょう。アルマ様とてとっくに体力の限界でしょうに。それに、道中にはアレがあることをお忘れなく」
「ぐ……そうだった……アレな」
嫌なことを思い出させてくれる。
自由は素晴らしい。けれど、クレセンド領内を周り、自然に満たされた場所で鍛練を積むには、どうしてもとある嫌な行程を避けられない。
アズリアの機嫌も損ねてしまったし、今回は仕方ない。それに付き合わせている彼女だってそれなりに疲れているだろうし。
大人しく山籠もりを終えるとしよう。
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