第18話 アズリアとの組み手
俺がイスカに弟子入りしてから2年が経った。
ただ、弟子入りといってもあくまで体裁だけ。
これまで彼女から教わったことなんて殆ど無い。
せいぜい「お医者様の言うことはちゃんと聞け」くらいだろうか。
まぁ、聞いてると言えば聞いている……うん。
まさかお医者様も、俺が今、屋敷を離れ、クレセンド家が持つ領地の端っこにある山でキャンプ生活をしているとは思っていないだろうが。
「行きますっ!」
律儀に合図を出しつつ、アズリアは地面を蹴った。
フェイントの気配は無く、素直で真っ直ぐ……相変わらず遠慮しか無いやつだな。
「はっ!」
教科書通り、素直に突き出された拳を腕でガードする。
僅かな衝撃と痛み……明らかに手加減されている。
「アズリアっ」
「うっ……! だって本気でやって、またアルマ様の腕が折れてしまうかもと思うと……」
「昔の話を掘り返すなっ!」
アズリアの手を払い、腹に蹴りを入れる。
「うぐっ」
呻き声を発しつつ、吹っ飛ぶアズリア。
……そして、そんな彼女を冷めた目で眺める俺。
「さ、さすがです、アルマ様」
「寸止めだ、バカ。それっぽく吹っ飛んだフリしやがって」
「むぅ……はめましたね」
「お前が勝手にはまったんだよ」
相変わらず、アズリアはアズリアだ。
甘くて、心配性で……二年前からずっと変わらない。
「……やっぱり父様に言おうか。専属を変えてくれって」
「アルマ様!?」
「あの家になら、さぞ俺のことを憎々しく思っている使用人の一人や二人いるだろう? アズリアより余程本気で俺を痛めつけようとしてくれるはずだ」
「ぐぬぬ……分かりました……!」
アズリアの目の色が変わる。
まったく、手の掛かる奴だ。
毎回こうやって、言い訳を用意してやらなくちゃいけないんだから、忠義に厚いというか、バカ真面目というか。
「では、お望み通り力の差を見せつけてノックアウトした後、今日こそお屋敷へ連れ戻させていただきます」
そう冷ややかに宣言した直後、アズリアの姿が消えた。
いや——
(上かっ!)
一瞬の内に跳び上がり、視界から外れたんだ。
今の俺の身体能力じゃ、その動きを視認するのは難しいが、気配なら読める。
――ズガァッ!
先ほどとはまるで違う、体重の乗った踵落としを、腕を交差させてガードする。
重心をしっかり落とし、完璧な体勢で受けたにも拘わらず、威力を逃がしきれずに足がじんじん悲鳴を上げる……!
「さすがです、アルマ様」
「その褒め言葉は文字通りに受け取っとくよ」
「ですが……守りだけでは勝てませんよ」
アズリアは軽やかに身を翻し、正面から拳打によるラッシュを打ち込んでくる。
必死に食らいつく俺だが……これは、ギリギリ防ぎきれるよう加減されているな。
今度のは甘さによるものじゃない。
動きを封じ、戦いの主導権を握るための攻撃――こちらの行動を制限し、精神的余裕を削りつつ、決定的な隙を生むのを待っているんだ。
この二年間、侮ったことは一度も無いが……やはり、戦い慣れている。これで得手は拳術でないのだから怖ろしい。
(嬉しくなるよ……視界が霞んできやがった!)
じわじわと、視界が端からすり減っていく。
胸に痛みが走り、息苦しさも増していく。
普通に考えれば決して良い状況じゃあないが、俺の体の場合、これがようやく暖まってきたって証拠だ。
「ぐっ……!」
ラッシュに押され、俺は思わず片膝を折ってしまう――瞬間、アズリアの目の奥が光を放ったような錯覚を覚えた。
とどめ、と言わんばかりの溜めを経て、俺が体勢を整えるより早く、彼女は回し蹴りを繰り出した。
「っ!?」
が……驚きに目を見開いたのは、アズリアの方だ。
俺は彼女の蹴りを潜るように躱し、同時に軸足を蹴り払った。
今度はアズリアの方が体勢を崩す……実につけ込みたくなるような隙だが、俺は反撃を捨て、一旦距離を取った。
やはりと言うべきか、アズリアは手で受け身を取り、跳ねるように難なく立ち上がった。
「さすがです」
「守りだけ、でもないだろ?」
そう自信満々に言ってみせるが、やはり力量の差は天と地ほど開いている。
分かりやすい隙を攻めきれない俺と、どんな体勢からでも反撃できる身軽な彼女――比べるまでもない。
「……続けますか」
「ぜひそうしたいね」
でも、ここまでだろうな。
俺は喉奥に溜まっていた血を吐き捨て、それを見てアズリアは顔を顰めた。
結局のところ、こうして決闘の体を取ったって、彼女は俺付きのメイドで、俺はその主人。
アズリアは俺を傷つけることに酷い抵抗を感じているし、俺も常に自分という人質を握ってしまっている。
「もうやめにしましょう……というか、してください……」
「……分かったよ。無理させて悪かった」
こうしていつも通り、先にアズリアの心が折れてしまった。
今にも泣きそうな表情を浮かべつつ脱力する彼女に、さすがの俺も責める気にはなれない。
彼女は本当に、俺なんかにはもったいないほど優秀なメイドだ。稽古相手としても文句は無い。
ただ、俺を窮地に追い込んでくれるほどの非情さは持ち合わせていなくて……まぁ、普通そうだけど。
一度、無理を言って追い込んでもらった時は、先述の通り腕を折られてしまって――あの時のアズリアの取り乱しようと言ったら、こっちもトラウマになるレベルだった。
「その、アルマ様……お水です」
「ああ、ありがとう」
俺は口についた血を手の甲で拭いつつ、水の入ったコップを受け取り、近くの丁度良い大きさの石に座った。
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