第13話 魔剣
「ふ……ふふっ……そうか。なるほど確かに悪霊だ。その悪さの対象はアルマでなく、私だったようだが」
イスカは愉快そうに、くつくつ笑う。
「どうやら私はお前を見てきたつもりで、見たいお前だけを目に映していたのだな」
自嘲しつつも浮かべた、憑き物が取れたような清々しい表情に、俺もつい固まり、見入ってしまう。
「まさか傷を負って、これほど喜びを感じることがあるとは、想像もしていなかったよ。なんせ、ラウダもリフィルも、未だ私には傷一つつけられていないからな」
「……誇ることじゃないでしょう」
「はははっ! そうだな! ラウダは早々に剣の道を諦めてしまったし、リフィルはお前と一つしか違わない。長姉として些か大人気なかったか」
先ほどまでとは別人のように、イスカは豪快な笑い声を上げた。
未だ剣を向けられているというのに、緊張感のかけらもない。
そしてひとしきり笑った後……満足げに溜息を吐いた。
「私の体に流れる血が、姉としての心が、お前がアルマであると認めている。何か変化があったのは確かだろう。事実として悪霊と共にあるかもしれない。けれど、お前は確かに私の弟、アルマ・クレセンドだ」
「……姉様」
「ふふっ、なんて心地の良い痛みだ。惜しむらくは、この程度の傷では明日には跡形もなく消えてしまっているだろうことか。できることなら額縁にでも入れて私室に飾っておきたいところだが」
何言ってるんだ、こいつ。
「しかし、わざと受けては意味が無い。私もお前も真剣だったからこそ、この傷に意味と価値が生まれる。そして……すっかり気づかされた。お前の成長と、それを知ろうともしなかった愚かな自分を」
イスカの頬を一筋の涙が伝う。
彼女は、それが零れ落ちるよりも先に、手のひらで擦るように拭った。
同時に、頬に血が付着したが、気にもしない……いや、まるで見せつけているかのようだ。
自分の弟の勲章を、まるで自分のことのように自慢している……そんなむず痒い感じ。
「だから謝罪と共に、償いとして、私もお前に応えよう。お前を一人の男と認め、騎士として、全身全霊を以て戦うと誓おうっ!」
イスカは宙へと手を伸ばし、そして唱えた。
「現れよ、『モーダン』ッ!!」
瞬間、雷光のような眩い光がほとばしり――それが晴れた時、彼女の手には一振りの戦斧が握られていた。
150センチ程の長さの柄。その先に大振りの斧頭がついた、所謂バルディッシュと呼ばれる武器だ。
しかし、その意匠、材質、そして武器自体が持つ威圧感……何よりその現れ方から、"普通"ではないとすぐに理解できた。
(『魔剣』……!? そうか、イスカは……!)
「これは、私が親衛隊に所属となった際、国王陛下から賜った魔剣『モーダン』……斧なのに剣とは些か違和感があるが、しかしそう呼ばれるものだというのだから仕方がない」
彼女は魔剣『モーダン』を軽々と回し、構える。
俺では地面から持ち上げることさえできないだろう――明確な力の差を見せつけてくれる。
「この魔剣こそ、私の本気だ。まさか我が弟に振るうことになるとは夢にも思わなかったが……だが、これ以上の舞台もない!」
「……ああ、そうだな」
ここに来て、最高に胸の高鳴る展開だ。
魔剣とは一般的な武器とは概念から異なる存在。
意を持ち、心技体全てにおいて自らを受け入れるに足る器となる持ち手を選び、魂から結びつくと言われている。
即ち、人剣一体。
俺が奪った借り物の剣では、万が一もないだろう。
それに、ここに至るまで、既にいつ意識が飛んでもおかしくないほど血を流してしまった。
五感が希薄になって、世界が閉じていく感じがする。
けれど、そのおかげか、はたまた興奮のせいか、限界を振り切りすぎたせいか……さっきまでうるさく響いていた痛みも、今は全く感じない。
残された時間は僅かだが、悪いものじゃない。
「さすがです、姉様。貴方はいつも、俺の想像を遙かに超えている」
「ふっ、当然だ。私はアルマ、お前の憧れる姉なのだから」
遠く、綺羅星のように輝く憧れ。
しかし、ここまできたんだ。ただ見上げるだけじゃ物足りない。
「俺も、手を伸ばしてみたくなった……!」
俺は彼女に向かって——その間、無限に広がる虚空へと手を伸ばす。
こんなチャンス、もう最後かもしない。
だったら、出し惜しみは無しだ。
「来い……!」
魔剣とは、魂で結びついた特別な存在。
触覚さえも希薄になった今、空気の重ささえ分からないが……しかし、僅かに何か、触れた気がした。
懐かしくもあり、新鮮でもある。
そんな不思議な感覚に頬を緩めつつ、俺はその名を叫んだ。
「来いっ! 『アンリーシュ』ッ!!」
かつての半身。最も偉大な戦友。
器は変わってしまったが、そんなの些細な違いだ。
お前の主は、今も変わらずここにいる。
「アルマ、それは……!」
イスカが嬉々とした笑みを浮かべる。
きっと、先ほどの俺も同じ顔をしていたんだろう。
彼女は俺の手に現れようと集まる、光の粒子を見て――
「あ……」
しかし次の瞬間、形になりかけていた剣はガラスが割れるように消えてしまった。
まったく、気難しい……いや、まだ俺に扱うだけの資格が無かったのか。
けれど、片鱗は示した。
少なくともイスカには、それだけでも十分だったみたいだ。
「……ははっ、驚いた。アルマ、お前に起きた『変化の正体』を早く知りたくなったぞ!」
「まるで、俺が話すと確信しているような言い方ですね」
「ああ、話すさ。私がお前ならそうするっ!」
一段階、イスカから放たれる覇気が膨れ上がる。
魔剣召喚には失敗したが……俺も応えるように、イスカから奪った剣を構えた。
「なに、魔剣には劣るが、それも中々上質な剣だ。落ち込むことはない」
「今の俺にはこれさえ荷が重いですけどね」
そして、もう不格好に振るうことさえ厳しそうだ。
元々あった絞りカスも先ほどの魔剣召喚で全て使い切ってしまった。
気を抜けばすぐに気絶できるだろう。視界だって随分と霞んでしまっている。
けれど、俺は決して目を逸らすことなく、姉の姿を捉え続けていた。
本気を見せてくれる感謝と、自身の見立てに誤りが無かったことを再認識しながら。
「さぁ、行くぞ。アルマ・クレセンド」
姉が構え——次の瞬間、眼前へと迫る。
最後に聞いたのは、持っていた剣が砕ける音。
イスカは力強く、雄々しく戦斧を振るい――その刃を以て一瞬に、俺の体を両断した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます