第78話 嵐の前の……

 時の流れとは早いものだ。


 俺の店が、何でも屋から時計屋のような感じになってから、数ヵ月が経ち、季節は秋から冬へと差し掛かっている。


 日本がどんどん冷えていくなか、時候など関係ない俺の異世界ダンジョンの酒場には、張り詰めた空気が漂っていた。


「ティリア様、大丈夫でしょうか。いくら百戦錬磨のボルカノ様とはいえ、もし500階層に『真の魔王』がいたなら、相当な激戦になることが予想されますが」


 教会から出てきたノーチェが、ソルから受け取った水をあちこちの光神教徒たちのコップにに注いで回る。


 溢れるティリアの配下で、俺の店は、事実上、貸し切り状態になっていた。


 何でも、俺がばらまきまくった時計のおかげで問題のダンジョンの攻略がはかどり、今日あたり次の階層に辿りつく所まで進んだらしい。


「ボルカノは他の使徒の協力を拒み、敢えて自らの軍勢だけで向かった。たとえ自分が消えても、他の六人の使徒で滞りなく教会を運営できるようにとの、奴なりの配慮だ。命の危険は承知の上だろう。それに、万が一の時のために、こうして私たちが後詰めとして待機しているのだ。いざという時は私たちが教会から転送魔法を使って救出に向かうから、心配するな」


 ティリアがノーチェを安心させるように言う。


「でもさ、今更だけど『真の魔王』が倒されたらダンジョンはどうなるんだ?」


 カウンター席でオレンジジュースを啜っていた俺は、ふと思い浮かんだ疑問を口にした。


 ルクスという魂を代償に、魔王に力を与える『真の魔王』。


 その正体も、目的も、未だ俺は知らない。


「そんなの決まってます! 諸悪の根源たる『真の魔王』が死ねばその牙城たるダンジョンも滅びるに決まってます。ですよね? ティリア様」


「全ては御心のままだ……」


 ティリアはノーチェの問いに曖昧に答えると瞑目する。


 光神教徒にとって魔王は宿敵のはず。その中でも一番の大物を殺しに行くようなものだから、ティリアはもっとうきうきな感じだと思ったら、今日のティリアは意外にテンションが低い。


「要するにはっきりとは誰も分からないってことね。もしかして、ラスボスが殺されたら連鎖的に他の魔王も死んだり、その子の言う通り、『真の魔王』の所有物以外の他のダンジョンも崩壊したりして」


 俺の隣に腰かけていた委員長がぽつりと呟く。


「さらっと怖いこと言うなよ。確かにRPGとかではよくある設定だけど。――シャテルはどう思う?」


「さあの。それとなく予想はついておるが、今はまだ言えぬ。のお、グリシナ?」


 一つのテーブルを陣取って、将棋を指していたシャテルは、その対戦相手に向かって意味深に呟いた。


「――こっちに話題を振らないでちょうだい。私はもうただの老いぼれよ。世界の真理を考えるのなんてもうたくさん。今はどうやったらあなたの『角』を取れるか考えるので精一杯」


 グリシナは盤面から視線をそらさずに呟く。


 口調からして、グリシナもどうやら何かを感づいているらしい。


「ともかく、何か派手な成果をあげてもらわなくては困りますわ。今回の遠征には、私たちの国もかなり出資しましたから。ねえ。パルマ?」


 ローザが足を組み、尊大な態度でカップを差し出す。


「はい。お嬢様」


 パルマがすかさずそこに紅茶を注いだ。


(さて、どうなることやら――ま、いざという時は逃げるだけさ)


 いずれにしろ、俺の一存でどうにかできることでもないのだ。


 今は焦らず状況を見守るしかない。


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