第77話 ケダモノDQN襲来

「今度こそ分かった。お前の勝負下着の色は――ずばり赤だ!」


「不正解です」


 パルマが無常にそう断定する。


「うそだろ!? もうこれで基本的な色は大体コンプリートしたぞ! まさか、赤とワインレッドは違うとか、せこい理屈じゃないよな?」


 これで、色鉛筆とかの基本セットによくある12色は大体制覇した。


 片っ端から試してるんだからそろそろ当たってもいいはずなのだが。


「そのような姑息な真似は致しません。何なら他の方に確認させたらいかがでしょう。そろそろジューゴ様がお疑いになる頃だと思いまして、今日は勝負下着をつけて参りました」


「よし! シャテル! 君に決めた!」


 某マスターを目指す少年のごときテンションでシャテルをけしかける。


「よかろう! どれどれ――ふーむ。ふむ。ふむ。なるほど」


 シャテルはパルマのロングスカート中に首を突っ込んでうなる。


「……どうだ?」


「嘘は言っておらんの。確かに不正解じゃ」


 シャテルがスカートから顔を出して、にやにや笑いながら告げる。


「なにいいいいいいい!」


 俺は大げさに驚いて天を仰ぐ。


「マスター。マスター。そんなにパンツが欲しいならネフリのをあげる」


「いや、気持ちは嬉しいけど、パンツなら何でもいいって訳じゃないんだ」


 俺は唐突に下を脱ぎ始めようとしたネフリを手で制する。


「そうなの? 難しい……」


 ネフリが小首を傾げて考え込む。


「では、本日も新たな教習を受けて頂きます」


「しゃあねえな」


 などと、いつも通りのくだらないお遊びをしていると――


「た、大変です! 魔王! 出てきてください!」


 カウンター越しにノーチェが叫ぶ。


「どうした、ノーチェ。そんなに慌てて」


「ぼ、ボルカノ様のご一行がいらっしゃいました。くれぐれも粗相のないようにお迎えしてください」


「誰だそれ。なんだかしらんけど、そんなもんわざわざ俺を呼び出さなくてもこいつに言えよ」


 俺は店番をしているトカレを顎でしゃくる。


「そういう訳には参りません。ボルカノ様が直接魔王と面会することをお望みですから!」


「またかよ。あれだ。ティリアや、この前来た幼女のちんちくりんみたいな感じでまた使徒ってやつか?」


 いい加減この流れにも慣れてきた。


 とにかく使徒という生き物は俺に絡まないと気が済まない人種らしい。


「確かにボルカノ様は使徒ですが、ティリア様やバジーナ様とは毛色が違います。ボルカノ様は本当に恐ろしいお方です」


 ノーチェが身を震わせる。


「恐ろしいって具体的にどう恐ろしいんだ?」


「ティリア様は穏健派ですし、バジーナ様も男性には厳しいとはいえ、基本的に寛容な御方ですが、主戦派のボルカノ様は――あっ、いらっしゃいました」


 ノーチェが途中で口を噤み、脇に控える。


 やがて、ジャラジャラと音を立ててやってきたのは、全身にありとあらゆる武器を身に着けた獣人だった。


 こいつがボルカノか。


 目は血走ってるし、牙ははんぱないし、息は荒いし、なんていうか、身体全体から脳筋感が漂ってる。


 まさに殺気の塊。


 確かにノーチェの言う通り、いかにもヤバそうな奴だ。


 その証拠に、日ごろは怠けまくりのシャテルが俺の近くにやってきて、ぴったりとひっついている。


 ネフリも何かを感じ取ったのか、ファインティングポーズを取って臨戦態勢になっている。


「てめえが魔王ジューゴか」


 ボルカノが低く唸りながら俺を睨みつけてくる。


 ふええええ。


 ぶっちゃけかなり怖い。


 もうちょっと早く言ってくれればポンポン痛いとかいって、トイレに籠ったのにいいいい。


「そうだ。ようこそ。魔王ジューゴの店へ」


 でも、ここでなめられる訳にもいかないので、俺はとりあえずテンプレ商人セリフでボルカノを迎えることにする。


「ダンジョンを攻略する冒険者を、アイテムで支援しているという噂は本当か」


「ああ。本当だ。ただし、商売としてだがな」


「つまり、金を払えばてめえは何でも冒険者の悩みを解決できるっつうことか」


「できる限りで客の要望には応えるつもりだ」


「なら、俺の悩みを解決してみせろ。できなきゃ殺す」


 ボルカノの物騒な物言いに、シャテルとネフリの間にたちまち一触即発の空気が流れる。


 俺は手で合図をして二人を制した。


 多分、これ、あれだよ。


 某掲示板とか、DQNの言う『殺す』と同じで、あいさつ代わりのやつだよ。


 多分。


 自信はないけど。


「――とりあえず話を聞こうか」


 俺は重々しく頷いて言った。


「てめえらの親玉の『真の魔王』の糞ダンジョンの話だ――」


 ボルカノが乱暴な言葉遣いで語りはじめる。


 ごちゃごちゃ言っていたが、総合すると、何か場所によって時の流れの違うダンジョンがあって、大まかな時の流れを計るのは簡単だけど、細かい時間の流れを正確に計るのがむずいからどうにかしろって話だった。


 それを聞いた俺は――


「え? 普通に時計使えばいいじゃん」


 そう言って間の抜けた声をあげて、壁にかけた時計を指す。


 何かとてつもない無理難題をふっかけてくるのかと思ったら、正直拍子抜けだ。


「けっ。舐めやがって。結局、まともに俺の問題を解決する気はないって訳か。どうやってそれを手に入れたかしれねえが、を見せびらかすような奴は早死にするぜ」


 ボルカノが身体のホルダーから斧を抜き放つ。


 一々剣呑だなあ。


「なあ、シャテル。何言ってんのこいつ?」


 俺はシャテルに耳打ちする。


「こやつは魔法であの時計を動かしておると思っておるのじゃろ。時の操る魔術はグリシナのババアでも扱えないような伝説級の魔法じゃからな。わらわは見たことないが、もし、そのような魔法が込められたアイテムがあれば、一国と引き換えにしても欲しいと望む好事家もおろう」


 2000円くらいの普通の壁かけ時計なのだが、どうやらボルカノはこれがめちゃくちゃ高いと勘違いしているらしい。


 っていうか、この世界において時計ってそんなに貴重だったのか。


 このまま騙して高く売りつけるのも悪くないけど、バレた時ヤバそうだしな。


 ここは正直にいくか。


「何か誤解があるようだが、これは、マジックアイテムじゃなくて、普通の機械式のやつだからそんなに高くないぞ」


「おい。てめえおちょくってんのか。俺も聖戦で世界中を旅して、機械時計くらい目にしている。手先が器用なドワーフの作る最高級品の機械時計でも、俺の身体と同じくらいの大きさで、とてもダンジョンに運び込んでの実用に耐えるような出来じゃなかった。それでも、庶民百人が一生遊んで暮らせるような値が張るんだ。もし、そんな小型の機械時計があるんなら、結局、皇帝でも手が届かないような法外な値段がするに決まってるだろうが」


「世界を旅したって言っても、全部じゃないだろ? 俺の故郷は外界と隔絶された特殊な地域でな、そういう機械技術がむっちゃ得意なんだ。だから、こんな時計も作れるぞ」


 俺はボルカノの前に腕時計をした左腕を突き出した。


「……ほう。じゃあ、例えば俺がそれを欲しいと言ったら、いくらで売る?」


 ようやく俺の言っていることが冗談じゃないと分かったのか、武器を収めたボルカノが真剣な表情で俺の腕を指さす。


「えっと……。あの通貨換算で、これくらい?」


 俺はちょっと迷いながら電卓を叩き、ボルカノに提示する。


 交渉だから、最初はふっかけた方がいいと思い、買値の100倍くらいにしといた。


 日本円にすると、およそ200万くらいだ。


「おい! てめえ――」


 ボルカノが俺の胸倉を掴んで引き寄せる。


 やば。


 ふっかけすぎたか?


 などと冷や汗をかいていると――


「……男に二言はねえだろうな。今更取り消すとか言ったら殺すぞ」


 ボルカノは額がくっつきそうな顔でそう念を押してきた。


 獣臭い。


 っていうか、これってもしかして乗り気な感じ?


「ないけど。買うのか? これでも、俺が光神教徒の敵でないということを示すために、赤字覚悟でだいぶ出血大サービスしたつもりなんだが」


 俺はすまし顔でそう嘘ぶいた。


「買う。ただ、今は持ち合わせがない。後払いでもいいか?」


「仕方ない。特別だぞ。うちは本来ツケでは売らないんだがな。光神教徒の使徒様なら踏み倒すこともないだろうから」


 俺は恩着せがましく言って、腕時計を外して、ボルカノに差し出した。


「ボルカノ様! 魔王と取引なさるとおっしゃるのですか!?」


「そうです! ダンジョン攻略に必要なものがあるらば、モンスターにするのと同じく、殺して奪うべきです」


「……これの値段を聞いても同じことが言えるか?」


 俺から腕時計を受け取ったボルカノは、猛る部下たちの耳元で何かを囁く。


 それはさざ波のように周囲に広がり、やがてざわめきに変わった。


「おやおや。本当にお安い。この値段なら、地上に持って帰って転売するだけで億万長者になれますよ。こんな有利な取引をもちかけてきている相手を殺すならば、私たちはただの強盗になってしまいます」


 ボルカノの側にいたインテリっぽい人間が、芝居がかった口調で言う。


「おい! 魔王! 今売れた時計はいくらなんだ!?」


 光神教徒の反応に目の色を変えた他の客が、俺の周りに群がる。


「おいおい。待ってくれ。今の値段は使徒様特別価格だ。あんたらには割引もツケもきかないぞ」


「いいから、いくらだ!」


「多少高くてもいい! 早く値段を言え!」


「大体これくらいだな」


 相場が分からないが、とりあえず盛らないとボルカノにサービスしたことが嘘になるので、さっきの三倍くらいの値段にしてみた。


「まさか……。安すぎる。ありえない」


「まだ在庫はあるのか!? あるなら、全部買うぞ!」


「今はないけど、仕入れるのは簡単だ。明日にも店頭に並べることができる」


「ならば予約だ! 前払いするから買えるだけ予約させろ」


「これは革命が起きるぞ!」


 ざわめきは更に大きくなり、噂を聞きつけた客が酒場からも駆けつけて、俺の周りはさらにむさくるしさを増した。


 ヤメテ!


「おうおう。ジューゴ。大盛況ではないか。よかったの」


 にやにやしながら俺の肩を叩いてくるシャテル。


「――ジューゴ様。失礼致します。世界の趨勢を揺るがしかねない大事ですのでローザお嬢様に報告致しませんと」


 そして、そそくさと帰り支度を始めるパルマ。


 ……もしかして、俺、なんかやらかした?

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