第71話 事業拡大
俺はネフリやシャテルの部屋で、客に出すついでにまとめて頼んだ高級フランス料理弁当をつついていた。
「どうだ。ネフリ。美味いかー?」
「マスターがくれるものならなんでも好き。でも、どちらかといえば、昨日食べたハンバーグの方がおいしかった。今日のご飯の味は、フクザツで分かりにくい」
俺の問いに、口の端にソースをつけたネフリが答える。
「奇遇だな。俺もどちらかといえばそういうのの方が好きだ」
俺は頷いた。
やっぱり俺もまだまだ子ども舌なのだろうか。
「わらわは嫌いではないの。酒とも相性が良いしな。中々よく考えられておる」
シャテルが年代物の赤ワインを口に含みながら言う。
「まあ。シャテルはババアだしな。舌も熟年仕様なんだろ」
「ふふん。酒と同じじゃ。女というものは、年を取れば取るほど味わいが増すものよ」
シャテルは俺の軽口など意に介さず、そううそぶく。
幼女のような見た目で言われてもあまり説得力がない。
「たるっ」
「ジューゴ様。お客様がお帰りになりました」
そんなくだらない会話をした所に、仕事を終えた花咲とパルマが戻ってきた。
「おっ。そうか。で、どうだ。売り上げの方は?」
俺はフォークを置いてパルマに尋ねる。
「上々にございます。先日提出致しました売り上げの目標の、およそ2倍の販売記録を達成致しました」
「おお! やるじゃん。じゃあ、これで本格的な開店決定だな」
パルマの渡してきた売り上げ記録を見て、俺は歓声を上げた。
資金を出したり、物資を買いそろえるのに協力したりはしたが、実質今回の利益はほとんど不労所得だ。
楽して入ってくる金ほどおいしいものはない。
「カタログだけで追加の注文も受けちゃった。さすがにウチだけだと手が回らないから、ここに簡単な縫製工場を作りたいんだけど」
花咲が軽い調子でそう提案してくる。
「工場? 電力に限りがあるから、あんまり派手なのは無理だぞ」
発電機を増やせば、ある程度電力は賄えるけど、それでも限界はある。
町工場にあるような電力をドカ食いするような機械はさすがに無理だ。
発電機が何台必要かわからないし、燃料をダンジョンに運び込むのがダルすぎる。
「大事なところはウチが仕上げるから、ミシンだけあればいいんだけど? それくらいなら揃えられるっしょ?」
「ミシンはまあいいとして、問題は人員だよ。俺のダンジョンはカツカツで回してるんだからさ」
「その点に関しては問題ありません。ローザ様のリクルートで、町娘の針子たちを雇うことが可能ですから」
パルマが即答した。
この感じだと、はじめから店が上手くいった際には工場を造るってことで花咲と打ち合わせしてたんだろうな。
「針子ねえ。まあ、若くてかわいい子ばっかりならいいよ」
「はい。ジューゴ様がそうおっしゃると思い、すでに人員の選抜は済ませてあります。全員20歳以下の女子です」
冗談のつもりで言った俺に、パルマが真顔でそう返してきた。
パルマちゃん仕事早すぎない?
「マジで? 俺裁縫詳しくないからわかんないけど、服を縫うんだったらベテランの奴を揃えた方がいいんじゃないの? 王宮のお抱えみたいなさ」
俺の性欲センサー的にはもちろん若くてかわいい子がいっぱいいれば嬉しいのだが、商売的には大丈夫なのかとちょっと不安になる。
「王宮の針子の多くは魔法使いですから。誇りも高く、ダンジョンに奉公になど来たがりません。その点、町娘なら給金をはずんでやりさえすれば、いくらでも集まりますので」
パルマが淡々と答える。
「ウチとしても、中途半端に知識があって変なプライド持ってる奴よりもよりも、何にも知らない娘の方が仕込みやすいし」
花咲が言葉を継いだ。
まあそりゃそうか。異世界人の針子はミシンなんて使ったことないだろうしな。
どうやら双方の利害は一致しているらしい。
「事情は分かったよ。でも、まだ一番重要な案件が残ってるよな。頭のいいパルマちゃんなら分かるよね?」
「収益に関することでしたら、諸経費も利益も折半という条件で、ローザ様から承っております」
俺が意味ありげに笑いかけると、パルマが俺の期待通りの答えを返してくれる。
一番大変な人材の管理は向こうが勝手にやってくれる。
具体的な仕事は花咲に丸投げで、俺は材料を仕入れるだけ。
高級店と同じで、かなりおいしい案件ではなかろうか。
「OK。OK。じゃあ、工場のスペースは、高級店の下、地下三階に新たに場所を作る感じでいいか?」
「結構です。ローザ様もお喜びになるかと存じます」
パルマが頷く。
「よし。それで話は決まりだな。いやー、さすが王女様を味方にすると仕事がはかどるね。楽ちん楽ちん」
俺はそう言って、隣にいたネフリの太ももに頭を乗せて寝転ぶ。
「マスター。かわいい」
ネフリが頭を撫でてくる。
「ネフリの方がかわいいよ」
俺はネフリの太ももを撫で返した。
こうしていちゃいちゃしてるだけで金が稼げるなんて最高だね。
「セクキャバのスケベオヤジみたいなことしてんじゃねーし。そんなことしてる暇があんだったら、ファッションとか社交マナーとかの勉強でもして、そのクソダサを直せや」
「ハナサキ様のおっしゃる通りです。ジューゴ様には、今後のお互いの発展のためにも、貴族を接遇する際のマナーについて学習して頂く必要があります」
花咲とパルマがユニゾンで俺を口撃してくる。
「は? なんで俺がそんなだるいことをしなきゃなんないんだよ。高級店に人が足りない時はトカレとシフレが手伝うんだろ? 俺はいらねえじゃないか」
開店にあたって、パルマが奴隷ちゃんズをビシバシ教育する姿を俺はこの目で見ている。正直かなりきつそうだった。
俺は絶対にやりたくない。
「確かに現状ではおっしゃる通りかもしれませんが、今後、店の評判が高まれば、貴族のみならず、お偉方と直接商談をせねばならない機会も増えるでしょう。その時になれば、必ず一定の教養が要求されることになります。ローザお嬢様のような無礼に寛大な方々ばかりとも限りませんから」
「その時はその時だ。必要になってからまた考えるよ」
「教養やマナーというものは、一朝一夕に身に着くものではございません。それに、貴族の作法というものは、本来ならふさわしい者に礼金を払ってまで学ぶ者がいるほど、価値があるものです。それを無料で教われる機会だと、考えれば、悪くない話ではありませんか?」
パルマが諭すように言ってくる。
「ふーん。一見もっともそうな言い分だけどさ。なんか怪しいんだよな。もしかして、パルマたち、俺をあんたらの国の政治事情に巻き込もうとしてない?」
俺は目を細めてパルマを見る。
俺に貴族の作法を身に着けさせてどうしようというのか、穿った考えを抱いてしまう。
「……ローザお嬢様は第二王女であらせられます。そのお嬢様と関わりになられた時点で、ジューゴ様も関係者であることは否定できないかと」
パルマは歯切れ悪く言った。
否定はしないってことは、巻き込むつもりはあるのね。
「まあ、それもそうか。でも、俺はとりあえず、今は遠慮しとくよ」
俺は肩をすくめて言った。
俺の活動範囲はあくまでダンジョンだ。
俺の店に訪れるのは、冒険者だろうと貴族だろうと客は客。
なるべくならそういうスタンスを崩したくなかった。
「しかし……」
「おい。メイドよ。これ以上ジューゴを理詰めで説得しようとしても無駄じゃぞ。こいつは基本的に性欲以外の動機では動かん」
まだ食い下がろうとするパルマに、シャテルが欠伸一つ釘を刺した。
ひどい言われ様。
まあ事実なんですけどね。
「ふう。――分かりました。では、ジューゴ様。この私と一つゲームを致しましょう」
パルマがため息一つ目を見開く。
「ゲーム? どんな?」
「ルールは簡単です。ジューゴ様が、私の出す貴族のマナーに関する課題を一つクリアする度に、一つ回答権を差し上げます。その回答権を使って、ジューゴ様は私の大切にしているある物の色を当ててください。もし当たったら、それを差し上げます」
「色ぉ? 一体なんの?」
俺は耳の穴を指でほじりながら、やる気なく問うた。
「勝負下着です」
「やります」
俺はがばっと起き上がって即答した。
なにそのゲーム。
超おもしろそう。
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