第68話 準備と改築

「上手いこといったな」


 バジーナを追い返した俺は、一人ほくそ笑む。


 来た時はうざいチンチクリンだと思ったけど、結果としては逆に利用することができてよかった。


 商会との契約で、俺は地上で商売はしないことになっているが、俺のダンジョンで本を写させ、それを教会が売るなら、違反にはならない。あくまで教会主体なら向こうも文句はいえないはずだ。


 『マグダラ様は見てる』は他の商店が供給できない俺の独占的な商品だから、値段の設定は俺の自由。要するに、いくらでもふっかけることができるのだ。


 向こうが俺の本で稼いだ金ぎりぎりと同じくらいの高値をつければ、事実上のマネーロンダリング的な感じになる。


(俺が個人で売るよりも、教会の組織力を利用した方が効率的だしな)


 どのみち異世界に著作権法の概念などないから、一度流出してしまえば、無限にコピーが生まれることは止められない。ならば、最初の一回目の販売で、どれだけ稼ぐかが重要だ。


 バジーナとかいう使徒にはせいぜい俺のために働いてもらおう。


 向こうもタダで物語を楽しめるのだし、まさにwin―winである。


「なににやにやしてんの。きっしょ」


 花咲が息を吐くように毒づきながら俺の前に姿を現す。


 手にはファイルに入った書類を持っていた。


 悪口は花咲にとって挨拶のようなものだし、いちいち気にしていても仕方ない。


「おっ。新規店舗の話がまとまったか?」


「うん。大体」


「おっ。そうか。詳しく説明してくれ」


「まず、店は地下二階に作る。で、そこに降りる階段へは、現状の入り口じゃなくて、新たに転移機能つきの扉を新設する」


 花咲がファイルからダンジョンの見取り図を取り出し、その端を指さして言う。


「それは聞いている。原則として予約制だから、使う時以外は人のこない廃ダンジョンにつないでおく形だな」


 俺は頷いた。


 貴族にいちいちダンジョンの中層まで潜らせる訳にもいかないし、かといって常時地上につないでおくのは危険がでかいのでこうするしかない。


「うん。で、貴族じゃない冒険者も一応入ることができるようにするけど、バーテンやってるソルって娘に、一応、客の身だしなみのチェックをしてもらって、臭いのとか汚いのとかダサすぎるのははじいてもらうから」


「まあ当然だな。店のクオリティを保つためには、あまりみすぼらしい客を入れる訳にはいかない」


 金を持ってなくても興味本位の冷やかしで高級店に入ろうとする奴もいるだろうし、客の選別は必須だ。


 まあフランス料理の店とかのドレスコードみたいなものだろう。


「で、新規店舗の方はどんな風な構成にするんだ?」


「まず、階段を降りてすぐの所は、大部屋で中世~近世のサロンみたいなみんなでわいわい歓談とか、社交するためのパブリックスペースにする。基本的にここにパルマが常駐して、客の相手をする感じ。で、奥には鍵付きの個室を六室くらい。こっちは、試着室として使ったり、商談に使ったり、会食につかったり、まあ、個々の客の要望に応じた用途。ちなみに、ウチは今の所、六つの内の二つくらいは、試しに畳を敷いて和室風にしようと思ってる」


 花咲は見取り図を裏返して、淡々と説明する。


「和室? なんで?」


「異世界がヨーロッパ風だから、エキゾチックな東洋風の文化に興味を持ちそうだから。上手く行けば新たなムーブメントを起こせるかもしれないっしょ? もし流行ったら権益独占できるからボロ儲けじゃん。流行んなかったら畳外して普通の部屋にすればいいし」


 なるほど。


 さすがアパレルメーカーの娘だけあって、採算のことも色々考えている。


 これはある程度任せても大丈夫そうだな。


 しかし――。


「ジャポニズムってやつか。っていうか、お前、洋服じゃなくて和服にも詳しいの? 着付けとかもできるのか?」


 西洋文化の権化のような格好をしている花咲が、和の文化を再現できるのか、俺にははなはだ疑問だった。


「当たり前っしょ。ウチは日本人なんだから、洋服の前に和服を勉強しとかないと、もったいないじゃん。せっかく外国の奴らに優位に立てる文化的資源なのに。あ、ちなみに、ウチ、茶とかもガンガン立てられるし、花とかも活けるから」


 花咲は心外だとばかりに眉をひそめ、茶碗を茶筌ちゃせんでかき混ぜる仕草をした。


「まじかよ。すげーじゃん」


 俺は素直に感心して言った。


 委員長といい、花咲といい、人は見かけによらないものだなあ。


「う、ウチのことはどうでもいいっしょ。んで、見城がイメージしやすいようにあんたの部屋でいくつか参考画像を印刷してきたから、さっさと部屋を作れや」


 花咲は照れたように視線をそらし、ファイルごと俺に押し付けてくる。


「わかったわかった」


 俺はその中に入った紙を見て、イメージする。


 サロンの方は壁も白く、全体的に明るい色調で華やかに、個室はそれよりも若干暗く、暖色で柔らかい感じにした、『隠れ家』的な雰囲気をイメージする。


(ついでに一階の方の部屋も増設しておくか)


 ソルにパルマが増えて、うちも随分にぎやかになってきたし、店の規模を拡大してきたからそれに合わせてダンジョンも大きくしなければならない。


 横並びに三室、新しい部屋を作る。


 いつも通りに『真の魔王』にルクスを支払う。


 今回は全部合わせて、四千ルクスくらいかかった。


 まあ、一日分の稼ぎと同じくらいだから、こっちは大した痛手じゃない。


「終わったぞ。これで後は内装とか、商品とかを買ってくるだけか」


「ん。最後の一枚が買い物のリストになってるから、期日までに揃えて、運び込んでおいて」


 花咲が俺の言葉に頷いて言う。


「ああ。空いた時間でパペットで適当にやっておくよ。改めて聞くけど、本当に報酬はいらないのか? バイト代くらいなら全然出すぞ?」


「いらない。出所不明の変な金持って帰ってエンコー疑われてもタルいし。仕入れさえ好きにできればいい」


 あくまで花咲の主目的は将来のためにビジネスの経験を積むことで、金ではないらしい。


 まあこっちとしては、タダで労働力が手に入って、ありがたいけど。


「わかった。じゃあ、とりあえず新店舗のお披露目の日まで一緒に頑張ろうぜ」


「ん」


 俺が握手を求めて差し出した手の指先に、花咲がちょこんと触れる。


 果たして、お貴族様は俺たちの新しい店にどういう反応を示すだろうか。


 当日が楽しみだ。

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