第63話 ☆eleventhvisitor 人は見た目が十割(1)
インベア王国の宮殿は、俗に『
初代の国王、つまり建国の創始者が到達したという、ダンジョンの深層の光景を元に造られた広間は、その名の通り、部屋全体が一つの鏡となっていた。
壁も、床も、天井も、テーブルからコップの一つに至るまで、ドワーフの職人の手で加工され、磨き上げられた高純度ミスリルの鏡面で構成された空間は、ある意味でダンジョンよりも迷宮である。
「おっとこりゃこりゃ。失敬。失敬」
西のテーブルの上に置かれたダンジョン直送のモンスターの希少肉の姿が反射して、東にありもしないごちそうの幻影を作り出し、酔った中年貴族が、それに頭から突っ込む。
「あなたのことばかり想い過ぎて、全てのものがあなたに見えます」
「そんなことおっしゃって。私が気を許したら、おとぎ話の人狼のように召し上がるつもりではありませんか?」
「あなたの魅力の前では、賢者ですら怪物になりましょう」
踊る貴婦人の姿は天井と床の合わせ鏡で無限に増殖し、その手を取る貴公子の気取った微笑みが壁に映れば、耳まで裂けた
一歩足を踏み入れた人間が、否応なしに自らの容姿を自覚させられるその場所は、貴族たちのただでさえ肥大しがちな虚栄心を殊更に掻き立てる。
「あら、あなた。そちらの赤い手袋、素敵ですわね」
「さすがお目が高いですわ。先日当家が支援しております冒険者から付け届けがございましたの。三年に一度しか出現しない、色違いのレア物ですのよ。ですが、そういうあなたこそ、そちらのコートは新調したものではなくて」
「あら。お気づきですか。大したことありませんわ。ただ滅多に出ない16階層のボスモンスターの無傷の毛皮ですから、多少値は張りましたけど」
もっと大きく。もっと派手な色で。
地上から隔絶された熱狂と倒錯で満ち溢れたそのパーティに参加することは、貴族にのみ許された特権であると同時に、業であった。
「皆さま。ごきげんよう」
開け放たれた扉の向こうからしずしずと現れた人物が、舌っ足らずののんびりとした挨拶と共に会場に足を踏み入れる。
生まれてから一度も切ったことがないという、桃色のバージンヘアは編まれ、巻かれ、盛られ、頭の上に壮麗な城を築いている。それだけでは飽き足らず、色とりどりの宝石を削って作られた英雄やモンスターをかたどった髪飾りが、彼女の頭の上の城で神話を繰り広げている。
髪ですらそれなのだから、首や指を彩る装身具は言わずもがなだった。
目がくらむような極彩色の毛皮で作られたドレスは、刻々と千変万化にその色を変え、見る者を圧倒する。
これみよがしに広がる裾は垂れ過ぎて、侍従が十人がかりで持ち上げなければ歩くことすらできないほどの面積を占有していた。
「ご覧になって! イリス様よ! イリス様がいらっしゃったわ」
「今日もお美しいですわね! さすがはインベアの太陽ですわ」
会場が一気に華やぐ。
彼女に近づくことが許されるほどの身分の者は直接追従を述べ、それが叶わぬ者たちは、遠巻きに称賛を囁き合った。
暴力的なまでの富や権力の誇示。
それがイリスのファッションの全てだった。
「こうなって参りますとローザ様のお衣装が楽しみですわね」
「ええ。ローザ様は、いつも斬新な発想で私たちを驚かせてくださいますから、新たな流行を生み出されるかもしれません」
会場の中心から外れ、壁の花になっていた二人の令嬢が他人事のように囁き合う。
玉の輿を狙えるほど自らの容姿に自信がなく、どうあがいてもイリスに話しかけることが叶わないような家格の者にとっては、パーティなどは『参加することに意義がある』ものに過ぎない。
国家の中心で大輪の花を咲かせる高貴な人々の噂話に興じるぐらいしか、楽しみがないのだ。
「どんなに装うとも、パーティの中心は、ローザ様ではなくてイリス様ですわ。どんなに小銭を溜め込み、表面を取り繕っても、身体の中に流れる血までは偽れませんもの」
二人の近くのテーブルに置いてあった飲み物を取りに来た別の貴族の娘が、侮りを込めて呟いた。
「……」
「……」
壁の花になっていた二人が、視線を伏せる。
反論できなかったのは、話しかけてきた女の方が二人よりも家格が高かったからということだけが、理由ではなかった。
ローザが10年に一人の美少女なら、イリスは千年に一人の、インベア王国の至宝である。
生まれも、イリスの母が建国の当時から続く大貴族の家柄なら、ローザは三代前の祖先すら遡れるか怪しい、新興の大商人の娘だ。
天性の容姿も血筋も、また代々宮廷のお抱えである針子たちも、皆イリスの味方であることは、貴族の間では周知の事実だった。
「皆様。こんばんは」
噂話に召喚されたかのように現れた渦中の人物に、皆が視線を向ける。
「まあ!」
「これは――」
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