第62話 家政婦が来た

 俺の部屋に入るまでは常時痴漢撃退スプレーを手にして俺から距離を取るほど警戒していた花咲だったが、一転ダンジョンに入ると子どもみたいに目を輝かせた。


「おー。マジすげー。あのマッカーマウスのパチモンみたいな奴の耳本物? 隣の奴が着てる布ヤバくない? めっちゃ光ってるんだけど! ちょっと触っていいっしょ?」


 店番をしているシフレの横で、店内を見渡して、買い物する客たち一人一人を指さして言う。


「客に失礼だから止めてくれ。サンプルが必要なら俺がツテを使って取り寄せるから。それより、実際見てみてどうだ。ここでお前のファッションに関する技量を活かす気になったか?」


「かなりおもろそう。人間ってせいぜい肌の色は三種類しかないし、身長も大人になったらせぜい140~200cmの間じゃん? でもこっちはぱっと見だけでも、骨格の構造が違う三~四種類の全く別の種族がいるし、肌の色とか毛質を加えたら可能性はむっちゃ広がるじゃん。身長もちっさいのからでっかいのまで色々いて、デザインのインスピレーションが湧く感じ」


 花咲が饒舌に語る。


 異世界人たちの存在は、俺の想像以上に花咲の創作意欲を掻き立てる者らしい。


「そうか。よかった」


 俺はほっとして頷く。


 これなら協力してくれそうだ。


「マスター。マスター」


「ん? どうしたネフリ」


 俺の袖を引く存在に振り返る。


「マスター。また、別の女連れてきた。ネフリがいるのに」


 ネフリが俯いたまま拗ねたように唇を尖らせる。


「違うんだよ。ネフリ。これはそういうんじゃないんだ。その証拠にほら――」


 俺は唐突に花咲の髪を撫でる。


「髪触んなボケ。玉蹴るぞ。セットが崩れるだろうが」


 花咲が俺の手を振り払い、鬼のような形相で睨みつけてくる。


「な? この通りだ。俺にはネフリしかいないんだから、そんな顔をするな」


 俺はすぐに手を引っ込め、その手をネフリに頭に移した。


「えへへ。ならいい。やっぱりネフリがマスターの一番」


 ネフリは嬉しそうに俺に頭を撫でられ続ける。


「あの、ご主人様。余計なお世話、だったら、すみません。そろそろ、地上から、新しいメイドさんを、呼ぶ時間だと、思います」


 シフレが時計を見て、ぽつりと呟いた。


「おっ。そうだった。思い出させてくれてサンキューな。シフレ」


 俺は転移機能つきの扉を、一瞬だけダンジョンの上層部につなぐ。


 事前にローザと相談して、俺の要求したメイドを迎え入れる場所と時間を決めておいたのだ。


 扉が開く音がする。


 長い通路を一定のリズムでコツコツと通路を歩く音がしたと思った次の瞬間、それは俺の前に姿を現した。


「メイドきたあああああああ! FO―! FO―!」


 俺は一人興奮して歓声を上げた。


 髪は青のボブカット。瞳は碧眼で、肌は白く、全体的に色素が薄い感じだ。


 種族は見た所、普通の人間で、年齢は俺よりは若干年上だろうが、20に満たないくらい。


 顔は文句なく美人。どこか憂いを帯びた眼差しに色気を感じる。


 服はロングスカートのドレスでエプロンはなし。


 頭にはよくメイド喫茶のパチモンメイドがつけているようなカチューシャはなく、代わりにシンプルな柿色染めの頭巾を被っている。


 背筋はピンと伸びて、『芯が通っている』感じ。


 明らかな教育の痕跡というか、文化的な匂いがする。


 まさに要求通りだ。


 まあ服装はメイドというよりはどっちかというと家政婦と表現したくなるような恰好だが、そもそもメイドが近代の産物なので、異世界の住人に正確なメイド服を期待するのも無茶だろう。


 俺的には今の服も充分に似合ってるし、そもそもかわいいければ服装とかどうでもいいよね!


「ふーん中々かわいいじゃん。ヴィクトリアンメイドっぽいね。で、誰?」


「こいつがさっき話した王女との仲介役なんだ。花咲が俺に協力してくれるなら、あいつと相談してことを進めてもらうことになる」


 首を傾げる花咲に、俺はそう掻い摘んで説明する。


「失礼します。こちら、魔王ジューゴ様のお屋敷で間違いございませんでしょうか」


 こちらに歩いてきたメイドが、静かに、しかしよく通る声で呟いた。


 『ダンジョン』と言わず『お屋敷』というところに、そこはかとないプライドを感じる。


「そうそう。俺がジューゴ。なんならご主人様って呼んでくれてもいいよ」


「よろしくお願い致します。ジューゴ様。私は、ローザお嬢様の下で侍従長を務めておりましたパルマと申します。以後お見知りおきを」


 パルマと名乗ったメイドは、俺の要求をさりげなくスルーして、スカートの裾をつまんで一礼した。


「ああ、よろしくな。とりあえずここだと客がいるからこっちへ。それで、どうする? ちょっと休むか? それとも早速仕事の話に移るか?」


 俺はパルマを倉庫の中に導いてから、問う。


「お仕事の話でお願い致します。それが私の役目ですから。不躾に伺いますが、当日販売する服の見本はご用意くださいましたでしょうか。ローザお嬢様が一番楽しみになさっている点ですので」


「一応いくつか買ってきたけど」


 俺は部屋の段ボールを指さした。


 とりあえず、俺はファッションのこととかは何も分からないので、セレブのパーティ=ドレスという安直な発想で、中古で数千円のやつを適当に買ってきた。


「……」


 パルマは床に膝をついて屈み、服を一着一着検分していく。


「うわっ。ダサっ」


 花咲が半笑いで言う。


「マジで。そんなにダサい?」


「ああいう服は、せいぜいホームパーティとか、気楽な仲間内の集まりに着ていくやつっしょ。見城、王女様がどうのって言ってたけど想像してみ? カンヌとか宮中晩餐会であんな安っぽい服着てるとこ。権威も威厳も台無しっしょ」


「そんなこと言われたって一着何十万もするドレスとか、サンプルのためだけに買ってこれるかよ」


 俺は肩をすくめて言った。


「……。申し訳ございませんが、室内着としてならともかく、この服で公の場に出るのは厳しいかと」


 パルマが淡々とそう言いながら、一着一着を丁寧に、かつ手早くたたんで段ボールにしまっていく。


「うん。そっかー。しゃあないな。でもさ、よくよく考えたら、マジックアイテムの服もある訳じゃん。魔法とかで演出できる服があるんだったら、俺のような魔法の付与されていない庶民の衣装しか用意できない俺に出番はあるのか?」


 もし俺が金持ちの派手好きだったら、実際に龍の幻影がとび出してくる服とか作る気がする。


「確かに貴族の方々は外出時や式典の際には魔法の付与された服をお召しになりますが、今回に限ってはその点は問題ありません。王宮とその周辺は、魔法による暗殺を防止するため、基本的に常に高位の魔法使いたちが常駐してアンチディスペルの結界を展開しております上、王以外の人間はマジックアイテムの着用が禁止されております。故に、王宮の社交界ではいかに魔法を使っていない美しい装いを用意できるかが、貴族の方々のステータスとなっているのです」


「へえー。そういうもんか」


 俺の疑問をパルマが丹念に解きほぐしていく。


 要するに、あれか。


『魔法のある世界で敢えて魔法を使わない贅沢』とかそんな感じかな。


「パルマとかいったけ? あんたこの世界のセレブのファッションに詳しいの?」


 花咲が進み出て言う。


「貴人の方々のお近くに侍っておりますのである程度は。ところで、失礼ですがどちら様でしょうか? 私が事前に教えて頂いた中にはおられない方かと存じますが」


 パルマが俺の方を一瞥して問う。


「ああ、こいつ、俺の助っ人の花咲サユ。多分俺よりもこいつと話した方が早いから、疑問に答えてやってくれ」


 俺はそう言って、花咲に丸投げする。


「そうですか。かしこまりました。なんなりとご質問ください」


 パルマが花咲に向き直って呟く。


「じゃあ、あんたの国の社交界の主流は? 典型的なファッションを一つ挙げてみて」


「そうですね。俗に『ドラゴンのとぐろ』と呼ばれる三角錐型の巻き髪に、色とりどりの幻獣を縫い付けた末広がりのドレス。様々な宝石をあしらったホーンラビットの靴あたりが、社交界に出入りできる、中級クラスの典型的な貴婦人の格好でしょうか。」


「要するに、こんな感じ?」


 パルマが爆速でスマホをいじってから、パルマに見せる。


 中には、ドレスの裾がコルセットで広がって、髪が『昇天ペガサス盛り』的なノリで縦に伸びたど派手な貴族が映っていた。


 ファッションに詳しくないから詳しい名称とかは分からないが、一言でいえば、『マリー・アントワネット』といった雰囲気だ。


 あっ、ちなみに発電機で電源を確保したあたりで、ダンジョン内にwifiの中継機を設置したので、ダンジョン内でも一応ネットが使えるようになっている。


「ええ。まさに。そのような雰囲気です」


 パルマが我が意を得たりとばかり頷いた。


「で、あんたはどういうファッションを求めてるの? このファッションの発展形? それとも革新?」


 花咲がハキハキとした声で問う。


「革新です。ローザお嬢様はイリス様と対抗しておられるので」


「こいつも俺と同じ外国の出身だから、パルマの国の事情にはあんまり詳しくないんだよ。だから、もうちょっと詳しく教えてやってくれ」


 俺はすかさず口を差し挟んだ。


 実は俺もあんまりそこら辺の事情は知らないので情報は集めておきたい。


「現在、王宮では 第一王女のイリス様と第二王女のローザ様がその権勢を競い合っておられます。イリス様の支持基盤は大規模な土地を所有しているような上流の貴族と旧教――すなわち光神教徒以外の火・水・風・土などの精霊神信仰を旨とする者たちです。対してローザ様の支持基盤は光神教徒や、中・下流の貴族、商人などここ百年あたりに急激に力をつけてきた新興勢力です。以上の情勢を有体ありていな言い方でまとめれば、イリス様が保守勢力。ローザ様が革新勢力ということになります」


 パルマがアナウンサーのような淀みない声ですらすらと説明する。


「つまり、ファッションでそのローザっていう女が自分の方がイケてるって証明できればいいんでしょ」


「はい。ローザお嬢様のお言葉を借りるなら、『未来』を見せてくれるような装いを、というご要望です」


 パルマが頷く。


「ふーん。じゃあ、やっぱり全体的な方向性としてはこれかな。――どう?」


 花咲がまた爆速でスマホを動かして、画像をパルマに見せつける。


 さっきみたいな派手な服じゃなくて、落ちついた感じのドレスだ。


 どことなく時代がぐっと現代に近づいた感がある。


「ローザ様に直接伺ってみるまでは断言しかねますが、私は気に入られると思います」


 パルマがそこで初めて声に喜色を滲ませて言った。


「やっぱりね。今の流行はロココっぽいから、アールデコ調な機能美で攻めればいけると思った」


 花咲が満足げに頷く。


 そんなこと言われても、俺にはさっぱり分からない。


「俺にも分かるような言葉で説明すると?」


「うーん。キャバ嬢から清楚系女子大生にチェンジしたって感じ?」


「なるほど」


 わかりやすぅーい。


「少々伺いたいのですが、この服はすぐにでも手に入りますでしょうか?」


「ん? ローザが俺んとこのダンジョンに来るのにはまだ三週間以上あるだろ? そんな急ぐことなくね?」


 俺は首を傾げる。


「ええ。ですが、おそらく、この服をご覧になったらローザ様は来週にある晩餐会でお召しになりたいとおっしゃると思いますので、早めに動いておいた方がよいかと思いまして」


 要するにパルマの独断か。


 言われる前に動くのが一流ってやつね。


「花咲。どうだ? 間に合うか?」


 俺は花咲の顔を窺う。


「今からドレスを作るのは無理だけど、中古のブランドのやつを仕立て直せば何とかなると思う。本人が実際に来られるなら、ウチがコーディネイトしてあげる。そのローザっていう女は偉いんだから金は持ってるだろうし、予算は気にしなくてもいいっしょ?」


「そうですね。そういった話ははしたないのであまり口にしたくはないのですが、このくらいまでは出せます」


 パルマがこちらにしか見えないように、指で金額を示すサインを送ってくる。


「何億もかかるとかじゃなければ余裕だな」


 俺は脳内で異世界の金を日本円に換算してから、花咲に告げた。


「オッケー。じゃあ、日程が決まったら教えて」


 花咲が快く頷いて言う。


「かしこまりました。ローザ様もお喜びになると思います。では、早速地上に戻り、ローザ様に本日話し合いさせて頂いた件をお伝えしたいと思うのですが、できれば、先ほどハナサキ様が見せてくださった絵をお借りできるとありがたいのですが……」


 パルマが控えめにそう要求した。


 まあ、画像があるのとないのでは全然イメージできる度合に差があるだろうしな。


「ああ、ちょっと待ってろ。花咲。スマホの画像をプリントアウトするからURLを俺のアドレスにまとめて送ってくれ」


「ん」


 俺が一回部屋に戻って、何枚かの服装のサンプルを印刷した物を渡すと、パルマはまたすぐに地上へと戻って行った。


 エロいメイド服に着替えてくれと言い出す暇もなかった。


 次はまた二日後に戻ってくるらしいので、その時にお願いしてみよーっと。


「いやあ。助かったぜ。花咲。でも、ここまで関わったからには、最低限、一か月後に俺の店にローザたちを招くまでは協力してもらわないと困るぞ」


 俺はそう言って花咲の肩を叩いた。


 思わぬところでいい人材を拾ったものだ。ある意味であのチャラ男たちに感謝しなくてはいけないかもしれない。


「それは別にいいけど、これで今日のカラオケの件は貸し借りなしな。あと学校では馴れ馴れしく話かけんな。クソダサがうつる」


 花咲が俺の手を払いのけて言った。


 キビシー。


 だけど、正直な人間は嫌いじゃないのよね俺。


「もちろんだ。だけどそっちも、ダンジョンのことを漏らさないでくれよ。念のためにバラしたらダンジョンに関わる一切の記憶を消去する契約を結んでもらうから」


「ちっ。しゃーねな」


 花咲が渋々ながらも俺との契約に応ずる。


 これで完璧だな。


 ピロロロリン。


 耳に届いた音に俺は顔を上げる。


「充悟くんが私たちの愛の巣にクソビッチを連れ込んでる! 浮気の現場ばっちり押さえたからね!」


 委員長がスマホを構えて震えていた。


 そういえば最近委員長に合鍵あげたんだよね。


 っていうか、この光景、完璧にデジャヴ。


「お帰り委員長。色々あって、花咲がダンジョンの新規店舗の開設に協力してくれることになったぞ」


 俺は委員長に向けて手を振る。


「そんなことはどうでもいいのよ! 私と充悟くんで花咲を屈辱のどん底に突き落とす作戦はどうなったの!?」


 委員長が手を大きく広げて絶叫する。


 何か目的変わってない?


「なんかあいついつもとキャラ違くね?」


 花咲が俺の耳元に囁いてくる。


「あっちが本性だから。意外と花咲と委員長は気が合うと思うんだけどな。俺は」


 俺は花咲に囁き返す。


「二人で何ひそひそ話してんのよ! 花咲サユ! こうなったら闘技場で私と決闘よ! 肉体言語で決着つけましょう!」


 委員長が花咲をビシっと人差し指でさす。


「よくわかんないけど、売られた喧嘩は買うし!」


 花咲が中指を立てて応えた。


 その後、二人は闘技場でゴブリンに憑依して血みどろの喧嘩をして、相討ちで床にぶっ倒れた。


 拳と拳で語り合って、通じ合うものがあったのか、なんだかんだで二人は和解し、なんと花咲は委員長への詫びの印として、あんまりなりたがる奴がいない文化祭の実行委員を買って出たらしい。


 ともかくも、八方丸く収まって良かった。


 やっぱり平和が一番だね。☆(ゝω・)vキャピ

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