第61話 合コン監視タイム(2)

「あ? なんだお前――」


「……」


 俺は手前の席に座っていたロン毛に無言で催眠をかける。


 別に物理攻撃で排除してもいいのだが、それだと傷害だし、できるだけ手は汚したくない。


 くるりと踵を返したロンゲがいきなり全力で向かいにいた金髪をぶん殴る。


 不意打ちを受けた金髪は抵抗できずに昏倒した。


「おい! いきなりなにやってんだお前! 正気か!」


 茶髪が目を見開き、怒りを露わにする。


「……」


 ロンゲはそんな茶髪に、無言で襲い掛かった。


「ちっ。頭大丈夫かお前!」


 茶髪がロンゲと取っ組み合いの喧嘩になる。


 俺はその間に、ポカンと事の成り行きを見ていたオークとスケルトンにもちゃちゃっと催眠をかける。


 オークとスケルトンが、茶髪の脚にすがりついて動きを止めた。


「おい! 重いぞデブ! いたっ。くそっ。てめえ一体何やった――」


 三対一でボコボコにされている茶髪にちゃちゃっと催眠をかける。


 後は四人全員で金髪の身体を拘束し、やがて最初の不意打ちから目を覚ましたそいつにも催眠をかけて、完全制圧完了。


 後はこいつらを警察に自首させるなりなんなりすれば終了だ。


(っていうか、もうこれ、委員長の悩み、解決してね?)


 オークとスケルトンに裏切られたと分かれば、多分花咲とは絶好状態になるだろうし、最低でもわざわざホームルーム中に会話はしないくらいには疎遠になるだろう。


 と、なれば、委員長に迷惑をかけることもなくなる。


 つまり俺のミッションは図らずも完了していた訳だ。


(さて、これからどうするか。別にこのまま帰ってもいいんだけど、せっかくだからこの機会を最大限に利用したいな。できれば、花咲は仲間にしておきたい)


 今、ローザに要求された高級店の計画を練っているが、俺自身はあんまり地球のお高い店に行った経験がないから、正直、店舗設計のセンスに自信がない。


 まあ、店は最悪、どっかのオサレな店の内装を丸パクリすればいいかもしれないけど、個々人に合わせてコーディネイトしなきゃいけないファッション関係のオーダーに応えるには、俺一人じゃ厳しいだろう。


 委員長もあんまりそっち方面は詳しくなさそうだし。


 その点、セレブかつファッションに詳しい花咲の協力が得られれば、かなり助かるはずだ。


 少なくとも説得を試してみる価値はあるだろう。


 もし断られたら催眠で記憶を消して全部なかったことにすればいいし。


 そう考えた俺は、五人を床に正座状態で待機させた。


 それから自身にかけていた偽装を解き、一~二時間ほどしぶとくカラオケのソファーに横たわる花咲に呼びかけて、彼女が起きるの待つ。


 つーか、花咲も寝顔だと日頃の調子こいてる感じがなくて純粋に天使みたいにかわいい。


 ちょっと襲いたくなる気持ちも分かるね。


「ん……」


 やがて、花咲がゆっくりと目を開き、焦点の合わない目で俺を見つめる。


「よかった。目を覚ましたか」


 俺は紳士っぽくそう言って、ほっとしたように息を吐き出す。


「あ、あんら――見城? な、なんれここりいるの?」


 花咲が呂律の回らない口調で言う。


 まだ薬の影響が残っているのだろう。


「なんかヒトカラしてたら、こいつらが意識のない花咲を引っ張ってどこかに連れていこうとするのを偶然みかけてさ。明らかに様子がおかしいし、部屋の中を覗いたら花咲の友達もいるし、怪しいと思ってこの男たちに声をかけたら喧嘩になって、後はこんな感じだ」


 俺は適当な嘘をでっちあげつつ肩をすくめた。


「そっか。ウチらが席を外した隙に何か盛られたのか」


 花咲は苦々しげに呟いて、上体を起こした。


「そうみたいだな。警察とか救急とかに連絡しようとも思ったんだけど、こいつらを問い詰めたら命に別状はないような薬らしいし、大事になったら、花咲が嫌がるかもしれないと思って、一応、起きるまで待ってたんだ。なんなら、今からでも呼ぼうか?」


 俺は柔らかい口調でそう語りかける。


「いや、いい。ネットでニュースとかになったらウチの芸能活動にとってマイナスしかないし。それより、おい! そこのクソダサウーロン茶。なんでウチを狙った? 答えろや!」


 ヤンキー口調になった花咲が、茶髪の胸倉を掴んで、唾を吐きかける。


 ある意味ご褒美的な攻撃にも、茶髪はぼうっとした顔のままぴくりとも反応しない。


 まあ俺が催眠かけてるからね。


「ほら、全員、順番に花咲に犯行動機を白状するんだ」


「実は――」


 俺の命令に、茶髪たちがぽつぽつと動機を語り始める。


 元々、茶髪たちは大学でファッション研究会という結構大人数のサークルを運営していたらしい。そこに花咲の親が、研究用にと、本来ブランドの品質維持のために裁断するはずの売れ残りを善意で譲渡していた。だが、本来なら、縫製の技術とかデザインとかを学んだ後に廃棄するはずだったそれを、こいつらはそのまま転売していた。ある日、それが発覚し、激怒した花咲の親は即座に、ブランド品の提供を止め、彼らをファッション業界から追放した。それを恨みに思った茶髪たちが、復讐ついでに花咲の恥ずかしい姿をムービーで収め、花咲の親を脅迫して、元通りにブランド品を流すように強請るつもりだったようだ。


 一方、オークとスケルトンの動機はもっと単純で、いつも自分たちが美人な花咲の引き立て役みたいにされているのが気に食わないから、単に痛い目に遭わせたかっただけらしい。


 アホだ。


「要は逆恨みと嫉妬じゃん。ほんと死ねや。俗物どもが」


 話を聞き終えた花咲が、コップの中身を一人一人の頭の上にぶちまけていく。


「……災難だったな。とりあえず、友達は選んだ方がいいと思うぞ」


 俺は親切心からそう諭す。


「うっせ。っていうか、見城、こいつら全員とボコりあって勝ったの? あんたどう見てもそんな強い風に見えないんだけど」


 花咲が俺に疑いの眼差しを向けてくる。


 まあ、こんな経験した後だと人間不信になってもしょうがないね。


「まあそんなところだよ。なんせ俺は、『魔王』だからな。色んな特殊能力を使えるんだ」


 俺はキメ顔でそう言った。


「うわっ。見城。それギャグで言ってんだとしたら相当キツいからやめた方がいいよ。マジで」


 花咲に真顔で忠告された。


「違う。ガチだ。そうだな――例えば」


 俺は偽装のスキルで、自分の姿をたまたまカラオケの電光掲示板に映し出されていた女性アーティストの姿に変える。


「うわっ。ヤバっ! なにこれ!? マジック?」


 花咲が確かめるように、俺の身体をべたべたと触ってくる。


 全く遠慮はない。


 何か高そうな香水のいい匂いがするんですけど。


 こうやってオタクのギャルに対する幻想が醸成されていくんやね。


「違うって。他にも――ブナッシーになーれ!」


 ぶなの木の精霊とかいう設定のゆるキャラになりきるように、正座させた五人に命令する。


「ブナッシーなっしー!」

「ブナッシーなっしー!」

「ブナッシーなっしー!」

「ブナッシーなっしー!」

「ブナッシーなっしー!」


 五人が髪を振り乱し、カラオケルームを所狭しと跳ね回る。


 自分でやっといてなんだけど、かなり鬱陶しいなこれ。


「つ、つまり催眠術ってやつ?」


 若干引きながらも状況を把握する。


「そんなところだ。実を言うと、俺はこの力を使ってここしばらく花咲を監視していた」


 俺は指を鳴らして五人の行動をストップしつつ、正直にそう白状した。


 仲間にするなら、なるべく隠し事はしたくない。


「は? おい見城。詳しく話せやこら」


 花咲が眉を逆立て、俺に詰め寄ってくる。


「ああ。いいぞ――」


 俺は動じることなく、花咲にこれまでのいきさつを語って聞かせた。


「ちっ。あのブス! 文句があるならウチに直接言えや」


 話を聞き終えた花咲が舌打ちする。


「まあまあ。委員長には委員長の夢があってそれに向かって努力してんだよ。花咲も一生懸命服選んでくる時になれなれしく店員が話しかけてきたら鬱陶しいだろ」


「無理に例えなくていいし。プライベートを覗かれたのはマジでむかつくけど、前のホームルームではウチの方が悪かったのは認める。……で、見城は何でわざわざウチに変な力を使えることを教えた訳?」


「だからさっきも言ったように俺はガチで魔王としてダンジョンを運営してるんだよ。んで、そのダンジョンで店をやってるんだけど、そこにやってきた客の王女様がファッションに意識高い奴でさ。俺じゃあ対応できないから、オシャレピーポーな花咲の力を借りたいと思って」


「は? ダンジョン? 王女? 意味わかんない。見城変な薬やってんじゃないの」


 花咲が首を傾げる。


 まあそうだよな。


 ゲームとかマンガ的な文脈が分からない人間に魔王云々言っても通じる訳がない。


「とりあえず、俺についてきてくれれば分かるよ。現場を見て、興味を持ったら協力してくれればいい。どうだ?」


 俺は鷹揚にそう問うた。


「よくわかんないけど、どうせ今日は一日オフにしちゃったし、とりあえず今、この場でウチの頼みを一つ聞いてくれたら付き合ってやってもいいけど?」


 花咲が不遜にそう言って鼻をそらす。


「頼みってどんな?」


「このままナメられっぱなしじゃむかつから、こいつらに罰として欲しい催眠があるんだけど。見城なら余裕っしょ?」


 花咲がぼうっと突っ立っている五人の方を顎でしゃくる。


「それくらいならいいけど、さ、さすがに自殺しろとかはなしだからな」


 俺は頷きつつ、一応そう釘を刺す。


 ダンジョンでは割と普通に人を殺している俺だが、そこらへんの倫理観の線引きはしっかりしちえるのだ。


「そんなことしないし。ウチがして欲しいのは――」


 花咲が口の端を釣り上げて要求を口にした。



                        *



「いやー、本日は第一回『モハ103系を愛でる会』にご参加頂きありがとうございました。初めての会合でしたが、モハ系の持つ素朴な田舎娘のような魅力について、存分に語り合えたと思います」


 すっかりオラついた雰囲気を失った茶髪が、穏やかな声で閉会を宣言した。


「まずいですよ。早くしないの対鉄の新車両お披露目に間に合いません」


 金髪が呟く。


「本当ですか? はあはあ。初物好きの俺としては絶対見逃せませんねえ」


 ロンゲが髪をいじりながら鼻息を荒くした。


「全く君はロリコンだなあ。電車は都落ちしてなおローカル線で頑張っているような歴史と風格を感じさせる車体が一番です」


「でゅふでゅふ。熟女好きの君も相当なものですよ」


「こら君たち。女性の前ではしたない話はやめたまえ。じゃあ、ここは俺たちが払っておくんで、お先に失礼します」


 チャラ男、いや正確には元チャラ男三人衆が頭をペコペコしながら、伝票を手に部屋を退出していく。


 彼らは全員、一生電車の車両にしか欲情できない身体に改造された。


 ファンション関係のサークルをやっていた記憶も改竄されているので、もはや花咲たちに対する恨みすら忘れている状態だ。


 まあそのまま放っておけば、性犯罪を起こしそうな人間だったし、こいつらには同情しない。


「腹が減ったブヒ。豚丼食べにいくブヒ」


 オークがブヒブヒ言いながら、チャラ男たちの後に続く。


 オークは、一生豚っぽい喋り方と行動をすることを余儀なくされた。


「ホネが、ホネが、ホネが足りないー。スローニンのアイテムを買いに行くホネー」


 スケルトンは、化粧バックから取り出した口紅で、彼女自身の着ている服に、ドクロマークを描きながら部屋を出て行く。


 スケルトンは見た目通り、骸骨柄の服しか着られない強迫観念を植え付けられたのだ。


 もちろん、二人とも花咲と友達だった過去の記憶は改竄してある。


 自業自得とはいえ、こっちの二人は日常生活に支障が出そうな感じでちょっとかわいそうになる。


「まじでエグい発想をするなー。お前」


 催眠で性格改造された面々を見送りながら、俺は呟く。


「はあ? こんなの全然ヌルいっしょ。ウチがもう一個考えてた本気モードの復讐プラン聞く?」


 花咲がすっと目を細める。


「いや、いいや。とりあえず早く出ようぜ」


 これ以上、女の深い闇を覗きたくなかった俺は、さっと顔をそらす。


 俺は常に幻想の中で生きていたいのだ。


 ネフリちゃん!


 早く俺を癒して!

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