第60話 合コン監視タイム(1)

 そして日曜日。


 『偽装』で女子高生風に姿を変えた俺は、カラオケボックスにいた。


 十人ほど収容可能な広い部屋に一人。


 ちょっと寂しい。


 だが、花咲たち合コン場所の隣の部屋はここしかないので仕方がない。


 もちろん、部屋番号を指定した上に、一人なのに広めの部屋を選択したことで、カラオケの店員には怪訝な顔をされたが、『後から人が来るんで』の一点張り+催眠で意識をちょっといじって、無理矢理押し通した。


 花咲を監視するにあたって、事前にダンジョンで新たに取得しておいたスキルが三つある。


 『透視』と『格闘』と『遮音』だ。


 どちらも六段階くらいまで強化して、払ったルクスは計一万四千くらい。


 透視を取った目的は言うまでもなく花咲の合コンの様子を見張るためであり、格闘の方は万が一ストーキングしてるのがバレて、向こうの大学生ともめごとになった場合に備えての保険である。


 遮音は、会話を盗聴するためだ。すでに身体能力強化のスキルを持っているので、壁の一つ向こうの音を拾う力自体はあるのだが、そのままだとカラオケの音とかのノイズが入ってきてしまうので、余分な音をカットするためのスキルが必要だったのである。


(さて。じゃあ、早速スキルを使うか)


 身体能力強化と遮音を併用しつつ、会話のみ聞き取れるように耳をチューニングしていく。


 一応、昨日ちょっとテレビと音楽プレイヤーを使って練習しておいたから、わりとすんなり成功した。


 後は透視を発動。


 これで、向こう側の部屋は丸裸状態である。


 男三に女三の典型的な合コンスタイルだ。


 男女が交互に座ることによって、お互いの親密さを高めようという感じの席順である。


 女性陣で美人なのは花咲だけで、残り二人はそれぞれオークみたいな顔したデブとスケルトンのような拒食症が疑われる骸骨である。


 二人とも、俺のクラスメイトで、花咲と一緒に騒いで、委員長に迷惑をかけていた奴だ。


 男の方も一様にチャラく、一人は茶髪、一人は金髪で、最後の一人はロンゲの量産型大学生といった風情だ。


 全員、雰囲気イケメンっぽい感じである。


 店員がドリンクを運んできて、それぞれ曲を入力した。


 電光掲示板に歌詞が表示され、カラオケが始まった。


「たそがれる私はークワガタムシー」


 オークが必死の上目遣いで、定番のラブソングを歌いあげる。


 エイコの歌ならブサイクが歌ってもそれなりにかわいく見えるという風潮。


 一理ない。


 俺はカラオケの音をカットしているので、口の動きだけで判断するしかないが、きっと聞き苦しいブヒブヒボイスに違いない。


「にしても、サユちゃんほんとかわいいよね。読モやってんでしょ? 俺一発でファンになっちゃったわー」


「は? お前遅れてね? 俺とかサユちゃんに会えるって聞いて、雑誌買って予習してきたし」


「キッショ。乙女かよ! そう言えばお前すね毛剃ってたよな」


「ははは、ウケる」


 できそこないの若手芸人みたいなトークに、花咲が愛想笑いで応ずる。


「初っ端焦ったー。マジヘタクソでごめんね!」


 オークが豚汁流しながら席に戻ってくる。


「全然そんなことないよ。めちゃくちゃ上手いじゃん俺ガチでエイコのスタンド見えたもん!」


「んなこといっても、サユちゃんたちには通じないよ。ごめんね、こいつオタクだからさー」


「あっ、でも、ワタシたまにマンガ読むよ。ほら、この前映画化したおっきな怪獣が出てくるやつ!」


 スケルトンがすかさずそう自己主張する。


「おっ。それ惨劇の亜人じゃん youも中々オタクだねー!」


 金髪が両手の人差し指でスケルトンを示す。


 あっ。


 だめだ。


 めっちゃイライラするこいつらの会話。


 このままだと壁ドン(元祖の方)しそう。


「じゃ。次俺歌っちゃいまーす」


 俺のむかつきとは裏腹に、和やかな雰囲気で合コンは進んでいく。


 一応、男の方も合コン慣れしているらしく、それなりにブサイク二人にも話を振るから、空気は悪くない。


 しかし、男の意識は三人とも明らかに花咲だけに向いている。身体の向きとか、瞳孔の開き方とか、声のトーンが花咲に対してだけ露骨なのだ。


「あっ、ワタシちょっと化粧直してくるね」


 カラオケが一巡したところで、スケルトンが唐突にそう言って立ち上がった。


「あっ、私も化粧直してくる。ね、サユも行こう」


 オークが花咲の手を引く。


「は? ウチは別に……」


「行こうよ。お願い。色々相談したいこともあるし」


 スケルトンが意味深にウインクした。


 合コンの獲物の分配でも話し合いたいのだろうか。


「はあ。分かったし」


 花咲が渋々と言った様子で立ち上がった。


 やばい。正直げんなりしてきた。


 確か花咲たちは二時間コースで入ってるから、あと一時間以上もこのクソたるい会話を盗聴しなくちゃいけないのか。


 などと思っていると――


「おい。本当にやるのか?」


 ロンゲが躊躇したように問う。


「ここまできて辞められるかよ。何のためにブス二人を必死にイ○スタでおだてて花咲の娘を引っ張り出したと思ってんだ」


 茶髪が呟く。


「そうだぞ。あいつの親のせいで俺たちのイベサーが潰されたんだから。これは正当な復讐だ」


 金髪が追従した。


 なんか大学生が不穏なことを話し始めた。


 茶髪が鞄から粉薬を取り出して、花咲の飲み物に混ぜる。


 一体何のお薬だろうなー。


 『鑑定』してみる。


 うん。アウトですね。これは。


 ペロっとするまでもなく睡眠薬ですたい。


 もしかしたらエロいパーティーが始まればいいな、くらいには思っていたけど、さすがにこんなやばいイベントが発生することは想定していなかった。


 今から警察に通報しても間に合うだろうか。というか、仮に通報するとしても、魔王のスキルで覗いている俺はどう説明していいか分からない。


 別に花咲を助けてやる義理はないのだが、かといってこのまま見捨てて帰るのも後味悪いしな。


 委員長の時みたいなDQNに絡まれたくらいの案件ならともかく、こっちは一生モノの傷になりそうだし。


「お待たせー」


「次誰の番?」


「あっ。ウチだ」


 そうこう悩んでいる内に、カラオケが再開される。


 この店の空調がしょぼくて蒸し暑いこともあってか、花咲はすぐにドリンクの中身を飲み干し、さらに15分も経つ頃には意識を失って眠りに落ちた。


 その間、俺はスマホで匿名の通報する方法を探していた。


 匿名通報ダイヤルというのが存在するが、これだと今回の場合は明らかに間に合わない。


 かといって、普通の緊急用の110番では、こっちが非通知にしていても、向こうからはこっちの番号が分かる仕組みになっているらしい。


 俺が有効な手を打てないでいる内にも、事態は進行していた。


「にしても、君らもたった数万ぽっちで俺たちに協力するなんて悪だねー。サユちゃんは友達っしょ?」


 茶髪が悪代官的な笑みを浮かべてからかう。


「だってこいつ調子乗っててむかつくんだもん」


 オークが忌々しげにサユを見下す。


「ねー。ちょっと、読モやってるからって生意気すぎ」


 スケルトンが追従した。


「それもどうせ、親のコネっしょ?」


「そう。コネコネ」


 おいこら。オークにスケルトン。


 お前らもグルかよおい。


 まあチャラ男どもが二人に薬盛らなかった時点で推測はできてたけどさ。


 それにしても。女ってこえーな。


「あー。あの女ならやりそう。俺らもサユちゃんの親にひどい目遭ったんだなこれが」


「そうそう。商売の邪魔されてさ」


 金髪とロンゲが頷き合う。


「まっ。世間話はそれくらいにして、皆さんお待ちかねの凌辱タイムいっちゃいます?」


 茶髪がいやらしく笑ってスマホを取り出した。


 待望のエロシーンきたあああああああああああああああ!


 などと冗談を言ってる場合じゃないか。


(しゃあない。俺が自力で助けてやるか)


 俺は腹をくくって部屋を出て、唐突に花咲の眠る部屋に突入した。

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