第59話 証拠

「にゅふふふふ」


 とある土曜日。


 俺は自室でパソコンをいじりながらほくそ笑んでいた。


「充悟くん。どうしたの。にやにやして」


 俺の隣で一人格ゲーをしている委員長が言った。


「もう何日かしたらメイドが派遣されてくるんだよ。せっかくだから色々なメイドコスプレをさせて楽しもうと思って」


 開いた通販サイトには、仮装用の数千円のメイド服がランキング化されている。


 どんなメイドがくるのだろうか。ロリっぽいのなら、不思議の国のアリスっぽい仮装をさせてもいいだろうし、年上なら敢えてださいハートのエプロンとかで羞恥プレイをしてもいい。


「相変わらずドスケベなんだから。私の彼氏さんは。他人のメイドより、少しはイマカノの私の悩み事に気を配ってくれてもいいんじゃない?」


 委員長は不満げに唇を尖らせ、ラスボスをフルボッコにしてからコントローラーを置く。


「えー、だって、花咲はプライベートじゃ全然非行してないんだろ? だったら、どうしようもなくね?」


 俺はそう答えて検索を続ける。


「そうなのよね。てっきり毎日不純異性交遊しまくってると思ってたのに!」


 委員長が傍らに置いてあった、花咲から送られてきたメール(を印刷した紙)を見て、忌々しげに見遣る。


 学校では不真面目な花咲だったが、予想に反して、彼女の私生活はストイックだった。


 一日の大半はファッションの勉強や、服飾の実践に余暇の大半を費やしており、その他の時間はモデルの仕事とかをしていて、委員長が言うような不埒な行為は全く見当たらなかった。


「もしかしたら、花咲は委員長が思ってるほど、悪い奴じゃないんじゃないか。真面目の方向性が違うだけでさ」


 俺には、委員長も、花咲も、どちらも将来のために努力していることには変わりないように思える。


 毎日を適当に生きているだけの俺には、ちょっとまぶしく見えた。


「騙されちゃだめよ充悟くん! これは不良がちょっと動物に優しくしただけでいい奴に見えるアレと同じ現象なんだから! もしあのビッチがそんなに真面目でいい子なんだったら、学校でも私の苦労を気遣って、大人しくしているはずでしょ! 他人の迷惑を考えられない奴はクズよ。クズ!」


 委員長は頑なにそう主張して、床をバンバン叩いた。


「えー、そうなん? 委員長もしかして花咲のリア充っぷりに嫉妬してるだけじゃね?」


「そんな訳ないでしょ! 一体充悟くんはどっちの味方なのよ!」


「俺はいつでも見た目がいい方の味方だぞ。今回の場合は、引き分けな」


 ぱっと見花咲の方が美人に見えるけど、あっちは化粧補正込みの外見だ。素体のスペックは委員長も花咲に負けてないと思う。


「くっ、しまった。充悟くんも別方向でクズだったの忘れてた」


 委員長が目を手の平で覆って天仰いだ。


「クズなのはお互い様だろ。俺たち本当にお似合いのカップルだな」


 俺はおどけてそう言い返した。


「全くもう。――あっ。メールだ。……」


 あきれ顔の委員長がバイブレーションの音に、スマホを取る。


 どうやら、委員長のスマホは花咲から送られてきたメールが転送されてくる設定にしているらしい。


 委員長はスマホの画面に釘付けになったまま、肩を震わせ始めた。


「ど、どうした。急に黙られると怖いんだが」


「ふ、ふ、ふ。ふふふふ。きた。きたきたきたきたああああああ」


「きたってなにが?」


「ほら。見て見て! 花咲の明日の予定! 大学生と合コンの予定よ! これはキタでしょ? ハイパー不純異性交遊タイムよね!?」


 委員長が興奮した口調でスマホの画面を俺に見せつけてくる。


「うーん。そうか? 友達に誘われてって書いてあるぞ。花咲が積極的に開いたものには思えないけどな」


 箇条書き形式の報告だから、あまり感情の読み取れない文章だけど、どことなく『仕方なく』参加しているような感じの雰囲気がある。


「そんなの言い訳よ。言い訳。女は自分がホイホイ合コンに行くようなビッチだと思いたくないから、友達に誘われたっていう理由があった方が参加しやすいのよ」


「そういうもんか。まあ、別に俺は興味ないし。後は委員長の好きにしてくれ」


 委員長のご高説に、俺は肩をすくめて答える。


「なに言ってるの! 当日は充悟くんが監視するのよ!」


「はあ?」


 困惑する俺の肩に委員長が手を置いて、まっすぐこちらを見つめてくる。


「だってその日は私、塾があるし、個室とかに入られたら、私一人じゃ手を出せないじゃない。でも、充悟くんなら、魔王の特殊能力でバレずに見張るのも余裕でしょ! 例えば、壁越しに透視するとか」


「ええー。まあ、確かにそういうスキルはあるけどな。結構高コストなんだよ透視って。計画的に使っていくべきルクスを一発芸みたいに扱うのはちょっとなー」


 俺そう言って渋る。


 透視とかエロい能力の代表格だから、最初の頃に取得を検討したこともあったけど、効果のわりには高額なルクスを要求されて、断念した覚えがある。


 もちろん、今はあの時とは状況が違い、だいぶルクスに余裕があるから、取得できないことはないのだが……。


「まあまあそんなこと言わずに。いいでしょー! お願いお願いお願いー!」


 委員長が甘えた声を出して、俺の腕に胸を押し付けてくる。


 露骨!


 媚びが露骨!


「委員長。もしかして、ちょっとエロいことすれば俺がホイホイ言うことを聞くって思ってない?」


 俺は委員長をジト目で見つめる。


「違うの? 私のお願い聞いてくれたら、充悟くんのコスプレショーに付き合ってあげようと思ってたのに」


 委員長が蠱惑的に笑いながら言う。


「せ、せんせー。な、生着換えはありですか?」


「それは充悟くんの働きしだいです」


 委員長はそう言って、俺の胸を人差し指でなぞる。


「しょうがないにゃあ。じゃあこの俺が愛しいカノジョのために一肌脱ぐとしますか」


「だから充悟くんって好きよ。決定的な現場を押さえたら、私にちゃんと報告してね」


 委員長が俺に頬擦りと共に囁いてくる。


「あいよ」


 俺は頷く。


 まあ、換金以外に現実でチートしてなかったし、たまには魔王の役得を体感するのもいいだろう。


 ひとまず、野次馬気分で、花咲を観察するとするか。

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