第58話 貴人の要求

 花咲にささっと催眠をかけ、二学期の初日を無事に終えて帰宅した俺は、早速ダンジョンへと向かった。


「ういっすー」


「マスター! お帰りなさい!」


「おー、ネフリ、元気にしてたかー」


「してたー」


 犬のようにじゃれついてくるネフリを適当にあやしてから、店を巡回する。


「よう。トカレ。お疲れー」


「ああ、あんたか。お帰りなさい」


 店番をしていたトカレが俺の方を振り返って言う。


「どうだ。今日も、店の方に変わりはないか?」


「ええ。私の方は問題ないけど、ソルの所が、ちょっと大変そうよ」


「どういうことだ?」


「なんかお偉いさんが来て色々無茶を言ってるみたい。早く行ってあげたら?」


「マジかよ。そうするわ」


 足早にダンジョン内を歩き、酒場へとつながる扉を開く。


 次の瞬間、俺の目に映ったのは、汗臭い冒険者たちのたまり場には場違いな、一人の淑女の姿だった。

 機能性皆無のバラ色のドレスを着てごてごての宝石で身を飾り、俺の店の中では最高級クラスの50年もののウイスキーを優雅に嗜んでいる。


 その周りを、フルプレートの騎士たちががっちり護衛していた。


 彼らに威圧されてか、他の客は一人もいない。


「あら。やっと参りましたの。この私を待たせるなんていい度胸ですわね」


 淑女は俺に視線を向け、尊大に言い放つ。


 確かにトカレの言う通りやたら偉そうな奴だな。


 俺は早速、『鑑定』してみる。


 ……。


 ……。


 なんにも反応がない。


 数回試してみたが、やはり全く効果は表れなかった。


「魔王の能力で私をたばかろうとしても無駄ですわよ。並の魔王では私の身に着けている防魔のマジックアイテムを破ることなど不可能ですもの」


 淑女が俺の心を見透かしたように不敵に笑って言う。


「……お前、誰だ?」


 俺は眉をひそめて問う。


「おい! 魔王! 口の利き方に気を付けた方がいいこの方はインベア王国の王女様だぞ!」


 日頃冷静なソルが、声を震わせて叫ぶ。


 確か、インベア王国ってソルが元々所属していた国だっけ。


「マジで? でも、ダンジョン内では貴賤はないからな。俺の店では金を一番使ってくれた客が偉い。と、いうことで、大集団で酒場に居座るんだったら、そこの騎士さんたちにもせめて何か一品くらいは頼むように言ってくれよな。そしたらあんたを敬うよ」


 俺は冗談めかしてそう言った。


 一応、俺もダンジョンマスターとしての体裁があるので、いくら相手がお偉方でも、いきなり媚びるという訳にはいかない。


 チャキ。


 淑女の回りに控えた騎士が、剣の柄に手をかけた。


「――おやめなさい。ふふふ、噂通り変わり者の魔王のようですわね。ジューゴ。気に入りましたわ」


 淑女が騎士たちを手で制して言う。


「それはどうも。で、あんたは俺を知っているようだけど、俺はあんたを知らないから、自己紹介してもらってもいいかな? 王女さん」


「構いませんわよ。私はローザ=ジェラ=アムステリアと申しますの。そこの元下級貴族が申していた通り、インベア王国の第二王女であると同時にあなたの所属してるエヴリア商会の大出資者も務めておりますわ。この意味、お分かり?」


 ローザと名乗った淑女が俺を試すように問う。


「……前に俺のダンジョンを襲ったのはあんたの差し金か?」


 確か前に俺と契約を交わしたエヴリア商会の代理人は、『さる高貴な御方』がどうのと言っていた。多分こいつがそれだろう。


 ソルが不愉快そうに眉を歪めた。


「理解が早くて助かりますわ。そこまでお分かりなら、これからあなたがどう振る舞うべきかも自ずと答えは出ますでしょう?」


 ローザが回りくどい言い方で俺を威圧してくる。


 とにかく、ローザはむっちゃ偉くて金と権力を持ってる奴ということだ。


 教会の圧力を無視できるくらいだから、ティリアと同等か、それ以上に敵に回すべきではない存在ということなのだろう。


「おっけーおっけー。色んな意味で俺があんたと仲良くした方がいいっていうのは分かったよ。それで今日は何の用だ?」


「単なる興味本位の遊山ですわ。何か王宮の社交場で話の種になるようなものがあれば良いと思ってわざわざダンジョンに潜ってまで、こちらに出向いて差し上げたのです」


 ローザが恩着せがましく言う。


「ご足労どうも。それでどうだった。俺の店は」


「そうですわね……。正直、がっかりしましたわ」


 ローザはしばらく考えてからこれ見よがしにため息をつく。


「なに?」


「酒場はほこりっぽいし、料理は庶民の食べるような三流の物ですし、デザートも所詮は子ども騙しです。かわいいアクセサリーは置いてませんし、売っている服は、どれもファッション性のかけらもない地味なものばかり。このお酒は悪くないですけれど、店や料理との調和を考えると、釣り合いが全くとれてませんわ」


 ローザが俺の店の不満点を一つ一つあげつらっていく。


「そりゃそうだよ。俺が主に相手にしてる客は冒険者だからな。貴族様に満足してもらえるような嗜好品を用意しても、買う客がいない」


 俺はローザの不満に淡々と答える。


 確かに無茶を言っている。


 牛丼屋に入ってフランス料理が出てこないと文句を言うようなものだ。


「ですが、あなた、ティリアには随分美味な菓子を送っていたではありませんか。私あれを実際に食しましたのよ。あれも安物だとおっしゃるおつもりですの?」


「あれは特別な特注品であって、常備しているものじゃない。ティリアが教会の有力者になったぽかったから、コネをつないでおこうと思ってわざわざ仕入れてきたんだ」


 俺は正直に答えた。


「そうですの。では、私も当然特別扱いして頂けますわね? 教会にも顔が利く上、一国の重要人物なのですから」


 ローザが当然のようにそう言ってのける。


「特別扱いってどうして欲しいんだ?」


「そうですわねえ……。では、まず、私のような高貴な者でも滞在していて不愉快ではない空間を用意して頂きますわ。その上で食事でも嗜みながら、安っぽい冒険者用のなどではない、私たちでも楽しめるようなショッピングができればいいですわね。品揃えはお任せ致します」


「簡単に言ってくれるけど、ダンジョンを増設するのには相当なコストがかかるんだぞ。あんたが毎日来てくれるならともかく、恒常的にきちんとした集客が見込めないなら、作るのは難しい」


 冒険者といっても中には金持ちもいるので、俺も大衆店と高級店の分離を正直検討してはいたのだが、現状だと採算が合わなさそうなので断念していたのだ。


「なら、私の知り合いの社交界で力を持った貴族を何人か連れてきて差し上げるということでいかがです? それを固定客にできるかはあなたの腕次第ですけど、上手くいけば口コミで客は増えるでしょう。貴族社会はそういった流行に敏感ですから」


 俺の懸念を予測していたのか、ローザがすぐにそう提案してくる。


「いいだろう。あと一つ要求がある」


「注文が多いですわね。なんですの?」


 ローザが気怠そうに先を促す。


「あんたらの方から、王宮の事情に通じた人間換算で22歳以下の容姿端麗な女の侍従を一人、俺のダンジョンに派遣してくれ。俺は庶民だからな。王族の好みとかを把握して商品を集めたり、会場をセッティングしたり、マナーを覚えたりするのに事情通が必要だ。何かあった時の連絡役もいるだろうし」


 俺はもっともらしい理由をペラペラ並べ立てた。


 もちろん、事情通が必要なだけなら、侍従である必要はないのだが、せっかく貴族様とお近づきになれたのだから、どうせだったらモノホンメイドがみたい!


 メ・イ・ド!


 メ・イ・ド!


「確かに仲介役の人間は必要ですけれど、その容姿や年齢の制限になんの意味がありますの?」


 ローザが怪訝そうに眉をひそめた。


「俺のモチベーションに関わる」


 俺は即答する。


「ふう。庶民はメイドとか侍従に過剰な幻想を抱くと聞いてはいましたけど、本当ですのね。言っておきますけど、私の侍従ともなればそれなりに身分がある貴族の家柄の出身ですのよ。もし乱暴するようなことがあれば、それはインベア王国に対する宣戦布告とみなしますわ」


 ローザが目を鋭く細めて、そう釘を刺してくる。


「乱暴なんかしないよ。大体、俺んとこには光神教徒のノーチェがいて、そういうことを厳しく取り締まってるんだから」


 俺は人畜無害を装って言った。


 そりゃエロいことができればいいが、俺だって性欲のために今まで築き上げてきたダンジョンをふいにするほど愚かではない。


 ただ、メイド喫茶で出てくるようなパチモンじゃなくて、知性と教養を感じられるハイクラスメイドをこの目で観察したいだけだ。


「そういえばそうでしたわね。では、近日中に有能な者を遣わせましょう。要求は以上ですの?」


「ああ。以上だ。それで俺はどれくらいの準備期間を貰えるんだ?」


「……細かい日時は仲介役に伝えさせるとして、大体一か月前後を目安とする形でいかがです?」


 ローザがしばらく考えてから提案してくる。


「一か月後だな。わかった。それで、どうする。お互い納得した証に契約書でも交わすか?」


「そんなもの結構ですわよ。貴族は自らの発言に責任を持つものですわ。口約束であるからこそ、破れば信用を失うのです。あなたも貴族を相手に商売するおつもりなら、その辺りの機微を心得ることですわね」


 ローザが威厳ある口調で諭してくる。


「おう。できる限りがんばるよ」


 まあ、別に貴族がこなくても商売は成り立ってるし、気楽にやればいい。


 とりあえず、俺的には異世界の美人メイドとしばらく一緒に暮らせれば、それだけで満足だ。


「それでは、本日はこの辺で失礼致しますわ。期待してますわよ。魔王ジューゴ」


 ローザの別れの挨拶に合わせて、周囲に侍っていた騎士たちが低い声で呪文を呟いた。


 瞬間、俺の目の前に駕籠かごが出現する。時代劇で大名とかが使っているようなやつだ。


 ローザは楚々とした仕草でそれに乗り込む。


 騎士の一人が絹のような布のカーテンを下ろし、ローザの姿を隠した。

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