第57話 二学期
そんなこんなで、ダンジョンを色々いじっている内に夏休みは終わった。
ティリアがいきなり決起宣言し始めた時は、怪しげな異世界の政治事情に巻き込まれるかもと危惧していたが、どうやらそれも取り越し苦労だったらしい。
宿題も委員長に写させてもらったおかげでばっちりと終え、万全の状態で俺は登校した。
時はホームルーム。
夏休みの空気を引きずってどこか浮ついた教室で、今日も猫を被った委員長が進行を務めている。
「ふう。ありがとう。これで後は――」
教卓の前に立ち、宿題を回収していた委員長が、小さくため息をついて視線を教室の隅に向けた。
「んで、パリピってたら、オラついたウーロン茶が声かけてきてマジバイブス下がった」
「それな! っつーか、そのあとウーロン茶のツレが乗り込んできてヤグってたし!」
「ウケる! マジショッキングピーポーマックス!」
スクールカースト最上位のリア充ギャル共が、異世界語のような若者言葉を駆使して騒いでいる。
その中心人物は、
何でもティーンズ雑誌の読者モデルをやってるとかで、親もアパレル関係の大物らしい。
容姿は清楚な感じではないが、美人には違いない。髪は明るい茶髪で、ツケ爪をして化粧もばっちり決めている。数段顔面偏差値が劣る取り巻きの女性徒を侍らせて、話題の中心人物として女王みたいにそこに君臨していた。
委員長が度々静かにするように注意しているが、全く収まる気配がない。
教師が教室にいないからか、花咲たちはやりたい放題だった。
花咲につられるように、他の生徒も喋り出して、委員長は思うように仕事を進められないでいる。
本当は委員長の他にも、副委員長の男子がいるなのだが、そいつが初っ端から風邪を引いて学校を休んでいることも、混乱に拍車をかけていた。
「花咲さん。悪いけど、他にも決めなきゃいけないことがあるから早く宿題を集めてくれると嬉しいな。他の列の人はもう終わったから」
委員長が柔らかい口調で花咲に声をかける。
「はっ? だったら委員長が集めればいいじゃん」
会話を中断された花咲が不愉快そうに顔歪める。
「うん。でも、一応、席の各列の先頭の人が集める決まりだから。お願い」
委員長は猫を被っていても、媚びはしなかった。
「チっ」
花咲は舌打ち一つ立ち上がり、宿題を適当に集めると、委員長の所までやってきて、ぞんざいな手つきで差し出してくる。
「ありがとう! 花咲さん!」
委員長は笑顔でそれを受け取ったが、俺は彼女が内心ブチきれていることを看破していた。
その証拠に、教卓が小刻みに揺れている。
委員長はおそらく、周りから見えない教卓の下で、格ゲーのコマンドを入力しているはずだ。
多分、もう脳内で三回くらいはギャルたちを連続コンボで殺してると思う。
「それでは、次に文化祭の実行委員を決めていきたいんだけど――」
委員長が、次の議題に話を進めようとしたところで、早くも鐘がなる。
「じゃあ、今日はここまね。文化祭の実行委員はまた今度のホームルームで決めるから、それぞれ考えておいてください。見城くん。悪いけど、集めた宿題を職員室に運ぶの手伝ってくれるかな」
「わかった」
俺は頷いて立ち上がった。
一応、クラス内では俺は委員長の彼氏という体になっているので、断る訳にもいかない。
ヒューっと、周りから冷やかしの声があがる。
俺は照れたように笑いつつ、内心はドヤ顔で立ち上がった。
委員長と宿題を分け合って抱え、教室を出る。
「あのクソビッチども絶対シメる。ハメコンボで狩る」
途端、笑顔のままに委員長が小声で呟いた。
怖い。
「まあ夏休み明け初日だし、積もる話もあるんじゃないか。来週には多少静かになるだろ」
俺は暢気に言った。
「ならないわよ。一学期はまだ、みんな人間関係が探り探りだったから、比較的大人しかったけど、二学期になったら関係性も固定されてクラスの雰囲気に慣れるから、一度さわがしくなったらその状況が当たり前になっちゃうでしょ」
委員長が唇を尖らせて言う。
「へえー。そういうものかー」
「『そういうものかー』じゃないわよ! このままだと教師からの私の評価が下がるでしょ! 助けてよ充悟くん!」
適当に答えた俺に、委員長が肩をぶつけてくる。
端から見ればこれもカップルがいちゃついているように見えるのだろうか。
「えー、なんで俺が」
「彼氏でしょ!」
「うーん。じゃあ、手っ取り早くリーダーの花咲あたりに催眠かけとくか? 委員長の前で騒がないように」
俺は委員長の耳元に囁く。
基本タダ働きはしない主義なのだが、委員長には闘技場とかダンジョンで無給で働いてもらっているし、報酬代わりに多少の便宜なら図ってもいいだろう。
「……うーん。花咲さんを狙うこと自体は悪くない考えけど、できればそれは最後の手段にしたいわね」
委員長はちょっと考えてから答えた。
「なんでだ?」
「相手の意思を無条件で奪うのって、なんかダサくない? 脅すにしても、向こうにも断ったり、反撃したり、抵抗する権利はあると思うのよ」
委員長がちょっと真剣な表情で言った。
委員長の倫理観って独特だよなあ。
あくまで勝負にこだわるというか、一方的に蹂躙するようなのは好みじゃないらしい。
「そんなこと言って。委員長のことだから、本当は花咲の屈辱に歪む顔をみたいとかいうサド的な理由がメインなんじゃないのか?」
「まあ、それもあるわね。充悟くんも私のことがよくわかってきたじゃない」
褒められたけどあんまり嬉しくない。
でも、こんな委員長が結構嫌いじゃない俺もいる。
何となくだが、馬が合うんだよなあ、委員長とは。
「で、委員長の考え方はわかったけど、具体的にどうするよ」
「そうね……。とりあえず、その催眠でまずは、花咲さん自身に日頃の行動とか予定を報告させましょう。ほら、夏休みの日記の詳細版みたいな感じで。その中に、非行っぽい材料があったら、現場を押さえて、それをネタに花咲さんを黙らせましょう」
委員長がしばらく考えてから呟く。
「要するに、あくまで脅す材料は花咲の身から出た錆に限定するってことか」
「そういうことね」
俺の確認に、委員長が頷く。
「じゃあ、とりあえず、花咲に催眠をかけて、委員長がさっき言ったような報告を、メールで送らせる形でいいか?」
俺はそう提案する。
まあパペットとかを使って、漫画喫茶でフリーメールのアドレスを作れば、まず足はつかないだろう。
「ええ。それでいいわ。さっすが充悟くん。話がわかるぅー!」
委員長が甘えた声を出して、俺の耳に息を吹きかけてきた。
「ぞくぞくするからやめてぇ」
俺はふざけて女の声真似をして高い声を出した。
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