第53話 ☆tenthvisitor 七人の使徒(1)

 針葉樹の茂る森の奥にある、切り開かれた広場だった。


 夜の空気はひんやりとして、静謐で辺りを満たしている。


 そんな中、ティリアは一人、近くにあった木の棒を拾い上げ、辺りを見回した。


 聖都から結構な距離がある場所にも関わらず、周囲からは食用になる野草の類が全て抜き去られ、木の皮までが剥がされていた。


(人々の困窮も行きつくところまできている。痛ましいことだ。……もう少し早く動ければよかったのだがな)


 ティリアは、苦々しい想いを噛みしめながら、広場に棒で真円を描く。そして、その真円に接するように、さらに小さな円を七つ加えた。


 それがティリアが用意した会談の場だった。


 古の使徒たちが聖堂に集い、日々世の救済について議論したという円卓を模したものだが、今のティリアに用意できるのは、昔に比べればかなりに劣るこれが精一杯だった。


 いつでも主のために命を捧げる覚悟はできていたが、今の世界は創生の御世と違いいささか複雑になってしまっている。


 国と国との思惑が絡み合い、方々への根回しなくしては、明らかな不義を正すことすらできない世の中なのだ。


 正しき者が、悪しき者にはばかり、夜盗のようにこのような場所で事を図らねばならない。それがティリアには情けなかった。


「あらあらー。さすが、ティリアちゃんは早いわねー」


 しずしずとした歩みで最初に姿を見せたのは、全身に純白のローブを纏い、白銀の杖を手にしたエルフ――第一使徒のアモーナだった。全てを包み込む聖母の笑みを浮かべ、無垢の白髪を月光に揺らしている。


「声をかけた私が遅れるようなことになれば、皆に示しがつかないからな。本当ならば、使徒の中で一番の年嵩のあなたに、今回の音頭をとってもらいたかったのだが」


「それはできないわー。だって、ティリアちゃんが求めるのは『裁き』でしょう? 私は『癒しの天使』の加護を受けた、『慈愛』の第一使徒だものー。真逆の使命よねー」


 アモーナは小さく首を振って、小さな円の内の一つに腰をつける。


「しかし、悪しきを除き、不義を誅するのは、全ての正しき者を救うことにつながる、慈愛ではないのか?」


「……世界にはね。いつも救いきれないほどの苦しみに溢れているのよー。だから、みんなは光神様に祈るのー。だから、私は、いつも目の前の人を助けるだけで精一杯ー」


 アモーナはティリアの質問には答えず、ただ優しく微笑む。


 それが彼女の信仰ならば、ティリアは否定しない。


 エルフであるアモーナは、ティリアよりも圧倒的に長い生を勝ち得た者なのだ。


 ティリアには見えないものも、見えているのだろう。


「そうか。では、やはりアモーナは今回の私の提案には反対か? 我らで『終末の予型』を求めるのは」


 偉大なる光神様は、いつか下界に降臨し、この世の全てを裁くという。


 その終末の審判の日には、死者は魂を、生者は肉体と魂、その両方を検分され、それぞれの積んできた善行と悪徳に従って報いが与えられ、光神様の築く新しい世界での待遇が定められるのだ。


 もちろん、その日がいつくるかなどは、全て光神様のの御心次第なので、ティリアたちにも知り様がないのだが、それでは不都合が発生する。


 光神様の御心に従おうと思っても、社会の変化に従って、御言葉をどう適応すればいいか迷うような場面が色々発生してくるからだ。これでは、信徒たちは自分たちの行いが正しいかどうか、常に不安な状況に置かれ、心が休まる暇がない。


 しかし、全能かつ慈悲深き光神様は、ティリアたち信徒に、一つの慰めを提供した。


 それが、『終末の予型』である。


 いわばこれは、終末の審判の前の『中間発表』とでも言うべきもので、信徒たちの代表者が、終末の審判よりも小規模な範囲で、『審判』を受けるのである。


 その結果でもって、生ける者たちは、何が御心に叶う行いか、知ることができるという訳だ。


 しかし、御心は気軽に試していいような浮薄なものではないため、予型の発動には厳格な発動条件が定められている。


 生ける者の中では、比較的光神様の御心に叶うと思われる七人の使徒全てが揃った上で、聖都の教会で祈りを捧げなければならないのである。今はメリダ派の不信人者が占拠しているあの教会で、だ。


「いいえー。私も、一度、主の裁きを受けたいと思っていたわー。今までの私の行いを、主がどう思召すのか、体感してみたいじゃないー。だって、前に『終末の予型』が行われたのは、もう、六百年も前のことだものー。私ですら生まれてない時代のことなのよー」


「ああ。メリダ派の不信心者どもが、ことあるごとに妨害してきたからな」


 メリダ派の中核をなす神学者たちは、初めは御言葉の社会への適応を議論する一機関に過ぎなかった。些細な問題をいちいち主に問いかけることはできないので、なるべく生ける者たちが議論して、自分たちで善き道を歩もうというのである。


 しかし年月を経る内にいつの間にか、彼らは信徒たちの生活全般に対する影響力を有するようになり、『終末の予型』のシステムは形骸化させられ、伝家の宝刀のごとき、『ありながらも使うことができない』ものになった。


 彼らが御言葉の解釈を独占し、権力を維持するために、『終末の予型』の発動を嫌がるようになったのである。


 『終末の予型』を使おうという話が持ち上がる度、メリダ派はある時は公然と『安易に神に問いかけるのは不信心』だと発案者を論難し、またある時は使徒たちを仲間割れさせることで、秘密裏にその計画を葬ってきたのだ。


「お久しぶりです! アモーナ様! ティリア様! 『誠実』の第二使徒シセロ、『忠義の天使』の加護を受け、ただいま参上致しました! 何でも公会議の警備についてご相談があるとか?」


 さわやかな風を吹かせて、人間の青年が駆けてくる。


 騎士然とした鎧と剣といういで立ちで、日頃は聖都全域を守護している彼の顔に、いささかの疑念もない。


 彼は本当に、ティリアが彼を呼び出した『公会議の警備について相談したい』という口実を信じているのだ。


「そうだ。そろそろ『終末の予型』を主にお願いする時期だと思ってな。是非、シセロにも協力してもらいたい」


「なっ! て、ティリア様! いきなり何をおっしゃるんです!? 手紙には『終末の予型』のことなど、一言も書いてはなかったではありませんか! 自分に嘘をつかれたのですか?」


「嘘は言っていない。『終末の予型』を実現するには、メリダ派の警備兵たちを抑えることは不可欠だからな」


 ティリアは即座に反論する。


 仲間を騙すような真似をするのは心苦しいが、使徒の中で、『誠実』と『忠義』を義務付けられている彼らはいつも、『終末の予型』を発動する際のウィークポイントになってきた。


 その純粋さ故に、嘘をつけず、いつもメリダ派につけこまれてきたのである。


 使徒の先達たちが『終末の予型』の発動に失敗してきたのも、半分くらいは第二使徒が原因であるというぐらいだ。


 逆に言えば、それほど純粋な者でなければ、第二使徒は務まらないのである。


「しかし、『終末の予型』を発動したいならば、まず先例に従って国中にそれを布告するのが――」


「そうして、実際に『終末の予型』が発動した例が、ここ何百年で一度でもあったか?」


 ティリアはシセロの言葉を遮って、目を細める。


「それはっ……」


 シセロは口ごもって俯く。


「聖都を守るお前が一番分かっているはずだぞ。今、主の敵は、外ではなく内にいるということを。俯いて歩く信徒たちの満ちた、虚ろな聖都を守って、お前はそれで満足か」


 ティリアは諭すように呟く。


「……今日も、盗人を捕らえました。幼い男の子です。親思いのいい子でした。病に倒れた母に精をつけさせたいと思って、いけないと知りつつ、パンを盗んでしまったというのです。法によれば、彼の片手を切り落とさねばなりません。ですが、自分はそれに忍びなく、盗んだパンの代金を立て替えて逃がしてやりました。昨日も、一昨日も、その前も、そのようなことばかりです。私の給金もつきました。次に同じような子どもが出ても自分はもう救ってやることはできません」


 シセロの頬を伝う涙が滴り、夜露と混じる。


「そうか……。シセロの気持ちが分かれば、それで十分だ。お前の立場も分かっている。だから、積極的に私の行動を認めろとは言わない。私たちの邪魔さえしなければそれでいい。『終末の予型』の発動だけには参加してくれ」


 ティリアも目頭を押さえながら呟く。


「……いえ。自分も戦います。ティリア様の意思を知りながら、メリダ派に通告するのでもなく、ティリア様に協力するのでもなく、日和見を決め込むのは、誠実な態度とは申せません。自分も腹をくくり、良心に従って、ティリア様に協力致します。もし、自分の行いが誠実でないというのならば、『終末の予型』にて、偉大なる光神様がこの身を滅ぼしてくれるでしょう」


 シセロは迷いを振り払うように首を大きく横に振り、またその聖都の信徒全てから愛される笑顔を浮かべた。


 シセロはそのまま、光神様に祈るかのように、小さな円の一つに片膝をつく。


「そうか。シセロが協力してくれるなら心強い」


 ティリアもそれに応えて笑う。


「ティーーーリア!」


「バジーナか」


 背中に抱き付かれる感触に、ティリアは見るまでもなく人物を特定する。


「もおおおおおお! ティリア、最近全然うちの教会に来てくれてないじゃないいいい。寂しかったんだからあああ」


「色々忙しくてな」


 振り向いたティリアの胸に、バジーナが顔をこすりつけてくる。


 ふわふわのバージンヘアの三つ編みに、天使をあしらったかわいらしい髪飾り、ゆったりとしたワンピース、そして、背中の身の丈に余る槍。間違いなく彼女だ。


 精霊と人間のハーフである彼女の身長は、人間の子どもくらいしかないが、それでもティリアよりずっと年上だった。


 とはいえ、彼女の言動を見れば、初めて会った者は子どもだと勘違いするだろう。


 もちろん、彼女が槍を振り回してなければ、という条件つきだが。


「そんなこと言って! ティリア、純潔の誓いを破ってないでしょうね! もしそうなら私泣いちゃうからね!」


 バジーナが上目遣いのふくれっ面でティリアを見上げてくる。


 『純潔の天使』の祝福を受け、『貞節』の美徳に重きをおく第五使徒であるバジーナが、そこらへんを気にするのは分かるのだが、あいにくティリアには疑われるような身に覚えはない。


「破る訳ないだろう。血は出すより浴びる方だ。私は」


 先日の、魔王の僕たちとの戦闘を思い出して言う。


「だって、最近、怪しい魔王のところに通い詰めてるって噂じゃない! その魔王の所に教会まで作ったんでしょ!」


「教会は作ったが、通い詰めてはいない。まだ、二回しか行ってないのだぞ」


 ティリアは困り顔で答える。


 ティリアには経験がないが、きっと浮気を疑われる男の気持ちはこんな感じだろうか。


「でもでも、あそこにはシャテルがいるって、ノーチェの手紙に書いてあったもん! あの淫魔! モンスターのくせに純潔の二つ名で呼ばれてるなんてダメダメダメ!」


「あいつは相変わらず神の敵だ。しかし、一応、約束は守ってるから、『公正』の美徳を重んずる私としては、まだ滅ぼせない」


「そうなのー? とにかく、心配だよー。ノーチェが悪い影響を受けたらやだー」


 ノーチェは幼い頃、バジーナの運営する女性限定の教会で暮らしていた。


 ティリアが身の周りの世話をしてくれる女性が必要になるに及んで、バジーナに良き信徒を推薦してもらい、選ばれたノーチェをティリアの下に迎え入れたのである。


 あれから数年経つのだが、まだバジーナの中では、ノーチェは子どもと同じ扱いらしい。いや、扱いでいえば、ティリア自身もそうか。


「大丈夫だ。あいつを信じろ。ノーチェは強い。それに、異なる価値観の者と出会って、寛容を学び、精神も成長している。将来はお前か私の後継者にすることもできるだろう」


「うー。そう? ティリアがそう言うなら信じるけど、もし、ノーチェに何かあったら私は純潔乙女団ヴァルキュリアを総動員して、淫魔も魔王も滅ぼしちゃうからね?」


「その時は私も行って、共に魔王を滅ぼそう。……それで? バジーナは『終末の予型』についてはどう思うんだ?」


 ティリアはバジーナに同調しつつ、話を本筋に戻す。


「もちろん! 決まってるでしょ! そもそも聖堂に侍るような上位の聖職者は妻帯禁止! しかも、妻以外の女、それも娼婦を抱いた脂ぎったジジイどもが聖堂を占拠してる状態なんて、不潔よ! 不潔! 不潔! 不潔! 不潔! 今すぐ『終末の予型』で、神の裁きを受けるべきだわ!」


 バジーナはそう叫んで激昂する。


「……姦しい。慎め」


 木の葉がすれのような囁き声を、ティリアは聞き分ける。


「レゾン。来ていたか」


「……ああ」


 視線を遣れば、その寡黙な中年のドワーフは音もなくすでに席についている。


『分別の天使』の祝福を受け、『節制』の美徳を体現する第六使徒の彼は、存在そのものが神に遠慮するかのように控えめだ。


「貴様は、この度の私の提案をどう考える?」


「……慎むべきだ。行動も、言葉も」


「では反対か?」


「……反対はしない。メリダ派の者たちの行動は『節制』を限りなく逸脱している。しかし、強引な力による行動も、私はまた好まない」


「ならば、武ばったことには参加せずとも良い。ただ、『終末の予型』の儀式にだけは参加してくれ」


「……よかろう」


 レゾンはそう言ったきり、目を瞑り、ぴくりとも動かなくなった。


 ベチャ。


 肉の滴る生々しい音。


 そして嗅ぎ慣れた血の臭いが鼻をつく。


 ティリアたちの傍らに投げ捨てられたのは、四足の獣――ハボリーの死骸だった。腹がばっさりと裂かれ、内蔵が取り出されている上、皮も剥がれている。


「おっ。シケた面が揃ってやがるじゃねえか!」


「……ボルカノ。それをどこで手に入れた」


 ティリアは、全身から闘気をみなぎらせたその獣人を睨みつける。


 体毛は漆黒。隆々とした筋肉を誇るその肉体に鎧はなく、全身をくまなく革の紐で覆っている。


 斧、剣、槍、棒、おおよそ考えられる限りの武器を、その紐に結びつけて保持していた。


 ボルカノは、切り取ったハボリーの脚をまとめて二本、片手で握り、生肉のまま喰らっていた。


「おいおい。ティリア。お前、公平をつかさどる使徒のくせに、証拠もなくオレ様が盗みをしたとでも疑ってんのか。こいつは森で見つけたんだよ。大方、どっかから家畜が逃げ出して野生化したんだろうぜ」


 ボルカノは嘯く。


 どれだけ粗野に見えても、ボルカノもまた使徒だ。


 光神様の御言葉に背くような嘘は言っていないはずだが、それでも、疑わしく思ってしまうほど、ボルカノは黒い噂の絶えない人物だった。


「あらあらー。それでも殺生はいけませんよー。ボルカノくん。無益に生ける者の命を奪うことは、御心に反しますー」


 アモーレが眉を顰める。


「あ? 家畜つっても遠い先祖を辿れば迷宮から飛び出してきやがったモンスターだろうが。っつーことは見つけた瞬間にぶっ殺すことが、すなわち神の御意志って訳よ」


「それはー。詭弁ですねー。ですが、失われた命はー、もう戻りませんー。尊い命を奪った以上はー。全てをありがたく頂いて、血肉に換えるべきですー。残しちゃだめですよー」


「あー? うっせえな。これからお前らもメリダ派の奴らをぶっ殺しにいくんだろうが。奴らの死体をいちいち全部食べるっつうのか?」


 ボルカノは首を傾げ、小骨を地面に吐き出す。


「屁理屈をやめろボルカノ。妄言を弄するのは光神様の御心に反する」


 ティリアは見かねて口を挟む。


「あー? オレ様にそんな生意気な口を聞いてもいいのかティリア? 使徒が一人でも欠けたら、『終末の予型』は発動できねえんだぜ?」


「まさか、貴様が反対すると? 本来ならば、私ではなく、『正義の天使』の祝福を受け、『勇気』の美徳を具現化する使命を負った第四使徒の貴様こそが、率先して『終末の予型』を申し出て、メリダ派の不義を正すべきだったのだぞ。それを貴様は、あろうことか、メリダ派の先兵となって、奴らの言われるがままに他国を攻め滅ぼすことにかまけていた。それが本当に御心に適う行いだと思っているのか」


 第四使徒は、いわば光神教徒たち全体の将軍であり、国内の警察権以外の、軍事全般を司る者だ。


 軍事権というものは、いつだって国の要であり、それを掌握していたが故に、メリダ派の奴らは、クーデターの恐怖に怯えることもなく、安穏と快楽をむさぼることができていたのである。


「へっ。知るかよ。俺の正義は、一人でも多くの神の敵をぶっ殺すことだ。奴らがそのための金と兵を出すっつうから、表面上は従ってやってただけだ」


 ボルカノは悪びれることなく答える。


「しかし、お前のやり方はあまりにも雑すぎる。教義をよく理解していない者まで軍に引き入れたせいで規律が緩み、それが乱暴と略奪を招いて、光神教徒全体の評判を著しく下げる結果となっているのだぞ」


 病でやむを得ず断食の誓いを破った信者に、主への贖いだと称して、その全財産を奪う。


 闇の魔術を行使した者がいると聞けば、その者がいる村ごと滅ぼす。


 そのような蛮行を、光神様が認められるはずがない。


「言いたい奴には言わせておけ。命を賭けて神の敵と戦ってるんだ。それくらいの役得があって当然だろ? 奪われているのも犯されているのもどうせ神の敵だ。構うことはない」


「それが真実、神の敵ばかりならばまだ貴様の言い分も一割程度は正当性があるだろうが、教義を深く理解していない者による断罪は、冤罪を生むのだ。私の下に寄せられている、貴様の軍の者の理不尽な裁きにより被害を受けた犠牲者たちの声は、一つや二つではきかないぞ」


 公平な裁きを重んずるティリアにとって、冤罪は何よりも厭うものである。


 本来、光神様に祝福されているはずの生命を奪うことは許されないはずであり、敢えてそのタブーを冒さなければならない場面に遭遇したならば、慎重になってもなりすぎることはないのだ。


「はっ。そりゃ、千人・万人の敵をぶっ殺していれば、時には不幸な事故も起こるさ。お前みたいに一々雑魚の事情まで忖度そんたくしてからぶっ殺していたら、それこそ『終末』がくるまで、敵はいなくなんねえ」


「たとえそうだとしても偉大なる光神様は、冤罪を許されない」


「どうかな。お前が一人の神の敵を殺す間に、俺は千人殺す。たとえその中に冤罪が100人いたとしても、オレの功績はお前のウン百倍だ。それにティリア。お前、最近は魔王とよろしくやってるそうじゃねえか。何でも、祭壇にも魔王の作った菓子を供物をささげるつもりだって?」


「そのつもりだ」


 ティリアは頷く。


「へっ。そんな敵と慣れ合ってる不信心者の方が、オレより神の覚えがめでたいなんてありえねえぜ」


 ボルカノは鼻で嗤う。


「平行線だな。だが、貴様にそれほど自信があるならば問題あるまい。お互い潔く『終末の予型』に臨み、神の評価を受けようではないか」


 事実、ティリア自身にも今回の自分の行いが正しいという確信はなかった。


 魔王から買い取った供物を捧げるなど、確かに前代未聞であることには違いない。


 自分の頭で考え、最善と思われる結論を出したが、それでも全ては御心次第だ。


「いいぜ。俺もそろそろ雑魚相手の戦いにも飽きてきたからな。今度はがっつりダンジョンに潜って、もっと強い敵と戦いてえ! それに、最近、メリダ派の奴らは、自分たちがオレより上だと勘違いしはじめてやがる。金も兵も出し渋る癖に、無茶な行軍を要求してきやがってよ。ここは一発シメてやんねえとな」


 ボルカノは、鋭い牙を剥き出しにして笑い、小さな円の中心で蹲踞する。その姿は、路地裏でくすぶっているチンピラにしか見えない。


 ティリアとしては納得はいかないが、ともかくも、最大の懸念であった彼の同意を得られたことは良しとしよう。


 これで、ティリアも合わせて集まった使徒は六人。


 ということは、最後の一人は――。


「おーう。みんなおそろいだね。今回はボクが一番最後かな」


 のんびりとした声が向こうから近づいてくる。


 胸元の大きく空いたブラウスに、カーキ色のズボンを着た、人間の女。


 一見するとただの村娘のようにも見える格好だが、それでも彼女は紛れもなく使徒だった。


「なにが『今回は』よ。あんたはいつも最後じゃないテムペー!」


「ははは、そうかもね。バジーナ。まあいいじゃないか。ちゃんとすっぽかさずにやってきただろう」


 テムペーはバジーナの指摘を笑い飛ばし、大きく欠伸をする。


「格好もだらしなさすぎるわ! テムペー! あなたも一応女の子なんだから、肌はきっちりと隠しなさい!」


 バジーナはまるでテムペーの母親であるかのような口調で叱責し、ぴょんぴょん跳ねながら、ブラウスのボタンをとめようとする。


「勘弁してくれよ。バジーナ。今年はやけに暑いんだ。大目にみてくれよ」


 テムペーはそう言って肩をすくめた。


 緩い。


 『赦しの天使』の祝福を受け、『寛容』の美徳を持つと言われる第七使徒のテムペーは、一事が万事こんな感じだ。


「もうー。テムペーは本当に適当なんだから」


 バジーナが呆れたようにため息をついて、小さな円の一つに体育座りをする。


「それで、テムペー。我々の意思はすでに、『終末の予型』を決行する方向で定まったが、お前はどう考える?」


 ティリアは最後の一人に静かに問いかける。


「ボクは本来誰に対しても寛容でなければいけないのだけれどね。他者に寛容でないものに寛容であり続けるのにはさすがに限度があるよ。主が彼らのような逸脱まで許容なさるのか、ボクとしても知りたいと思ってる。だから協力するさ」


 テムペーはそう言って、小さな円の一つにあぐらを掻く。


 彼女は一見適当に見えるが、怠惰ではない。決めるところは決める女だ。そうでなくては使徒は務まらない。


「そうか。これで話は決まった。早速、皆で光神様に誓おう。それぞれの信念と天使にかけて」


 ティリアは他の使徒たちを見渡してそう言うと、自身も小さな円に正座をして座る。

 こうして、第一使徒から第七使徒までが、完全に揃った。


 第一使徒のアモーナは杖を。


 第二使徒のシセロは剣を。


 第三使徒のティリアは鉄球を。


 第四使徒のボルカノは素手を。


 第五使徒のバジーナは槍を。


 第六使徒のレゾンは長棒を。


 第七使徒のテムペーはレイピアを。


 それぞれの得物を前に突き出して、大きな円の中心で重ね合わせる。


 ティリアたちの厳かな宣誓を、月だけが静かに見守っていた。

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