第52話 端緒と決起
「良き晩餐だった。光神様の恵みと、貴様のもてなしに感謝する。ノーチェも、険しい環境の中、よく神の道を守って教会の運営を務めた。これからも
やがて、全ての食事を終えたティリアがそう言って祈りを捧げる。
「とんでもございません。むしろ、至らぬことばかりで申し訳なく思っている次第です。この度の視察にも何か不備があってはと不安で不安で……。何か気が付いた点がおありでしたら、忌憚なくご指摘を賜り、この未熟な私めをお導きください」
ノーチェがへりくだって言う。
とりあえずそのティリアに対する態度の十分の一くらいでいいから、もうちょっと俺にデレてくれてもいいと思うよ?
「いや、何の問題もない。しかし――」
「し、しかし?」
ノーチェが緊張したように唾で喉を鳴らした。
「いや、我々だけがこのような素晴らしい食事を楽しむのは忍びない、と思ってな。迷宮で明日をも知れぬ聖戦に臨む信徒たちにも、一日の疲れを労うくらいの楽しみがあってもいい。そうは思わないか? ノーチェ」
「さすがティリア様です。私、その慈悲と公正のお心に心底感動致しました。――と、いうことで、魔王。さっそく、信徒たちが今回と同じような食事ができるように取り計らってください」
ノーチェがそんな賛辞を述べてから、俺に丸投げしてくる。
「簡単に言うんじゃねえよ。それ用意すんのめっちゃたるいんだぞ。俺の店は少ない人員で回してるんだから、いちいちお前ら光神教徒のためだけに特別な料理を用意する余裕なんかあるか」
俺はバーゲンガッツを食べ終わった後のスプーンを口で弄びながら答えた。
「ふむ。貴様の言い分ももっともだ。では、例えば、魔王には材料だけ供出してもらい、料理はノーチェのような神の僕が作るようにすれば問題ないのではないか?」
「いいけど。今日提供した料理の原材料費は、今あんたらに売ってる食料品みたいに安くねえぞ。果物とかはそんなに長く保存できないから、在庫の問題もあるしな」
「そこを何とかならないか」
「ならないよ。一応商売なんだから金のことで理由もなく妥協できるか」
俺はティリアの頼みを素っ気なく拒絶した。
今でも結構便宜を図ってやってるのに、ホイホイこいつらの要求を認めていたら、際限がなくなる。
「ティリア様がここまでおっしゃてくださっているのに、なんですか! その言い草は。あなたも光神様の教えに触れてしばらくたつのですから、そろそろ少しは感化されて、主のためにご奉仕しようと信心を起こしてもいい頃ですよ!」
「しるかよ。俺はすでに、そんなに金を持ってない客でも買いやすいような安い菓子も販売してやってるのに、それをやれ砂糖はダメだとか、乳製品が贅沢だとか、くだらない理由で拒否してんのは全部お前らの勝手だろ。っていうか、俺から言わせれば、食うもんを選ぶとか逆に贅沢だよ。その時に食えるもんを食っとけや」
諭すように言うノーチェに、俺は淡々と言い返す。
「だから、それは贅沢を控え、常に身を慎むべしという教会の決まりが――」
「ふむ。一理あるな」
「て、ティリア様!?」
ノーチェが目を丸くしてティリアを見る。
「一理ある、とはどのような意味でしょう。ティリア様は魔王の言い分を認められるので?」
「認めるとまではいかない。しかし、魔王の言い分はいささか乱暴ではあるが、ある意味で真実を突いているように思う」
仲間からの質問にティリアは答えつつ、考え込むように顎に指を当てる。
「では、ティリア様は、信徒の贅沢を許容されるとおっしゃるか?」
「身の丈を越えた贅沢は、体と心を損なうために許されない。しかし、砂糖の禁止を始めとする過度な禁欲の欲求は、神ならぬ限りある命しか持たぬ信徒たちの一部が、勝手に定めた掟に過ぎず、最近はあまりにも行き過ぎる傾向にある」
ティリアが言葉を選ぶように言う。
なんだか怪しい雲行きになってきやがったぜ。
「然り。事実、光神様の御言葉には、『砂糖』を食すななどという文言は一つもありませんからな」
「うむ。それどころか、むしろ、主は『生ける者にとって最も良いのは、飲み食いし、自分の労苦によって魂を満足させること』と述べておられるではないか」
信徒たちが次々に頷いて、ティリアの言葉に賛同する。
「まさに、お前たちの言う通りだ。光神様の御言葉からいえば、冒険者が自らの命を賭して稼いだ金で、菓子を買い、それを食し、自らのその日の仕事を労うことに、何の問題もないはずである。なのに、今はくだらぬ禁欲の掟のせいで、正しく手にいれた金を持っていようとも、食べたいものも買うことができず、信徒たちはわずかな慰めも得ることができない。これが、本当に光神様の御心に適う状況だろうか」
ティリアがまたいつもの演説口調になって言う。
「しかし、それでも禁欲が美徳であることは否定できぬものと思われますが」
信徒の一人が疑問を呈する……というより、ティリアの意思を図るように言った。
つーか最近気づいたけど、こいつらの会話って基本プロレスみたいな感じなんだよね。
なんていうの。
ソクラテスの産婆術的な?
「確かに教会が設立された当初には、禁欲は純粋に美徳だった。しかし、神職の任用や昇進の基準に、清貧や禁欲の徳目が追加されてから、いつの間にか美徳は自らの心の内に発する自然なものではなく、栄達を目的とした偽善という手段に変わった。今、教会の座上を冒すメリダ派の神学者どもは、その際たるものである。彼らは現実にそぐわぬ空論を重ね、無用で煩雑かつ厳格な規則をでっちあげ、それでもって、光神様に奉仕したつもりでいる。奴らは公の場では自らで破いたこれみよがしの粗布を着て、水も飲まぬふりをして清貧をきどるくせに、一度教会を出て蔵つきの豪邸に帰れば、色とりどりの縫い取りをした服を着て、盛り場から招き寄せた娼婦を抱いている。その害悪はモンスターよりもひどく、その罪は魔王よりも深い!」
ティリアの朗声が歌うように響く。
「然り。奴らの強欲のために、今、多くの一般の信徒たちは、神の名の下に求められる不法な寄付金に窮し、到底守ることのできない無用な戒律に縛られ、あえぎ苦しんでおります」
「わ、私も、冒険者から、ダンジョン探索中に食料が尽きた際、モンスターの肉を食べられなかったばかりに、餓死することになった信徒の話を聞きました! 肉食は殺生につながるため、できることならば避けるべきですが、自らの命が危うい時にまでそれを強制されるのはおかしいです!」
ノーチェはぴょんぴょんと跳ねて自己主張した後、周りに合わせるようにそう言った。
えー、ノーチェちゃんさっきまでノリノリでドMルールを守ってた癖にぃ。
全く調子いいんだから。
「そうだ。ノーチェの言ったような理不尽な事例は、冒険者のみならず、地上の広く見られる、奴らの招いた災厄である。私は、慈愛に満ちた光神様の僕として、そして、公正をつかさどる裁きの天使の遣いとして、もはやこれ以上不義をそのまま捨て置くことに忍びない」
ティリアは厳かにそう宣言する。
「では――」
「ティリア様、ついに動かれるのですな!」
信徒たちが声を明るくした。
「ああ。私、サント・リラ・ティリアは、光神様の名の下に誓う。不信心者を聖なる教会から一掃し、再び正しき神の僕の手に、信仰を取り戻すことを!」
ティリアが叫んで、椅子の上にのぼって、鉄球を振り回した。
あ、扇風機みたいな風が吹いてきてちょっと気持ちいいかも。
「よくぞ申されました!」
「我ら信徒は、命尽きるまで、ティリア様に従いまする!」
「不当に奴らの手にかかって散っていったものたちの無念も、これで晴らされましょう」
なんかみんなすすり泣いて喜んでるんですけど。
ひくわー。
っていうか、こいつら、人目の及びにくい俺のダンジョンを、会合の場所として利用しやがったな。
もしかして視察はその口実で、最初からここで革命の決起式をぶちかますためにやって来たんじゃないだろうな。
「しかし、具体的にどうされますか? ティリア様は一騎当千の英雄であられるとはいえ、敵もかなりの戦力を有しておりますぞ」
「まずは、他の使徒たちの協力を取り付け、先の公会議の折、少数精鋭でもって聖堂を占拠し、祭壇にて直接光神様に我々の正義を訴える。公会議に参加できる人間は限られているから、我々や天使の加護を受けた使徒たちを、敵は数を頼みにして防ぐことはできない。至高の教会にて、我々の主張が主に認められれば、奴らも言い逃れはできまい」
ティリアが朗々と計画を告げる。
あー、くそ。早めに退席しときゃよかった。
明らかにこれ、『聞かない方がいい』タイプの話じゃんこれ。
こいつら絶対俺も巻き込む気じゃん。
「なるほど。しかしそれでもなお、メリダ派の連中は黙っておりますまい。特に、そこの魔王との関わりは、奴らにとっては格好の攻撃材料となりましょう。火のない所に煙を立て、あらゆる非難をあびせてくることでしょう」
「間違いなくそうなるだろう。だが、私は逆にそのことを利用してやろうと思っている。――魔王ジューゴよ」
「はい?」
名前を呼ばれた俺は、内心『やっぱりな』と思いつつも、とぼけた顔で首を傾げた。
「この金でもって、普通の冒険者でも買える範囲の金額の菓子をありったけ用意しろ」
ティリアはそう言って、俺がくれてやった賞金の残りを、丸ごと机の上に叩きつける。
「ええー。なんでそうなるんだ?」
「お前から買った菓子を供物に捧げ、それを食べることの可否を光神様に問う。もし、魔王から提供された菓子でさえ、信徒たちが食べていいということになれば、地上の者の手で作られた物は言わずもだからな。メリダ派が定めている今の戒律の異常さは自明になる」
ティリアは自信満々にそう言い切った。
「……正直あんまり俺を巻き込まないで欲しいんだけど。あんたらの事情に俺は関係ないよな?」
内心諦めつつも、俺は一応そう抗弁した。
「確かに関係ないな。しかし、もし我らが敗れ、教会がメリダ派の天下となれば、魔王に大して強硬路線の奴らは、まず見せしめとして、真っ先に私と関わりのあったこのダンジョンに攻撃をしかけてくるぞ。お前がいかに自らは一人の冒険者も殺してないと言い張っても、そんなことは一切お構いなしにな。それでもいいか?」
ティリアがそう言って、意志の強い瞳で俺を見つめてくる。
ですよねー。
まあ、どっちにしろ地上の政局は俺にはどうにもできないしな。
光神教徒が異世界の大勢力なら、比較的マシなティリアたちと付き合っていくほかない。
「わかった。用意しよう。きちんとした金を払ってくれさえすれば、誰にであれ商品を売るのが俺のポリシーだから」
俺はそう
あくまで脅しに屈したのではなく、自らの意思なのだと彼女たちに示すために。
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