第51話 食事会

 テーブルを三、四脚突き合わせ作った即席の会談の場で、俺はティリアたちと向かい合う。


 俺一人でたくさんの光教徒たちと対峙するのは何となく心細いので、一応、シャテルやネフリなど、一通りのメンバーにも参加してもらってる。


 一応、他の客は会計をまけてやる代わりに店から退出してもらい、人払いも済んでいた。


 光神教徒側のテーブルの上に並ぶのは、前にノーチェをからかうために作ったあんみつやら、俺がわざわざ意識高い系の店で買ってきた、オーガニックなんちゃらの自然食品だ。


 一方の俺たちサイドは自重する理由もないので、普通の飯である。相手への嫌味も込めて、ちょっとお高めのデパ地下弁当とデザートを用意してやった。


「さて、魔王ジューゴよ。まずは、今回の視察と、ノーチェの報告を受けての、ここ数ヶ月のお前への評価だが――」


 そこでティリアはハーブティーを口に含み、ちょっと間を空ける。


 なんだろう。


 成績表が返ってくる時のようなドキドキ感がある。


「おおむね、問題ない。教会への物資の補給も滞りなく行われており、信者のダンジョンからの生還率にも向上が見られる。また、それ以外の冒険者に対する不正も見られない。特に、先日は襲撃者がありながら、お前はその生存者に寛大な慈悲をかけ、命を助けた。私は光神様の御心に適うその行いを、大いによみする」


「あっ、そう」


 俺は拍子抜けした声で答えた。


 思ったよりも好評だ。


 もっとボロクソ言われてるかと思ったけど、意外と公平に報告してくれてたのね、ノーチェちゃん。


 これもツンデレの一種なのだろうか。


「しかし、改善すべき点もある。貴様は個室の一部で、いかがわしいサービスを提供しているな。なんでも、過去の出来事を再生するマジックアイテムを悪用し、卑猥な幻劇を流しているとか」


 ティリアが視線を鋭く細めた。


 うん。


 確かに個室のうちの一部が、宿屋のはずなのになぜか一時間単位で借りていく冒険者が多くて、回転率が異常な速さになっていることは確かだ。


「えー。そんなことを言われても、そこは仕方なくない? だって、冒険者が求められたら、それを提供するのが商人たる俺の義務だし。そもそも、部屋には卑猥なやつだけじゃなくて真面目なやつも置いてあるんだから、数ある選択肢の中からどれを選ぶかは、冒険者の自由意志に依るんだし」


 俺はそう反論する。


 金さえ払って貰えれば、後はプライベート空間でお客様がなにをしようと、それは個人の勝手なのです(すっとぼけ)。


「それでも、意図的に肉欲による躓きを招く原因を設置し、かつそれを放置しておくのは罪だ。本来ならば、私は御心に従い、貴様の色欲を断罪しなければならない立場にある」


 ティリアはそう言って、鉄球に手をかけた。


 シャテルとネフリが身体を硬直させ、ティリアの動きを注視する。


 場がピリッとした空気に包まれた。


「――とはいえ、貴様が設置しているマジックアイテムは、過去の出来事を再現しているだけであるから、今現実に搾取されている女は存在しないし、空事であるが故に、そこから新たな堕胎の罪が発生するようなこともありえない。と、いうことは少なくとも、現存している売春宿よりはマシだということになる。今、地上にある売春宿を根絶するには至らず、それどころか聖職者の中にも娼婦を買うような輩が少なくない中、それよりも軽い貴様の罪を断じたならば、それは著しく公平を失する裁きとなるだろう」


 回りくどくごちゃごちゃ言ってるけど、要するに――


「おとがめなしってことか?」


「ふう……そうではない。咎はあるが、光神様の慈悲の心にのっとり、今は警告で済ませておいてやるというだけだ。私が地上の罪を滅っしきった暁には、必ずお前も裁く。だから、それまでにお前は行動を悔い改めろ」


 ティリアはそう言って、「しょうがないにゃあ」的な呆れた視線を俺に送ってくる。


 こいつは一見カタブツに見えて、現場で活動するタイプの指揮官だから、きっと教義を現実と折り合わせる術も知っているのだろう。


 実際、風俗に行った男を全部殺してたら、かなりの社会の担い手がいなくなっちゃうだろうしな。


 それにしても、なんか美人な女教師に「えっちなのはいけないと思います!」って怒られている感じで、ちょっと興奮するNE!


「ういーっす」


 俺は頷きも首を振りもせず、曖昧な返事をした。


 もちろん、内心としては全然言うことを聞く気はない。


 ま、この感じなら大丈夫だろう。


 地上から娼婦が消えるなんて、それこそ世界の終わりまでありえないし。


「本当にわかってるのか?」


 ティリアが訝しげに俺を見つめる。


「ういうい。関係者の意見も踏まえた上で、前向きの検討させて頂かなくもないっす。で、視察の結果報告は以上ってことでいいんだな?」


 俺は官僚的答弁に終始しつつ、話の打ち切りを試みた。


「ああ」


「そうか。じゃあ、さっさと食事にしよう。早く食べないと冷めちまうからな」


 俺は合図をするように手を叩く。


 唯我独尊のシャテルは勝手に食べ始めていたが、それ以外のメンツは、俺の奴隷ちゃんズや委員長も、光神教徒たちも、みんな立場をわきまえて、食事には手をつけてなかったのだ。


「充悟くん。結構いいお弁当を買ってきたのね。高かったんじゃない?」


 委員長がウニとかいくらとかがたっぷり入った海鮮弁当を手に取って言う。


「まあ、たまにはな」


 俺はそう言って、和牛のステーキ弁当を手にとった。


「私は……どうしようかしら。この照り焼き丼っていうのがおいしそうだけれど、こっちの『うなぎ』っていうのも気になるのよね。すごく甘いいい香りがするの」


「じゃあ、お姉ちゃんは『照り焼き丼』を選んで。そしたら、私が『うなぎ』にするから、半分こにすればいいよ。お姉ちゃん。ご主人様、これを食べても大丈夫ですか?」


「おう。食え食え。……どうした。ネフリ、食べないのか? まさか、どこか調子悪いか?」


 俺はシフレたちに鷹揚にそう答えつつ、未だ弁当を取ろうとしない隣の席のネフリに声をかけた。


「調子は悪くない。でも、ネフリはご飯、食べちゃダメ」


 ネフリは俯いたまま、唇を引き結ぶ。


「どうしてだ? 俺はそんな命令出した覚えないぞ?」


「うん。マスターは出してない。これは、ネフリの自分への罰」


 ネフリが自戒するように呟く。


「罰?」


「ネフリは、負けちゃった。だから、ご飯を食べる資格がない」


「ああ! ネフリ、いいんだよ! 初めての戦闘なのにお前はよくやった。おかげで試合も盛り上がったし、十分に食べる資格はある」


 俺は思わずネフリをぎゅっと抱きしめた。


 ほんまワイのネフリちゃんは健気やでえ。


「でも、ネフリは戦うために創られたのに、強くなければ生きている資格がない」


「大丈夫だ。これから強くなればいいんだ。ソルとかに実戦の訓練をつけてもらえば、すぐにレベルアップできるさ」


 俺はネフリの耳元で囁く。


「ううう……。じゃあ、マスター。ネフリも食べていいの?」


 ネフリが俺の顔に頬を擦り付けながら問うてきた。


「ああいいぞ。何なら俺が食べさせてやろう。あーん」


 俺は弁当を開き、箸で肉を摘まんでネフリの口元に持っていく。


「パクっ」


 ネフリが口を閉じて咀嚼する。


「美味いか?」


「うん! おいしい! マスターが食べさせてくれたから!」


 唇の端に肉のソースをつけたネフリが叫ぶ。


「そうか。良かったなあ」


 俺はしみじみと呟く。


 これはあれだね。


 父性欲を掻き立てられるね。


「お礼に、今度は、ネフリがマスターに食べさせてあげる!」


 ネフリはそう意気込んで俺の箸を奪う。


 しかし、上手く使いこなせず、テーブルの上にそれを取り落とした。


「うーん。まだちょっと箸はネフリには早かったな」


 武器を扱うスキルは事前に習得していても、箸はどうしようもないらしい。


「うー、じゃあ、こうする!」


 ネフリは一瞬困り顔になった後、いきなり弁当に顔を突っ込んだ。


「マヒュター。ん!」


 ネフリは肉を甘噛みし、『食べろ』とでも言うように俺の方へ口を突き出してきた。


「いや、さすがにそれはちょっと俺も恥ずかし……」


「ん!」


「仕方ないなあ」


 俺は半分口移しみたいな形で、ネフリから肉を受け取った。


 正直めっちゃ楽しいです。


 はい!


「マスター。おいしい?」


「ああおいしいぞ。ネフリが食べさせてくれたから余計にな」


 俺は肉を嚥下して、ネフリの頭を撫でる。


「えへへ」


 ネフリが頬を赤く染め、顔をほころばせる。


「こほん。ところで、魔王よ。聞きたいことがあるのだが」


 そんな感じで俺がネフリといちゃついてると、ティリアが咳払い一つ口を挟んできた。


「なんだよ。まさか、俺自身が創造した魔物と乳繰り合うのもダメってか?」


 魔物にティリアたちの神の戒律は及ばないはずである。


 だからこそ、彼女たちは魔物には慈悲をかけず、躊躇なくぶっ殺せるのだし。


「いや、そうではなく、料理について質問があるのだが」


「なんだ?」


「本当に、料理の中に戒律に反する物は入っていないのだな? 見る限り、これなど明らかに肉なのだが?」


 ティリアが皿の一つを指さした。


 その中に入ってるのは、ベジタリアン向けの、大豆肉のハンバーグだ。


「ああ、それ、肉っぽく見えるけど原材料は豆だから大丈夫」


「こんな豆など見たことないが、もしや、またマジックアイテムで作ったのか?」


「そんな感じ。まあ、食べてみろよ。野菜なのに肉の感覚で味わえるって最高だろ?」


 俺はそう言って料理を勧める。


「ふむ。では頂こう」


 ティリアはナイフとフォークでから揚げを切り分けて口に運ぶ。


 他の光神教徒たちもそれに倣った。


 その内の何人かは目を輝かせている。


 生まれてから一度も肉を口にしたことがないような生粋の信者はともかく、途中で回心したような奴は肉の味を知っているだろうからな。


「ほう!」


「これは美味いですな!」


 ほとんどの光神教徒が、その味に感嘆する。


「確かに素晴らしい味だ。私は肉を食べたことがないのだが、本物の肉もこのような味なのか? ナフル」


「は、はい。おおむねそうです」


 ティリアから質問を投げかけられた戦士が、微妙な顔で答えた。


 そんな顔になる気持ちも分かる。


 まずくはないんだけど、本物の肉に比べればやっぱり見劣りするんだよな。こういう食品は。


 さっき目を輝かせていた奴らは皆一様にちょっとがっかりした表情をしている。


「ふん。そのようなまがい物で満足するなど哀れな奴らじゃ! 所詮偽物は偽物よ! 本物の肉の味には遠く及ばぬわ」


 シャテルが煽るように言って、これみよがしに黒毛和牛のハンバーグを口に入れた。


 シャテルは表情が豊かだからか、本当に美味そうに食べる。


「光教徒は他人の物を羨みなどはしない。我々は足るを知っており、光神様から与えられし糧をただ感謝して頂くのみだ」


 ティリアはそう答えて、無表情のまま淡々と食事を進める。


「本当かのう? おっ。そこの、お主。食べたそうな顔をしておるな。欲しければくれてやるぞ。ほれほれ」


 しかし、ティリアはまだ納得がいっていないようで、先ほどティリアから質問を受けていた戦士の鼻先に、フォークで刺したハンバーグをちらつかせた。


「い、いるか!」


 戦士が必死で顔を背ける。


「我が同朋を誘惑するな! 悪魔め!」


「ナフルも! 目を背けずに正面から淫魔を見て断らんか!」


 にわかにテーブルが騒がしくなり始める。


「おいおい。お前ら。そろそろデザートを出すから、そんなくだらないことで喧嘩すんなよ」


 俺はテーブルの下から、クーラーボックスを取り出して言う。


「それは、ノーチェの報告書にあったあんみつとかいう甘味か」


「ああ。そうだよ。――トカレ、シフレ。配ってくれ」


 奴隷ちゃんズに命じて、ガラスの器に入ったあんみつを光神教徒たちに配膳させる。


 お前らのためにわざわざ容器を買ってやったんだからありがたく召し上がりやがれ。ぷんぷん。


「なんとも涼しげな見た目だな」


 ティリアが器を持ち上げ、ためつすがめつ見た。


「さあ、ティリア様! 早速召し上がってください! 甘さが足りなければこのはちみつをどうぞ。こちらのきなこをかけると、風味が増しましよ。あっ、きなこというのは先ほどのハンバーグと同じ、豆をひいて作った粉で――」


 ノーチェが喜々として語り出す。


 ドヤ顔で言ってるけどそれ全部俺が教えてあげたやつだよね?


 まあ、でも今は、久しぶりのキマシ師弟の団らんに水を差さないでやるか。


「さあ、俺たちはアイスクリームだぞー」


 もちろん、俺たちの方は光教徒たちを気にせず、砂糖のガンガン入ったデザートを楽しむことにする。


「ダンディボーゲン?」


 トカレが首を傾げる。


「いや。今日はそれよりも強い。バーゲンガッツだ」


「わあ。楽しみ、です」


 シフレが手を合わせ、目を輝かせた。


「マスター。それおいしいの?」


 ネフリが首を傾げる。


「ああ。おいしいぞ。なんせ、バーゲンガッツはダンディボーゲンより量が少ないのに高いんだ」


 高いものが必ずしも美味いといえない世の中だが、アイスに関しては値段と味が直結していると思う。


「じゃあ、また食べさせて」


 ネフリが口を開く。


「もう本当にネフリは甘えん坊だなあ」


 俺はにやにやしながら、バーゲンガッツの蓋を開けた。


「甘い豆というのは奇妙に感じましたが……、実際に食べてみると意外といけますな」


「うむ。固定観念にとらわれていてはいけないということだ。意外な組み合わせが、光明をもたらすこともある」


「まさしく、『深き海のサラマンダー』の喩えのごとくですな」


「はっ、はっ、は。違いない」


 向こうは向こうで、俺らの良く分からない話題で盛り上がってる。


 何となく場が和やかな雰囲気になった。


 甘いものはやっぱり人間を幸せにするね。

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