第50話 祭りの後

 俺が勝利を告げた次の瞬間にはもう、ノーチェがリングに飛び込んでティリアの身体を布で包み込んでいた。


 試合中に、すでにノーチェは教会から負傷者の手当てとかに使う布を持って来て準備をしていたようだ。


 二人はそのまま禊ぎ場(シャワー室)に直行する。


 後からぞろぞろと光神教徒たちがティリアの武具を持ってそれに続いた。


「いやー、酒が美味い」


「ちっ。アテが外れたぜ」


 賭けに勝った者が祝杯を上げ、負けた者たちが不運をかこつ。


「いい試合だった! 思わず熱くなっちまったよ」


「またこういうのを頼むぜ」


 一方、賭けはせずに見物料だけを支払って立ち見していた客たちも、満足げにダンジョンを立ち去っていく。


 見物料だけ払って酒も飲まない立ち見客は、直接的な儲けとしては俺に大した利益をもたらしてくれる存在ではないが、純粋に試合を楽しんでくれた彼らは、店の評判をあちこちで広めてくれることだろう。


「はい。どーも」


 俺はそれらの客に適当に挨拶しながら、賭けの清算とかリングの片付けとか、諸々の後始末をソルやシフレたちと協力して終えた。


 ちなみにティリアに負けたネフリは、いじけて体育座りで部屋の隅に転がっている。


 やがて、客の多くがはけ、試合の興奮も冷めた頃、再び鉄球や鎧をフル装備したティリアが、仲間を引き連れて酒場へと戻ってくる。


「はい。これ、ファイトマネー。お互い一勝一敗で痛み分けだな」


 俺はそう言って、革袋に入った金をティリアに差し出す。


 ヤクトが勝ったら渡すはずだった賞金だ。


 結果としては、俺たち側の完勝とはいかなかったが、それでよかったのだと思う。


 もしこっちが二連勝してしまえば光神教徒たちのメンツを潰すことになり今後の教会との関係にも悪い影響があっただろうし、逆に俺たちの方がボロ負けすれば客に侮られることになっただろう。


 そういう意味では、二戦ともお互い善戦した上で土をつけ合ったという結果は、図らずもちょうどいい落としどころだったのかもしれない。


「ああ。……ふむ。結構あるな」


 ティリアは受け取った革袋を開き、中身を確認するとそう感想を漏らす。


「まあ、一応命かかった勝負だしな。好きに使ってくれ」


「ふむ。では、そうしよう」


 ティリアは俺の言葉に頷くと何を思ったか、カウンター席に歩み寄った。


 その先には、力なく俯く魔法使いの姿がある。


 店に駆けこんできて、俺に本来の挑戦者が死んだことを告げた奴だ。


「――何の用だ」


 魔法使いがその赤くした瞳でティリアを睨む。


「……これで死んだ仲間を弔ってやるがいい」


 ティリアは革袋から半分ほどの金を取り出して、無造作にカウンターに置く。


「何であんたがそんなことをするんだ」


 魔法使いが訝し気に呟く。


「そもそも、今回の試合は、本来ならお前の仲間が掴んだはずの機会だった。やむを得ぬ事情とはいえ、私たちはその機会を横取りした形になる。故に、試合で得た糧を分かち合いたいのだ」


 ティリアは穏やかな声で答える。


「だが、あいつは光神教徒じゃなかった。生粋の風の信徒だったんだぞ。それでもいいのか?」


「ああ。構わない。放置された死体が冒涜され、アンデッドにでも化ければ、闇の軍勢の力を増すことにつながる。それは光神様の御心に反することだ」


「そうか。……助かる」


 ティリアの言葉を聞き終えた魔法使いは、ぶっきらぼうにそう言って、金を受け取る。


 ティリアは、それ以上は何も言わずにその場を離れた。


「もったいねーな。どうせだったら、さっき勝った時に『賞金の半分は仲間を失った魔法使いにやる』とでも言っておけば、あんたの名声も高まっただろうに」


 俺は戻ってきたティリアにそう声をかけた。


 少なくとも俺なら宣伝効果を考えてそうする。


「ちょっと、魔王! ティリア様にくだらない質問をしないでください! あなたのような商人と違って、我々光神教徒は、偽善を嫌い、『施しをするときは、右の手のすることを左の手に知らせてはならない』と考えるんです!」


 ティリアの側に嬉ション状態でついて回っていたノーチェが口を挟む。


「でも、人のいっぱいいるところで善行を見せた方が、感動して入信する奴もいっぱいいたかもしれないぞ? 神様的にもそっちの方が良かったんじゃね?」


「それは浅慮というものです! 理由は、理由は――ティリア様! 言ってやってください!」


 ノーチェが言葉に詰まって、ティリアに話を振る。


「……。私も神の使徒としてもちろん多くの民の回心を望むが、一時の熱狂に浮かされて入信した者は、往々にして御心から離れるのも早い。よしんば熱心な信者になったとしても、感情に任せて教えを勝手に解釈し、御心を損なうようになる。私が増やしたいのはそういった浮薄な信徒ではなく、地に根を張る樹々のような、自らの内から自然に発せられる信仰に支えられた骨太な者たちなのだ」


「そ、そういうことです!」


 ティリアの理路整然とした答えに、ノーチェが食い気味に乗っかる。


「お前今、絶対に何も思いついてなかったよな?」


「う、うるさいですね! それよりも早くティリア様たちを接待する準備をしてくださいよ!」


 俺の突っ込みに、ノーチェは誤魔化すように要求を口にする。


「今やってるよ。そろそろシフレやトカレたちが食事を運んでくるから、席について待ってろ」


 俺はそう答え、シフレたちを手伝うために倉庫に向かった。

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