第46話 開始前の誤算

 そして日曜日。


 俺のダンジョンの酒場は、たくさんの人でごったがえしていた。


 オプション料金を取るテーブル席もきっちり埋まり、立ち見客も肩と肩が触れ合うくらいの間隔でいる。


 酒場の中央には、俺が新たに創造した5メートル四方の闘技場がある。


 といっても、四方を透明な水晶の壁で囲み、扉をつけただけだのシンプルなものなので、ボクシングやプロレスに使うリングと言った方がイメージとしては近いかもしれない。


「前に訪れた時分からさほど経っていないのに、随分と規模を大きくしたものだな」


 闘技場から一番近いvip席に陣取ったティリアが、感心したように言った。


 当然その周りには、ティリアの配下たちが脇を固め、彼女をがっちりと守っている。


 一応、前にノーチェにもてなす準備をすると言ってしまったので、彼女たちは客人扱いで金は取っていない。


「まあ、ぼちぼちな。……もう一度確認するが、俺がここで決闘場をやっても、あんたらは文句ないんだよな?」


 ティリアの隣のテーブル席についた俺は、事前にノーチェ経由で確認して貰っていたことを再度念押しする。


 余計な言いがかりをつけられないように本人からの言質が欲しい。


「ああ。冒険者本人の意思であり、正々堂々とした決闘ならば問題ない」


 ティリアがはっきりとそう言って頷く。


「そうか」

 

 俺はほっとして頷く。


「それよりも、まだ試合は始まらないのか?」


 ティリアが頷きながら、手持無沙汰に肩を鳴らす。


「ああ。こっちの準備は万全なんだがな、対戦相手が来ないんだよ。全く。できれば前日から俺の店に入っておくように言っておいたんだがな。ったく。これだから時間にルーズな奴は嫌いだぜ」


 俺は苛立ちまぎれに足を踏み鳴らす。


 異世界には正確な時間を測る手段は限られているので、地球みたいに『○時に待ち合わせね』という訳にもいかない。


 だから、こっちとしては試合の時間まで個室をサービスで提供してまで前日入りさせようとしていたのに、平然と遅刻しやがって。


「ジューゴよ。その対戦相手の、ディックだったか? 奴とは契約は交わさなんだのか?」


 俺の隣の椅子に腰かけて、脚をぶらつかせながら問うた。


「もちろんばっちり『契約』のスキルで交わしたぞ。約束を破ったらかなりの罰金を受ける契約だから、簡単にすっぽかすはずはないと思うんだが」


 魔王のスキルを使った強制力のある契約だ。


 軽々しく破られるはずはないのだが……。


「おい! まだ始まんねえのか!」


「もう酒がなくなっちまたぞー!」


 客からもそろそろ不満の声が出始めたその時――


 バン!


 勢いよく扉が開かれる。


「はあ。はあ。はあ」


 駆けこむように中に入ってきたのは、灰色のローブを着た魔法使いだった。


 魔法使いは額からほとばしる汗を、ローブの裾で拭う。


 ディックではない。


 だが、俺にとっては朗報だった。


「おっ! あんた! 確か、ディックの仲間だったよな! 奴は!? どこにいる?」


 俺は椅子から立ち上がり、魔法使いに詰め寄る。


「そ、それが……」


 俺の問いに、魔法使いは顔をこわばらせ、口ごもる。


 俺の脳裏に嫌な予感が走った。


「どうした? 何があった」


 俺は魔法使いの肩を揺すって問う。


「し、死んじまった」


「は?」


「だから、死んじまった! ここに来る途中の『実りなき草原』で、ハグレに襲われて、ディックは逝っちまったんだ!」


 魔法使いはそう言って床に膝をつく。


 ええー……。まじかよ。


 これだからダンジョンって怖い。


「おいおい! じゃあ、試合はどうすんだよ」


「そりゃあ中止じゃねえの?」


「んじゃあ、なんのために来たか分かんねえじゃねえかよ」


 客たちがざわめき始める。


 冒険者稼業で死というものには慣れているのか、酒場はお通夜状態にはならなかったが、それでも確実に場は盛り下がってる。


 やばい。計画が崩れた。


 早く何とかしないと。


 俺は酒場に目を凝らし、『鑑定』を発動し、客の中から何とか委員長と勝負になりそうな冒険者を見繕う。


「おい。あんた。試合に出てみないか? もちろんファイトマネーは払うぞ」


「ああ? 嫌だよ。俺は確実に勝てる戦いしかやんねえ」


「あんたはどうだ?」


「無理ぃーに決まってんだろぅー。こんなへべれけで戦えるかよぉー」


 該当者に片っ端から声をかけるが、誰からも色よい返事は貰えない。


「ちっ。どうっすかなあ」


 俺は舌打ち一つ頭を掻く。


「ティリア様!」


 唐突に、端っこの方の席に座っていたティリアの仲間が立ち上がった。


 俺よりちょっと下の年齢くらいの、年若い男だ。鎧と剣という、オーソドックスな装備で身を固めている。


 前にティリアたちが来た時には見なかった顔だから、多分新入りだろう。


「どうした? ヤクト」


「ティリア様にお願いしたいことがございます! ジブンに魔王の眷属と決闘させてください!」


 ヤクトと呼ばれた男は、そう言って胸を張る。


「ふむ。貴様が? 何故に決闘を望む?」


 ティリアが真実を見定めるように目を細めた。


「勝ち取った賞金を光神様に献上するためであります! 光神様に誓って、ジブンはティリア様のお目に勝利をご覧に入れます!」


 ヤクトは勇んでそう宣言する。


 これは、あれだな。


 美人の先輩にいいところを見せたい後輩君といった感じだな。


「光神様に誓う……か。その言葉、軽くはないぞ、ヤクト」


 ティリアが厳しい口調で言う。


「はっ! 承知しております」


 ヤクトは祈りの仕草をして頷いた。


「やれやれえ!」


「光神様の力とやらを見せてくれよお!」


 客たちが口々にそう言ってヤクトを煽る。


 そりゃそうだ。


 わざわざダンジョンまで来て、何も見られずに帰るなんてありえない。


「これは意外とおもしろそうじゃねえか?」


「ああ、奴ら日頃は徒党を組んでやがるから、個人の力を見る機会はあんまねえしな」


 別の客たちがそう語り合う。


 再び場の雰囲気がちょっと熱くなりはじめた。


(ま、悪くはないか)


 『鑑定』で確認した能力的には、ヤクトは正直、ディックよりもちょっと上だ。


 つまり、委員長が戦うには、厳しめということになる。


 だけど、試合にならないほどの差はなさそうだ。


 仕方ない。こいつで妥協しよう。


「俺からも頼む。このまま客をがっかりさせて帰したら、俺の面目は丸つぶれだ」


 俺は素直に助けを問うた。


 ティリアの性格的に、あれこれ策を弄して説得するのは逆効果だろう。


「ふむ。ヤクトがやりたがっている以上、その心は尊重してやりたいし、彼が負けるとも思わないが、万が一ということもあるからな。無用な戦に大切な信徒の命を賭ける訳にもいかない。それは光神様の慈愛の心に反する」


 ティリアは逡巡したように顎に手を当てる。


「それなら心配ねえよ。決闘の挑戦者には、一人、付き添いをつけることができるんだ。その付き添いがこの白旗を挙げれば、本人に闘う意志があっても、降伏とみなして戦闘は終了だ。これなら安全だろ?」


 要するにセコンドの制度である。


 白旗はタオルの代わりだ。


「つまり、私にその付き添いとなれということか?」


 ティリアが俺の意図を先読みにして問う。


「ああ。あんたなら、万が一のことがあっても、これ以上はやばいって瞬間を見極めて、白旗を振るくらいのことはできるだろ?」


 俺はティリアに挑戦するように言った。


「ふむ。そういうことならばいいだろう。だが、もし白旗を振っても敵が止まらなければ、私は躊躇なく壁を破壊し、敵を粉砕する。いいな?」


 ティリアはそう言って微笑を浮かべ、ヤクトと俺を交互に見た。


「はい! ですが、ティリア様に決してご迷惑はおかけしません!」


 ヤクトが頷く。


「もちろんそれでいいぞ。じゃあ、俺は対戦相手の変更に関わる準備をしてくる」


 俺はそう承諾し、酒場を後にした。


 倉庫で待機している委員長の下に向かうためだ。


 敵が強くなったことを伝えなければいけないが、委員長なら不満を言うどころか、逆に喜ぶだろう。


 あいつは逆境になればなるほど燃えるタイプだから。

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