第45話 ネフリ
「マスター?」
やがて、彼女はゆっくりと目を開くと、俺の方をじっと見つめて、小首を傾げる。
「ああ。俺がマスターの見城充悟だ。まずはお前に名前をやろう。お前は、今日からネフリだ!」
俺はそう言って、ネフリを指さす。
「ネフリ……。嬉しい。ネフリ、マスター、大好き!」
ネフリは噛みしめるように自分の名を呟き、俺に抱き付いてくる。
「よしよし。俺もネフリが大好きだぞ」
俺はネフリを頭を撫でながら呟く。
(魔王になって――よかった!)
俺は心からそう実感していた。
「それで、ネフリは、何をすればいいの? ネフリ、早くご主人様の役に立ちたい!」
「まずは、この服を着てくれ。俺からの二つ目の贈り物だ」
俺は傍らに置いてあった紙袋を持ち上げて、ネフリに手渡す。
もちろん、俺が事前に準備してあったものだが、パペットを使ったとはいえ、女物の下着を揃えるのはこっぱずかしいものがあった。
「着る!」
ネフリは喜び勇んで紙袋を漁り、あっという間に身に纏う。
「どう、マスター。似合う!?」
ホットパンツにTシャツというラフな格好になったネフリは、その場で一回転した。
「ああ。よく似合ってるぞ」
こぼれた太ももと、着衣したことによってかえって強調された胸が、ネフリをより蠱惑的に見せていた。
「えへへ……。次は? 次は何をすればいいの?」
「後は……、ダンジョンの警備が主なネフリの仕事だな。俺の敵を見つけたら、それを排除してくれ。といっても、基本的に俺のダンジョンに来るのは客ばっかりだから、あんまり出番はないかもしれないけど」
「わかった! ネフリ、敵を探す!」
ネフリはそう意気込んで、辺りを見回し――
「マスター、ネフリ、敵を見つけた」
シャテルを見つけ、声を低くする。
「ほう。わらわか?」
シャテルは碁盤から顔を上げ、新たなおもちゃを見つけた子どものような顔でネフリを見つめた。
「いや、ネフリ。そいつは敵じゃない。シャテルといって、俺の配下ではないが、仲間だ。衣食住の提供と引き換えに、このダンジョンの防衛に協力してくれてる」
「そういうことじゃ。わらわは淫魔のシャテルじゃ。よろしくの」
シャテルはそう自己紹介すると、屈んで二の腕の間に胸を挟み込み、強調するポーズを取る。
どうやら、さっきのグラビアのDVDから学習したらしい。
「マスター。やっぱり危険。こいつ、マスターを誘惑してる」
ネフリはそう言って、シャテルを睨みつける。
「まあ、こいつは淫魔だからな。エロい仕草をするのが仕事みたいなとこがあるし、気にするな」
俺はなだめるように言った。
「でも、シャテルはマスターの配下じゃないから、いつ裏切るかわからない。色仕掛けでマスターに近づいて、マスターがエッチな気分になって油断した瞬間に裏切るかも。だから、マスターはシャテルに近づいちゃだめ」
しかし、ネフリはかたくなにそう言い張り、背中で俺をぐいぐい押して、シャテルから遠ざけようとする。
俺への忠誠心は大したものだけど、ちょっと行き過ぎかもな。
「ふふん。良いところに気が付いたな。じゃが、ジューゴを狙っているのはわらわだけではないぞ? ほれ!」
俺がそんなことを考えていると、唐突にシャテルは煽るようにそう言って、テレビの画面をネフリに向けた。
画面の中では、遠くの波打ち際ではしゃぐグラビアアイドルが、棒読みで「おーい!」とか叫びながら、手前に向かって駆けてくる所だった。
「敵」
グラビアアイドルのおっぱいが爆発した。
ネフリが目にもとまらぬ速さで掌底を繰り出し、一撃でテレビを貫通したのだ。
ちょっと待って。
なにこれ怖い。
「お、おい。ネフリ。お前をそんなアホに創った覚えはないぞ。これがただの作り物で、何の戦闘能力もないことくらい、お前にも分かるよな?」
「だって、マスター、今、ネフリがここにいるのに、あの娘のこと見てた。ネフリからマスターの視線を奪って、仲違いさせようっていう陰謀かもしれない。だから敵。マスターはネフリのことだけ見てればいい!」
ネフリはすねたようにそう言って、俺の胸に頬をこすりつけてくる。
うん。嫉妬はかわいいよ?
かわいいんだけど、さすがに二次元にまでガチ敵愾心を抱くのはNG。
「な、なあ。シャテル。創ったばかりのモンスターってみんなこんな風な感じなの?」
俺は顔をこわばらせながら、シャテルに問う。
「そんな訳がなかろう。そりゃ魔物は本来主たる魔王を慕うように創られておるが、これはちと行き過ぎじゃ。ジューゴが何か心に手を加えたのではないか?」
「いや、ちょっと、俺をラブしてくれるように調整したけど……」
こんなヤンデレ風味に魔改造したつもりはないんだが。
「ならそれが原因じゃ。心というものはバランスを取るようにできておるのじゃ。光が強いほど影もまた濃くなるように、愛情深く定めれば、それだけ
シャテルが納得したように頷く。
えー。なにそのトラップ。
全然そんなこと聞いてないんですけど。
「ふうー。やっと、仕事が終わったわ」
俺がドン引いている所に、日課を終えたトカレがやってくる。
「また別の女。しかも強い呪いの力を感じる。マスターに近づかせたら危険」
ネフリはそう言って、足下の金属片――テレビの残骸を手に取る。
「充悟くん。ただいまー。やっぱり、新しい身体は最高ね」
また別の扉から、委員長が帰ってきた。
「……『鑑定』。ヒューマン。ミヤソノマヤ。属性。『彼女』? 意味。『特に親しくしている異性。恋人』。――殺す」
ネフリが今度は標的を変え、委員長に向かって金属片を振りかぶる。
「ネフリ。いい加減にしろ! 俺からの命令だ! こいつらはみんな仲間なんだから、仲良くするように。攻撃するなんて持っての他だ。いいな!」
俺はぴしゃりと叱り付ける。
「わ、わかった。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
一瞬でしゅんとしてしまったネフリは、そう謝罪を繰り返しながら、ポロポロと涙をこぼす。
「わかってくれたなら、そんなに謝らなくてもいいよ。な、何も泣くことはないだろ」
「だって、マスター、ネフリのこと、怒った。ネフリ、嫌われた」
ネフリは俯いて、首を何度も横に振る。
普通ならこう言うタイプはうざいと思ってしまうのだが、なにせ容姿が俺の理想の美人だし、完全に俺好みにチューニングしたせいで、わがままもかわいく思えてしまう。
「極端な奴だなあ。大丈夫だよ。俺はネフリを嫌いになってないよ」
俺はネフリを強く抱きしめて、耳元で囁く。
「本当?」
ネフリは泣くのをやめ、潤んだ上目遣いで俺を見上げてくる。
「ああ。本当だ」
「じゃあマスターは、ネフリのこと、好き?」
「ああ。好きだよ」
俺はネフリの頭をポンポンと優しく叩いて言った。
「どれくらい好き?」
「そりゃあもう、両手で抱えきれないほどいっぱいさ」
自分で言ってて吐きそうになった。
かつて日本に生息したという『トレンディ』の一味か俺は。
「その『いっぱい』は、他の娘への好きよりも『いっぱい』?」
それでも、ネフリは不安そうに俺に確認してくる。
「ふう……。ネフリ、よく考えて見ろ。まず、ここにいるシャテルと出会ってから、もう三ヶ月近く経つのに、俺はこいつに対して一ルクスも払ってはいない。それなのに、ネフリを創るにはもう十万以上のルクスを支払っている。魔王にとって、一番大切な資源をだぞ? その事実から考えて、俺は、シャテルとネフリ、どっちを大切にしてる?」
「ネフリ」
そう答えるネフリの顔に笑顔が戻る。
「次に、ここにいるトカレだ。こいつにも、やはり俺は一ルクスも、一銭の金も支払っていない。だけど、ネフリには、ルクスはもちろん、買うにはたくさんの金がいるテレビを壊しても許してやった。俺は、トカレとネフリ、どっちを大切にしてる?」
「ネフリ」
次は声に力が戻った。
「最後に、ここのいいんちょ――もとい、ミヤソノマヤだ。こいつにも、やはり俺は一ルクスも、一銭の金も支払ってない。しかも、ミヤソノマヤが俺とこのダンジョンで一緒にいるのは、せいぜい、週に二、三日くらいだ。だけど、これからネフリと俺は、毎日ずっと一緒なんだぞ。俺は、ミヤソノマヤとネフリ、どっちを大切にしている?」
「ネフリ!」
ネフリが両手を挙げて万歳する。
「よし。これでわかったな。俺がどれだけネフリを大事に思っているか」
「わかった! ネフリ、マスターとずっと一緒! 一番! 幸せ! マスター大大大大大好き!」
ネフリは嬉しそうにそう叫び、俺にぎゅっと抱き付いてくる。
(ふう。何とか沈静化したか……)
そうほっと一息ついて辺りを見回す俺に、女性陣の冷たい視線が突き刺さる。
「なんというか。ジューゴよ」
「あんたって」
「女の趣味最悪」
三人がまるで姉妹であるかのようなジェットストリームアタック的連携で俺を罵倒してくる。
「うるせえ! 何とでも言いやがれ!」
俺は開き直って叫ぶ。
周りからどう思われようと関係ない。
これが俺のロマンだ!
==============あとがき===============
いつも拙作にお付き合い頂き、まことにありがとうございます。
中々思い通りにクリエイトはできないようです。
もしなにかしら琴線に触れるところがございましたら、★やお気に入り登録などで評価して頂けるとありがたいです。
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