第43話 夏休み終了

 楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、気が付けば夏休みも最終日。


 俺は、自室に委員長を呼び出し、夏休みの宿題の仕上げに、受験とは関係ないどうでもいい科目(家庭科とか)の課題を写させてもらっていた。


 国・数・英・理・社とかのプリント類は自分で真面目にこなしたのだが、『栄養バランスを考えて、毎日一品、手料理を作ろう!』とか、正直、教師の自己満足系の課題には付き合う気がしなかったのだ。


「はい。これで終わり」


「サンキュー。委員長。助かったわ」


 俺はそう礼を言うと、出来上がったノートの束を机の上でトントンして、端を揃える。


「お礼って、口でいうのはただなのよね。私、ちゃんと態度で見せて欲しいな。充悟くんの誠意」


 委員長は、消費者金融の借金取りのようなセリフと共に、俺に意味ありげな視線を送ってくる。


「それじゃあ! まさか、身体で!?」


 俺は冗談めかしてそう言うと、自分の身体を抱きしめる。


「もう、充悟くんのスケベ! そうじゃなくて、前言ってた闘技場の件。私、ずっと楽しみに待ってるんだけど?」


 委員長はジト目で俺を見つめ、格ゲーのコマンドを入力するかのように、机を人差し指で小刻みに叩く。


「ああ。それな。ちょうどリサーチも終わって、さっき闘技場の開設日を来週の日曜に決めたところだ。その日に、ノーチェの上司のティリアとか、光神教の一団が視察にくるから、接待ついでにちょうどいいと思って」


 ティリアがここに訪れることは、地上の教会の方でも告知されているそうだから、その日はきっと巡礼者が増えるはずだ。


 もちろん、俺も自分で店を訪れた客に宣伝はしているが、少しでも多くの人間に闘技場の存在を知ってもらうためには、あらゆる機会を有効活用すべきだろう。


「本当!? さすがは私の彼氏! これで、ついにリアルファイトができるのね!? 『最後まで立っていた者の勝ちだ』。そういう訳ね?」


 顔に喜色を浮かべ、興奮状態になった委員長が、俺の腕を取った。


「おう。そこで、だ。そろそろ、委員長が憑依する用のモンスターを創ろうと思うんだが、どんなモンスターで戦いたい? さすがに今のゴブリンのままじゃ、雑魚過ぎて試合になんないからさ」


「うーん。そうねえ。基本、人型なら何でもいいわよ。腕が二本、脚が二本で、人間の身体と同じ感覚で動かせるモンスターならね」


 委員長がしばらく考えてから呟く。


「じゃあ、とりあえず、対初心者用にアユティ。対中級者用にワーウルフでいいか? 上級者用は対戦者が確保できてないから、とりあえず保留で」


 アユティは、前に闘ったこともある、腕の長い猿型のモンスター。


 ワーウルフは、文字通り狼人間である。


 おそらく、二体合計で4000ルクスくらいはかかるだろうが、そのくらいなら今の俺なら余裕で出せる。


 店の規模を拡張したおかげで、現金収入だけでなく、魂の収入も、一日平均3000ルクスに増えた。


 店を二階層に拡張した以外は、特に無駄遣いもしていないので、今の俺には十二万近いルクスの蓄えがあるのだ。


「それでいいわ」


「オッケー。じゃあ早速ダンジョンでモンスターを創ってくるわ」


 俺は頷いて立ち上がる。


「あ、私も行く。試しに憑依して、事前に感覚を馴染ませて、対戦の練習しておきたいから」


 委員長も腰を上げ、皺のついたスカートを叩いた。


「もちろん、俺はそれでいいけど、委員長は門限とか大丈夫なのか?」


 俺は卓上の時計を一瞥していう。


「大丈夫よ。普通ならダメなんだけど、充悟くんと一緒にいる時は、特別にちょっと門限を延ばしてもらえるように交渉したの」


「交渉ってどんな?」


 委員長の身の上話を聞く限り、彼女のご両親はかなり締め付けが厳しそうな感じなのに、そんなあっさり門限を延ばしてもらえるものなのだろうか。


「それは秘密。――とりあえず今は、私の両親が充悟くんにすごく会いたがっている、とだけ言っておくわ」


 委員長が意味深に呟く。


「……もしかして、俺に無断で、婚約したとか変な空約束してないよな?」


 委員長が、前に『付き合ってもいい男子生徒リスト』があると言っていたのを思い出し、俺は邪推する。


「ふふふ」


 笑って誤魔化された。


 なんか俺の知らないところで、外堀埋まってないか? これ。


 まあ、いざとなったら、委員長のご両親には『催眠』で翻意してもらえばいいことか。


 そんなことを考えながら、ダンジョンへと降りていく。


「うひょー。なんじゃこの乳! 爆弾岩級じゃぞ! 偽乳か? いや、しかし、この胸の谷間の血管の浮き出具合は意外と本物やもしれぬ」


 そこでは、シャテルが一人、囲碁を打ちながら、水着を着たグラビアアイドルがはしゃぐ姿をながら見してぶつくさ言っていた。


「おいシャテル。なにやってんだ」


「おっ、ジューゴ。戻ったか。それに、イインチョーもしばらくぶりじゃの」


 俺の言葉に、こちらへと振り返ったシャテルが、委員長に向かって手を挙げる。


「おひさでーす」


 委員長も軽く手を挙げて応えた。


「それより、シャテル。また勝手に俺のグラビアアイドルのイメージDVDを持ち出しやがって。これで何度目だ」


 そう形だけ抗議して見せるも、実はシャテルの行動は俺にとって想定の範囲内だ。


 今シャテルが観てるのは、所詮全年齢対象版のデコイ。


 本当にヤバい代物は、分かりやすくパッケージングなんてされず、俺のパソコンの奥に何重にもパスワードとファイルの封印を施されてひっそり眠りについているのだ。


「このDVDという円盤は何度見てもなくならぬのであろう? ならばそんなにケチケチせずとも良いではないか」


 シャテルが言い訳するように言う。


「まあな。だけど、見る前にはせめて一言断りを入れてくれ」


「すまんすまん。それで、勉強はもうしまいかの?」


 シャテルが適当に謝って話題を変える。


「ああ。終わったよ。で、今から、次の闘技場で使うモンスターを創るから、ちょっとスペースを開けてくれ」


「ほう。仲間が増えるか。それは楽しみじゃの」


 俺の頼みに、シャテルが碁盤と共に端による。


「それじゃあ。委員長。今から早速創るけど、何かオプションをつけて欲しいか? 通常の奴より筋力を増加させるとか、もしくは魔法が使えるようにするとか」


「いいえ。スタンダードなモンスターでいいわ。そういうのって、卑怯だもの」


 俺の問いに、委員長が首を横に振る。


「じゃあ、俺が『鑑定』で調べた対戦相手の情報もいらない感じか?」


「ええ。必要ないわ。事前に相手を知っちゃったら、戦いながら相手を探る楽しみが減るじゃない」


 委員長がそう言って、挑戦的な笑みを浮かべる。


 彼女は常に高みを目指しているのだ。


「わかった。でもそうなると、スタンダードな個体だと、こっちの方が相手の情報が少ない分、不利になる。それでもいいんだな?」


 すでに委員長の嗜好を把握してた俺であったが、最後の確認として問う。


 相手には当日対戦する具体的なモンスター名は伝えてないのだが、『真の魔王』のダンジョンを基準として、例えば『一階層から五階層で普通に出現するモンスターしか出さない』という風に、階級の制限を設けて人を募ってある。


 対戦相手が情報を集め、対象の範囲内のモンスターへの対策を事前に練っておく、さほど難しくないだろう。


「ええ。向こうは一つしかない命をかけてるのに、私は所詮、モンスターの身体を借りてるだけだからね。それくらいのハンデがあった方がフェアだわ」


 委員長が躊躇なく頷く。


「わかった。委員長がそれでいいんなら、俺にも異存はない」


 これで話は決まった。


 俺は早速、心の中で、二体のモンスターの姿を思い描く。


 ・アユティ……その創造に、『真の魔王』は、百ルクスを要求する。


 さすがに安い。


 だけど、初心者と雑魚同士の試合だと華がないから客はあまり喜ばないだろうし、儲けもコスト程度だろう。


 まずは一体、創造する。


 白い毛の猿型のモンスターが、音もなく目の前に出現した。


 ・ワーウルフ……その創造に、『真の魔王』は、三千五百ルクスを要求する。


 前、俺好みの獣っ娘を創ろうとした時は、一万以上のルクスを要求されたが、さすがに標準のやつはそれに比べればぐっと安い。


 さっさと製造する。


 身長2メートル超の、青い体毛を生やした狼人間が現れた。


 人型とはいえ、その太い腕や手から生えた長く鋭利な爪は、いかにもモンスターだ。


「お前たちの支配権を、一時的にこの者に譲る。今後、俺から特に撤回の命令がない限りは、彼女の命令に従うように」


「キキッ!」


「ワフっ」


 俺の命令に、アユティとワーウルフは元気よく返事をして、委員長の前に横並びで整列する。


「中々強そうで素敵じゃない! じゃあ、充悟くん。私、早速ゴブリンとこの子たちを連れて、練習がてら一狩り行ってくるわね」


 委員長はそう宣言したきり、人形のような目になって、地面にへたり込んだ。


 代わりに、目に光を宿したワーウルフが、俺に向けて親指を立てる。


 委員長が憑依したのだ。


「了解。気をつけてな」


 俺は頷いて、外へと出て行く委員長たちを見送る。


「よしっ、と。じゃあ、俺もウォーミングアップが終わったところで、そろそろ、本気で強いモンスターを仕上げてやるとするか」


 俺は深呼吸一つ、そう意気込む。


「なんじゃ。まだ創るのか?」


「そりゃ創るよ。トカレたちに頼まれてた店番兼、いざという時にお前を守ってくれる前衛が必要だからな」


 俺はそう言って、妄想力のスイッチを入れた。


 そう。


 魔王になって、ルクスを溜め込むこと、およそ三か月。


 ついにこの時がやってきたのだ。


 俺だけのハイパーエロカワモンスターを創造する、待ちに待ったこの瞬間が!

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