第42話 ☆ eighth visitor だって、女の子だもん(2)

 室内は、ダンジョンの上層階でよく見る、薄ぼんやりとした明かりで照らされてる。


 リラはすぐに部屋に備え付けられていたかんぬきをかけた。


 何かごちゃごちゃと色々置いてあるが、疲れていたリラは、それらを特に検分することもなく、目に入ったベッドに身体を横たえた。


 縦の長さが足りなくて、足が出てしまうが、それはいつものことだ。


 それよりも――


(柔らかいな)


 せいぜい藁にシーツをかけた程度のベッドを想定していたリラは、その肌触りに驚いた。


 コンコン。


 心地よさにまどろみかけてきたところで、ドアがノックされた。


「誰だ」


「注文の食事よ」


「入れ」


 リラがかんぬきを外すと、静かにドアが開く。


「はい。これ。食べ終わったら、外に出しておいてね」


 少女がおぼんに乗せた食事を持ってくる。


 四角いこんがりと焼けたパンからバターの良い匂いが香る。


 白いコップに入ったミルクにの隣の皿には、クックの卵に似た目玉焼きがのっかっている。黄味の上には、見知らぬ赤いソースがかかっていた。


 さらに小皿には、カットされたフルーツまでがある。


「おい。これは何だ?」


 リラは目玉焼きを指して言う。


「ああ。それ? ケチャップっていうの。私も最近初めて食べたんだけど、甘さの中に酸味がある感じでおいしいわよ」


「いや、そうじゃなくて。なんだよ。このふざけたやつは」


 目玉焼きの上に赤いソースで描かれた小動物の絵を指して言う。


「髭キャットの絵よ。結構似てるでしょ?」


「それは見りゃ分かるけど、何でこんな余計な手間をかけるんだ」


「サービス。ソルがあなたがチップをくれたっていうから。感謝の気持ちを込めて」


「くだらねえ」


「そう? どうせ盛り付けるんだったらかわいい方がいいじゃない」


 少女はそう言って小首を傾げると、扉を閉じて退出する。


「……かわいい、ね」


 リラはそう独りごちて、目玉焼きをつまんでパンの上に乗せる。


 一瞬迷ってから、大口を開けて目玉焼きをかじった。


(うまい!)


 濃厚なバターの風味とケチャップとやらの甘味が調和して、何とも食欲をそそる。


 わずか四口ほどで、リラはパンと目玉焼きを食べきり、口の中に残ったパンの感触を、ミルクで胃に流し込んだ。


 そして、最後に残ったフルーツに手をかける。


「お前もかよ」


 リラはデザートのカットのフルーツをしげしげと見て呟く。


 フルーツの赤い皮には、三又に刻みが入っていた。


 それは、まるで角が生えた小動物――市井でよくペット兼非常食として飼われている、ホーンラビットのようだった。


 さっきの少女が細工して『かわいく』したのだろう。


 相変わらずくだらないと思いつつも、自然と口元がほころぶ。


 こうしてリラは食事を終えた。


 大柄のリラには少ない量だったが、これでいいのだ。


 あまり腹を膨らせすぎるといざという時に動けなくなるし、一度胃袋を広げてしまうと腹が減りやすくなってしまうから。


(まあ、悪くないメシだったな)


 少し気分を楽にしたリラは、空になった皿をドアの外に出して扉を閉め、かんぬきをする。


 再びベッドに戻ろうとしたその時――さっきまでは気にならなかった『それ』が視界に入った。


 長方形の薄い箱だ。黒く磨かれた平面に、リラの大きな顔が映り込んでいる。


(鏡か? ――ん、これは)


 リラは箱の横に置いてあった一枚の紙を摘みあげる。


 そこには――


『これは、〈テレビ〉というマジックアイテムです。この手順に沿ってマジックアイテムを起動すると、あなた好みのお話を楽しむことができます。個室をお使いのお客様に限り、使用料は無料ですので、安心してご利用ください』


 と書かれていた。


 どうやら、マジックアイテムの使用方法が記された説明書らしい。


 文盲でも読めるように、ご丁寧に解説の絵までついている。


(ま、タダなら使ってみるか)


 リラは説明書にざっと目を通す。


 基本的には『リモコン』というスイッチのたくさんついた杖を使って操作するアイテムらしい。


 スイッチといえば、ダンジョンにおいてはトラップであることも多いので、リラは最初、警戒しながら、おっかなびっくりスイッチを押した。


 何回か試して危険がないことを確かめてからは、恐れることなく、紙を片手にテキパキと作業を進めていく。


(これで、準備は完了か。後は――なになに、『好みのお話が入った魔石の円盤を、棚の箱から取り出し、窪みにセットした後、再びスイッチを押してください』ね)


 そこで、リラは棚に目を向けた。確かに箱がある。


 異国語か魔法言語で書かれている説明は、本来、リラなどに読めるはずはないのだが、魔王の力か、不思議と今は直感的に理解することができた。


 何十本とある作品の中から、リラの目に留まったのは、『魔法使いパラヒール』と書かれた作品だった。


(そういえば、オレもガキの頃は魔法使いになりたい、なんて馬鹿なことを考えていたっけなあ)


 子どもなら誰でも、一度は英雄や賢者に憧れるものだが、あいにく、リラには先祖というリアルな英雄がいたから、それから何世代か経って劣化した身体しかもたない自分が、彼らみたいになれないことを子ども心に知っていた。


 なので、消去法的に子どもの頃のリラは、魔法使いの方に夢をかけるしかなかったのだ。


(ま、結局、そっちの才能はからっきしだったけどな)


 そんなことを考えながら、何の気なしに箱から円盤を取り出して、説明書通りにセットする。



 最後の手順を終えて、スイッチを押すと――

『魔法の呪文で1・2・3。さあ始めよう。恥ずかしがらなくていいよ。だって、女の子なら誰でもみんな素敵な恋の魔法使い♪ パッラ・パラパラ・パラヒール!』


 唐突に陽気な曲が流れだした。


 その曲は単純なのに、どこか独特で、歯の浮くような歌詞と共にリラの脳裏にこびりつく。


(ちっ、なんだ。これ子ども向けの幻劇かよ)


 もちろん、リラが子どもの頃に見た作品とはクオリティが段違いにすごかったが、『雰囲気』が明らかに大人に見せるそれじゃない。


 ということは、どうせ話もくだらないんだろう。


 リラはそう高を括ってベッドに寝転がり、寝入るまでの暇つぶしのつもりで漫然とテレビを見つめた。


 『魔法使いパラヒール』の主人公は、とある魔法使いの一家の大家族の末娘。その一家は、かつては賢者を輩出するほどの名門の家柄だったが、今は没落して見る影もない。もし、主人公の代でも、賢者クラスの魔法使いを出すことができなければ、魔法使いの世界を追放されてしまうという境遇。そんな状況にもかかわらず、上の兄たちは気のいい善人だったが、魔法の才能はからっきしなのに、何の巡り合わせか主人公だけには天賦の才が与えられていた。

 そこで主人公は、家族の期待を背負って、国一番の名門学校に入学する。

 しかし、そこには大きな問題があった。

 学園は女人禁制だったのだ。

 やむを得ず、学園に男装して入学する主人公……。


(男の中に女一人……まるで、オレみたいじゃねえか)


 自分とは姿も形も違う、恐らくは身長も三分の一もないであろう少女に、リラは自分を重ねた。


 そこで話は一区切りとなり、今度はさっきとは違う落ち着いた音楽が流れだし――、そして、またあの変な曲が始まる。


 どうやら、話の区切りには毎回曲が入るようだ。


 再び話が始まる。


 主人公には男子用のカリキュラムが適合せず、また、性別を隠すことにばっかり注意がいき、本来の才能を発揮できない。劣等生と馬鹿にされながらも、唯一友達になってくれたシゲルという美男子の協力もあり、何とか日々をやり過ごしていたある日、主人公の下に、突如、ボロボロになった杖が空から落ちてくる。それは、魔法界で伝説となっているという、知性を持った喋る杖だった。主人公が戸惑っている暇もなく、杖を追いかけてきたガーゴイル風のモンスターたちが主人公に襲いかかる――。


(これからどうなるんだ?)


 などと考えていると、ちょうどいいところで話は途切れた。


 どうやら、この円盤に記録されている話はこれで全部らしい。


(確か、さっき取った箱の隣に、続きらしいやつがあったな)


 『魔法使いパラヒール2』と書いてある箱があったのを、薄っすらと覚えている。


「――って! なにオレは真剣に見始めてんだよ! アホか。くだらねえ」


 リラはもはや口癖のようになってしまったそのセリフで自身に突っ込みを入れ、首をぶんぶんと横を振ると、テレビを魔法の杖のスイッチでオフにする。


 明日に備えてさっさと寝てしまおうと、ベッドで仰向けになって目をつむる。


 野宿でも5秒で寝られるのがリラの自慢だ。


 今日もよく働いたし、ましてやこんなふかふかのベッドなのだから、それこそ、呼吸一つする間に瞼が重く……ならない。


(パッラ・パラパラ・パラヒール)


 なぜか頭の中でリピートされる、あの独特なリズム。


(だめだ。だめだ。こういう時は、明日の作戦を見直すか。えーと、明日はまず、『焦熱の溶岩窟ダレルモ』に降りて、だな。それから……それから……。ダルレモ、ダルレモ、ダレルモ、ダレデモ、誰でもみんな素敵な恋の魔法使い)


「あああああああああああああああああああ!」


 リラはベッドの上をのたうち回る。


 叫んでも、歯ぎしりしても、脳内の音楽は打ち消せない。


「くそっ!」


 リラは舌打ち一つ上体を起こし、再びマジックアイテムの杖を手にとって、『テレビ』を起動してしまうのだった。



                   *


 息をするだけ喉が焼けそうなほどの極熱が、リラの足下から立ち昇る。


 点々と続く飛び石の足場は、ヒューマン二人が立つのがやっとの面積しかない。


 一歩踏み外せば、そこにあるのは溶岩の海。


 汗が、滴り落ちる余裕もなく蒸発していく。


「リラ! バーンスライムが湧いたぞ! 右だ!」


 仲間の男が、リラの死角にあたる斜め後ろを指した。


「ははははははは! リリカル・マジカル・パラポラ――」


 目の下に隈を作ったリラが哄笑しながら、ノールックでグレートアックスを振りかぶる。


 『おい! 馬鹿! スライムに物理攻撃する奴があるか!』、『死ぬぞ!』

 仲間の忠告は聞こえていた。


 しかし、リラには、攻撃を止める気はさらさらない。


 なぜなら、誰に何と言われようと、今のリラは魔法使いだから。


 愛と正義の前には、杖と斧の得物の差など、些細なことに過ぎないのである。


 「フラッシュ!」


 もし一撃で核にまで到達しなければ、リラの愛用のグレートアックスは、バーンスライムの身体に取り込まれて溶けてなくなってしまうだろう。


 それでも、リラは躊躇なく斧をその赤い身体に叩きつける。


 食い込む斧。


 少し、威力が足りない――


 そう判断したリラは、斧の柄を足で蹴とばし、無理矢理勢いをつける。


 ブチュ。


 嫌な音を立てて、スライムが破裂する。


 一滴でも浴びれば肌に穴が空くほどの熱量を持ったバーンスライムの飛沫を、リラは神がかり的な動作で全て回避した。


「ハグレだ! ハグレモンスターが出たぞ!」


「しかも、最悪だ! コーダファルコンだ! 後衛がやられるぞ!」


 ハグレ――本来ならその階層にいるはずのないモンスターの出現。


 天井近くをふらふらと舞うその大鳥の影が、まさにそれだ。


 どうやら、下の『虚無の蒼天』から、手負いのやつがまぎれこんだらしい。


 動きのとりにくいこのフィールドでは、飛行モンスターは厄介な敵だ。


 そう。


 今までの『戦士』のリラなら。


「希望の光! エグゾーテスシャイニング!」


 リラは、身体をひねりにひねり、手にしたグレートアックスを振り回しながら、天空に向けて放り投げた。


「おい! それは手投げ斧じゃねえぞ!?」


「信じれば――相棒は応えてくれる!」


 リラは目を輝かせて言い放った。


「はあ!?」


 顔をしかめてこちらへ振り向いた前衛の仲間を、馬跳びの要領で跳び越える。


「だめだ! 外れる!」


 仲間の内の誰かが叫んだ。


 しかし、奇跡は起きた。


 斧が空を切ると思ったその瞬間、偶然コーダファルコンが体勢を崩したのだ。


 その大鳥の胴体に、斧が突き刺さる。


 両断するには至らなかったが、すでにダメージを受けていたそれを倒すには、十分だった。


 リラはそのまま助走つけて、落下してきたモンスターの身体から、斧を引き抜く。


 コーダファルコンは、生臭い肉の焼け焦げた臭いだけを残して、溶岩の海へと沈んでいった。


「む、無茶苦茶しやがる」


「でも、リラのおかげで助かったな」


 全員が展開できる広場に到着したところで、仲間の男たちが、ほっと胸をなでおろす。


「みんなには秘密だぜ?」


 リラは決め台詞っぽくそう言って、唇に人差し指を当てた。


「気色悪いな。何言ってんだお前。秘密もなにも、ここには俺たちしかいねえじゃねえか」


「つーか、なんで技名叫んでんだ? 闘技場の剣闘士かよ」


「そもそも、なんか戦士っぽくないネーミングだな。どっちかっていうと、魔法使いの呪文っぽいけど、意味ねえだろ? お前、魔法の才能なんて露ほどもねえんだからよ」


 仲間の男たちから怒涛の突っ込み入る。


「いいんだよ。女の子なら誰でもみんな素敵な恋の魔法使いなんだから」


 理解のない仲間たちに、リラはちょっと不機嫌になって言った。


 まあそれも仕方ない。


 彼らは、あの素晴らしい話を観ていないのだから。


「……おい。なんか、リラがおかしいぞ」


「さっきのモンスターに混乱コンフューズでも喰らったんじゃねの」


「いや、でも、何かやけに調子いいぞ。今日のリラ」


 尋常ならざるリラの様子に、仲間の男たちがひそひそ話を交わす。


「ちっ。全く不粋な奴らだぜ。お前らはシゲルくんの爪の垢でも飲んでちょっとは女心を勉強しな」


 興奮が途切れ、仕方なくリラは、『いつもの』調子に戻って言う。


「誰だよ。シゲルくんって」


「さあ? でも、今日のリラはなんかちょっとかわいく見える」


「リーダー……マジかよ」


 ざわめきは収まらない。


(ふん♪ ふん♪ ふん♪ パッラ・パラパラ・パラヒール! 明日もやっぱり魔法使い――)


 そんな仲間たちを尻目に、リラは一人、鼻歌を口ずさむのだった。


 血まみれた斧を、愛と希望の杖代わりに振り回しながら。

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