第41話 ☆ eighth visitor だって、女の子だもん(1)

「なあ、本当にここに泊まるのかよ。いつもみたいに野宿でいいじゃねえか。それならタダだしよ」


 近頃、冒険者の間で話題となっている魔王ジューゴの店とやらにつながる扉を前にして、その巨体の女戦士――リラはザンバラに切った赤茶けた髪を掻いた。


 背中のホルダーには、血まみれたグレートアックス。


 片手で肩に担ぐのは、リラ自身がその手で半殺しにした、口を縛ったワイルドハウンドだった。


「まあそう言うなって」


「有用な施設の情報を集めるのも、俺ら冒険者の仕事のうちだぜ」


 仲間の男たちがなだめすかすように言って、次々と店の中に入っていく。


 リラの所属しているグループは、総勢十五名。


 冒険者の集団としては中規模のクラスだが、『実りなき草原』を余裕を持って突破できる程度には十分な精鋭が揃っていた。


「しゃあねえな。ったく」


 渋々リラは後に続く。彼女がその成人男性ヒューマンの1・5倍近い体躯を揺する度、特注の鎖帷子がジャラジャラと不機嫌な音を立てた。


 せまい回廊を抜けると、ようやく玄関口につく。


 奥の商店らしき所は、すでに他の冒険者たちで賑わっていた。


「おい。ワイルドハウンド一体、持ってきたぞ!」


 リーダーの男が、リラの背負ったモンスターを指さして、店の奥に向けて叫ぶ。


「わかったわ! 張り紙の通り、隣の部屋で解体して!」


 忙しそうに会計をしている少女がそう叫んで答える。


「じゃあ、リラ、そいつを換金しておいてくれ。俺たちは、宿の受付を済ませておくからよ」


 リーダーの男が、リラの右隣の部屋を指さした。


 そこでは、リラと同じく、モンスターを生け捕りにした二名ほどの冒険者が並んで順番待ちをしていた。


 この店では、モンスターの魂が金に化けるという噂は、どうやら本当らしい。


「わかったよ」


 リラは頷いて列に並ぶ。


 やがて、リラの番がやってきた。


 ゴブリンたちは手慣れた様子で、ワイルドハウンドに止めを刺して、バラしていく。


「ギャ」


 それが完了すると、ゴブリンが証拠とばかりに切り取ったワイルドハウンドの耳を渡してきた。


 リラはそれを受け取って、仲間たちの下へ足早で戻る。


「ほらよ!」


 リラは少女と向き合い受付をしている仲間に、ワイルドハウンドの耳を投げつける。


「おう! これで足りるか?」


 男は、耳をカウンターに置いて問う。


「ええ。それで、宿なんだけど、今調べてみたら、大部屋はぎりぎり十四人でいっぱいなのよね」


 少女が困ったように眉根を寄せる。


「まじかよ。それじゃあ一人余っちまうじゃねえか」


「そうなの。そこで提案なんだけれど、個室は空いてるから誰か一人だけそっちにしたら? ちょうど、それで料金もぴったりだし」


 少女が帳簿に目を落としながら呟く。


「しゃあねえな。――じゃあ、リラ! お前個室を使えよ!」


「そうだ。それがいい!」


 リーダーの男が叫び、周りの男たちもそれに同調する。


「あ? なんでオレなんだよ」


 リラがこめかみをひくつかせる。


「そりゃ、リラ、あれだ。レディーファーストってやつだろ!」


 リラの身長の半分もないドワーフの仲間が、からかい半分に言った。


「ちっ、ざけんな。オレを特別扱いすんじゃねえ」


 これだから、店に入るのは嫌だったのだ。


 常に命がけのダンジョンでは、男とか女とか意識している暇はないのに、ちょっと戦場から離れて、ちょっと『日常』が忍び込んでくると、途端に壁ができてしまう。


「考えすぎだ。今日の戦闘で一番活躍したのはリラなんだから、その報酬だ。個室でゆっくり体を休めるといい」


 リーダーの男がそう耳障りのいいことを言うが、彼らの本心をリラは見抜いていた。


 この店には酒場があるとリラは聞いている。


 要するに、彼らはリラ抜きで飲みたいのだ。


 女の自分がいると話せないことが色々あって酒の場が盛り下がるから、体よく隔離するために個室をあてがおうというのである。


 それでも、彼らの意図がわかったからと言って、わざわざそれを口に出して問い詰めるほど、リラは子どもではなかった。


「そうかよ。じゃあ、報酬ついでにオレの風呂代も頼むわ」


 だから、せめてもの報復として、逆にリラは精一杯自分の『女』を利用してやることにする。


 本当に些細な抵抗だ。


 酒場の酌婦みたいに男に媚びて、宝石や服をねだるような真似は、リラにはできないのだから、仕方がない。


「しゃあねえな。嬢ちゃん。風呂はいくらだ?」


 リーダーの男が、肩をすくめて少女に問うた。


「入浴料金はこれ。石鹸とかの備品を使いたいなら、これがそれぞれの値段表よ」


 店番の少女が、紙を指さして説明する。


「だってよ。いるか? 石鹸」


「いらねえよ。――風呂はどっちだ」


「右の扉の先にある酒場を抜けた通路の、左にあるわ。あっ、それからあなたの個室の番号は2番よ」


「そうかよ」


 リラは少女の説明に頷いて、さっさと踵を返した。


 大股の早歩きで進む。


 あっという間に目的地についた。


 リラの一歩は、普通の女の三歩分くらいの歩幅があるのだ。


「ひっ。オーガ!?」


 突如姿を現したリラに、風呂場から出てきた聖光教徒っぽい女が、短い悲鳴を上げる。


 リラはその反応に腹を立てることもなく、無視して先に進んだ。


 厠でも、服屋でも、特に女ばっかりが集まるところにおいては、正直こういうことには慣れっこだった。


「ふう……」


 脱衣所と張り紙がされた場所で、重苦しい鎖帷子を脱いで、ほっと一息つく。


 最近また、胸周りがきつくなってきた。


 そろそろ仕立て直してもらわなければならないだろうが、それもまた、自分の『女』という性に無条件に向き合わされるみたいで憂鬱だ。


(ほんと……めちゃくちゃな身体だな。オレは)


 天井から垂れる水を頭からかぶりながら、リラは目を閉じて、肌に水を馴染ませる。


 もし、リラのことを見たことがない男が、そのスリーサイズを聞いたなら、それだけで一目惚れするだろう。我ながら、それくらい素晴らしいプロポーションだと思う。


 だけど、その男が次に、自分の身長とこの丸太よりも太い腕を見たら、百年の恋も冷めるに違いない。


 そんな厄介な身体をもたらしたのは、間違いなくリラの中に流れる巨人族の血だ。


 なんでも曾祖父にあたる人物がそうだったらしい。


 巨人族といえば、場所によっては神として祭られるような超常的な存在である。


 おかげでリラの祖父は半神として敬われていたらしいし、父親もまた、戦場で英雄と呼ばれるにふさわしい活躍をしたそうだ。


 しかし、それもひ孫の自分の代になれば、巨人の血もだいぶ薄まり、奇異ではあるがまあ『人間』といえる範疇に落ち着いて、こうして女と言うにはいかつすぎ、男というにはグラマラスすぎる中途半端な肉体のできあがりという訳だ。


(いっそのこと、オレが男に産まれてくればもっと生きやすかっただんだけどな……)


 冒険者が女であることにメリットなんてほとんどない。


 同業者に襲われる身の危険は倍になるのに、頑張っても女だと侮られ、成果は半分しか認めて貰えないこともざらにある。


 そりゃ冒険者でも上位クラスとでもなれば大金持ちだから、女冒険者でも上手くいけばいい男をひっかけて幸せを掴む者もいないではないが、リラの見た目ではそれも難しい。


 これでも全く男が言い寄ってこない訳ではないのだが、自分に興味を持つ男は、『いじめてくれ』と土下座で懇願するような輩とか、いつも鞭を手放さないサーカスでモンスターの調教師をやっていたというサディストとか、キワモノばっかりだ。


 こう見えても、リラだって心は普通の女である。できれば、そういった上級者向けの恋愛は御免被りたい。


(まあ、あれこれボヤいても仕方がないか)


 いくら自分が男っぽい言葉遣いをしたところで、リラが女であることはどうしようもない。


 それはわかってる。


 今の仲間は決して悪い奴らではない。


 ちゃんと、リラの働きを正当に評価してくれていると思うし、差別するどころか、『敬して遠ざけている』感すらある。


 そういう意味では、ここらで満足すべきなのだろう。


 リラはそう半ば無理矢理に自分を納得させながら、風呂から上がり、着替えを終えると、来た道を引き返す。


「何かこの金で買える範囲で何か食い物をくれ。部屋で食えるやつ」


 途中、酒場で店主をしている女がいるカウンターに、手持ちの有り金を全て叩きつける。


 今、風呂に入っているであろう仲間たちが酒場に集合していたたまれない状況になる前に、リラはさっさと部屋に引き上げたかった。


「飲食は基本的にこの部屋でしてもらうことになっている。個室だけは特別に許可されてるが」


 女は淡々と答えた。


 視線の配り方から言って、おそらくこの女は戦士だろう。


 リラは自分と同じ匂いを女から感じ取る。


「その個室だ」


「そうか。部屋の番号は?」


「2番だ」


「わかった。ならば、おすすめは最近新しく始めたこれだな。個室ならば、直接届けさせる」


 女が出してきたメニュー表に目を通す。


 そこには、リラには見慣れない料理名が並んでいた。


「じゃあこの焼きパンと目玉焼きのセットを頼む」


 リラはその中から、比較的想像のつきやすいものを選んだ。


「わかった。飲み物はどうする? 残りの予算だと、水か、ミルクか、コーヒーが選べるが」


「じゃあ、ミルクで。腐ってないだろうな」


「少なくとも、今のところ、一度もそう言った抗議を受けたことはないな」


「じゃあいいけどよ」


 リラはそう言って踵を返す。


「ちょっと待て。つり銭を――」


「いいって。残りはチップにくれてやる。あんたらで適当に分けろよ」


 リラは振り返らないまま、気まぐれにそう言い放った。


 そんな行動をとった自分が、リラ自身にとっても少し意外だった。日頃は、酒を飲みに行っても、給仕にチップなんかくれてやったことはないのに。


 何となくこの女が気に入ったからか、もしくは、男社会のダンジョンで働く女に親近感を覚えたからか、理由はよく分からない。


「どうも。では、しばらく待っていてくれ」


 女の声を背に受けながら、リラは地下への階段を下り、すぐに目についた2番の部屋に入った。

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