第40話 感動と倦怠

 主人公の青年が、呪われた聖剣を胸に抱いて、灼熱の溶岩が煮えたぎる火口へと落ちていく。


 ヒロインの瞳に溢れた涙は、零れ落ちることなく熱風で蒸発した。


 うん。まあ、古い作品だし、改めて見直すとありがちなエンドだけど、全体としてはよくまとまっている良作だな。


「ひっく。ひっく。ひどい。……これじゃあ一人残された女の子がかわいそうだわ! 英雄譚って大団円で終わるものじゃないの!?」


 トカレがそう言って嗚咽を漏らす。


 ピュアな奴隷ちゃんほんと好き。


「け、剣の使い方がなってない。足さばきがおかしい」


 ソルは強がったようにそう言いながらも、目頭を指で押さえた。


 ピュアなお姉さんもわりと好き。


「つまらん! この話はつまらん! いつエロい場面がくるのかと楽しみにして観ておったのに、濡れ場が一つもないではないか! 大体、リアリティがない! 若い男と女が想いを通じ合わせたのに、額に口づけするだけで済む道理がなかろう!」


 ただ独りシャテルだけはブチ切れて、床に全身を投げ出し、菓子をねだる子どもみたいに手足をばたつかせる。


 個人的には賛成だが、それを言ったらまたソルとトカレに軽蔑されそうなのでスルーしておく。


 世の中の女みんながシャテルみたいにドスケベだったら世界はハッピーなのに。


 ギィー。


 俺がそんなことを考えていた俺の耳に、軋んだ音が届く。


「ギャア(ただいま)」


 そちらに視線をやると、俺の方に右手を挙げるゴブリンが一匹いる。


「おう。委員長。お疲れー」


 俺も右手を挙げて、『中の人』に答えた。


「ギャギャギャ!(これが今日の成果よ!)」


 ぐちゃ。


 委員長が元気にそう叫んで、バックパックから取り出した何かを地面に叩きつける。


 見れば、それは紐に数珠つなぎにされたゴブリンの耳の束だった。


 俺が求めた訳でもないのに、なぜか委員長は狩りに行く度にこれをやる。


 彼女的には欠かせない儀式らしい。


 犬が主人に捕らえたゴキブリや雀を見せびらかしたがる感覚と似ているかもしれない。


「いや、毎回わざわざ持って来てくれなくても、『真の魔王』から、ルクス獲得の報告がきてるからわかってるって。血生臭いから早くそれ持って、待機室に戻ってくれ」


「ギャーイ(ノリ悪いー)」


 委員長は不満げにそう言って、耳を引っ掴んで魔物たちの待機室へと帰っていく。


 しばらくすると、部屋の隅で人形のようになっていた、委員長(本体)の目に光が戻ってくる。


 憑依を解いたのだ。


「あー、疲れた。あっ。かき氷? 私にもちょうだい」


 空になったガラス容器とシロップを見て、委員長が呟く。


「そこの冷蔵庫に氷が入ってるから自分で作れよ」


 俺は冷蔵庫の方を顎でしゃくった。


「えー、そこは『待っててね。今すぐ作るよ。マイスイートハニー』でしょ。かわいい彼女の私からのプレゼントにもつれない反応だし。きっとあれね。釣った魚には餌はやらないってやつね。所詮充悟くんにとって、私は身体だけの女なのよ。ヨヨヨ」


 委員長はそう言って、わざとらしい泣き真似をした。


「逆に聞くけど、委員長は『マイスイートハニー』とか浮いたセリフを吐きながら、モンスターの耳で小躍りするほど喜ぶような人間が彼氏で嬉しいのか?」


「まあ、そう言われると確かにきついわね。キスのついでに唇を食い破られそうな猟奇っぽさがあるわ。でも、せっかく、魔王になったんだから、もうちょっとそれっぽい内装にしてもよくない? どこぞの第六天魔王みたいにしゃれこうべで酒盛りするくらいじゃないと」


「いやいや、逆に雑魚っぽいだろ。ラスボスは意外と普通にしてるもんなんだよ。RPGのセオリーでは」


 なんて言うか、委員長の世界観は色んな意味で一時代前遅れてる気がする。


 そこがまた何となく委員長っぽさを強調していてかわいいのだが。


「そっかー。そういうものなんだ。私、RPGとか時間のかかるゲームってやったことないからわかんないのよね。でも了解。じゃあ今度から耳を持ってくるのはやめる。ちょうど頃合いかもね。そろそろ、ゴブリン狩りにも飽きてきたところだったし」


 委員長が、かき氷機でガリガリ氷をひきながら呟く。


「飽きたって。マジか? 委員長が俺と廃棄ダンジョンでの狩りを交代してから、まだ一か月も経ってないぞ?」


「それでも飽きるわよ。だって、今私のやってることって、要は雑魚狩りじゃない? はじめはゴブリンを操れるっていう物珍しさもあったけど、基本的にこっちが装備の面でも知能の面でも圧倒的に有利だから、結局ただのイージーモードなのよね。ヌルゲーってつまんないし、弱い者いじめは私の趣味じゃないわ。――あっ、トカレちゃん。シロップ取って」


「いいけど、どれにする!? レモン味はキトンの実みたいな酸っぱいけど、いちご味はレフサみたいな感じだけどそれよりもずっと甘いの! メロンは例えが思いつかないけど、何か高級品な感じの味がするんだから!」


「どれでもいいわよ。それって、色と香りが違うだけで基本的に全部同じ味だから」


 かき氷の先輩面をしてまくしたてるトカレに、委員長が無情な真実を言い放つ。


「えっ。かき氷って、そうなの……?」


 トカレが露骨にがっかりした顔をしながら、いちごシロップの瓶を委員長に手渡した。


 もう、俺のかわいい奴隷ちゃんの幻想イマジン破壊ブレイクするのはやめてよね。


「飽きたって言われてもなあ。魔王的には安全に稼ぐのがベストだし、わざわざこっちから不利な状況を作ってやる理由もないんだけど……。委員長は具体的にどうしたい訳?」


「とにかく、もうちょっと充悟君との格ゲーの試合みたいな、勝つか負けるか分からないようなエキサイティングな死闘をしたいわね。ほら、つまりあれよ。『俺より強い奴に会いに行く』!」


 委員長が器を掲げ、生贄の血を捧げるようにいちごシロップを氷へと注ぐ。

 なんかかっこいいんだけど。


 ほんと委員長は生まれてくる性別を間違えた感があるな。


 だが実際、今までの廃棄ダンジョンで狩りをするやり方では委員長の願いを叶えてやるのは難しい。


 仮にこちらが戦力を削ったとしても、運良く同じレベルの敵と出会えるとは限らないのだから。


 こちらで戦う相手を選べ、かつ、その『勝つか負けるか分からない勝負』が俺にとっての利益となる方。そんな都合のいい方法が


 ――あるかも。


「そういえば、ソル。何か酒場で余興が欲しいって言ってたよな?」


「ん? ああ。よくそういった要望を受けることは事実だが。それがどうした?」


 水を向けられたソルが静かに頷く。


「いや、委員長が戦いたがってることだし、せっかくだから、酒場で決闘の見せ物をしたらどうかなと思ってな。ゴブリンじゃなくて、もうちょっと強いモンスターを作って、それに乗り移った委員長と冒険者が戦うんだ。もちろん、入場料も取る」


「それおもしろそう! 武器なしのステゴロだったら最高!」


 委員長が興奮して真っ赤なかき氷を掻き込む。


「なるほど。つまり、闘技場か。確かに需要はあるだろうが……、客を呼ぶなら、そのマジックアイテムではダメなのか?」


 ソルがそう言って、テレビを指さす。


「集客には悪くないかもしれないけど、二時間近く観られる映画だと、回転率が下がるからな。客も酒を飲むというよりは作品に集中しちゃうだろうし、あんまり儲かる気がしない。しかも、酒場で流しちゃうと個室のプレミアム感がなくなっちゃうし。それに、映画ではできないが、闘技場だとできることが一つある」


「ふむ。それは?」


「そりゃあ闘技場でやることいえば、賭けじゃろー 飲む・打つ・買うの三種の神器は冒険者のたしなみじゃからのー」


 シャテルが暇そうに床をごろごろ転がりながら、俺の代わりに答えた。


「そういうこと」


 俺は頷く。


 入場料、客の増加、そして賭けの胴元としての利益。これだけのメリットがあれば、中級モンスターを創造し、そのルクスを失うリスクを冒す価値はあるだろう。


「……なるほど。理解した」


 ソルはそう言って頷いたが、その顔は少し寂しそうだった。


 確か彼女は戦うのに疲れたと言っていたし、あんまり殺し合いを見せられるのは気が進まないのかもしれない。


「安心しろ。戦うっていっても、殺し合いまでいかないように、お互い降参ありのシステムにするから。よっぽど馬鹿で無謀な冒険者じゃない限り、死にはしないさ」


「そうか」


 俺が穏やかにそう言ってやると、ソルはほっとしたように顔をほころばせた。


 これは何も、ソルに気を遣った偽善ではない。見応えのある試合をするとなると、中級クラスのモンスターを創らなければならないだろうが、そうなってくると、ゴブリンやコボルトのように使い捨てにする訳にはいかなくなる。


 ルクスの消耗を極力抑えるためにも、なるべくなら命は奪い合わない寸止めで済ませた方がいい。


「ねえねえ。充悟君! それでいつやるの? 早くやろうよ! 私もう我慢できないの!」


 聞きようによってはエロいセリフだったが、今の委員長には色気もくそもなかった。


 あるのは血の気だけだ。


「まてまて。とりあえず、ポスターやチラシを作ってみて、それを使ってソルたちに告知してもらいつつ、客の反応を見る。それで、上手くいきそうだったら始めるから」


「いくいく! いっちゃうって! なるべく早くお願いね!」


 委員長はそう言って、甘えるように俺に腕を絡めてきた。


 さっきまでゴブリンに乗り移り、敵の内臓を抉りまくっていた委員長だが、それでも本体には何の汚れもなく、彼女の黒髪からはやっぱり清楚ないい匂いがするのだった。

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