第39話 冷菓と虚構
夏休みが後半に差し掛かっても残暑は厳しく、外は灼熱の太陽が照り付けている。
しかし、地球のそんな事情とは全く関係なく、ダンジョンはいつも通りの涼しくも暖かくもない適温に保たれていた。自分でマグマ地獄とかにカスタマイズしなければ、ダンジョンは案外居住には適しているのかもしれない。
とはいえ、俺的には気分はやはり夏。
結局、休み中、買い出し以外は自室に引きこもってた俺は、せめて雰囲気だけでも夏を感じようと、ダンジョンにかき氷機を持ち込んで舌を冷やしていた。
一人で食べるのもなんだからと、暇な奴らも呼び集めた結果、今、倉庫には、シャテルを始め、休憩時間中のソルとトカレもいる。シフレは仕事中だ。
一応、委員長も俺の傍らにいるのだが、今はゴブリンに憑依して狩りをしている最中なので、床に座ったまま壁に寄りかかり、魂の抜けた人形のような目になっている。
「うむ。色々試してみたが、やはり、カキゴーリにはレンニューが一番じゃの」
シャテルはそう言って俺の下半身に視線を送りながら、練乳たっぷりのかき氷をすくって口に含んだ。
「それにしても、氷などどこから持ってきた? モンスターに作らせたのかとも思ったが、それらしき魔物はいないようだが」
ソルは疑問を呈しつつ、淡々と一定のペースでいちご味のかき氷を口に運ぶ。
「お、そうそう。忘れてた。それだよ。それ。今日はお前たちに紹介したい新アイテムがあるんだ……じゃーん」
俺は適当な効果音と共に、荷降ろししたばかりのダンボールから、赤い直方体の機械を取り出す。
「何なのその箱?」
トカレがそう言って首を傾げる。
レモンシロップで黄色くなった舌がちらっと見えた。
「発電機だ」
施設が拡張したのに合わせ、そろそろ電化製品を持ち込んでみたくなり、つい買ってしまったのだ。
もちろん、変電器等、諸々の備品も準備してある。
「雷を発生させる武器か? 見る限りあまり強そうではないの。見た目はしびれクラゲに似てなくもないが」
どうやら、シャテルには発電機から延びるコードがクラゲの触手に見えたらしい。
「いやいや、俺は別にこれで冒険者をどうこうしたい訳じゃないから」
「じゃあ何に使うの?」
「ちょっと待ってろ。すでにセッティングは終わってるから……」
俺は前置きして、発電機のスイッチを入れる。
低いうなりをあげてモーターが起動する。
発電機が作り出したエネルギーが、電線を伝わり、目的の電化製品を起動させる。
「一緒になにやらそこのタンスが動きだしたな」
ソルが壁際を指さす。
そこには、白い二段の最新式省エネ冷蔵庫があった。
「タンスじゃない。冷蔵庫だ。これで氷ができる」
「本当か? 雷が氷に化けるなんて、マジックアイテムにしろ、理屈に合わないぞ」
ソルが疑わしげに目を細める。
「まあ、いいから箱の中に手を入れてみろよ」
俺はそう言って、ソルたちを手招きする。
「ふむ……確かに。冷気だ」
ソルが怪訝そうな表情のまま頷く。
「不思議ね。やっぱり中にモンスターでも入ってるんじゃないの?」
トカレがおっかなびっくり冷凍庫に手を突っ込んでから問うた。
「入ってないって。とにかく、これで氷を作れるし、食材も保存しやすくなるから、そろそろソルの店で、レトルトじゃなくて、その場で調理するタイプの食品の提供も始めようと思ってる。だから、トカレたちもそのつもりで準備しといてくれ」
「わかったわ。シフレにも伝えとく。あんたから貰った料理の本で、何種類かは勉強してるから、ある程度は対応できると思うけど、商店の接客に加えて、調理までするとなると、増員しないと正直客をさばききれないかもしれないわよ。日に日にお客さんが増えてきてるんだから」
トカレが承諾しながらも、そう懸念を口にする。
「その辺は考慮するよ。そろそろ知的なモンスターも作ってみたいと思ってたし」
ちょうどいい機会だし、溜まったルクスを大盤振る舞いしてみてもいい。
「――なんじゃ。もったいぶった割には大したことないの。これならば別に、アイスゴーレムなり、冷気魔法を使えるレイスなりに箱を冷やさせても変わらぬ」
「そっちも検討中だ。どっちがコスパがいいか検討してな。発電機を用意した主目的は別にある」
発電機を使うにはガソリンがいるし、モンスターを維持するのにもルクスが要る。
現状、金には余裕ができたから、魔王としてはなるべくルクスを節約して、地球の製品で代用できるならしていきたいところだが、あまり電力消費が激しくて、メンテナンスがめんどくさい場合は、モンスターを使って、一室まるごと冷温の保存室を作ってもいいと思っている。
ともかく、まずは様子見だ。
仮に冷蔵庫を使わないにしても、俺には発電機を用意したい理由があったのだから、損にはならない。
「ほう。その口ぶり……期待してよさそうじゃの」
シャテルがにやりと微笑む。
「もちろんだ! TV&DVDプレイヤー、スイッチオン!」
俺は景気よく、冷蔵庫の隣に置いてあった二台の電源を入れる。
さらに備え付けのスピーカーのボリュームのつまみを右に回した。
『それは、暴力と非情な理が支配する闇の時代――七つの星が交わる新月の夜に、一人の男の子が産まれた』
迫力の5.1chサラウンドスピーカーが極上の音質で偉大なるサーガの序章を告げる。
渋い外国人男性のモノローグと共に、きっかりかっちり全年齢指定の、ご家族で安心してご覧になれるファンタジー映画がスタートしたのだ。
「――ふむ。つまり、劇か?」
一瞬で趣旨を理解したらしいシャテルが首を傾げる。
「まあそんなもんだな。宿屋に個室を作ったけど、それだけじゃプレミアム感がないから娯楽が必要かなって思ってな。個室だけは、これが観られるっていうのを売りにしようと思って」
中身はめちゃくちゃきつい基準で厳選している。
現代モノだと異世界人には文化的に意味がわからないだろうし、映画経由で俺が異世界人だと類推されるのも困るので、神話を舞台にしたファンタジーとか、もしくは初めから『異世界』を舞台にしてあるアニメとか、なるべく現代とは接点の少ない作品を選んだ。
しかも、おまけのオーディオコメンタリーとか、メイキング映像がついているやつは、わざわざそれをカットして現代要素を省いたりしてるので、ぶっちゃけかなり手間がかかってる。
「随分鮮明な映像だな。まるで、箱の中に世界がそのまま詰まっているようだ」
ソルが感心したように言った。
「そうか? 魔法があるんだから、過去の映像を再現する魔法くらいあるんじゃないのか?」
俺は探りを入れるように聞いた。
それこそファンタジー映画とかだと、過去の記憶に入って云々は定番だし。
「たまに店にいらっしゃるグリシナ様のような偉大な賢者ならば、可能だ。しかし、あくまでそれは歴史の記録資料として扱われているのであって、娯楽としてではない。簡単に連発できる魔法でもないから、観覧できるのは、王族とその類縁か、史書を編纂する歴史学者に限られてる。庶民や私のような下級貴族の目に入る機会などそうそうない」
「『そうそう』ってことは、何回かはあるのか?」
「うむ。騎士に叙任された時には、初代国王の邪竜討伐のお姿を拝見した。貴族でなくても、年に一度の建国の祝日には、祭典の一環として、王の広場に集まった国民全員が初代国王が竜の首を引っ下げて凱旋なさった御姿を拝謁することができる」
なるほど。
昔の王様の英雄譚を見せることで、現在の支配の正統性を証明する目的で流しているのだろう。
つまりはプロパガンダだ。
まあ、メディアの効果的な使い方ではあるけど、娯楽作品としてはしょぼそうだ。
演出はともかく、一応、名だたる賞を総嘗めしたこの作品に、ストーリーの練り込みでは遠く及ばないはずだ。
「いいわよね。そういうのが観られるのって、結局都会だけでしょ。私が住んでたような田舎だと、たまにやってくる吟遊詩人とか人形使いの幻劇でさえ一大イベントだったんだから」
トカレが視線を画面に固定したまま、そう言って嘆息した。
幻劇というのが何かはしらないが、要は紙芝居のちょっとすごいバージョンみたいなことだろう。たぶん。
「いや、私とて似たようなものだ。建国の祝日には警邏に出ていたから、物心ついた以降は見られてないしな。……というか、賢者の魔法並みのことを再現できるマジックアイテムを持っている貴様は、一体何者なのだ」
ソルが恐れと興味の入り混じったような視線を俺に寄越す。
「まあ、細かいことはいいじゃん。観ようぜ」
俺は曖昧に誤魔化して、視線をテレビの液晶画面へと向けた。
「……そうだな。ダンジョンには、魔王がいて、冒険者がいる。それ以外は些末なことだ」
ソルはそう呟いて笑みを浮かべると、再びテレビの方に顔を向ける。
その様子を見るに、どうやら、ソルの諸々の心の迷いは吹っ切れたようだ。
(接客ができるか不安だったが、思い切ってソルにバーテンダーを任せて正解だったようだなな)
俺は自身の人材配置に満足しながら、かき氷のおかわりを削りに行くのだった。
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