第36話 打開の展望
ソルと話がついたので、もう危険性はないと判断した俺は、彼女を縛めから解き放って、とりあえず、トカレとシフレの部屋で休ませておく。
ちょうど客が途切れたタイミングを見計らって、俺はダンジョンの改変に着手した。
まず、先ほど急遽造成したダンジョンを撤去する。
それから、今までは店と直結していた玄関口のスペースに、細長い回廊型の道を付け加えた。
その全てに細かな銃眼を備え付け、裏にはもちろんモンスターが隠れるスペースも用意する。
敵が襲撃してきたら、店に侵入される前に、コボルトの自爆とレーザー兵器の物量作戦で圧殺するための施設だ。
肝心の店も、配置を変える。
ダンジョンはまず階層を増やし、地下二階を増設する。
地下二階は全て宿泊スペースであり、左側は二十四畳ほどもある、雑魚寝用の大部屋、右側には、六畳ほどの個室を四部屋設置する。
当然値段にも、大部屋と個室で差をつけるつもりだ。
今まで一階にあった二部屋分の宿泊室は、ダンジョンの構造自体はそのままだが、役割を変える。
倉庫と直結している方は、宿屋と商店の併設を止め、商店一本に統一。
もう一部屋は、さきほどソルにも話した、飯屋兼居酒屋へとするつもりだ。
もちろん、寝具の類は後で地下二階に移す。
「ふう……。とりあえずこんなもんかな」
こうして仕事を一段落させた俺は、ほっと一息つく。
「今日はお互いよく働いたのお……。しかし、ジューゴよ。まだ大仕事が残っておるぞ。偉そうにあの戦士の女の命を保証すると言った以上、エヴリア商会と話をつけねばならぬのじゃから」
シャテルは舐め終わった飴の棒を、口先で弄びながら呟く。
「そうだよなあ。交渉するとなると、現状俺たちの立場が優位とはいえない以上、上手いこと捌いてくれる仲立ち人を立てるのがいいと思うんだが……。シャテル、お前、その商会の奴らにツテとかないのか?」
一応、シャテルは俺の配下ではなく、協力者という意味では第三者だし、それなりに名もしれている存在みたいだから、適役といえば適役だと思うのだが。
「わらわは戦闘要員じゃからのお。そういう方面に知り合いはおらぬな」
シャテルはきっぱりと否定して、首を横に振った。
「うーん。じゃあ、どうすっかなあ、例えばノーチェ経由で光神教の偉い奴に頼むとかどうかな? ほら、あのティリアとかいうのなら、公正な取引とか好きそうじゃん」
「無理じゃろう。光神教の奴らはそもそも金稼ぎそのものを建前の上では軽蔑しておるしな。まあ、仮にティリアが引き受けたとしてもわらわなら、あのしち面倒くさい者どもに借りをつくるのは死んでもごめんじゃが」
シャテルが顔をしかめる。
もっともな意見だ。
ソルをちょっと治すくらいでお布施を要求されたのに、これがもっと大きな交渉になったら、どれだけの対価を払わせられるかわかったもんじゃない。
「だよなあ。そもそも、商会の奴らが光神教の顔色を窺うくらいの小物なら、ダンジョンを襲撃してくる訳ないし」
そもそも商会にとって教会の存在が抑止力にならなかったから、俺のダンジョンに攻めてこられたのだ。
ということは、商会になめられてる教会に仲立ちを頼んでも有効ではないだろう。
「うむ。教会も商会の奴らと取引がある以上、向こうに肩入れする可能性も高いしの」
「そうなると困ったなー。誰かいい奴いないかなー」
「シャテルー! いるかしらー!」
腕組みして考え込む俺の耳に、突如外から呼びかけが飛び込んでくる。
その声はしわがれていながら、どこか子どものような無邪気な響きを含んでいた。
「おっ。ババアが呼んでおる。ふふふ、今日こそわらわの新戦略でフルボッコにしてやるのじゃ」
シャテルが極悪な忍び笑いを漏らして、倉庫の扉へと近づいていく。
また、グリシナがやってきたらしい……っていうか。
「おい! グリシナって確かお前らの世界でかなり偉い賢者だったよな!? だったら、それなりに権力もあるだろ? あいつに仲裁を頼んだらどうかな?」
突如ひらめいたアイデアに、俺は手を打って叫ぶ。
「おっ。そうじゃな。悪くない案じゃと思うぞ。ババアはあれで人間どもにとっては英雄じゃし、顔が広い。昔は冒険者としても活躍しておったから、ダンジョンでの獲得物の処分の関係で商会とも関わりがあろうな」
シャテルは早く勝負がしたくてうずうずしてるのか、その場で足踏みしながら早口で答える。
「だろ? しかも、あの婆さんに見張っててもらえれば、敵の魔王の能力から干渉されるのも防げそうだし。これ以上の適役はないよな?」
交渉する相手は俺と同じ魔王だ。
しかも、現段階では、相手は魔王になりたての俺よりも力を蓄えている可能性が高い。
鑑定合戦とか催眠合戦になったら、絶対にこっちが不利だ。
だけど、前に俺の鑑定に一瞬で気が付いたグリシナなら、そこらへんも監視できるはずだ。
「で、あろうな。さりとて、わらわはあやつに頭を下げるのは嫌じゃぞ。頼むならジューゴ自身でな」
シャテルが機先を制するように言う。
「わかってるって。さっ、行くぞ」
俺はそう言ってシャテルを促す。
俺には、グリシナが話を受けてくれる確信があった。
きっと、あの賢者はよく理解しているはずだ。
このダンジョンみたいに素の自分でいられる場所は――意外と貴重なんだって。
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