第35話 根暗騎士
そんなこんなで俺は委員長と契約を交わした。
やがて、『そろそろ門限だから』と言い出した委員長を玄関先まで見送り、俺が再びダンジョンに舞い戻ると――
「ほれほれ! 美味いか! 美味いか!?」
「じゅぽっ。むぐっ。ふぐっ。むぐっ」
シャテルが、食べかけの棒付き飴を、ソルの口に高速で出し入れしていた。
魔法か何かで口を開くように固定されているのか、ソルはシャテルのなされるがまま、血走った目でこちらを睨んでいる。
「おいシャテル! 何やってんだ羨ま――けしからん。悪戯するなら俺も混ぜろよー」
「おお、ジューゴ。なに。目を覚ました途端、いきなりこやつが舌を噛み切ろうとしよったのでの。まあ、わらわとしては別に人間のメスが自害しようと知ったことではないが、せっかくわらわが魔法を行使してやった骨折りが無駄になるのも癪なのでな、こうして遊んでやっていたのじゃ」
シャテルがソルの口から飴を引き抜いて、舌先で舐める。
なんとも艶めかしい。さすがは淫魔だ。
っと、それよりも、今は目の前のくっ殺ならぬ自殺系騎士をなんとかしないと。
「まじかよ。おい。あんた――ソルだっけ? ともかく、俺はソルを殺すつもりも凌辱するつもりはないから、いきなり自害はやめてくれ。いいか?」
「……」
しかし、ソルは俺を疑わしそうに睨みつけたまま、微動だにしない。
まあそりゃそうか。
「よく考えてみろ。もし俺がソルを殺すつもりがあるならとっくにそうしてる。情報を引き出した後に殺されると思ってるのかもしれないが、ぶっちゃけ俺はあんたから欲しい情報のほとんどはすでに『鑑定』の能力で収集してるからな。俺があんたの名前を知ってることからも分かるだろ? それでもこうして生かしているのは、俺がソルと個人的に話したいと思っているからだ。だから、とりあえず話を聞いてくれ」
「……」
コクン。
今度は、ソルはよく見てないと分からないようなかすかな角度で頷く。
「ほら。シャテルそういうことだから。開いてる口を閉じさせてやれよ」
「よかろう」
シャテルがパチンと指を弾く。
まあ、また即行で自殺を試みる可能性もあるのだが、ここまで話してもなお頑な感じなら、どっちにしろダンジョンで働かせるのは無理だし、諦めよう。
「……私と、何を話したいというのだ」
ソルはふてくされたように呟く。
その様子は、何だか捨てられた野良犬のようで、俺は少し哀れに思った。
「まずは、俺を襲ってきた理由の確認だな。ソルは何か知っているか?」
「知らん。私は事情も知らされず、ただこのダンジョンの奥にいる魔王――つまり、貴様を殺せと命令されただけだ」
ソルは淡々と答えた。
「だろうな。あんたは借金のカタに、エヴリア商会とかというのに差し出され、その尖兵として利用されただけだもんな?」
「そうだ」
ソルが短く頷く。
「なるほど。エヴリア商会か。それならば、下級貴族程度では逆らえないのも道理じゃな」
シャテルが納得したように頷く。
「そのエヴリア商会って、そんなに力を持ってるのか?」
俺はシャテルにひそひそ声で耳打ちする。
「なんじゃ。知らずに話してたのか。エヴリア商会は、世界各国に拠点を持ち、ダンジョンを経由した遠隔地取引のほとんどを取り仕切っている、世界でも有数の経済集団じゃぞ。当然、多くの魔王とも関わりがある」
シャテルが小声で囁き返してきた。
詳細は知らなかったが、まあ、おおよそ推測通りだ。
「……ま、とにかくだ。さっき、モンスターを指揮していたということは、今、ソルは、直接的には俺とは別の魔王に支配されている。そういう認識でいいか?」
俺はソルに向き直り問うた。
「ああ。そこまで知ってるなら、もういいだろう。私はお前の言う通り、エヴリア商会に与する魔王の一人に、契約で縛られている。貴様が私を見逃そうと、私が生きていることを商会の奴らが知れば、いずれにしろ私は殺される」
ソルはそう言って静かに目を閉じる。
「それはどうかな?」
「なに?」
ソルが目を見開く。
「いや、意外と殺されないかもしれないぞ」
「何を世迷言を」
ぽつりと呟いた俺に、ソルが吐き捨てる。
「いやいやマジで。敵も魔王ってことは、当然俺があんたから死体であれ、生きている状態であれ、情報を探ることは想定しているはずなんだよ。だけど、敵はそれに対して何の対策もしていない」
「うむ。奴らが本気で情報を隠匿する気ならば、事前にお主が情報を喋ろうとした瞬間に死ぬように契約で縛ることもできたはずじゃからな」
シャテルが俺に賛同するように頷いた。
「……商会の奴らは、お前が私から情報を引き出すことを前提に動いていた。つまり――交渉を持つ気があるということか」
ソルが一瞬の沈黙の後、視線を伏せて呟いた。
さすが元は騎士として一団を率いていた身だけあって、頭の回転は鈍くない。
「そういうことだな。まあ、俺が死んだら死んだで良かったんだろうが、まだ本気で潰しに来たっていうよりは、脅しがてら俺のダンジョンの戦力を見極めてやろうっていう威力偵察の段階なんだろうな」
敵の目的は不明だが、大方、俺の商品が目当てか、もしくは、他のダンジョンで商売している魔王が俺を疎ましく思ったか、そんなところだろう。
「ふん。だが、それがわかったところでどうぜ私を待ち受ける死の運命は変わらないがな。もちろん、お前が私のためにエヴリア商会と交渉するというのなら話は別だが」
ソルはそう言って、自嘲気味に笑う。
「ああそのつもりだが?」
「なっ……」
俺があっさりそう言って首を傾げると、ソルは絶句する。
「なんだよ。そんなに意外か?」
「……そんなことをして、貴様に何の得がある」
「いやあ、俺はちょうど店を拡張しようと思ってたところでさ。働き手を探してたんだよ」
俺は正直にそう白状した。
「つまり、奴隷だな」
ソルが納得したかのように頷く。
「身もふたもない言い方をすればそうだけどさ。何も一生こき使おうって訳じゃないぞ。よく働いてくれれば、将来的には解放してもいい。だから、そんなに悲観的にならずに、自由の身になったらやりたいことでも考えてみればいいじゃないか」
俺は善人面してそう提案する。
奴隷とはいえ、モチベーションがなければ仕事が続くはずもない。
トカレとシフレにはとりあえず復讐という目標があるようだが、こいつは何か人生に絶望して無気力になってるっぽいし、実際にどうするかはともかく、目の前に分かりやすいニンジンはぶら下げてやる必要があるだろう。
「やりたいこと、か。たとえ解放されたとしても、私に戻る家はない。魔王に捕らわれる不名誉を犯したとあっては、騎士を名乗ることも許されないだろう。となれば、傭兵になるか、もしくは、それとも春をひさぐか……」
ソルは真剣に考え込むように俯いた。
暗い。
暗いよこいつ。
ある意味現実的なのは頼もしいけど、俺としてはこのダンジョンはあくまで娯楽だ。
場の雰囲気的に、もうちょとハッピーな感じで生きて欲しい。
「それはやりたいことじゃなくて、『生きるためにやらなくちゃいけない』ことだろ。そういうんじゃなくて、もっと、こう胸がわくわくするような感じの――要するに、夢だよ。ドリーム!」
俺はミュージカルっぽく手を広げて叫んだ。
「夢を見ることは、富者の特権だ。私には思いつかない。だが――やりたいことはないが、やりたくないことはある」
「ふうん。それは?」
俺は先を促す。
「もう血の臭いを嗅ぐのには疲れた。殺すのも、殺されそうになるのも」
ソルがしみじみと呟く。
その言葉を聞いたシャテルの目がすっと細まった。
そういえば、シャテルも同じようなことを言って俺のとこにやって来たし、共感する部分があるのかもしれない。
全く異世界は修羅の地だぜ。
しかし、こうなってくると、戦闘要員として期待するのは微妙になってきた。
本当は用心棒的な感じで、モンスター軍団の戦闘の指揮を任せようとか考えてたんだが、そっちは委員長がやりたがってるということもあるし、別の役目を考えるか。
「……わかった。じゃあ、バーテンダーなんてどうだ?」
俺は思いつきでそう口走る。
「なんだそれは?」
「要は居酒屋の店主だな。荒くれた冒険者相手の仕事だから、時には腕っぷしが必要になることもあるかもしれないけど、殺したり殺されたりっていう感じにはめったにならないと思うぞ」
「それは、飯盛り女だろう。つまり、娼婦ではないのか?」
ソルは不信感も露わに問うてきた。
まあそう思われるのも仕方ないか。
昔は、宿屋=盗賊とか売春婦の巣窟ってイメージだったらしいし。
「そういうんじゃないよ。まあ、客と小粋な会話を交わすくらいの接待は必要だけど、身体を売る必要は全くない。基本的には、客の好みに合わせて酒を作って提供するのが仕事だ」
「接客などできるか。私はそういうのは苦手だ」
ソルが首を振る。
「苦手なのは見てりゃ分かるよ。でもだからこそ、慣れなきゃだめだろ。もし、俺が解放したとしても、いつまでも貴族気分でそんなぶっきらぼうな態度とってちゃ、世の中渡っていけないんじゃないのか?」
「……まさか魔王に正論で諭されるとはな。確かに、今まで私は貴族として接してきたし、接されてきた。もし、これからも生きていこうとするのならば、庶民のことも知らねばなるまい」
うんうん。よかった。
とりあえず、思考がちょっと前向きになったな。
「そういうことだ。――じゃあ、こうしよう。ソルがバーテンダーになってくれても給料は払えないけど、その代わり、客からのチップは全部、ソルの物にしていいぞ。目標は――とりあえずは、ソルの治療費分を稼いでくれ。あんたを治すのに力を借りた光神教の神官からお布施を要求されてるから。その後は……まあ、相談して決めよう」
「分かった。つまり、私が酒の作り方を覚えて、接客が上手くなればなるほど、解放の日が近づくということだな」
「そういうことだ。――やってくれるか?」
「いいだろう。だが――」
「だが?」
「本当に何から手をつけていいか分からない」
ソルはそこで、本当に途方に暮れたように何度も目をまばたきをする。
そんなことを言われても、俺にも接客経験がないから、大したアドバイスはできない。
「だったら、とりあえず笑ってみろよ。美人の笑顔を見て、嫌な気分になる奴なんていないから」
だから、とりあえずは、自分の欲望に正直になってみた。
本当は笑顔よりおっぱいの方が見たいが、エロいことができない以上、笑顔で我慢するしかない。
「……ふっ」
俺の言葉に、ソルはぎこちなく唇を歪めた。
ソルの力強い目と、ヒクヒクと動く口角がアンバランスで、すごまれているようにしか見えない。
「まあ、はじめはこんなもんかな? シャテル?」
「とりあえず、こいつに淫魔の才能はなさそうじゃな。娼婦にしなくて正解じゃぞ」
俺の質問に、シャテルは冗談めかしてそう言うと、サキュバスらしいくだけた顔で笑った。
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