第34話 戦闘民族系委員長

(やっべ。完全に委員長のことを忘れてた)


 この距離と角度だと、微妙に委員長の顔が陰になって見えないから催眠が使えない。


「あの? 委員長? こ、これには色々と深い事情があってですね。とりあえずそこで待ってて頂けますか?」


 俺はつい敬語調になって呟く。


「『平凡な高校生の心に潜む闇。秘密地下室の淫靡なる凌辱劇』」


「スポーツ新聞の見出しみたいなモノローグはやめろおおおおおおお! これは、あの、そういうプレイだから。性的嗜好は個々人の自由っていうか。な?」


 混乱状態の俺は苦しい言い訳を口走る。


「ちょっと魔王。誰ですかあれは? 魔王のお仲間ですか? であれば、光神様の教えに背いていないか、いくつか質問を――」


「うるさい黙れ! これ以上事態をややこしくするんじゃねえ!」


 俺は空気を読めないノーチェを一喝する。


「しかも変な世界観で洗脳してる! 宗教絡み! 話題性抜群じゃない! これは高く売れるわよ!」


 委員長が一人盛り上がり始めた。


「ふむ。どうやらスリープクラウドの効きが甘かったようじゃな」


 シャテルが他人事のように呟く。


「『ようじゃな』じゃねえよ! なにしてくれてんだ! どうせならもっとがっつりかけとけよ!」


「先ほども言ったであろう。わらわは人間に対して魔法を加減するのが苦手なのじゃ。強くスリープクラウドをかけすぎてどこぞも眠り姫のように何百年も起きなくなったらどうする」


 シャテルが当たり前のように言ってくる。


 殺してしまう危険性を回避するために、かなり威力を弱めたということか。


「じゃあ穴の方の偽装は!? 万が一見つかっても大丈夫なはずだったよな?」


「襲撃者への対処を優先したからの。さきほどまでは治療に専念しておったし、そちらへ手一杯で、偽装が甘くなっても仕方あるまい?」


「ちっきしょうが。そんな事情があるならもっと早く言っとけ!」


 俺は苛立ちまぎれにシャテルの乳を叩いた。


「……あのすいません。警察ですか? たった今、幼女に対して性的暴行を加えようとしている男が――」


「シャテル! とりあえず委員長を俺の目の前に連れてこい! このままだとダンジョンを放棄することになるぞ!」


「わかったわかった。そう耳元でがなるでない。レビテーション」


 シャテルがめんどくさそうに詠唱を始めると、委員長の足が床からゆっくりと離れた。


「え? え? は? 私、浮いて――? 浮いてるううううううう! いや、悪戯じゃなくです! 本気ですって。あっ、切れた」


 委員長の身体が空からゆっくりと降りてくる。


 さすがにダンジョンの底まではスマホの電波は届かない。


 これでひとまずは安心だ。


 とりあえず、俺が異世界人であることを知らないノーチェには席を外してもらわないと色々まずいな。


「ノーチェ。ちょっとこみいった話があるから、お前は教会に戻っててくれ」


「……何か、隠してますね」


「――商売に関わることだ」


 隠しているが隠さざるを得ないのだからしょうがない。


 俺は『これ以上立ち入るな』という意味も込めて、険しい口調でそう言い付ける。


「わかりました。……では、浄財をお願いします」


 ノーチェは当たり前のようにそう言って、こちらに右手を差し出してきた。


「あ? 金とんのか?」


「光神様への感謝の気持ちがあれば、自然と何かお返しを差し上げなくてはと思うはずですよ。もちろん、直接働いて返して頂いても構いません。むしろ、本来浄財は奉仕の代替物ですから」


「もういい。払うからさっさといけ」


 俺はぞんざいにそう言い放つ。


 いくらふっかけてくるかしらんが、全部ソル本人に払わせてやろう。


 払えなければ、働かせる口実にもなるし。


「では、失礼します」


 ノーチェが踵を返す。


(やっと行ったか)


「あ、それと、近々ティリア様が視察にいらっしゃるので、おもてなしの品を用意しておいて欲しいのですが」


 俺がほっとしたのも束の間、ノーチェが思い出したようにこちらへ振り向いた。


「わかったわかった! そっちも考えておくから」


 俺の足下を見てるのか、それとも天然か、ちゃっかりした奴だ。


「よろしくお願いします」


 ようやくノーチェが立ち去っていく。


「ひ、人払いしてどうするつもり。――はっ。まさか! 私を凌辱するつもりね! さながら敗北時のチュ○リーのごとく! もしくは不知○舞のごとく! 何という鬼畜! この凌悟! いや、リョナ悟!」


 そうこうしている内に、委員長はダンジョンに降り立っていた。


 彼女は暴言をまき散らしながら、床に尻もちついたまま後じさっていく。


「変なあだ名つけないでくれよ。っつーか。本当に委員長は格ゲーが好きだなー」


 俺は突発的な事態にも結構元気な委員長を壁際に追い詰めていく。


 一応、身体能力も強化しておく。


「それ以上近づかないで――金玉にしゃがみ昇鯉コンボ決めるわよ!」


「――危ねっ!」


 委員長は低い位置から躊躇なく俺の急所を狙ってきた。


 その度胸には感嘆するが、といっても所詮は華奢な女子の身体から繰り出される攻撃なので、対処するのはたやすい。


 俺は軽く後ろに躱すと、委員長の手首を掴んで、上にねじり上げる。


「いたたた」


「ごめんな。でも、安心してくれ。ここを見つけた記憶を消すだけだから。身体には何の支障もないはずだから」


「記憶を!? まさか……充悟くん、違法な薬にまで手を……」


 委員長はそう呟いて、俺に道端に落ちたゲロを見るような目を向けてくる。


「違う違う。言っても信じないだろうけど、俺は催眠的な魔法が使えるんだ。それで委員長の記憶をちょっといじらせてもらうだけだ」


「魔法!? じゃあ、さっきの私の身体が浮いたのも?」


「ああ。そこのシャテルが使った魔法だ」


 俺は頷いて、シャテルの方へ顎をしゃくる。


「なにそれ! めっちゃくちゃおもしろそうじゃない! 詳しく教えてよ。充悟くんは一体ここで何をやってるの?」


 委員長がらんらんと目を輝かせて聞いてくる。


 順応性高すぎいいいいい。


「いや、そんなの話してもしょうがないだろ。どうせ記憶を消すんだから」


「そんなこと言って、あなたは怖いのね! このアークムーンプリンセスマナナの奥底に眠る力が!」


 委員長が芝居がかったアニメ口調で叫んだ。


 アドリブでノリがいい奴だなあ。


 俺結構好きよ。


 そういうの。


「ふっふっふいいだろう冥土の土産に教えてやる――」


 つい乗ってしまった。


 魔王ならば一度は言ってみたい死亡フラグ、ベスト3に入るであろうセリフを言うチャンスだったから仕方がない。


             *


 俺は一時的に委員長の手を放し、シャテルの出会いから、今までの出来事を語った。その全てを委員長は食い入るように聞いていた。


 中でも一番委員長が食いついたのは――。


「モンスターに乗り移って狩りって超おもしろくない!? リアル格ゲーっていうか、FPSっていうか、とにかく、私もやってみたい!」


「いや、そんなこと言われてもなあ。委員長は魔王じゃないから、そんなことできないんじゃ――」


「できるぞ」


 シャテルがぼそりと口を挟んだ。


「本当!?」


 委員長がシャテルに詰め寄る。


「ああ。そなたがジューゴの配下になる契約を結び、ジューゴが許可すれば、異能の一部を代理行使することも可能じゃ」


「だって! ね! 見城くん! お願い!」


 委員長が手を合わせ、上目遣いでこちらを見てくる。


「『猫かぶり委員長』モードで媚びてもだめだ」


「えー、どうしてー」


 委員長が不満げに唇を尖らせる。


「だって特に俺にメリットないんだもん。委員長が情報を漏らす可能性もあるから、むしろリスクが増えるだけだ」


「それこそ契約で縛っておけばよかろう。秘密をばらしたら、記憶が消えるとか、死ぬとか、ジューゴはせっかく契約の能力を取得したんじゃろ」


「――やけに委員長の肩を持つな。シャテル」


 また口を挟んできた淫魔を、俺は横目で見た。


「別にそういう訳ではないがの。まあ、ジューゴ以外のチキュー人とも会話はしてみたいとは思わなくもないのじゃ」


 要は好奇心か。


 ダンジョンにこもりっきりのシャテルは、常に暇つぶしを欲しているのだろう。


「ね。お仲間もこう言ってることだし、いいでしょ?」


「まあ、これでリスクが消えたことには違いないけど、メリットが発生した訳ではないからな」


 それでも俺は渋った。


 別に委員長を仲間に加えるのがそんなに嫌な訳ではないが、周りの言いなりになるのは好きではない。


「意外とシビアなのね。お人よしの見城くんなら押せばいけると思ったんだけど」


 委員長が本音をダダ漏れにさせる。


「まあ、一応、命かかってますしー」


「……じゃあこうしましょう! 見城くんが私のお願いを聞いてくれたら、代わりに私が見城くんの彼女になってあげる!」


「は?」


 あまりにぶっとんだことを言う委員長に俺は間抜けな声を上げた。


「は? じゃないでしょ。自画自賛みたいに聞こえるかもしれないけど、私は中の上くらいの容姿はしていると思うわ。クラス内でも人気はある方だし、そんな私を彼女にすれば、見城くんのクラス内カーストのランクも上がるわよ。これは十分メリットと言ってもいいでしょう?」


「ははは、そんな、彼女って言ってもあれだろ? どうせ糞の役にも立たないデートでお茶を濁されて、『清く正しいお付き合い』って奴を強制されるんだろ?」


「そんな訳ないでしょ。もう高校生なんだし、普通の男女関係でやることはやってあげるわよ。まあ、あんまりムードがないのは嫌だけどね」


「……マジで?」


 俺はごくりと唾を呑み込んだ。


「マ・ジ」


 委員長はそう言って、妖艶に微笑んだ。


「ははは! ジューゴ! わらわはこいつが気に入ったぞ! この女、サキュバスの素質がある!」


 シャテルが愉快そうにカラカラ笑う。


「……なあ。俺が言うのもなんだが、そんな自分の身体を取引材料みたいに使うことに抵抗はないのか?」


 俺もきれいごとが好きな方ではないし、人間関係に対してもドライな方だとは思うが、委員長の割り切り方には、ちょっと面食らう。


 俺より魔王っぽいんじゃないだろうか、委員長は。


「別に。どうせこのまま年をとっても、親が選んだ適当なリスト中の相手とお見合い結婚させられるだけだしね。そのリストの中では、今のところ、見城くんのこと嫌いじゃないし、むしろ、こういう裏があるって知ってもっと興味がわいたわ」


「俺も委員長に興味が湧いてきた。でも、正直、ちょっと怖いと思ってる俺もいる」


 俺は正直にぶっちゃけた。


「そんなに変かしら? みんなやってることでしょ。結局のところ、男女関係なんてメリットの交換なんだから。相手がサッカー部の主将とか、美人だとか、頭がいいとか、相手のスペックと自分のスペックを照らし合わせて、相応の相手とくっつくだけ。私たちの場合は、そのメリットがちょっと珍しいものだった。それだけじゃない?」


「それはそうだな」


 はっきり言って、エロを抜きにしても、俺にとっては悪い話ではない。


 ゴブリンに憑依して操作するのもめんどくさくなってきたから、代わりの人材を獲得できるのは大歓迎だ。


 委員長なら、頭もいいし、戦闘のセンスもあるから、きっと上手いこと狩りをこなしてくれるだろう。


「じゃ、決まりね。さっき言ってた、『契約』ってやつ? さっさとしましょ」


「いいだろう。だけど、異能の力で契約を交わすからには、後で取り消しはできないぞ。土壇場で嫌だって言ってやめるほど、俺も善人ではないし」


 俺はそう釘を刺す。


「望むところよ。『彼氏』さん。今日は人生最高の日だわ。こんなにわくわくしたの生まれて初めて!」


 しかし、委員長はびびるどころか、愉悦に満ちた声でそう叫ぶ。


 

 こうして俺に、初めての『彼女』ができた。



 だが、なぜだろう。



 リア獣にはなれても、リア充になれそうな予感は全くしない。

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