第33話 新兵器と戦利品

(あっぶねー)


 パペットに憑依し、風上で待機していた俺は、人の倒れる音にほっと胸を撫でおろす。


 いざという時は、洗脳のスキルで強引に食い止めるつもりだったが、その必要はなかったようだ。


 新兵器の実用性を確かめるのため、落とし穴などのダンジョンにありがちなトラップは敢えて仕掛けなかったのだが、やっぱり舐めプは良くないな。


 自らの生命線の明かりを消して特攻してくるなんて、死を覚悟した人間の火事場の馬鹿力は、中々侮れないものがある。


 とはいえ結果としては勝った訳だし、目的だった4つの兵器の実力の検証も達成できた。

 

 ①パイプ爆弾で神風アタック……相手に与える心理的動揺を含め、効果は高いが、重装備の相手にはあまり意味がない。最初の一発みたいに、奇襲的に使うのが吉。


 ②水鉄砲にガソリンを組み合わせて作った火炎放射器……汚物を消毒したかったので、ロマン兵器として作ってみたが、射程がせいぜい一~二メートルしかないため、実用性は微妙。スライムみたいな炎に弱い敵には有効だが、常時配置するには問題が多い。実用性を考えたら同じガソリンを使うにしても、普通に撒いて着火するとか、無難に火炎瓶に仕立てて投げつけるとかにしといた方が強いだろう。


 ③懐中電灯を改造して作った高出力レーザー……想像以上に有効だった。今回はゴーレムを盾に使ったが、もっと本格的にダンジョンを構築することになったら、銃眼みたいな防衛施設と組み合わせれば、かなり無双できそう。


 ④毒ガス……非常に有効だが、維持し続けるのが困難なので、常設の防備には向かない。


 その他、実際にやってみて分かったことは、こっちは現代兵器だと思っていても、ファンタジー世界に似たような概念の攻撃がある場合、容易に対策されてしまうということだ。


 爆発のダメージをスライムで無効化されてしまったのが良い例だろう。


 頭の中で総括を済ませた俺は、カンテラに明かりを点け、大型のポリバケツに入った『混ぜるな危険を混ぜちゃった液体』にさらに水を加え、反応速度を抑えてから蓋をする。


(じゃ、早速死体を『鑑定』して情報を漁るか)


 シャテルという抑止力、光神教の後ろ盾があってもなお、俺に喧嘩を売るという選択をとったということは、今回の襲撃の背後には、それなりのバックが存在するはずだ。


 もちろん、欲に駆られた冒険者が俺の店の商品を奪おうとしにくる可能性もないではなかったが、今回の襲撃者たちは、連携が取れてないというか、なんか無理矢理やらされている感があった。


(――っと、その前に騎士にとどめを刺さないと)


 他の敵はすでにおなじみの、『『真の魔王』は、『魔王』が、新たに○○ルクスを所有することを認める』というメッセージがきてるので、死亡が確認できているが、騎士のはまだだ。


 ということは、高濃度の硫化水素を一気に吸い込んだことで意識を失ってはいるが、まだ生きてはいるということなのだろう。


 パペットの身体を動かし、道を下っていく。


 やがて、うつぶせになった騎士の身体が見えてくる。


 俺はカンテラを床に置くと、騎士の脇に屈みこみ、その首に手をかけた。


 個人的には健闘を称えたい気持ちもあるが、敵は敵だ。


 きっちり処分しないと。


 にしても、結構綺麗な顔してやがんなこいつ。


 赤髪はサラサラだし、まつ毛は長いし、唇の小ぶりの桜色でぷりっとしてるし。

 まさか俺にもソッチの気が――


(っていうか、女じゃん! こいつ!)


 俺は手をぴたりと止める。


 戦っている時は、兜をかぶっていたせいで顔もわからないし、声もくぐもっていたから性別が分からなかった。


 確認のため、『鑑定』を発動する。


『ソル=レナス=テルグム

 前衛型の戦士。剣術を得意とするが、武芸全般に秀でるため、巷に出回っている得物ならば、一通り使用することが可能。その戦闘能力は、ワーウルフ三体分に相当する。

 インベア王王国の下級貴族、テルグム家の次女。

 テルグム家は代々武門の家柄であるが、兄たちが戦の才を持たなかったため、女ながらに天分に恵まれたソルは、一族の義務である王家への武力の供出を担う存在として、半ば男のように育てられた。寡黙ながらも実直な仕事ぶりにより、一時期は二十人ほどの治安維持の小隊の団長を務める。

 しかし、テルグム家に文武に優れた弟が誕生するに及び、ソルの存在は不要となり、兄たちの任官の費用を工面するため、両親から富貴な商家との縁談を持ちかけられるも、頑なにこれを拒否。

 激怒した父により、質代わりにエヴリア商会に差し出された。』

 

 どうやら色々と不憫な境遇らしい。


 やはり、俺の推測通り、自らの意思で俺と敵対したという訳ではなかったのだ。


 とはいえ、こいつが襲撃者であることは事実。俺には彼女を殺す権利がある。


 だけど、同じ情報を得るのでも、死体と生体からでは得られる情報量が段違いっていうし、鑑定で全ての情報を網羅できる訳でもないし


 ――うん。


 もう、自分に言い訳するのはめんどくさい。エロいことしたいから捕まえよ。


 といっても、本気で殺すつもりで充満させた硫化水素を吸い込んじゃってるので、ソルが助かるかどうかは微妙だが、それでも処置するなら早いに越したことはない。


 ソルの鎧を脱がせ、昏倒しても握りしめ続けていたハルバードを手放させる。


 それが済むと、俺は彼女を抱きかかえ、客の目に触れないようにゴブリンの待機室と扉をつなぎ、さっさとシャテルの下に帰還する。


「シャテル! 敵の魔法使いどもはどんな感じだ?」


 足で扉を蹴り開き、ソルを床に降ろした俺は、『憑依』を解除し、自分の身体に戻る。


「うむ。ひとまずは襲撃を諦めて引き上げたようじゃ――して、ジューゴよ。その手に抱えておるのはなんじゃ」


 シャテルが怪訝な顔で呟く。


「拾った! ソルっていう下級貴族らしい。ちょっと、毒ガス吸ってるから治してやってくれ。お前ならできるだろ?」


 ダンジョンにも毒を吐く生き物くらいはいそうだし、対処法も確立しているはずだ。


「できんこともないが、それはわらわの義務の範疇ではなかろう。今日はたくさん魔力を使って疲れておる故、これ以上働きたくないのじゃ」


 シャテルがだるそうにあくびをする。


「そんなこと言うなよー。お前が欲しがっていた……ラミィキューブだっけ? あれ買ってやるから」


 あのグリシナとかいう賢者のババアが頻繁に店を訪れるようになり、シャテルにも遊び相手ができたおかげで、玩具の浪費スピードがますます早くなってる気がする。


 といっても、まあ、そんなに値の張るものじゃないから、宝石とかをねだられるのに比べたらいいっちゃあいいのだが。


「……カタンというのもつけて欲しいのじゃ」


「つけるつける」


「そこまで言うのならば、仕方ないのお……。わらわも手伝うてやるが、確実に治したいならば、あの光神教の小娘も呼んで参れ。わらわは魔物の類を治すのには慣れておるが、人間の身体にはくわしくないのじゃ。わらわの魔法では力が強すぎてかえって毒になるやもしれん」


「そういうもんなのか。わかった」


 俺は素直に頷いて、足早にノーチェのいる教会へと向かう。


「ノーチェ! おるかー? 魔王やでー!」


 俺はそう叫ぶと、扉をドンドンと叩いた。


「なんですか! そんなに乱暴にしなくても聞こえてますよ。教会は神聖な場所なのですからお静かに!」


 扉から仏頂面のノーチェが顔を出す。


「ちょっと緊急の用件でな。お前に協力して欲しいことがあるんだ」


「私があなたに協力? どういうことですか?」


「実はだな――」


 頭に疑問符を浮かべるノーチェに、俺はやや真剣な表情でこれまでのいきさつをかいつまんで話した。


 もちろん、エロいことをしたいから助けたいとは言わなかったが。


「――なるほど。そういう事情ならば致し方ありませんね。魔王に協力するのはあまり気が進みませんが、人命がかかっているならば協力致しましょう」


 ノーチェが頷く。


 もっとゴネられると思ったが、意外とあっさり協力してくれた。


 基本的に当たりがきついのは魔王関連の人物だけで、一般人には優しいらしい。


「じゃあ、ついてきてくれ」


 ノーチェを連れてシャテルの下に戻る。


「そちらの方ですか。――かなり重篤ですね。見たことのない症状ですが、例えるならば、ソリッドスネークの毒とマンティコアの麻痺ブレスを一挙に受けたような感じです」


 ノーチェがソルの頭に手を当てて呟く。


 その手がうっすらと燐光を放っているところを見ると、診断の魔法でも使っているのだろうか。


「そういうことじゃ。お主の魔法だけでは荷が重かろう。わらわがオールキュアの魔法を放ってやる故、お主はそれを人間の女向けに調整せよ」


「……悔しいですが、現状ではそれが最善のようですね。ティリア様ならばともかく、私一人では治せる自信がありません」


 二人があれやこれや相談を交わしながら、ソルに魔法をかけていく。


 俺はただ黙ってそれを見守った。


 やがて、十分ほど経って、二人はその動きを止めた。


「ふうー」


 ノーチェが額の汗を拭う。


「ま、こんなとこじゃろ」


 シャテルが大きく伸びをする。


「どうだ? 助かりそうか?」


 俺はノーチェとシャテルの顔を交互に見遣って問う。


「ええ。とりあえず命に別状はないかと」


 ノーチェが頷く。


「このメスはそれなりに鍛えておるようじゃからの。生命力が強い。じきに目を覚ますじゃろ。――あー、それにしても疲れると不思議と甘いものが食べたくなるの」


 シャテルはそう言うと、もうソルに興味を失ったように、近くの段ボールから、棒付きのキャンディを取り出し、無造作に舐め始める。


「そうか。ありがとう。ノーチェも、手間をかけたな。もう帰っていいぞ」


 俺はそう言って、紳士な笑顔をノーチェに向ける。


(よし。じゃあ、後はこいつをたたき起こして、催眠をかけるだけだな)


 俺はめくるめくドスケベライフを夢見て、ソルに近づいていく。


 これでやっと俺も魔王らしいことをできるってもんだよ。


「ちょっと待ってください」


 ガシッ。


 唐突にノーチェに肩を掴まれた。


「なにかな?」


 俺は振り向いて、ノーチェにアルカイックスマイルを向ける。


「あなた、この女の人をどうするつもりですか?」


「どうするって。そりゃ、俺のダンジョンを襲撃した奴らの背後関係を紳士的に尋ねるダケデスヨ?」


「嘘です! 絶対、不埒なことをするつもりだったでしょう!」


 ノーチェが妙に確信を持ったような口調でそう断言する。


「そ、そんなことないぞ。何を証拠に言ってるんだ。まさか、お前の魔法で俺の心を読み取れるっていう訳じゃないだろう!」


 あの賢者のグリシナならともかく、ノーチェに見破られない程度には俺もレベルアップしているはずだ。


「ええ。もちろん、私の魔法ではそこまでできませんよ。というか使う必要がないです。そんな卑猥がお祭り装束を着て歩いているような顔をしていれば、誰だってわかります」


「マジで? なあシャテル。俺そんなにエロい顔してた?」


「わらわは好きじゃぞ。ジューゴのそういう欲望に正直なところは」


 シャテルが婉曲的にノーチェの言葉を肯定する。


 仕方ないよね。


 思春期だから。


 だって思春期だから!


「ええい! ごちゃごちゃうるせえ! いいだろ! 戦利品をどう扱おうと俺の勝手だ!」


 図星だったので、俺は勢いに任せて逆切れした。


「いけません。光神様のお力を借りて命を助けた以上、彼女も立派な神の信徒。教会と私が守るべき対象です。そんな彼女が魔王の毒牙にかけられるのを見過ごせる訳がありません」


 ノーチェが鼻息荒く力説する。


 うわっ。出たよ。


 宗教特有のガバガバ信者認定。


「んなこと言ったって、向こうは俺の命を狙って来たんだぞ! だったら俺もこいつの生殺与奪の権利を握って当然だろうが!」


「人の生き死にを決めるのは光神様の一存です!」


「ああん!? じゃあ、なんだ? こいつは人を殺そうとしても無罪放免ってか? それがお前の言う、光神様の正義なのかよ」


「――もちろん、悔い改め、それを行動で示す必要はあります。そうですね。例えば、被害を受けたあなたが、彼女に労役を課す程度の罰を与えるくらいならば、光神様もお許しになるかと思います」


「……じゃあ、エッチなご奉仕も?」


 俺はかすかな期待を込めてノーチェをチラ身した。


「だめに決まってるでしょう。光神教徒でそういうことをして良いのは、神に祝福され結婚をした健全な男女だけです。せっかくあなたはお店を営んでいるのだから、それを手伝わせれば良いではないですか」


 もちろんそれも考えていた。


 店を拡大するのにも人員が必要だし。


 だけどエロいことできないと、俺的には価値は半減である。


 だけど、ノーチェが上にチクってさらにタルいことになっても困るしな。


「へいへいわっかりまーした」


 俺はしぶしぶ頷くと、ふてくされて唇をへの字に曲げた。


「とても不満そうですね。光神様の教えに何かご不満でも?」


「いえいえそんなことありませんよー。……じゃあ、とりあえずこいつを縄で縛っとくけど、いいよな? こいつが暴れてこっちが応戦したらかえってこいつを傷つけかねないし、労役以前に尋問して襲撃者の背後関係を洗う必要性があるのはお前も分かるだろ」


「いいでしょう。良識のある範囲ならば」


 ノーチェが頷く。


「そういうことだ。シャテル。ロープのあまりをとってくれ」


「ほれ」


「うい」


 俺はシャテルから投げ渡された、滑車とかに使ったロープの残りを手に、ソルに近づいていく。


 そういえば、人を縛ったことないからどうすればいいかあんまりわかんないな。


 とりあえず、猟奇系ミステリー小説で学んだ亀甲縛りを試してみるかな。


 ソルのムチムチした身体をまさぐりつつ、ロープを彼女の身体に這わせる。


「う……ん」


 ソルがくすぐったそうなうめき声を漏らした。


 オラなんかちょっと興奮してきたゾ。



 パシャリリン♪



 その時、唐突に上から響いた、妙に耳につくシャッター音。


 見上げた穴の上、ダンジョンの入り口。


 そこにはスマホをこちらに向けた委員長が、脚を震わせながら立っていた。

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