第31話 いちゃラブキャンセラー

 夏休みも二週間ほどたったある日、自室のベッドに、俺は委員長と横並びで腰かけていた。


「あー、また、負けたあー」


 テレビ画面に映る『finish』の文字に、委員長が2Pのコントローラーを投げ出す。


「あっぶねー」


 赤く点滅した自キャラの体力ゲージに、俺は冷や汗を掻く。


「もー、やっぱ家庭用のコントローラーじゃだめだよ。ちゃんとしたスティックのやつじゃないと」


 委員長がベッドへうつ伏せに寝転がり、駄々っ子のように脚をバタバタさせた。


 いつも大人っぽい学校での委員長とのギャップで、何だかかわいく思えてしまう。


「おー? なんだなんだー? 委員長ともあろう者が負け惜しみかー?」


「ち、違うよ。見城くんもゲーマーなら環境にこだわらないとダメだよ。テレビも液晶なんかじゃ遅延がひどすぎて話にならないもん。ゲーミング用のやつか、欲を言えばブラウン管の方が反応速度的にいいなー」


「まあでもゲーセンでもボタンが効きにくくなってることもあるしな。どんな状況にも対応するのが一流ってやつじゃないのか?」


「むー。あーいえばこう言うね。見城くんはー。――んふふー」


 不満げにむくれてた委員長が唐突に忍び笑いを漏らす。


「なにがおかしい」


「んー、私男の子の家に入るの初めてだから。なんか、楽しいなって思って。このベッド、見城くんの匂いがするー」


 委員長は俺の枕で顔の下半分を隠しながら、上目遣いになる。


「いきなり何言ってんだよ」


「ちょっとどきっとした?」


「……委員長って案外ドSだよな。俺みたいなモブ男子に優しくして勘違いさせるのを楽しんでるだろ」


 俺はぶっきらぼうにそう言ってそっぽを向くが、内心では委員長との会話を楽しんでいた。


 うん。いいよね。


 こういうラブコメ的な雰囲気。


 もちろん、シャテルとアレコレしてはいる訳だが、肉体的な接触と精神的な充足は全く別物だし。


 とりあえず、委員長とこういう関係になれただけでも、魔王になってスキルを得た価値はあったな。


「えー? そんなことないよ。だって、塾のテストを早めに切り上げて作った貴重な時間だよ? 私だってちょっといいなって思ってなきゃ、男子と二人っきりになったりしないから」


「言ったな。本気にするぞ?」


 雰囲気に流されるまま、俺は委員長の上に覆いかぶさり、彼女の顔の横に両手をつく。


 いける。


 いけるぞ。


 俺の胸があわよくば的な期待に高鳴り始めたその瞬間――


「ジューゴ! 大変なのじゃ!」


 クローゼットの扉が勢いよく開け放たれる。


「え? は? 何? 矢口?」


 口をポカンと開け、目を丸くする委員長。


「スリープクラウド!」


「はふっ――すぅすぅすぅ……」


 そんな彼女へ、シャテルは指から白い霧のようなものを高速で発射する。


 ノータイムで昏倒した委員長が、気持ちよさそうな寝息を立て始めた。


「おいなにしてくれとんじゃこら空気読めやこの淫魔あああああああああああ!」


 ベッドから跳び退いた俺はシャテルに絶叫する。


「なんじゃその言い草は! わらわはジューゴのために、わざわざ敵襲があることを知らせにきてやったのじゃぞ!」


 シャテルはそう言って、苛立たしそうに足を踏み鳴らす。


「ああん? 敵襲? じゃあ俺が店の周りを見張らせていたゴブリンは? 何体か撒いておいたはずだけど」


「そんなもん! 接敵に気がつく前に、敵方の魔法使いに瞬殺されとるわ! 一応、わらわ独自で結界を張っておいて正解じゃった」


 シャテルがドヤ顔で胸を張る。


 でも今は素直にそれに感謝しよう。


 見張りがやられることは想定していたが、まさか全員一気に瞬殺されるとは。


「まじで? ちょっとやばそうだな。でも、シャテルなら何とかできるだろ?」


「もちろん、わらわのみでも対処はできるがの。敵をここまで通さぬことは約束するが、中にいる客の安全までは保障できぬぞ。それでもよいのか?」


「それは――よくないな。とりあえず、下に降りよう」


 浮ついた状態から一転、気持ちをシリアスモードに切り替え、俺はダンジョンへと急行する。


 商売は信用が第一。


 俺のダンジョンが、『安全な場所を提供する』という評判に傷がつくのは望ましくない。


「遅い! レビテーション!」


 縄梯子に足をかけた俺を、シャテルが抱きかかえ、穴へと跳び下りる。


 浮遊した俺の身体が、一瞬でダンジョンへと到着した。


「で、その敵はもう来ちまったのか?」


「後一~二分で『実りなき草原』へとつながった扉に辿り着く。それまでにどう対応するか、魔王として決断することじゃな」


「うーん。どうするかな」


 安全策でいけば、まだ敵がダンジョン内に侵入してないのだから、とりあえず、扉の接続先を変えれば、いくらでも時間は稼げる。


 なんだったら、扉自体を廃棄してもいいだろう。

 だが、それをすれば、魔王ジューゴは弱いという評判が広まってしまうかもしれない。


 客になめられたら、商売はやりにくくなる。


 微妙な状況だ。


 とりあえず、もう少し詳細に戦況を把握しよう。


「敵の数と内容はわかるか?」


「モンスターと冒険者の混成軍じゃな。編成はざっとみたところ、スライムが二体、ゴブリンが十体、戦士が三人。弓使いが三人。魔法使いの連中が精鋭なのに比べて、著しく格が劣るようじゃのう。さてどうする? 魔王ジューゴよ」


 俺を試すようなわざとらしい口調でそう言うシャテルの顔は、どこか楽しそうだった。


 こいつは昔は名のある魔将だったというし、昔の血が騒いでたりするのかもしれない。


「どうするって言われてもな。そもそもこの世界の戦闘ってどんな感じが普通な訳?」


 俺は一応確認する。


 戦術関連の勉強もこつこつしてはいるが、地球の常識を異世界に当てはめていいものなのかがわからない。


「そうか……。ジューゴは異世界人故、この世界の戦の常道も知らぬのじゃったな。基本的に、多人数の戦闘の場合、まずは遠距離から、魔法使い同士による場の制圧戦になる。それでも決着がつかぬ場合、前衛・中衛による直接戦闘に移行する。敵陣を突破して、魔法使いを直接屠るためじゃ」


 なるほど。理に叶ってる。


 俺が敵の立場でも、武器が届かないような遠距離からの魔法攻撃で片がつけられるならそうするだろう。


「で、その遠距離の制圧戦とやらはこっちが優位、ってことでいいんだよな?」


「もちろんじゃ。今はわらわが『アンチディスペル』で場を制圧している故、敵も味方も術者のわらわ以外、魔法は使えぬ。じゃが、なにぶん向こうの魔法使いたちも数を頼みにアンチディスペルを無効化してこようと挑んでくるものでの。対抗するのには少々集中せねばならぬから、わらわ一人で同時に前衛を相手どるにはちときつい」


「つまり俺は自分で白兵戦の指揮を執ればいいんだな」


「そういうことじゃ」


 敵の数は大したことがない。


 魔法は使えない。


 なら、地球産の兵器を活躍させるには絶好の機会じゃないか?


「ちょうどいい。準備してた兵器の威力を試させてもらおう」


 俺はシャテルの部屋兼倉庫に保管していた、手造りの武器の数々を眺め笑う。


「うむ。身にかかる火の粉は払わねばならぬからの!」


 シャテルが興奮を抑えきれない声で叫ぶ。


 あれからまた二週間ほど経ったから、今の俺にはまた三万ルクス近い貯金がある。


 使い捨てのダンジョンを造るには十分な余裕だ。


「まずは――」


 100メートルほどの狭い直線通路を創造。その先端に、『実りなき草原』へと接続された扉――つまり、敵にとっての入り口を移動する。


 その通路は突き当りで八の字を逆にした形で二股に分かれ、また合流する。


 その道の突き当りには転移機能なしの扉があり、それをくぐると、また一本道。ただし、さっきのものと違い、若干上り坂の傾斜をつける。


 壁は土製だと強度的に心配なので、ちょっと奮発してワンランク上の石製にする。


 これでも、全部造るのに必要なコストは合計2500ルクスくらいだ。


 守備のモンスターは、ゴブリンよりは一回り大きい人型のモンスター――コボルトを一体20ルクスのコストで計二十体造る。


 さらに、壁役のゴーレム(石製)を一体200のコストで計六体つくる。


 後は憑依でそれらのモンスターを所定の位置に動かして、準備完了。


 招かれざるお客さんたちに地球産のおもてなしをたっぷりと披露してやろう。

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