第30話 換金

 つつがなく終業式が終われば、待ちに待った夏休みがやってくる。


 まとまった時間ができた俺は、宿題をそこそこさばきつつ、これまで以上にダンジョン関係に時間を割くことにした。


 まずやったのは新たなスキルの習得だ。


 一か月近くため込んだ約50000ものルクスがあるので、獲得しようと思えば魔王っぽい派手な魔法スキルも習得できたのだが、あまり実用的ではないそれらは厨二心をぐっと抑えてスルーした。


 そして、考えた末、俺は三つのスキルを習得することに決める。


 一つ目は『契約』。これは、名前の通り、魔術的に有効な契約を相手と交わすスキルである。


 このスキルがあれば、例えばツケ払いを認めて、期限までに代金を支払わらなければ相手を呪い殺すとか、もしくは代金分のルクスを稼ぐまで奴隷にするとか、強制力のある契約を交わすことができるようになる。さらに、地球でいうところの手形的なやりとりも可能になるので、大規模な商売も営めるチャンスが増える。


 要は、このスキルがあれば、取引の幅が大きく広がるのだ。


 もちろん、このスキルがなくても、マジックアイテムの巻物とかを使えば同様の取引はできるのだが、そういう契約書は結構高いので、気軽に使えないため、習得することにしたという訳である。


 習得するのに必要なのは、500ルクス。段階が上がれば上がるほど、より強者との契約が可能になる(契約が破られにくくなる)が、今はとりあえず、中級の冒険者を相手にできれば十分なので、とりあえず五段階強化して、計三千ルクスを支払った。


 二つ目は『偽装』。


 俺自身、もしくは俺の配下のモンスターの見た目を改竄するスキルである。分かりやすく言えば、この前、俺が奴隷を買いに外に出かけた時に、シャテルがパペットにかけてくれたアレである。


 シャテルがもっと協力的ならわざわざ俺が習得する必要もなかったのだが、基本的にあいつはめんどくさがりで動かすのにも対価を要求してくるので、かったるいから自分で習得してしまうことにした。


 習得するのに必要なのは、1000ルクス。これを、俺は大盤振る舞いで、十九段階強化して、計二万ルクスを支払った。


 これは町中を闊歩して様々な人目に触れる危険性があるということ、また、これから行う、俺的にかなり重要なミッションに必要なスキルということもあって、ケチる訳にはいかないスキルだった。


 三つめは『催眠』。エロゲとかでおなじみのあれだが、ダンジョンを訪れる客にエッチなことをしようとか、客に催眠をかけて大金を払わせようとか不埒な目的で習得した訳ではなく(ほんとはしたいのだが、チートがバレてノーチェ経由でティリアにチクられたらぶっ殺されるので)、『偽装』と同じくこれから行う重要なミッション遂行に、保険として持っておきたかったのだ。


 習得に必要なのは、なんと2000ルクス。相手の精神に影響するだけにかなりお高めだが、清水の舞台から飛び降りるつもりで九段階強化した。


 つまり、合計20000ルクスだ。


 これで、残りは約7000ルクス。


 一つ目はともかく、『偽装』と『催眠』で、貯金の八割を吐き出してしまったことになる。


 そこまでして、俺がやりたかったこと。


 それは――。


『次はー 新宿。新宿。お出口は、右側です』


 ダミ声のアナウンスと共に、地下鉄の電車のドアが開いた。


 一秒でも早く外に出ようと押し合い圧し合いする乗客を待って、最後尾からゆったりとホームに降り立つ。いくら偽装のスキルがあるとはいえ、今俺が『憑依』しているのは木製のパペットの身体だ。


 できることなら、他人との身体的接触はなるべく避けたい。


(えーっと、目的地はっと)


 俺は手にした鞄から、プリントアウトした地図を取り出す。


 万が一正体がバレた時のために、スマホなどの足がつく所持品は一切持ってきていない。


 複雑な地下通路を抜け、地上へと出る。そこから十分ほど歩いたビル街の一画。


『サクセス貴金属』との看板が掲げられた、明るい照明の灯るガラス張りの店の前で、俺は立ち止まった。


 薄い自動ドアに、『偽装』されたパペットの姿が反射する。冴えない中年のサラリーマンの姿がそこにあった。


(行くか)


 意を決して俺は店内に足を踏み入れる。


「いらっしゃいませ。本日はどういったご用件でしょうか」


 爽やかなイケメン店員が、営業スマイルを浮かべ、俺に声をかけてくる。


「あの、すみません。貴金属の買い取りについて相談にのって頂きたいんですけれど」


 俺は見た目相応の、自信なさげな声を絞り出す。


「かしこまりました。どうぞおかけください」


「どうも」


 店員の勧めに従って、俺はふかふかの椅子に腰かけた。


「それで、買取品はお持ち頂いてますか?」


「はい。これです」


 ビジネス鞄から、木の箱を取り出し、さらにその蓋を開ける。


 中には、まばゆく輝く金のインゴット(のべ棒)が一本、堂々と鎮座していた。


「拝見してもよろしいでしょうか?」


「お願いします」


「失礼致します」


 店員が手袋をはめ、インゴットを手に取る。それから、厚い片眼鏡をはめ、裏と表をあますことなく検分し始めた。


「……うーん。製造メーカー等の刻印が一切見当たりませんねえ」


 店員が眉を顰める。


「そうなんです。それで困っていたんですよ」


「失礼ですが、これはどちらで?」


 店員が笑顔のまま問うてくる。


 日本を含め、地球で生産されているインゴットのほとんどには、信用を高めるために製造者などが刻印されているのが普通だから、疑っているのだろう。


「先日亡くなった祖父の金庫から出てきたものなんですが、古いものなのか、何も刻まれてなくて、真贋すら判別できないんです。こういうものはやっぱり買い取って頂けませんかね」


 祖父云々の下りは、もちろん嘘である。


 異世界で仕入れてきたなんて馬鹿正直に言えるはずもない。


「いえいえ。大丈夫ですよ。当店では、Ⅹ線等を用いた鑑定も行っておりますので」


 うん知ってる。


 だから、ここを選んだんだし。


「それは助かります。早速、鑑定お願いしても大丈夫ですか?」


「ええもちろん。それではお預かり致しますね」


「よろしくお願いします」


 店員が席を立ち、俺は膝に手を置き、ただ時を経つのを待った。


 このインゴットは、俺がパペットを使役してダンジョンから出て、いくつもの異世界の都市を徘徊し、鑑定に鑑定を重ねて買ってきた品だ。偽物である心配はない。


 問題はその後だ。


「お待たせしました。こちら、間違いなく本物の金でした。純度もK24相当の素晴らしい品ですので、よろしければ当店で買い取らせて頂けませんでしょうか」


「それはよかったです。ちなみに、おいくらで買い取って頂けるんですか?」


「そうですね。当店ですと、こちらの金額になります」


 店員が電卓をはじいて、俺に見せてくる。


 一、十、百、千、万、十万――うっひょい!


「じゃあ、それでお願いします」


 事前に調べておいた相場価格と乖離がないことを確認しつつ、俺はその値段を受け入れた。


「ありがとうございます。お手数おかけしますが、買い取りにあたり、記入して頂く書類がございます。それから、ご本人様確認のため、身分証明書を提示して頂く必要がございますが、本日はお持ちいただいていますか?」


「これで大丈夫ですか?」


 俺は内心ドキドキしながらも、それを押し隠して一枚のカードを取り出す。


 名刺くらいの大きさに切り取ったただの画用紙。


 しかし、今、店員の目には、何の瑕疵もないゴールドの運転免許証にうつっているはずだ。


「結構です。こちら、コピーを取らせて頂いても構いませんか?」


「どうぞ」


 そう言いつつ、俺は一応、『催眠』を発動した。


 先に実験しておいたところでは、『偽装』だけでも俺の視界に入るぐらいの距離ならば、偽装免許証を身体から離しても大丈夫なはずだが、念には念を入れておいた方がいい。


「ありがとうございます。お待ちいただいている間、こちらにご記入ください」


 店員が、俺に用紙とボールペンを差し出して、奥にはけていく。


(よし)


 用意しておいた偽装の設定を、紙に記していく。


 ここまできたら、もう完全に犯罪だが、万が一バレたとしても、憑依を解除すれば、後に残るのは木の人形だけ。


 だから安心――のはずなのだが、俺の手は震えていた。思ったよりも緊張しているようだ。


 ダンジョンとかだと人殺しも余裕な感じだったのに、リアルだとやっぱり倫理観のラインが違うらしい。


 人間の心って不思議。

「こちら、ありがとうございました。お支払いは、現金でよろしいですか?」


「はい。あと、これ、書き終わりました」


 俺は偽装免許証を受け取り、頷く。


「確かに。では、こちらが代金でございます」


 店員は俺の記入を確認すると、札を数える機械みたいなやつに諭吉の束を放り込む。


 カタカタカタカタ。


 瞬く間にカウントが終わり、パネルの赤い光が額を示した。


「ご確認ください」


 店員がカルトン(釣り銭受け)に札束を載せて、俺の眼前へと寄せてきた。


 大企業のボーナス並の現金に、俺は息を呑む。


「はい。問題ありません」


 俺は札束を十枚ごとに小分けして、諭吉の群れを数え終えた。


「よろしければ封筒もお使いください」


「どうも。それじゃあ」


 俺は札束を無地の封筒に入れ、そそくさと鞄にしまう。


「ご利用ありがとうございました!」


 爽やかボイスを背に受け、店を後にする。


「ったはー」


 店を出たところで、俺は大きく息を吐き出した。


 足早にその場を立ち去り、角を曲がったところで、偽装を『冴えないおっさん』から、『若い女性会社員』に切り替える。


 その後も適当に街をふらつきながら、色んな人間に次々と擬態して、足跡を隠蔽する。


(ま、こんなもんか)


 店員に催眠もかけてあるし、取引自体はまっとうな商品を真っ当な値段で売っただけなので、相手に金銭的な被害を与えた訳でもないから、すぐには騙したことは発覚しないだろう。


 いずれ『冴えない中年リーマン』という存在がいないことを知った税務署から、店に問い合わせがあるかもしれないが、万が一そうなったとしても、俺にまでたどり着くことは不可能なはずだ。


 ともかく――


(これでやっとダンジョンでの収入を現金化する手段ができたな)


 ダンジョン経営が上手くいっていたとはいっても、これまでは現実で換金できなかったため、俺の貯金から持ち出しになる一方だった。だけどこれからは、金銭的に余裕ができたことで、ダンジョンに並べることができる商品のラインナップもぐっと増やせる。


 今までは20歳未満なので買えなかった酒類や煙草も、今の身体なら余裕だ。


 もちろん、恩恵は商売だけじゃなく、戦闘面にも及ぶ。


 ナイフ、ボウガンなどの武器類、果ては各種劇薬だって買える。


 まあ、そういうマニアックなものは、それぞれ専門店に出向かないと手に入らないからまた日を改めるとして、とりあえず今日は、手軽にそろえられる酒と、ネットで調べた『絶対に作ってはならない日用品兵器7選』とやらを作るのに必要な材料を買って帰るとしよう。


 俺はそんなことを考えながら、うきうき気分で夜の街を徘徊する。富豪気分で札束をはたき、目的のものを揃え、その後も度々姿を変えながら、帰路につく。


 自宅近辺についてからは、姿の偽装のみならず、出会う人間に片っ端から催眠をかけ、パペットの存在そのものを記憶から消してもらうように努力した。


 なお、途中ピンクなお店で、商売には必要かどうか微妙な、自分へのご褒美的なあれこれを買ってしまったことは、シャテルたちにも当然秘密である。



==============あとがきと補足説明===============

 いつも拙作を拝読頂き、まことにありがとうございます。

 おまけ的な説明ですが、本作の異世界には、金や銀よりも貴重かつ実用的な、ミスリルとかオリハルコンなどの貴金属が存在するため、相対的に金の投機用の貴金属としての価値は低いものとなっています。ですので、異世界においては、地球の感覚でいえば、お得なお値段で現金と金の交換が可能になっています。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る