第20話 そうだ。奴隷を買おう。(2)

「んじゃ。そろそろ行ってくるわ。追加で客が来るかもしれないが、最後だと思ってその時は応対してやってくれ」


 客足が鈍ったタイミングで、俺はそう切り出した。


「まあ仕方なかろう。働き者の奴隷を連れてくるのじゃぞ」


 シャテルが渋々と言った感じで承諾する。


「ああ」


 俺は頷いて、貴族の青年に見えるように偽装されたパペットに憑依し、いつもの色んな物が入ったリュックを背負う。


「ついてこい」


 人型だけあって、ゴブリンのような不都合はなく、人語がスラスラと口から滑り出た。


 従者に偽装したパペットが、黙って俺に従う。



 俺はゴブリンの待機室(解体場とは別)に移動して、扉に手をかけた。


 ・『真の魔王』は、『扉』の新たなる接続先を受け入れる。


 接続先をミトレス王国に一番近いダンジョンの一階に設定し、さりげなく外に出る。

 

 ・『真の魔王』は、『扉』の新たなる接続先を受け入れる。


 扉が音もなく消える。


 すばやくまた扉の接続先を元の廃ダンジョンに戻したのだ。


 辺りを見渡す。


 冒険者はたくさんいるのに、モンスターは一匹たりとも見かけない。


 魔王が管理を諦めているのか、それともモンスターの出現確率に比べ、冒険者が多過ぎるのか。


 俺はダンジョンを行き来する冒険者の波に混じって、何食わぬ顔でダンジョンの外に出た。


 時刻は昼過ぎ。太陽は地球のものより少し大きく、青空の色が濃いと思うのだが、気のせいと言われれば気のせいと感じてしまうようなレベルの違いでしかない。


 ダンジョンは円状の防壁で囲まれており、当然、検問の兵士もいる。


 俺は素直に入国を待つ冒険者の列に並び、順番を待った。


「どこの国から来た?」


 やがて、順番が回ってくると検問の兵士が俺を胡乱な目で見つめてきた。


「ラフォンより。この二人の従者も同様だ」


 俺な早口にならないように気をつけながら、静かに答えた。


 ラフォンとは、ミストレス王国とは、仲良くもないが仲が悪くもない、この異世界に実際に存在する国名だ。


「言葉になまりがないな。両親のどちらかは、ミトレス王国の者か?」


「両親はミトレス王国の者ではないが、家庭教師を務めてくれた者がミトレス王国の出身だった。言葉はその者から習った」


 淀みなくそう言い切る。


 さりげなく、家庭教師をつけられるような身分であることもアピールする。


「なるほど。入国の目的は?」


「観光だ。市を巡り、小間使いに適切な奴隷がいれば、仕入れようと思っている」


「そうか。では、規定の通行税を三人分払え」


 検問の兵士は興味なさげに、事務的な口調で告げた。繰り返しの仕事に飽きているのかもしれない。


 俺は近くの看板に書いてある金額を、兵士に渡す。


 偽物ではなく本物の硬貨だ。


(贋金が使えれば良かったんだけどな)


 シャテルに試しに金も偽装できないか尋ねてみたのだが、見た目を偽装するのに比べて、金を偽装するのは格段に難しいと、難色を示された。


 なんでも、偽装の魔術の成否は相手の信頼感に依存するらしく、金の場合はそれを受け取った時点で、まず相手が『勘定を誤魔化されるかもしれない』、『贋金を掴まされるかもしれない』と疑ってかかった状態で金を見るので、騙すのが難しいそうだ。


 日本に生きている俺には分かりにくい感覚だが、ラスガルドが治安の悪い外国だと思えば、まあそんなものなのかもしれない。


「確認した。行っていいぞ」


 検問の兵士は、猫を追い払うような仕草で俺を送り出す。


(さて。まずは、両替しないとな)


 俺の店に来る冒険者は当然、自国の通貨で払う。


 支払いはいくつかの流通範囲が広い有力な貨幣に限定しているものの、それでも結構な種類があるのだ。


 こういう時、『鑑定』は便利だ。


 道を聞くのに適切な人物も『鑑定』で見つけ、インチキしてないまともな両替商も『鑑定』で探し出す。


 こうして手持ちの通貨を統一した俺は、いよいよ奴隷市場を目指して歩きだした。


 道中、街並を観察する。


 外観は中世のヨーロッパみたいな石造りが基本だが、建物ごとの個体差は結構激しかった。


 高かったり、低かったりするのはもちろんだが、天井がなく水たまりを石で囲んだだけの泥沼みたいな所にリザードマンが寝転がっていたり、歌舞伎町にも負けないくらいの光を放つ派手な建物もあったりと、全体的に統一感が薄い。


 これがラスガルドの平均なのかは分からないが、色んな種族が存在し、さらに魔法の技術まであるから、多様性の豊かな街並になるのだろう。


 ……などと考えていると、だんだんと辺りの風景が荒んできた。


 世界は違っても、盛り場の雰囲気というのはどこか似通っている。


 空気が淀んでいるというか、酒と小便の臭いがそこら中から漂ってきそうだ。


 酒場と売春宿が並ぶ路地の一本に、『鎖小路』と呼ばれる通りがあり、そこが奴隷を扱う店が並ぶ一角となっている……と、物乞いをしていた片脚のドワーフの男から教えてもらった。


 また、『鑑定』をしていくが、奴隷を商品として扱うような人間が仕切る店に清廉潔白を求めるのが無茶というもので、『黒』か、『真っ黒』かのバリエーションしかない。


 こうなれば後は好みで、俺はもちろん、『女』がたくさんいる店に入ることにした。


『黒蘭嬢』


 と書かれた看板が掲げられた店に一歩踏み入れる。


 スパイシーな香の匂いが、むっと鼻腔に押し寄せてきた。


「あらあら、よくぞいらっしゃいましたー。お客様、今日はどういった奴隷をお探しで? ウチにはいい娘がたくさん揃っていますよ」


 キャバクラのキャッチのような感じで声をかけて店主は、人間の、中年の女だった。


 女たちの生血を啜ったかのように肥え、ドブに潜む魚のような濁った眼をしている。


 もちろん、鑑定もしてみたが、お世辞にも善人とは言えない経歴だった。


 人買い、女衒は生業上当然であるにしても、都会に出てきた田舎娘を騙して風俗堕ちさせるという、エロマンガみたいな非道をやっている。


「これといった目的はないのだがな。最近戦争があっただろう。それで、いい女がたくさん入荷したかと思い試しに顔を出してみたのだ。これぞという者がいれば、金を出すのにやぶさかではないぞ」


 あまりがっつき過ぎるとふっかけられそうなので、貴族っぽい傲慢さを醸し出しつつ様子を見る。


「さすがお客様、耳ざとくていらっしゃる。では、私がご案内致します。奥へどうぞ」


 俺の見た目と言動から、それなりに金をもっていると踏んだのか、店主が追従の笑みを浮かべて、店の奥深くに招き入れる仕草をする。


「うむ。よろしく頼む」


 俺は悠然と歩を進めた。


「私、まさにお客様のような立派なナイト様にぴったりの奴隷がおりますよ!」


 店主が鼻息荒くベールを剥ぐ。


 その先には、呪文が刻まれた鉄格子があり、その奥には下着姿の女亜人がいた。褐色の肌で、耳が長い。


「ダークエルフです。見ての通り、上物でしょう? その上、なんとこの女、魔法が使えるのです。しかも、風魔法と雷魔法、二つを使いこなす『ダブル』です。こんな掘り出し物はそうはありませんわよ。この者がいれば、ダンジョン攻略が捗りますわよ。『色々』と」


 店主が含みを持たせた下衆な笑みを浮かべる。


 それに合わせて、ダークエルフは妖艶な笑みを浮かべ、雷で作った蝶を宙に舞わせるイリュージョンで、俺にアピールしてきた。


 目玉商品らしく、店主からもそれなりに良い待遇を受けているのだろう。


 いいじゃん。いいじゃん。


 ダークエルフいいじゃん。エロいじゃん。


「ふむ……。まあ、武の者は十分に足りているのだが、悪くないな。いくらだ?」


 俺は隣の用心棒役のパペットを一瞥してから、興味なさげに尋ねる。


「それはもう、一つ使えるだけでも貴重な魔法を、二つも使え、その上この美貌ですから――」


 店主が俺に耳打ちしてきた値段は、目玉が飛び出るほど高かった。


 予算の十倍は軽く超えている。こりゃ値切り交渉とかでどうにかなるレベルではない。


「ふむ。妥当な所だろうな。しかし、残念だが、俺は戦場に女は連れてゆかぬ主義なのだ。男所帯のパーティに不和を招き、結果として破滅をもたらすからな」


 武人っぽく見えるようなそれっぽい嘘を繰り出す。


 ばいばい。おっぱい。


「そうでございましたか。それは、気がつきませんで失礼いたしました。では、お屋敷などで使われる下女などはいかがでしょう」


 店主も元々簡単に売れるとは思っていなかったのか、あっさり引き下がった。


 さっきのは、いわば店の『格』を見せつけるための囮商品といった感じなのだろう。


「そうだな。ちょうど家で使っていた小間使いが一人死んだところだし、補充するのも悪くないとかもしれないな」


 俺は素っ気なく答える。


「良かった。使用人なら、私の店はこの辺り界隈随一の品ぞろえを誇っておりますわ!」


 店主がさらに奥に一歩進み、ベールを取り払った。


 今度は、檻に三人がまとめて放り込まれている。


 種族も様々、見た目の年齢も様々だ。


 さっきのダークエルフと比べるとやる気がなく、寂しげな微笑を浮かべてこちらを見るきりである。


「ほう」


「どうですか? こちらの猫娘(キャットピープル)は掃除が得意ですし、鼠の駆除もお手の物ですわよ。このヒューマンは村一番の料理上手でしたし、こちらの有翼人は、読み書きに計算までできます。家財の管理も任せられますわ」


 読み書きの計算ができるやつが一番欲しいが、最悪数字さえ読めれば、計算は電卓にやらせればいい。


 それよりも、俺的には容姿と若さの方が重要だ。料理のできるヒューマンは、おばはんなので却下。


 後の二人は、実年齢は知らないが少なくとも見た目が若い。


 見た目も、70点くらいにはかわいかった。


「そうだな。ヒューマンの使用人はいくらでもいるからな。たまには変り種の亜人を飼うのも悪くないかもしれんな」


「猫娘と有翼人がお気に召しましたか? さすがお客様はお目が高いですわ。こちらもダークエルフほどではありませんが、市場には中々出回らない商品ですので、人気ですわ」


「まあそうであろうな。このレベルなら、これくらいが妥当であろうか」


 俺は両手の指の本数で、最高額の貨幣の数を示す。


「ご冗談を。その値段では、有翼人の翼しか買えませんわよ。身体の方も望まれるのなら、最低、その二倍は頂きませんと。もっとも、まとめて買って頂けるなら、勉強はさせて頂きますけれど……」


 店主が困り顔で一笑に付す。


 やべえ。予算の二倍くらいの額を提示して様子見したのに鼻で笑われた。


 奴隷って高いんだな。やっぱり。


 店主の言った額はふっかけてきていることは確かだけど、四分の一未満に値切るのは無理ゲーだ。


 やっぱり若い女は高いんだろうな。子どもを産ませれば奴隷も増やせるし。


「その額には、肉欲の分が含まれているだろう? 俺は今はそのような奴隷は間に合っていてな。純粋に簡単な家事ができる程度の奴隷で十分なのだ」


 俺は泣く泣くそう嘘をついた。


 ハーレムは欲しいが、今はババアでも我慢してやろう。


「お若いのに堅実でいらっしゃいますわね。お任せください。もちろん、取り揃えておりますわ。実は一番、そのタイプの奴隷を買われていくお客様が多いんですのよ」


 店主の目がぎらつく。


 ここからが本当の交渉だということか。


 さらに一歩奥に進んで、店主がベールを剥いだ。


 先ほどの檻よりも二回りほど大きい鉄格子の中に、十人ほどがまとめて詰め込まれている。


「はあ」


 俺はため息をついた。


 一気に容姿の平均レベルが四十点くらいにガクンと落ちた。想像通りの中年のおばはんが並んでいる。


 中には若い者もいるが、みんな足を引きずっていたり、身体中傷だらけで今にも死にそうに弱っていたりと、何らかの難がある。


(まあ、こんなもんか……ん?)


 諦めかけて部屋の隅に視線を転じた俺は、目を見開いた。

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