第19話 そうだ。奴隷を買おう。(1)

 そこからさらに一週間。


 客の増え方は劇的だった。


 戦闘力のない聖光教徒の一般の巡礼者が、同じく教徒の冒険者に護衛されながら団体客でやってくる。


 その仰々しい姿が呼び水となって、信徒以外の客も店を訪れるようになっていた。


 『あの生真面目な聖光教徒が入っていくくらいなのだから、少なくとも安全なんだろう』、という訳だ。


 ただ、期待外れなことに、聖光教徒自体は俺の店であまり金を使わなかった。宿は俺の提供しているものを使わず、あの狭い教会に山小屋感覚で寿司詰めで雑魚寝するし、店の商品も買わない。


 怪しい魔王に金を使うくらいなら教会に寄付をする、という訳で金払いが渋いのだ。


 まあ、教会に食糧を供給しているのは俺なので、間接的にノーチェから金を受け取ってはいるのだが、関係上あまりふっかける訳にもいかず、儲けは薄かった。


「おい! 瀕死のモンスターを持ち込んだら、金に換えてくれる魔王がいるっていうのはここか!?」


 扉が乱暴に足で押し開けられた。


 むさい男の冒険者二人が、血を滴らせた猪のようなモンスターを縄で縛りあげて担いでいる。


「直接の換金は受け付けていない。商品の支払い代金をモンスターの魂で代替するサービスならば提供している」


 俺は本日何度目かになる説明にうんざりしながらも、冒険者の質問に答えた。


 至るところに説明の張り紙はしているのだが、文字を読めないものもいるし、微妙に誤って伝わった噂を信じてくる者もいて、まだまだセルフサービスで放置するという訳にはいかない。


 サービスの内容が浸透するまでは、しばらくは俺もこうして受付の作業を継続せざるを得ないようだ。


「それでいい! で、こいつをここでぶっ殺せばいいのか?」


 冒険者がはやる。


「それじゃ意味がない! 左の扉の奥にある屠殺場で俺のモンスターが殺すシステムだ。扉にモンスターの名前と、それに対応する価格が書いてあるから、納得したなら中にモンスターを運べ」


 俺は扉の方を顎でしゃくる。


「おう!」


 冒険者たちがガニ股で扉に向かっていった。


 従来の宿と扉を直結させる形から、新たにダンジョンに、十畳ほどの玄関口を造り、そこに転移用の扉を移動し、さらにその横に解体場を設けた。


 解体場には、ゴブリンが常駐していて、冒険者が持ち込んだモンスターにとどめを刺す役割を担っている。


 冒険者が肉を必要とせず捨てた場合は、ゴブリンの餌にもなるし一石二鳥だ。


 ・『真の魔王』は、『魔王』が、新たに六十ルクスを所有することを認める。

 

(これで今日の、魂の収入合計は、2160ルクスか)


 スマホに数値を入力する。


 ここ数日は、一日平均2000ルクスの収入を達成し、窮乏状態を余裕で脱することができた。


 調子にのって、『鑑定』をさらに二段階強化し、『憑依』と『身体強化』を両方とも一気に五段階強化したが、それでもまだ三千くらいのルクスが残っている。


 やっぱり向こうから魂を持ってきてくれるのはめちゃくちゃ楽だ。


 モンスターを殺さず無力化するのには労力がかかるのだろうが、冒険者にとっては、従来は一銭にもならなかったものが収入に化ける訳で、その実力に比べて格下のモンスターを大量に半殺しにして、持ち込む冒険者の数は日に日に増えている。


 現金払いの割引とも相俟って、物納の方は半減したが、かえってよかった。


 現状、モンスターの素材を処分するルートを持たない俺にとっては、物納されても倉庫を圧迫するだけであまり得がないからな。


「ほら、ジューゴ、客が溜まっておるぞ! 早く相手をせんか!」


 奥からシャテルが苛立たしげに呼びかけてくる。


「はいはい。っつーかシャテル、手が空いてるなら、もっとバリバリ店番してくれよ」


 俺は急いで店の方に舞い戻る。


「手は空いておらん」


 シャテルは不機嫌そうに、本を持った両手を掲げた。


「ちっ。……ああ。その缶詰は、毛皮でいい――」


 俺は舌打ち一つ、客を捌いていく。


「ふう……。シャテルは最近不機嫌だな。ちょっと前までは店番も楽しそうにやってたじゃないか」


 勘定を終え、商品を引き渡した俺はため息をついた。


「もう飽きたのじゃ。本を読んでる合間にたまに冒険者の相手をしてやるくらいなら良いが、これほどたくさんの客がくるとなれば、それはもはや労苦じゃろう。わらわの守備範囲外ではないか?」


 シャテルは唇を尖らせる。


 まあ正論か。


「うーん。それもそうだな。俺もそろそろダルくなってきた。――そこで、だ。一つ提案があるんだが、シャテルも協力してくれないか?」


 商品の補充に、客の接客、シーツの選択と交換、シャワー室の清掃――は、ノーチェが勝手にやってくれるからいいにしても、諸々合わせれば結構な労働だ。


 そろそろ、期末試験の時期だし、このままどんどん忙しくなってくると日常生活に支障が出る。


 いくらルクスを稼げるようになったといっても、店番ができるほどの知的に高等なモンスターを造りだす余裕はない。


 そうなれば、残る選択肢は一つだ。


「なんじゃ? わらわの益になることならば聞いてやらぬでもないぞ」


 シャテルが本から顔を上げ、興味を示す。


「なるなる。――そろそろさ。奴隷を買おうと思うんだ。そいつらに店番させりゃあ、俺もシャテルも時間ができてハッピーだろ?」


 俺は声を潜めてそう言った。


 せっかく金を稼いでも、ラスガルドの物品で俺が欲しいものなんてない。


 このまま金を持っていても宝の持ち腐れだし、だったらマンパワーに換えた方がマシだ。


「ふむ。奴隷か……。まあ、それしかなかろうの。しかし、ジューゴよ。お主の勝手で招いた事態の尻拭いに、わらわがこき使われるのは不当ではなかろうかの」


 シャテルはそう言うと、意味ありげな視線を俺に向けてきた。


「わかったわかった。どうせまたなんか暇つぶしのおもちゃが欲しいって言うんだろ?」


 毎度おなじみのやりとりに、俺はぞんざいに対応する。


「話が早いの! 本の中に出てきたのじゃがな、ジューゴの世界にはショーギやらオセロやらイゴやら、何やらおもしろげな遊戯があるらしいの。わらわはそれをやってみたいのじゃ!」


 シャテルは目を輝かせる。


「別にいいけど、ボードゲームを一人でやって楽しいのか?」


「ショーギやイゴには、『詰め』という一人でも楽しめるやり方もあるのじゃろう? わらわはそれで練習しておくから、後はそなたがたまに遊びに付き合ってくれれば良い」


「えー、俺はあんまりそういう感じのゲームは好きじゃないからなあ」


 ああいうオールドタイプの盤上ゲームは一回のプレイに時間がかかるのがネックだ。


 俺の好みは若者らしく、刹那的でいつでもやめられる電子的な方のそれである。


「それでも構わんよ。これから奴隷を買うのじゃろう? なんならそいつらに付き合わせても良いしの」


「まあシャテルが欲しいっていうならそれでいいよ。今度用意しておく」


 俺は気安く受け合う。


 どれも100円ショップで手に入るような物ばかりだし、問題ない。


 おねだりの多いシャテルだったが、そこらへんはわきまえているというか、あまり俺の負担になるような物は要求してこなかった。


「うむうむ。――して、ジューゴ、奴隷を買うにあたって、わらわになにをせよと言うのだ?」


「ああ。そこを相談したい。俺は魔王だし、ラスガルドにも不案内だし、危ないし、時間もないし、一人で外に行く選択肢はありえない。かといって、シャテルに行ってもらうのも無理だろ? ダンジョンをノーガード状態にしておく訳にはいかないからさ。どうしたもんかと思ってな」


「うーむ。そうじゃの……。ならばこういうのはどうじゃ? わらわがジューゴのモンスターに幻術をかけ、人間に見えるようにしてやろう。ジューゴがそのモンスターに『憑依』して、奴隷を買いに行けば良い」


 おお。その手があったか。


 思えば、ついこの間もシャテルはダンジョンの入り口の大穴を、佐倉の目から偽装してくれたし、そういう魔法も得意なのかもしれない。


「おー、なるほどな。そのモンスターは何でもいいのか?」


「どんな魔物にも幻術をかけることは可能じゃが、なるべく人間の背格好に似ている魔物の方がその効果は高くなるのじゃ。欲を言えば、なるべく余計な感情を持たない魔物ならばなお良い。しかし、とりあえず、ゴブリンはやめておいた方が良いかの。背格好から、どう見ても大人に見えん。奴隷を買いに来る子どもなどいくらなんでも不自然じゃからな」


「うーん、じゃあ、シャテルの言っているようなモンスターを新たに作るか?」


「その方が良かろう。汗水垂らして稼いだ金を預けるのじゃから。わらわのおすすめはパペットじゃな。魔法と相性が良いから幻術をかけやすいし、ジューゴが憑依するにしても魔法を代理行使させやすい。ゴブリンではそうはいかんからの」


 シャテルが頷いて続ける。


「んなこと言っても、俺、今は魔法なんてほとんど使えないけどな」


「将来的な話じゃよ。わらわがおるとはいえ、ダンジョンが大きくなってくれば、ジューゴ自身の戦闘能力も強化せざるを得ない場面が必ずやってくるであろう?」


「んー、それもそうだな。じゃまあ、適当に造るか」


 今までやったRPGを思い出し、パペットをイメージしてみる。


 ・パペット(木製)・・・その創造に、『真の魔王』は、300ルクスを要求する。


 これでいいか。


 とりあえず作ってみる。


 身長170cmくらいの、等身大人形が眼前に出現する。


 見た目は精巧なデッサン人形だ。


 ちゃんと関節もあるし、下半身にはイチモツもある。


 一応、簡単な呪いの魔法もデフォで使えるらしいが、今期待しているのはそこではないので、戦闘能力のスペックは気にしない。


「どうだ?」


「良いな。これならば、呪術に長けた第一級の魔法使いでもない限り、十分に欺ける幻術を施せるはずじゃ。万全を期すなら、同じような人形をもう二体ほど造るが良い。奴隷を買いにいくような金持ちは大抵、供の者を連れておるからの」


「それもそうか」


 背格好だけを変えて、さらに二体のパペットを造る。


 一体は、身長低めの個体で、もう一つは、身長も高く、背もがっちりとした個体だ。


「小姓役と、ボディガード役のつもりで作ってみたぞ」


 三体を並べて置く。


 ちょっとキモい。


「うむうむ。これで万全じゃ」


「よし。じゃあ、店の方が落ち着いて、宿泊客だけになったら、奴隷を買いに行ってくるよ。ダンジョンの上の方に繋げば、大抵の大都市にアクセスはできるんだろ?」


「そうじゃが、どこの国に行くかは決まっておるのか?」


「そこら辺はぬかりないぞ。冒険者から仕入れた情報だと、つい先日、ミトレス王国とアマウス公国っていう国同士で戦争があって、ミトレス王国の方が勝ったらしい。っていうことは、その戦勝国の方にいけば、奴隷を安く買えるんじゃないかと思ってな」


 俺とて、ただ漫然と店番をしている訳じゃない。


 ちょっとでもラスガルドの世情を知ろうと努力はしているのだ。


「ふむ。なるほどの。戦争となれば乱捕りでたくさんの奴隷が生まれるからの。奴隷市も盛んになるのは道理じゃ」


 シャテルが頷く。


「よし。じゃあ、ちょっと奥の部屋で実験しよう。早速試しに幻術をかけてみてくれ。ダンジョンを通過することを考えると、騎士階級的な貴族がいい」


「よかろう」


 倉庫でしばらくパペットの外見を調整した後、客足が鈍るのを待って、俺は一時的に来客用の扉の接続先を廃ダンジョンに接続した。

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