第21話 そうだ。奴隷を買おう。(3)

 そこにいたのは、双子だ。


 双子の美少女がいる。


 外見は地球でいえば、中一とか中二くらいの年齢に見える。


 種族的にいえば、純粋な人間ではないだろう。


 よく見れば指が六本あるし、つむじの上からたけ○この里くらいの角が生えてる。


 しかし、見たところ、身体に主だった障害はなさそうだ。


 服はボロいが、肌も綺麗な褐色だし、まあ、胸は小さめだけど、饅頭くらいの大きさはある。


 顔は、一人は勝ち気そうで、もう一人は気弱そうな垂れ目だ。髪は衛生上の都合か、どっちも肩にかかるかかからないかくらいのボブカットだ。


 一人は俺を睨み付け、もう一人はその背中に隠れている。


「一つ場違いなのがいるな。あの二体は何故安い? 精神の方に何か問題があるのか?」


「よくぞ聞いてくださいましたナイト様。そう思われるのも当然ですが、正真正銘いたって健康なのでございます! それなのに、彼女たちは遠い祖先に魔族がいるというだけで買い手がつかないのです。ほら、魔族を近づけると、不幸を招くという迷信がありますでしょう?」


「ああ。それでか。しかし、それにしても全く買い手がつかないというのはおかしいだろう。迷信など信じぬ好事家もいるだろうに」


 よく事情は知らなかったが、適当に合わせた。


 でも、まあ、大方、野良の人型モンスターが地上に出て人間と混血したとかそんなところだろう。


「おっしゃる通りですわ。ナイト様は外国の御方でございますわね?」


「ああ」


「だと思いました。この国の者は大きな声では申し上げられませんが、迷信深いというか、頭が固いというか、なんせ近くにある国が魔族を匿っているというだけで戦争を始めるようなお国柄でしょう? だから、魔族の血が入っている者は汚らわしいといって、触れることさえ嫌がるのです」


「確かに魔族は忌むべき存在だが、それはいき過ぎだな」


 うーん。本当か? 


 ありえそうな話ではあるが、それでも俺みたいに性欲全開の奴もいそうだけどなあ。


「でしょう! このような卑しい商売をしておりますけどね、ここだけの話、私、こう見えて、聖光神様を奉じておりまして、しかもオプディムス派ですの。ですから、たとえ魔族といえども全ての種族は平等であるという崇高な理想は信じてお仕事させて貰っているんですのよ? なのにどこも悪くないのにご主人様に巡り合えないこの子たちがかわいそうでかわいそうで、破格値にお安くしても、幸せになって欲しいとこの檻に入れておりますの」


 店主がこれ見よがしの嘘泣きをした。


 何か急に饒舌になったな、めっちゃ怪しい。 


「それは信心深いことだな」


 俺は適当に相槌を打つ。


「いいえ、とんでもございません。そういう訳でございますから、是非、ナイト様のような聡明なお方にこの子たちを買って頂けると、私も一つ神様にご奉仕ができて嬉しいのですけれど……」


 そう言って、店主は二人に憐憫の目を向ける。


 先にも『鑑定』した通り、この店主がろくでもない人間であることは先刻承知だ。本当に慈悲の心から、こいつらを安くしているはずがない。


 俺は双子を横目で見て、『鑑定』する。



 トカレ・・・マダムカッソーの奴隷で双子の姉。古の『魔族横溢』の時代、地上を席巻した魔物と様々な種族が混血して発生した通称『禍つモノ』の末裔。基本的に気の強い性格だが、それは妹のシフレを守ろうと気を張っているためであり、本当は甘えさせてくれる誰かが欲しいと心の奥底で願っている。戦闘力はほぼゼロに等しいが、潜在的に闇の魔術の適性がある。

 冒険者に殺された両親が、死の寸前に命と引き換えに放った強力な呪いにより守護されている。そのため、彼女の身体を害する者は、誰であれ相応の報いを受ける。


 シフレ・・・マダムカッソーの奴隷で双子の妹。古の『魔族横溢』の時代、地上を席巻した魔物と様々な種族が混血して発生した通称『禍つモノ』の末裔。基本的に人見知りする性格だが、一度心を許した者には深く依存する傾向にある。戦闘力はほぼゼロに等しいが、潜在的に闇の魔術の適性がある。

 冒険者に殺された両親が、死の寸前に命と引き換えに放った強力な呪いにより守護されている。そのため、彼女の身体を害する者は、誰であれ相応の報いを受ける。


 さらに強化された特殊能力の効果によってプライバシーがだだ漏れになる。


 つーか、なんかこの双子、いらないオプションがついてるんですけど。


 店主が隠しているのはこれか。


「そうか。では、店主。お前の言い分を総合すれば、この双子は、魔族の末裔であるということ以外は何の瑕疵もない、買い得な奴隷というか?」


 俺は何も気づかないふりをして、さも乗り気な口調でそう言った。


「ええ! おっしゃる通りです。この国の者ならいざしらず、もし他の外国のお客様が私の店にいらっしゃったとすれば、真っ先に買っていかれる物件だと思いますわよ!」


 店主は自身満々にそう言い切る。


 よし。


 これで店主の口から『嘘をついた』という言質を引き出せた。


「――戯言を申すな!」


 一転、憤怒の表情になった俺は、腰からありもしない剣を抜き放つ仕草をする。


「お、お客様、一体何を!?」


「外国人ならば容易くたばかれるとでも思ったか! この娘たちにいかがわしい闇の呪いがかかっていることくらい、見通せぬ我ではないぞ! この詐欺師め! 事と次第によっては、いかに外国の地であれ、貴族の誇りにかけて、お主と争うこともやぶさかではないぞ!」


 狼狽して一歩退いた店主に俺は、罵声を浴びせかけた。


 さらに用心棒のパぺットを前に出して、店主を威圧する。


「も、申し訳ありません! どうか。どうかご容赦のほどを」


 店主が平身低頭する。


「いいや。まだ許せぬな! 貴族を騙そうなどと、これは外交問題にしても良い事案なのだぞ!」


「……どうか! お詫びの金子を包みますので!」


 店主がさらに土下座せん勢いで姿勢を低くした。


「――ふむ。お主の誠意はわかった。まずは、なぜこのような真似をしたのか、我に説明してみよ」


 俺はそこで語気を緩めた。


 もう少し粘ればさらに利益を引き出せる可能性もあるが、あんまり店主を追い詰めるのは怖かった。


 店主が開き直って、『貴族といえども外国人だし、ぶっ殺せば隠蔽できるかも』とか考えて、さっきのダークエルフとかを使って武力で反撃に出られたら、パペットの俺じゃ対抗できない可能性が高いからだ。


「聞いてください。私とて好きでこのようなペテンを繰っている訳ではないのでございます! 私もまた、別の商人に騙された被害者なのです。仲卸の奴隷商人からまとめて買い付けた木っ端奴隷の中に、まさかこのようなゴミが紛れ込んでいるなんて……」


 店主が双子に憎しみと侮蔑のこもった視線を向ける。


「それを見極めるのが店主の仕事であろう」


「そう申されては返す言葉もございません。私も商売柄、呪いには気を遣っている方ですが、この双子にかけられた呪いは見た目にはわからぬ種類のそれらしく、ナイト様のような魔法の目を持たない私めには見抜くことができませんでした」


 どうやら、店主は俺が魔法で双子の正体を見破ったと思っているらしい。


 実際は魔王の特殊能力なのだが、まあ似たようなもんか。


「なるほどな。それで、ハズレを引かされたお前は、何とかしてそれを転嫁できる人間を探していた。外国人の我はうってつけのカモだと踏んだ訳だ」


 同じ国の貴族などに売りつけると、報復が怖いし、商売上の信用に関わる。


 しかし、外国人相手ならばその心配は薄いという訳だ。


「勘弁してくださいまし……。だって、この汚らわしい魔族共は、置いておくだけで金がかかる、本当に何も使えない役立たずですのよ。身体を売らせようにも、スケベ心をもった男が近づいただけで、触れもしないうちからナニを腐らせてしまう始末。かといって、身の周りの世話をさせようと思えば、呪いを盾にサボり倒して、ろくに言うことを聞きません。鞭で教育することすらできやしないし、呪いを解く見積もりをしてみれば、それこそ身代を潰すほどの高い金額を吹っかけられ。本当にもうお手上げですわ」


 店主はペラペラと不満を並べ立て、肩をすくめた。


「それは難儀なことだな。いっそのこと、奴隷を解放してしまえば良いのではないか?」


「そうできたらどんなに良いことか。ナイト様もわかっていておっしゃっているのでしょう? いかに奴隷契約といえども、契約は契約。立派に魔法で保護されておりますから。双方の意思に基づかなければ、契約は破棄できません。もっとも、普通は、奴隷から解放してやると言われて拒否するものなどいないのですがね。この極潰しの双子は、黙っていても腹が膨れる今の立場を捨てる気はないのでしょう。私が買い受けて引き継いだ奴隷の契約には、『何でも言うことを聞く代わりに、生きるだけに必要な糧は与える』とありますからね。実質的には何の命令もできないのに。本当に金食い虫以外の何者でもないですわ」


「故郷の村から遠く、知り合いもいない地に無一文で放たれるよりは、飼い殺しを選ぶということか。賢明だな」


 俺は皮肉っぽく呟く。


 うーむ。


 エロいことができないのはともかく、意に背く雑用もさせられないんじゃあ、買っても意味ないよなあ。


 でも、せっかくの美少女奴隷が安く手に入りそうな機会だし、このまま手ぶらで帰るのも嫌だ。


「小賢しいだけですわ……。では、ナイト様。ただ今、お金をお包みしますから。それで、この場はどうぞお納めください」


 意気消沈した店主がそそくさと店の奥に引っ込もうとする。


「いや待て。その前に、件の双子の娘をここに呼べ。我は話をしてみたい。場合によっては、そのただ飯喰らいの双子を、我がタダで譲り受けてやってもいい」


 俺は尊大に言い放つ。


 とりあえず事情を聞けば、何か働く気にさせるきっかけを見つけられるかもしれない。


「本当でございますか! どうぞどうぞ! ――ほら、あんたたち。新しいご主人様になるかもしれない御方だよ!」


「……」


 姉妹は店主の発言を無視した。


 正確に言えば、妹の方がこっちにやってこようとしたが、姉がそれを視線で制した。


「トカレとシフレよ。その気骨は認めるが、このまま反抗していても、お前たちの生活に未来はないぞ。我ならば、この店主よりはマシな生活を与えてやれるやもしれん。機会を逃すのは愚か者のすることだ」


 双子が目を見開いた。


 店主から聞きもしないのに、俺が二人の名前を言い当てたことに、驚いたらしい。


 姉のトカレが俺の方を睨み付けながら、妹のシフレの手を引いて、ゆっくりと鉄格子の前にまでやってくる。


「では店主。金を用意してきてくれ」


「はい。少々お待ちください」


 それとなく店主を追い払い、俺は牢獄に近づいて、姉妹と向き合った。


「やあ。二人とも。ご機嫌いかがかな?」


「良い訳ないでしょ」


 トカレがぶっきらぼうに吐き捨てる。


「それもそうだな。お前たちは、父親が命を賭して発動した呪いで身を守られているのに、なぜ奴隷をやっている? あ、今じゃなくて最初に奴隷にされた時の話な」


「――どうして?」


 トカレの背中から顔を覗かせたシフレが、消え入りそうな声で呟いた。


 呪いのいきさつを知っているのが不思議なのだろう。


「我には力があるからな」


 俺はそう答えて優しく微笑みかけてやったのだが、シフレはすぐに姉の背中に姿を隠してしまった。


「……そこまで知ってるなら大体わかるでしょ。私たちの村を襲ったならず者の傭兵が、私たちのお父さんとお母さんを手にかけただけじゃ飽きたらず、村の他の人たちを殺すって脅されたからよ」


「そんな状況なのに他人の心配か?」


「お父さんは村長だったら。私たちもその娘として、村の人たちを見捨てるなんてできる訳がないわ」


 それなりに義理堅い性格のようだ。


 約束をすれば守ってくれそうではある。


「呪いは意図的に発動したり、解除したりできるのか?」


「なんであなたにそんなことを教えてあげなきゃいけないの?」


 トカレは回答を拒絶して、警戒したように目を細める。


「確かにな。だが、……このままあの店主に飼われていても老いて死ぬだけの空しい人生になるだろう。何か将来の夢とか、望みとかはないのか?」


 にべもない反応に俺は苦笑しつつ尋ねる。


「そうね……。復讐したいわ。私たちの両親を殺した奴らに」


「村のみんなを、探したい」


 しばらく間を置いてから、二人はそれぞれぽつりと呟いた。


「なるほどな。だが、敵を探すにしても、仲間を探すにしても、お前ら何か手がかりはあるのか?」


「いいえ。顔は覚えているけれど、それ以外のことは……。あ、でも、仲間とダンジョンがどうとか話していたから、奴が冒険者ということだけは確かよ。きっと、国から臨時的に雇われた傭兵だったのね」


 トカレは絞り出すように答えた。


「……」


 シフレは言葉なく首を振る。


「ふむ……。だったらちょうどいい。実は我は迷宮の近くで冒険者相手に、商いを営んでいるのだがな。そこで店番として働かないか?」


「いきなり何を言い出すのよ」


 トカレが面を食らったように目を見開く。


 シフレもきょとんとしている。


「なに、簡単な話だ。お前らが店番をやっていれば、たくさんの冒険者と知り合える。いずれお前たちの敵や知己に遭遇するかもしれない。仮に遭遇しなくても、情報を集めることができる。どうだ? 悪くない話だろ」


「確かに、そうかもしれないけど――。シフレ、どう思う?」


「私は、良い話だと、思うよ。でも、私は、お姉ちゃんの決めたことに、従う。お姉ちゃんと一緒なら、私はどこにでも行くよ」


「そうねえ。どうしようかしら、あんたの話が言う通りなら、ありがたい話だけど、何か胡散臭いのよねえ」


 トカレが逡巡する。


 俺がパペットに憑依しているのに気が付いているのか。それとも、俺の性格自体に疑念を抱いているのか。


 後者だとちょっと傷つく。


「そもそも、奴隷を買いに来るような奴に胡散臭くない人間がいるのか?」


「……それもそうね」


 トカレは複雑な表情で頷いた。


「どっちにしろ、お前らは呪いと奴隷の契約に守られているんだから、今より悪くなることはないじゃないか」


 沈黙が流れる。


「――わかったわ。あんたの店で働いてあげる」


 やがて、トカレが決然と口を開いた。


「……よろしく、お願いします」


 シフレが静かに頭を下げる。


 よっしゃー。


 店番ゲットー。


「じゃあ、決まりな。――店主! 店主!」


 俺は手を叩いて呼びつける。


「は、はい。ただいま」


 店主が巨体を重そうに揺すりながら戻ってくる。


「喜べ。この二人を我が引き取ってやることにしたぞ」


「本当でございますか!? ――その。無料で?」


 店主が信じられないとでもいうように声を震わせる。


「ああ」


「ありがとうございます! これはお詫びの金子でございます!」


 店主が喜色も露わに袋に入った硬貨を差し出してくる。


「ふむ……。ありがたく受け取っておこう。では、早速、奴隷契約を引き継ぐぞ。準備をして参れ」


 中身をちら見する。


 大した額ではない。


 店主としては、この値段で一生モノのお荷物を処分できれば万々歳だろう。


「はい! ただ今! それはもう雷の速さで準備致します!」


 俺の気が変わってはまずいと思ったのか、さっき戻ってきた時の足取りからは考えられない機敏な動きで奥にはける。


 その後、契約の巻物みたいな羊皮紙が出てきて、店主の名前を削ってぞこに俺の名前を書き込んだり、奴隷を縛るパスワード的な呪文やなんやを教わったりの事務手続きがあり、それが終わると、俺は二人を連れ、にこにこ顔の店主に見送られながら外に出た。


「じゃあ早速、俺の店にいくぞ」


「ええ。そういえば、あんたは外国人なのよね。どこの国? ダンジョンの近くに店を構えられるくらいだから、相当な大店なのでしょう?」


「まあ。行けば分かる」


 あれこれ質問をぶつけてくるトカレを、俺は適当にいなす。


 もう契約は済ませたので、機嫌を取る必要もない。


 これ以上外にいても、偽装がバレる危険性が増えるだけなので、さっさとダンジョンに戻ることにする。


 先ほど入国した時と同じ検問の兵士に、また通行税を支払い、ダンジョンに潜る。


「だ、ダンジョンで行くの? 大丈夫なんでしょうね。言っておくけど、私たちが死んだら、あんたも死ぬんだからね!」


 トカレが震える声で虚勢を張る。


 シフレはぎゅっと姉の袖を握った。


 お化け屋敷に入って強がる女の子の反応みたいでかわいい。


 やっぱり、おばはんを買わなくて良かった。


「大丈夫だ。すぐ着く」


 冒険者の流れが途切れる時を待って、俺は一旦憑依を解く。


 人間の身体に戻り、扉をパペットたちがいる場所に接続し、開け放った。


「ちょっ、なに!? いきなり、扉が……」


「魔王ジューゴの店にようこそ。ここが今日からお前たちの職場だ。そして、そこで目を閉じている人間が本当の俺だ」


 俺は再びパペットに憑依し、二人を中に導く。


「な、な、な、な、ま、まさか、あ、あんた、ま、魔王だって言うの!? 聞いてないわよ! そんなこと!」


 トカレが髪を振り乱し叫ぶ。


「お、お姉ちゃん……」


 シフレが涙目で、トカレに抱き着いた。


「嘘は言ってないだろ? ここ以上、ダンジョンに近い店はないからな!」


 狼狽する二人を尻目に、俺はニヤリと笑い、飄々とそう答えた。

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