第15話 光神教

「では、やはりこいつが――」


「あの鮮血の魔王、第一の寵臣……」


 白銀の鎧を着た兵たちのざわめきが宿泊客全体に伝播していく。


「して。ティリアよ。今日はどのような用件でここに来たのじゃ」


「どのようなもなにも、ただのギルドからの調査依頼だ。新たに出現した魔王の動向を探るのも、使徒としての重大な責務の一つだからな」


「白々しいことを。ジューゴのような三下の魔王にほいほい出張ってくるほど、使徒の名は安くはあるまい」


 なんかついでな感じでディスられた。


「もちろんそうだ。しかし、三下の所に、上級の魔王にも匹敵する力を持つお前が身を寄せているとなれば話は変わってくる。勇者アランはお前たちに殺され、賢者グリシナですら一線を退いた今、お前を監視するのは私しかいないのだからな!」


「ならば取り越し苦労じゃったな。安心してくと帰るがよかろう。わらわはお主らとの約定通り静かに暮らしておるよ。あれから冒険者の一人にも手はかけず、わらわ自身のモンスターとしての性分にも耐えて、いじらしく一人の男の生気で満足しておるのじゃから。のう、ダーリン?」


「誰がダーリンだ」


 抱き着いてくるシャテルを全力で引き離す。


 あれだろ?


 これって要はシャテルの個人的な事情のとばっちりだろ?


「ともかく、わらわを疑うのなら、お主の得意な『真実の目』でも何でも使って、存分に真偽を確かめてみるがよかろう」


 シャテルはそう言って、堂々と胸を張る。


「……ふむ。どうやら嘘はついていないようだな。だが、そこのダーリンはどうかな? シャテル自身が手を下さなくとも、もし悪逆な魔王を支援しているならば、許しておく訳にはいかないぞ」 


「ダーリンじゃない。ジューゴだ」


「ではジューゴ。私は、ギルドの意向にのっとり、冒険者に仇なす魔王とそのダンジョンを調査し、可能ならばその討伐もするように言われている」


「それならば問題ない。俺は『冒険者に仇なす』、ではなく『冒険者を救う』魔王だからな。俺が今までに殺したのは魔物だけで、その分だけダンジョンは安全になっている訳だし、さらにはこうして冒険者に有益なサービスを提供しているんだからな」


「だが、慈善事業という訳ではあるまい?」


「俺と冒険者、お互い納得の上で適切な利益は得ている。もし、俺の行動が許されず討伐されるべきだというのならば、この世の全ての商売人は滅ぼされなければならないということになるな」


「なるほど。しかし、なぜダンジョンで商売をしようと思ったのだ?」


 ティリアは納得したように頷き、次の質問を繰り出す。


「特殊な仕入れルートがあり、ダンジョンでも利益を上げられるようなサービスを提供できるという自信があったということもあるが、なにより俺には正業があり、そちらの方もおろそかにする訳にはいかないという理由が大きいな。他の魔王のように四六時中魔物を指揮して抗争に明け暮れている時間はないんだ」


 特に嘘をつく理由もないので俺は正直に答えた。


「そうか……よしっ。話の筋は通っているようだな。皆、剣を収めよ」


 ティリアは一瞬の間を置いた後、快活に配下の戦士たちに命令を下す。


 白刃が鞘に納められ、弓の弦は緩み、緊張していた周囲の空気は一気に霧散する。


 何だ宗教キチかと思ったら結構物分りがいいじゃん。


 鑑定で見た通り、ティリアは本当に公平な人物らしい。


「ですが、ティリア様、シャテルを討つ千載一遇のこの好機を逃す手はないのではありませんか?」


 ティリアの横に侍っていた小柄な少女が、控え目に疑問を呈した。


 栗毛色のおさげに、小ぶりな唇と、つぶらな瞳。鼻は少し低いが、その不完全さがまた、彼女の素朴なかわいらしさを引き立てていた。


「そうです。ここで奴を見逃せば、ただでさえティリア様が自らの命かわいさにシャテルめを見逃したと誹謗するメリダ派の連中を、ますます勢いづかせることになりますぞ」


 俺と同じくらいの年齢の男が少女の意見を肯定する。


「……それは違う。今ここでシャテルを討つということは、あの時の私の行動は誤りだったと認めることになる。しかし、ここで敢えて奴を許し、かつては冒険者を震え上がらせた極悪の魔物ですら、改心すれば世界の利益になりうるとが証明されれば、それはすなわち慈悲深き聖光神の御心を示す偉業となるであろう」


「さすがはティリア様です……浅慮な疑問を呈した私をどうかお許しください」


 さきほど質問した小柄な少女が、目を輝かせてティリアを仰ぎみる。


「気にするな。……それにな、ノーチェ。私は思うのだ。メリダ派のように魔王と接触を持った人間すら殺していくようなやり方が本当に有効だというのならば、かつて異端狩りが隆盛を極めたかの暗黒時代にとっくの昔に魔王は滅ぼされているはずではないか。しかし、現実は全くそうなっていない。それどころか、『真の魔王』は生ける物の欲望を取り込み、地上の者の分裂を図り、勢力を伸ばしている始末だ。ならば我々もまた、協力的な魔王は取り込んでいかねばならぬのではないか」


 時に身ぶり手ぶりを交え、至高の音楽にも似た完璧な抑揚でティリアは言葉を並べ立てる。


 いつの間にか説教壇と化した俺の宿では、信者でないはずの冒険者たちまでもがティリアの演説に聞きほれていた。


「ティリア様のご高説、もっとも。もっとも。我ら配下、もはや全く異論はございません。しかし、メリダ派の連中の盲目にして暗愚、一の事実を十にし、十を百に誇張して、ティリア様を背教者と罵ること必定。せめて奴らの口を封じるだけの成果は持ち帰らねばなりませぬ」


 騎士の中でも年長者らしい白い髭を生やした男が、そう忠言する。


「うむ。モレクの言うことにも一理ある。――では、こうしよう。私はここに、偉大なる聖光神の教会を築こうと思う。そして、神の僕を一人常駐させ、魔王の行動を見張らせると共に、迷宮に身を投じる献身なる我らが信徒の逃れ場とするのだ。さすればこの迷宮はもはや忌まわしき魔の牙城ではなく、底知れぬ闇間に福音を述べ伝える勇敢なる信徒たちの、輝かしき隅の置き石基盤となるであろう!」


 ティリアが一方的にそう宣言する。



 え。何それ怖い。



「おお!」


「それは素晴らしい!」


「ふむ。闇の信徒どもが総本山と崇めるダンジョンに教会を築くことができれば、確かにこれは誰も成し遂げることのなかった成果といえましょう。メリダ派の連中も口をつぐむに違いありません」


 騎士たちが万丈の拍手でティリアを支持する。


 なんか勝手に話が進んでるんだけど。


「おいおい。ちょっと待ってくれ。俺の許可なしに話を進めるな。大体、俺の店はいっぱいいっぱいなんだ。教会を立てるスペースなんてねーよ」


「ならば作るがいい。魔王は自由に迷宮を創造できるのであろう? なに、大したものは要求しない。とりあえずは礼拝所と、礼拝の前に信徒が身体を清めるために入浴する禊の場さえあれば良い」


「そういう問題じゃない。俺は商売人だ。取引になら応ずるが、一方的な押しつけは矜持にかけて拒絶する。俺に教会を作らせたいなら、それ相応のメリットを示せ」


「なっ。せっかく、ティリア様が寛大に申し出てくださっているというのに、何と失礼な物言いを――」


「良い。ノーチェ。メリットならある。まず、我らがギルドにお前たちが無害、むしろ冒険者にとって有益であると報告することで、少なくとも多くの公的な機関からの討伐の対象にされにくくなる。さらに、教会に訪れる我らの信徒が増えれば、必然的にお主らの儲けも増えるであろう」


 ティリアは、ノーチェの反駁を制して続ける。


 確かにそれはメリットだ。


 儲けが増えるのも嬉しいが、それよりも安全度が増すというのはもっと嬉しい。


 このまま揉めて殺し合いになってもシャテルが勝てる保証はないし、仮に勝ったとしたらもっと強い敵が送られてくるに違いない。


 それなら、ここらへんで妥協するのも悪くないだろう。


「……わかった。だけど、俺は客の全てを平等に扱う。あんたらの信徒だろうが、他の神を信じていようが、無神論者だろうが、区別はしない」


「それはむしろ、歓迎しよう。全ての生きとし生ける者に等しく光を分け与えることは、聖光神の御心に叶う行いだ」


「後、俺らから冒険者を襲うことは絶対にないけど、向こうから襲ってきたら躊躇なく反撃する。その結果冒険者が死んでも、文句は言うなよ」


「自衛は我らの教義でも認められている。ただし、窃盗などの些細な罪をとがめだてして死刑に処すような真似は許さん。お前の要求は以上か?」


「ああ」


「では、私からも条件を出そう。求めるのは、教会と禊の場の設置。また、常駐する神の僕への食糧等の必要物資の供給である」


「わかった。それで? 具体的に礼拝所と禊ぎ場ってどんなの? イメージしないと造れないんだけど?」


「礼拝所には何も必要としない。我らが信徒は偶像へは祈らないからな。禊の場には、滝などの『天から落ちる水』があれば望ましいが、常に清潔な水が湧く泉があれば事足りる。迷宮もあるのだから造作もないことだろう?」


「いやー、造作はあるんだけど……」


 床に落ちた水はまたトラップの大穴にはけさせるとして、とりあえずはプールのシャワーみたいなやつを思い浮かべてみる。


 ・迷宮(任意構造物)・・・その創造に『真の魔王』は、三千ルクスを要求する。


 次に、スーパー銭湯みたいな水が常に入れ替わる形式の風呂を想像してみる。


 ・迷宮(任意構造物)・・・その創造に『真の魔王』は、六千ルクスを要求する。

 さらに高くなった。


「んー。礼拝所はともかく、やっぱ今すぐに常時水が流れるような禊の場を作るのは無理だな。魂が足りない。俺がもうちょっと魔物を狩ってルクスを稼げるようになったら、ちゃんとしたのを設置するから、それまでは普通の浴室の水を定期的に入れ替えるっていう形式じゃだめかな?」


「仕方ない」


「じゃ、そういうことで、シャテル。頼む。俺が空っぽの浴槽をつくるから、ちょくちょく水を供給させてやってくれ」


 俺は、初めての共同作業的なノリで、シャテルとティリアたちとの融和を図る意図も含め、そう提案する。


 前に水の魔法を使ってたし、これくらい余裕だろう。


「いやじゃ」


 シャテルがぷいっとそっぽを向く。


「なに?」


 ティリアが眉をひそめる。


「絶対にいやじゃ! わらわはジューゴの下僕ではない! 大体わらわが何で主の敵であったこやつらのために働かねばならぬのじゃ! わらわは契約を守りこそすれど、ティリアに媚びる気など毛頭ないわ!」


 ええー。さっきはダーリンとか言ってたくせにそれはないだろ。


 まあ、シャテルにも色々複雑な思いはあるんだろうけど。


「それは、我々の提案を拒否するという解釈でいいか?」


 ティリアたちがまた一気に武装を展開し、室内に剣呑な空気が満ちる。


「待て待て! シャテルの意思を俺の意思と混同するな。ティリアがシャテルと契約を交わしたように、俺もシャテルと衣食住の保証を条件に用心棒を頼んでいるだけで、ダンジョンの決定権はこいつにはない!」


「ふむ。では、魔王ジューゴよ。お前が責任を持って、禊の場を用意するということだな」


 ティリアが鉄球をぶんぶん振り回しながら、有無を言わせない調子で俺に迫ってくる。


 やばい。


 どうしよう。


 もちろん、時間がある時はポリタンクかなんかを使って俺が水を運んでも良いのだが、シャテルが非協力的な以上、俺がいない時間帯のフォローができない。


 俺のマンションの水場から直接ホースで水を引くか? 


 できなくはないが、邪魔くさすぎるし、途中でホースを踏んづけられたり、外れたりしてトラブルが起きたら困る。


 下手をすれば、俺のマンションやダンジョンが水浸しになってしまう。


 ホースを通すために俺の部屋から禊ぎの場までの扉を開けっぱなしにしておくのも防衛上不安だし。


 ダンジョンを作ろうにも、残りは五百ルクスちょいしかない。


 最低二部屋作るとして、200ルクスは消費するとなると、三百ルクスでなんとか簡単な水道設備を整えなきゃいけない訳だが……。


 どう考えても無理だろ。


 確か簡単な水洗便所でもありえないくらいの魂を要求されたのに。


 構造物の線は捨てよう。すると、後に残るのはモンスターか。


 ゴブリンに水を運ばせるか? 


 筋力や知能的に大量の水を輸送するのは厳しそうだし、あんまりあの生物をマンションの方には入れたくない。


 他に何かいい魔物はいないか――。


 俺は記憶を手繰り寄せる。


 そしてぼんやりと浮かんでくる青いシルエット。


 いるじゃないか。


 水道管代わりにするのにぴったりな奴が。


「わかった。今から準備するから、十分だけ待ってろ」


 俺は不敵に笑ってそう宣言した。

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