第14話 順調
それから一週間くらいはルーティン的な日々が続いた。
学校から帰ってくるまでは、シャテルに店をやってもらい、帰ってきて数時間はゴブリン隊を指揮して魂を稼ぐ。それが終わったら、商売に勤しむ。
そんな感じだ。
だが、変化も少しはある。
まずは、ゴブリンの待機部屋の位置を、倉庫と直結する位置に変更し、さらに新たに扉(ダンジョン転移あり)を50ルクスで追加した。客の来る扉とゴブリンの活動する扉を分けるためだ。
さらに、戦力を微増強した。50ルクスでゴブリンを5体追加し、さらにもう50ルクスで魔法を使えるゴブリンシャーマンを創造した。魔法といっても、些細な傷を治すことのできる簡単な回復魔法しか使えないのだが、それでもちょっとした負傷なら気にしなくてもよくなったのは大きい。
おかげで検索の効率は上がって、魂の方の収入は一日平均200ルクスになった。
そして、店の方は、100ルクスで寝室を一部屋増やした。
まだまだ客足が安定しないものの、昨日あたりから確実に来訪者数は増えているからだ。あのジャンとかいう冒険者たちをきっかけに、徐々に俺の店の噂が広まりつつあるらしい。
スキルは、『鑑定』を三段階強化した。
一回の強化コストは、スキルの取得時のコストと同じ、三百ルクス。つまり、消費したのは九百ルクス。
さらに、五百ルクスで新たに『身体能力強化』も取得してみた。
「魔王。これをくれ。支払はこれで問題ないな」
店番をしながら、ぼーっとそんなことを考えていると、人間の男がモンスターの牙を差し出してくる。
男の出した品物を『鑑定』する。
・サーベルタイガーの牙・・・中サイズのサーベルタイガーの牙。やや良質。鉄よりも硬く、一般的には加工して槍などの穂先に利用されることが多い。市場での取引価格の平均は――
必要な情報だけ抜き出した俺は買い取りを決める。
さすがに三段階強化すると、得られる情報の質が全然違う。
「いいだろう。最後の一つだ。あんたは運がいい」
俺はそう言って、ナイフを渡す。
男は布団で胡坐を掻いている仲間の下に戻って行く。
「さっそく試し切りしてみるか」
「じゃあ、この袋を切ってみろよ」
「よしっ。切れたぞ。……美味いな」
「これは……油で揚げているのか? 何て贅沢なんだ」
「悪くはないが、俺はもうちょっと濃い味の方が好みだな」
冒険者たちは、ポテチの袋を囲んでわいわいと話し始める。
冒険者たちを観察していると、その好みも段々と分かってきた。
俺は気づいたことがある度、スマホにメモをして簡単なレポートを作り、思考を整理していた。
ざっと眺めてみる。
・武器は大したことのないものでも売れる。
やはり、冒険者にとっては生命線の武器はいくらあっても困らないものらしく、ナイフ程度ものでもよく売れた。俺的にはしょぼい安物だが、冒険者の目には結構質のいい品に映るようだ。
・食料品もよく売れるが、種族によって味覚がかなり違うので、特定のヒット商品はない。
しかし、冒険の疲労からか、全体に濃い味のモノが好まれる。
種族の傾向はまだまだサンプル数が少ないために要調査だが、今分かっているところでは、獣人は人間よりもより濃い味を好むようだ。
おそらく、その高い身体能力を維持するために、新陳代謝や発汗量が人間よりも多いからだと推測している。
・塩や砂糖は思ったよりも売れない。
シャテルと冒険者の話を総合すると、なんでも、ラスガルドにはダンジョンを利用した輸送システムが公式ではないが確立されており、生活必需物資である塩は大量に流通しているらしい。
砂糖は塩よりも貴重だが、それでも当初考えていたようなボロ儲けはできないようだ。
考えてみれば、魔王と人間側が結託すれば、扉の接続先を自由にいじって、遠距離の国家間の輸送コストをほぼゼロにもっていける訳で、外聞は悪くてもこっそり癒着する人間が出てこないはずはない。
ダンジョン『で』商売している魔王は少なくても、ダンジョン『を』商売に利用している魔王は結構存在するということだろう。
順調にいっている。
このまま地道に稼ぎを重ねれば、その内、女の子の奴隷くらいは買えるんじゃないだろうか。
俺がそんな期待を胸に、スマホを待機モードにした瞬間、扉が勢い良く開いた。
客か。
「いらっしゃ――」
顔を上げた俺の視線の先にあったのは、人の姿はなく――棘のついた巨大な鉄球。
「ディメンジョンウォール!」
俺が目を閉じるよりも早く、シャテルの詠唱が聞こえた。
鉄球が見えない壁にはじかれるように地面に落下する。
宿泊客たちが驚いて壁際に避難した。
「な、なんだ!?」
俺の疑問に答えるように完全武装した十人程の人間が中に踏み入ってくる。
遠慮なく布団を足蹴にし、抜刀し、弓を引き、杖を構え、バリバリの戦闘状態だ。
男もいれば、女もいて、その年齢層は幅広い。
「さすがは『純潔のシャテル』。腕は衰えてないようだな」
そう言って、扉の奥から一人の女が進み出る。
天使のモチーフをあしらった白銀の鎧と兜を着て、手には太い鎖を握っている。
その白銀よりも鮮やかな銀髪は、決して明るいとは言えないダンジョンの中でも月のごとく輝いていた。
長い睫毛、太目の眉に、気の強そうな切れ長の目、整った鼻梁――その容姿を一言で言い表せと言うなら――
(『くっ殺』って言いそうな女騎士キター!)
俺は心の中でそう叫んで、目の前の女を『鑑定』する。
・サント・リラ・ティリア・・・聖光教団 オプディムス派 第三使徒。裁きの天使の祝福を受け、あらゆる光の魔法を使いこなし、人智を超えた膂力を有する。性格は苛烈にして公明正大。弱気を助け、強気をくじく義侠心がある。幾多の魔王を屠ったその実力と、開けた性格故、民衆からの人気は高いが、地上の教会の権威には従わず、自らの解釈で光の神の意思を実現しようとするその姿勢を、破戒と捉える同教者もいる。
なんだかよくわからないけど、強そう。
「残念ながら人違いじゃ。わらわはもう『純潔』ではない故な!」
シャテルはそう言っておどけると、俺の腕を取り、その双丘に押しつけてくる。
「ほう……」
女騎士――ティリアが、侮蔑とも感心とも取れるようなトーンで眉を上げる。
「知り合いか?」
俺は顔を引きつらせ、シャテルの顔を見る。
「まあ、知り合いといえば知り合いじゃの。なんせ、奴はわらわの主を殺したパーティーのメンバーの一人じゃから」
シャテルはあっけらかんとそう言い放ち、俺を守るように一歩進み出て、ティリアと対峙した。
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