第10話 店舗設計(2)

 宿主としてシャテルといつぞやのゲームのようなくすぐり合いをして、布団の使い心地をたっぷりと確かめた俺は、仰向けに横になっていた。


 シャテルは俯せの形で俺の胸の辺りにのっかっている。柔らかい。


「――それで、商売するのに都合のいい扉の接続先なんだけどさ。どうすればいいかな? ある程度人が来るとこに接続しないと商売になんねえし、かといって他の魔王のダンジョンには勝手につなぐ訳にはいかないし」


 商売とはいえ、これから俺がしようとしていることは間接的な冒険者の支援に当たるので、冒険者を集めてぶっ殺そうとしている魔王にとっては、完全な利敵行為としてとらえられるはずだ。


「ふむ。そうじゃな。現状、ジューゴの言う要件を満たすのは、『始祖なるダンジョン』の他なかろう」


「なんだそれ」


「『真の魔王』が創り出したダンジョンじゃよ。全ての始まりにして、終わり。未だいかなる者も踏破することが敵わぬこの世の謎じゃ。あのダンジョンなら、どの魔王が扉を接続しようと咎められることはなかろう」


「ふーん、そのダンジョンには冒険者は多いのか?」


「当たり前じゃ。何を隠そう始祖なるダンジョンは、ラスガルドに存在する主要大国全ての地上に、その大穴を開いておる。故に、全ての者は始祖のダンジョンの入り口から、冒険を始めるのじゃ」


「わざわざダンジョンの方から、大都市に入り口を作ったのか?」


「逆じゃよ。大穴に合わせて国ができたんじゃ。今でこそ冒険者たちはダンジョンと対等に渡り合っておるが、ダンジョンができた当初は『真の魔王』の方が圧倒的に地上の者に対して優勢でな。穴からモンスターが溢れることもあったんじゃが……」


「ああ、もういい。何となくわかった。はじめはモンスターへの対処をするためにできた小さな村が、商人とか冒険者が集まって徐々に発展していって、いつしか大国になった、パターンな」


 ラノベとかゲームとかでよくあるお決まりの設定だ。


 ついでに言えば、冒険者側が盛り返して焦った『真の魔王』が、地上の人間の切り崩しと戦力増強を図って俺たちのような『魔王』を任命した設定にすれば、完全にゲームのプロローグである。


「その通りじゃが――、ジューゴは察しが良いのか悪いのか、ようわからん奴じゃのお」


「あふん」


 シャテルはそう言って俺の脇を人指し指でいじってきた。やめてよね。敏感なのよ、そこ。


「ま、ともかく、今ではその大都市にある大穴を通じて多くの冒険者がダンジョンにやってくる。ジューゴたちのような普通の『魔王』は、各々の戦力に応じて、始祖なるダンジョンの各階層に自身のダンジョンを接続し、冒険者を招き入れるのじゃ。例えて言えば、始祖なるダンジョンは大樹の幹。ジューゴたち普通の魔王のダンジョンがその枝葉という格好になろうかの」


「『真の魔王』以外の魔王が、任意の地上に直接入り口をつくることはできるのか?」


「それは自分で試してみるがよかろう」


 シャテルが気怠そうに欠伸をする。


「それもそうだな」


 とりえあえず、日本の反対側のブラジルに接続を考えてみるか。


 ・迷宮の入り口(任意構造物)・・・その創造に『真の魔王』は、十京六千五百兆七千八百億四千五百五十九万七千五百五十ルクスを要求する。


 ムリゲーやん。もし地球の好きな所に入り口作れたら瞬間移動できて楽しそうだったのに。


「シャテル。何でもいいから、ラスガルドの国名を一つ教えてくれ」


「ふむー。では、退廃の街『ロカグリア』などどうじゃ? お主の好きな娼婦がたくさんおるぞ」


 シャテルは適当にそう言うと、布団から起き上がった。


「いや。俺は女は好きだけど、娼婦はそうでもないよ?」


 病気とか怖いし。でもとりあえずそこでいいや。


 ・迷宮の入り口(任意構造物)・・・その創造に『真の魔王』は、三千兆百十億五千六万三千五百二ルクスを要求する。


 どっちにしろ無理だった。


「結局俺のダンジョンもその『始祖なるダンジョン』につなげるしかないってことか」


 俺も身体を起こして、くすぐりから解放された身体を伸ばす。


「そうじゃろうの。少なくともわらわは普通の『魔王』が地上につながった例を知らぬ」


「じゃあ、次はどこにつなげるか決めないとな。入り口に近ければ近いほど、客がたくさん来るだろうけど……」


 俺はそこで言葉を区切り、持ち込んだ学生鞄の中から、ペットボトルの水を取り出してがぶ飲みした。


「同時に敵もたくさん招くということになるの。というより、ほとんど敵になるじゃろう。真面目に商売を始めようとしておる魔王の存在なんぞ、冒険者はつゆほども想定しておらぬはずじゃから」


 シャテルが俺の言葉の先を継ぐ。


「まあ、ほとんど敵でも、数うちゃ当たるでその内の何人かでも顧客になってくればいいっていう考え方はあるっちゃあるな」


「うーむ。わらわとしては、正直それはやりたくないの。上層に入り口をつけると、人間側はかなり警戒するのじゃ。『たくさんの冒険者が来ても捌けるという自信がある魔王が出現した』と考える。そういう未確認の扉が出現した場合、大抵、国やらギルドやらから雇われた手練れが偵察隊としてやってくることが多い。『ハズレ』を引いた場合、わらわで追い返せるかわからんぞ。それどころか、敗けてしまうかもしれぬ。さすがに命の危険が及べば、わらわとて自らの身の安全を優先せざるを得ぬからの」


 シャテルは腕組みして視線を落とす。


「なるほどな……。まあ、やめとくか。もし上手くいったらいったで、問題が色々多そうだし」


 上層ということは、まだ体力も物資もありあまっている冒険者が多いだろうから、宿屋や食料品の需要は少ないだろう。


 と、いうことは、商人との取引を狙って、ガチの交易品を扱うことになるが、まだ俺は異世界で何が売れるのかをリサーチしてないし、仮に売れたとしても仕入れを俺一人でやる以上、資金的にも、体力的にも、時間的にも、在庫の確保には限界がある。


 大体、異世界の金が手に入っても、それをそのまま地球で換金することはできないのだ。


「それがよい。『急がば回れ』じゃよ」


「そうだなー。とりあえずまずは、『まともに商売をやろうとしている魔王がいる』っていう、評判を広めることが先決だな。そこそこ冒険者がいて、そこそこ困っているような奴に恩を売れれば一番いいが、いい感じのとこはあるか?」


 商売で一番大切なのは信用だとすれば、俺は冒険者の敵である魔王な時点でマイナススタートなのだ。地道にいこう。


「そうじゃのお。下層はそこまで辿り着く冒険者の数が少ない上、もし店にやってきたとしても、そやつらはわらわの主を殺したレベルの強い冒険者である可能性が高い故、避けるのが無難じゃな。となると、中層か。――で、あれば『強欲のるつぼ』が妥当かの」


 シャテルは顎に人差し指を当ててしばし考え込んでから答える。


「どんなところだ?」


「本来なら中層におらぬような珍しく有用なモンスターを配置して冒険者を誘っておるダンジョンじゃ。故に冒険者どもの人気は高いが、中層にしてはトラップの設置数が多く、時たま埒外に強いモンスターも出るからの。偶発的なアクシデント――すなわち、ジューゴが期待しているような、冒険者が窮地に追い込まれることも多かろ」


「ふーん。なんかよさげだな。じゃあそこにするか」


 俺は気楽に頷いた。


 もしダメだったら別のとこを探せばいい。


 ・『真の魔王』は、『扉』の新たなる接続先を受け入れる。


 シャテルのいう、『強欲のるつぼ』とやらに扉をつなぐ。


 これで準備は終わり。


 後は待つだけだ。


 布団の敷いてある部屋に移動する。


 ダンボールの商品棚のスペースを開け、床に胡坐を掻いて、教科書とノートを取り出した。


「なんじゃ。それは」


 シャテルが俺の肩に顎を置いて、手元を見てくる。


「宿題」


 俺はそっけなく答えて、教科書のページをめくる。


「ほう……」


 しばらく俺を観察していたシャテルだったが、やがて興味をなくしたのか、倉庫部屋に戻って本を読み始める。


 その後、時折風呂に入ったり、食事をしたりで休憩を挟みながら、日がな一日、客を待ち続けたが、結局その日は誰もやってこなかった。


 勉強がきりがいいとこまで終わったのをきっかけに、今日の活動の終了を決意する。


「もう今日は誰もこなさそうだから、上に戻って寝る。そういえば、サキュバスにも睡眠時間って必要なのか?」


「別に寝ることもできないではないか、要不要でいえば不要じゃ」


「そうか。じゃあ、適当に店番頼む。もし誰か来たらこれで呼んでくれ」


 俺は荷物をまとめて立ち上がると、シャテルに、500円玉くらいの大きさの物体を投げ渡す。


「なんじゃ? これは」


「防犯ブザーって言ってな。とりあえず、そこの突起を引いてみ」


 俺は促す。


「ふむ」


 ギュイギュイギュイギュイ!


 耳障りな騒音がダンジョンに木霊する。


「うるさいのお! サイレント!」


 音が消える。


「魔法使っちゃ意味ないじゃん」


 と俺は呟くが、それは音にならない。


 シャテルに近づいて、その手をとり突起を元の位置に戻す。


 シャテルが指を鳴らす仕草をした。


 魔法を解除したらしい。


「つまり、客が来たらこれを引けば良いのじゃな」


 シャテルが確認してくる。


「そういうことだ」


 もうちょっとおしゃれなベルみたいなやつにしようと思ったが、このダンジョンから俺の部屋までは結構距離があるので、大きめの音じゃないと俺が気付かなさそうだから、ブザーにした。


 はしごを登り、床に入る。


 まだ、店の準備をしただけなのだが、それなり充実感を覚えていた俺は、心地よく眠りについた。

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