第7話 初戦闘

 旅行用のバックパックに100円ショップの商品を詰め込んで、大穴を降りて行く。


 めんどくさいが、まだ滑車がないのだから仕方がない。


「シャテルー、マジ助かったわー。おかげで見つからずに済んだ」


「ふふん。そうじゃろう。そうじゃろう。ジューゴ以外の気配がしたからの。一応、偽装の魔法をかけておいてやったのじゃ」


「ありがたい。できれば、これからもずっと魔法でその状態を維持してもらいたんだが、可能か?」


「まあ、視覚を偽るくらいなら大した骨折りではないがの。わらわとジューゴは対等じゃ。ジューゴが一つ願いを叶えて欲しいならば、わらわの願いも一つ叶えてもらわねばならぬ」


 シャテルはもったいぶったようにそう言った。


「もっともだな。それで願いとは?」


「うむ。今日一日過ごしてみてわかったのじゃがな。一つのところでじっとしておるというのは、気楽ではあるが、むちゃくちゃ暇なのじゃ! 今日はいまだ客どころかモンスターもやってこぬしの。よって、わらわは何か暇つぶしできるものを所望する」


 確かに、テレビもゲームもネットもない環境でずっと過ごせというのは酷な話だった。


 俺でも一日で音を上げるだろう。


「わかった。なんとかしよう。とりあえず、本とかでいいか? つーか、読める?」


「うむ。読めるぞ。わらわがジューゴのダンジョンの影響下にいて、ジューゴがわらわと意思の疎通を図りたいと考えておる限りはの。じゃが、良いのか。本などは高級品であろう?」


「多分、シャテルの想像してるほどは高くない」


 残念ながら俺の持ってたラノベの類はダンジョンの出現と同時に消滅してしまったので、適当に中古の本を買い漁ってこよう。


 一冊100円とか50円のやつなら結構たくさん買えるだろう。後は、図書館の廃棄本とか。


「そうか。では頼む。――で、ダンジョン経営の方は今日から本格的に活動開始かの?」


「ああ。ぼちぼち始めるよ。まだちょっと準備が必要だけど」


 そう言って、俺はまたバックパックを担いで腰を上げた。


 もう一回部屋に戻って、引っ越した後そのままになっていた余ってるダンボールと、資源ゴミに捨てる寸前だった紐でくくった週刊漫画雑誌の束を穴に投げ落とす。


 そして、裁縫箱を取って、穴に舞い戻った。裁縫箱は、学校の家庭科で使ってるやつだ。


「よっしゃ。とりあえずこれを着てみろー」


 ゴブリンに100均で買ってきた大人用の服を着せる。


 余った袖はばっさりと切り落とし、服の裾を半分に折り返す。その間に半分に切断した週刊漫画雑誌を入れて、裾と服を縫いつけた。背中とお腹に漫画雑誌半分の厚さの干渉材が入った形だ。


 頭に被せるのは、子ども用の紐付き麦わら帽子と、懐中電灯で作った自作ヘッドライトだ。


 これに、包丁や串などの武器をもたせれば――、なんかカチコミにいくヤクザみたいな格好になった。


 その内の一体――俺が憑依する予定のゴブリンには、100均のリュックを背負わせる。中身は、まあ、ライターとか諸々だ。


 とりあえずこれで準備完了である。


「おー、それがジューゴの初めての軍団という訳か。結構な得物を持たせたの」


「そんなに結構か?」


「その武器は金属じゃろう? ゴブリンに石以外の武器を持たせてるやつなどめったにおらん」


 暇そうなシャテルが欠伸混じりにこちらにやってきた。


「ふーん、やっぱそんなもんか。あっ、とりあえず暇つぶしになるかわかんないけどこれ読んでていいぞ」


 俺は、余った漫画雑誌の束をシャテルに押しつける。


「なんじゃこれは?」


「漫画っていう、絵と文字を組み合わせた読み物。右から左に読むんだぞ」


「ふむ! なにやら愉快げな雰囲気じゃの」


 シャテルが目を輝かせて雑誌を手に取る。


「じゃあ、行くぞ。俺がそこの『耳長』に憑依するから。指示に従うように」


 俺がゴブリンの内の一体、他の個体より耳の長いそれの頭に手を置く。


「「「「「ギャア」」」」


 ゴブリンたちが、賛同を示すように短く鳴く。


 俺はダンジョンの扉を開け放ち、『耳長』に憑依した。


 ゴブリンの視点から見ると、狭いはずのダンジョンもどこぞの野球ドーム並に広大に見える。


 不気味さも三割増しだ。


「頑張るのじゃー」


 シャテルの適当な励ましが耳に届く。


 こうして俺はゴブリンの身体を借りて、ダンジョンに一歩踏み出した。


 暗闇を、前三人、後ろ三人の隊列を組んで歩く。


 砂利を踏みしめるような感触が、足に伝わる。


 チュー!


 ドブネズミを数倍に大きくしたようなモンスターが一瞬視界に入ったと思ったら、ライトの光に驚いたように逃げ出した。


 野良だからか、全てのモンスターが問答無用で襲いかかってくるという訳ではないらしい。俺たちに敵わないと思ったのだろう。


 逆にいえば、挑みかかってくるモンスターは、俺たちを殺す自信があるということだ。


 気を引き締めて進む。


 ダンジョンの曲がり角にさしかかった時は、一々小石を放り込んで、安全を確認する。さらには、道標として壁に傷を刻み込んだ。


 こもった生物の糞尿の臭いが時折鼻をつくが、不思議と俺はそれに不快感を覚えない。ゴブリンの生理的には、その不潔さは忌避の対象とはならないらしい。


 左に二回、右に三回。ダンジョンの角を曲ったその先にある行き止まり。そこで、俺たちは初めての敵に出くわした。


 そこは、藁と小石で作られたゴブリンの巣だった。


 総数は全部で十体。


 成体らしい、俺たちと同じくらいの背格好のやつが五体と、それの半分くらいの大きさのゴブリンが五体いる。


 しかし、後者の子どもの方はろくに戦闘能力はなさそうだ。


(これは、ちょうどいいな)


「ギャア!」

「ギャア!」

「ギャア!」

「ギャア!」


 五体の大人ゴブリンが、子どもを庇うように進み出て、腕を振り上げ、耳障りな声で威嚇してくる。


 不思議と叫びの意味がわかった。『なんだお前ら!』、『巣から出て行け』、『糞野郎』。そんなところだ。



「横に広がれ」


 俺は命令を下す。


 口では日本語を喋っているつもりなのだが、喉から漏れるのはもちろんゴブリンのしわがれた老人のような声だ。


 俺たちは、六匹で横一列に並んで戦闘に備える。


 俺はバーベキュー用の串を強く握り締め、敵の装備を観察した。


 その手に持っているのは、木の棒や、尖った石のかけらがせいぜいで、一番マシと思えるやつでも、半分に折れたショーソードがご自慢の装備のようだ。それも、

 もはや何の金属だかわからないほど錆びたやつである。


 次に『鑑定』で敵をザッピングする。


 ・ゴブリン・・・野良の魔物。弱い。おくびょう。

 ・ゴブリン・・・野良の魔物。弱い。まじめ。

 ・ゴブリン・・・野良の魔物。弱い。なまけもの。

 ・ゴブリン・・・野良の魔物。弱い。親分肌。

 ・ゴブリン・・・野良の魔物。弱い。お調子者。


 性格を見るに、どうやら『親分肌』がリーダーなようだ。壊れたショーソードを持っている個体である。そういえば、身体も他のゴブリンよりちょっと大きい。


「目の前のでかいやつは、俺と『ぶち』、二匹でかかる。後はそれぞれ目の前にいる奴を倒せ」


 俺はリーダーにのみ、二人がかりで相対することにし、後はそれぞれのゴブリンに戦闘を任せることにした。


 そして、戦闘が始まる。


「『ぶち』。行け」


 俺は隣の、皮膚にまだら斑点があるゴブリン――『ぶち』の背中を叩く。ぶちが包丁をかかげて突っ込んでいった。


 しばらく後ろから様子を見る。


 戦闘のデータをとらなくてはならない。


 といっても、基本的には技術もないゴブリン同士の戦いである。


 ただお互い闇雲に武器を振り上げ、敵に叩きつけるだけだ。と、なれば後はものを言うのは装備の差であることは必然。ヒットする攻撃の数はお互い同じでも、向こうの攻撃のほとんどはこちらの胴体に当たり、せいぜい紙の数枚を破る程度の力しかないのに対し、こちらの金属製の武器による刺突と斬撃は、ちょっとかすっただけでも、血が吹き出すほどのダメージを与えることができる。


 ――とはいっても例外はある。


「ギャア!」


 ぶちが焦ったように一鳴きした。


 俺がくれてやった服が破れ、漫画雑誌の束が、床にぼとりと落ちる。


 さすがに敵のリーダーは、他のゴブリンとは一味違うらしく、ぶちは押され気味になっていた。


 俺はそこでぶちの助けに入り、串を突き出す。敵は警戒するように一歩後ろに下がった。

 俺は積極的な攻勢には出ない。敵が攻撃しようとする素振りを見せたら、それに合わせるように串を突きだす形で時間を稼ぐ。


 グギャアアアアアア!


 ギャ!


 グギャ!


 そうこうしている内に、他の三体の戦闘に決着がついた。


 『お調子者』以外の三体が、身体から緑の血を流し、地面に倒れ伏す。


 ・『真の魔王』は、『魔王』が、新たに十五ルクスを所有することを認める。


 魂が相変わらずの押しつけがましいメッセージと一緒に、俺の心の深い部分に流れ込んでくるのを感じた。


「加勢しろ。こいつを殺せ」


 俺はそう言って、目の前のリーダーを顎でしゃくる。


 敵を殺した三体がこちらに駆けつけ、敵を囲む形となった。


 一気に仕掛ける。


 さすがに五対一では、敵もどうしようもなく、リーダーは身体のあちこちに傷をつくり、床に膝をついた。


 隙を見て、俺はゴブリンの目玉に串を突き刺す。ぐちゃっとした気色の悪い感触だけを手に残して、串は、敵の頭を貫通した。


 ・『真の魔王』は、『魔王』が、新たに七ルクスを所有することを認める。


 一体にしてはルクスがちょっと多い。やっぱり、これは強い個体だったのか。


「グギャア! グギャア!」


 最後まで生き残った成体のゴブリンは、『お調子者』だった。


 あまり攻撃はせず、ひたすらこちらの攻めをかわしていたのだが、敵わないとみるや、武器の石を投げだして、俺たちに平身低頭してくる。


 俺は、躊躇なくそいつの頭に串を突き刺した。


 ・『真の魔王』は、『魔王』が、新たに五ルクスを所有することを認める。


「残りも殺れ」


 仲間のゴブリンたちが、奥にいる子どもの敵ゴブリンに狙いを定める。


 敵ゴブリンは、親の真似か、それとも本能か、手近にあった小石を投げ付けてくるが、全て服に当たって無効化された。


 そして、殺戮。


「クギャアアアアア」


 悲鳴に近い鳴き声を残して、五体の子どものゴブリンが絶命する。


 ・『真の魔王』は、『魔王』が、新たに十五ルクスを所有することを認める。


 一体あたり、三ルクスか。弱い個体だったからか、今度は稼ぎが少ない。


 こうして、俺の初めての戦闘は終わった。


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