第6話 買い物と襲撃

 授業が終わるとさっさと教室から退散し、100円ショップへと向かった。2フロアあるそこそこの大きさの店だ。


 買い物かごを持って店内を徘徊する。


 まず武器。包丁を三本、後三本はバーベキュー用の串にしてみた。ショーソードとレイピアのつもりだ。


 後は防具として、適当な布の服を買う。でも大人用だし確実に丈が余るな。折り返して縫っとくか。布と布の間になんか入れれば防御力がアップするかも。


 ダンジョン探索用のヘッドライトには、『100均 ヘッドライト』でググると出てくるやつを使うことにした。帽子(キャップ)、小さめの懐中電灯、目玉クリップ、輪ゴムの四つの材料を使って自作するらしい。


 さらに持ち運び用に、小さなリュックも買った。中には、ライターとか、包帯とか、ダンジョンで使えそうなものを入れるつもりだ。


 次に食品系。缶詰(プルトップのやつ)を適当に籠に放り込む。どんなやつが需要があるかわからないから、フルーツ類にツナカン、アンチョビ。とにかく色んな種類を揃える。カップラーメンもちょっと買った。異世界人には馴染みのない商品だから、売るならはじめは実演してみせる必要があるだろう。


 後はお菓子類。異世界人でもすんなり受け入れられそうなクッキー類、ダンジョンの検索の途中で食べるとよさげな飴類、板チョコも買う。さらに、ちょっと重いけど、水も買ってみた。


 後は、異世界交易モノの定番。塩とか砂糖の調味料類も忘れない。まあ、100gとかしかなく、価格に比して量が少ないが、ダンジョンで需要があるかはわからないから、とりあえずは様子見だ。売れるとわかったら、ネットで5kgとか10kgとか、業務用のやつを買おう。


 結局、一万円に近い量を買ってしまった。袋を二重にしてもらって、二つに小分けして両手で持つ。鞄もあるし、結構重い。


 俺が買い物袋を抱え、のっそり自宅前まで歩みを進める。


「あっ、見城くんだー!」


 不吉な声がする。


 遠くからやってくる人影に、俺は舌打ちした。


 佐倉が何頭もの犬のリードを握り、ジャングルの王者的な貫禄を醸し出してこちらにやってくる。


「よお」


 俺は挨拶をしてそそくさと足を速めた。いい予感がしない。さっさと中に入ろう。


「待って! 待って! ちょっと話したいことがあるの!」


 佐倉は俺に駆け寄ってきた。


 ワン!


 キャン! キャン!


 キャン! キャン! キャン!


 佐倉に先んじた犬たちが、まるでその意思を汲むかのように瞬く間に俺を取り囲んでくる。


 おいやんのかこら。俺はこれでも魔王なんだぞ。


「なんか用か? ちょっと荷物が重いから早く中に入りたいんだけど」


 なんとなく佐倉の話しだす内容に推測はついていたものの、『急いでます』オーラで切り抜けようとする。


「そうなんだ! じゃあ、私が部屋まで荷物半分持ってあげるよ! だから、部屋みせて?」


 はっ? 何言ってんだこいつ。


「いや、遠慮しとくよ。佐倉も散歩で忙しいだろ? それって、お前の患者さんの犬なんじゃないか?」


「うん。そうだよ。確かにこれはうちの病院の子だけど、でも、大丈夫だよ! みんな大人しくていい子たちばかりだから! 粗相はしないよ!」


「いや、そういう問題じゃなくて……。あっ、そうだ。俺のマンションペット禁止だから――」


「嘘つきー。このマンションペット可でしょー? うちにもよくここの患者さんが来るから知ってるよー」


 佐倉が食い気味で反論してきた。その顔には悪戯っぽい笑みが浮かんでいる。


 ちきしょう。中途半端な高級マンションはこれだから。


「うん。ごめん。嘘つきました。……でもさ、これは佐倉を思ってのことだからな? 俺は一人暮らしなんだ。年頃の男子とそんな気軽に二人っきりになったら危ないだろ? もしものことがあったらどうする」


 自分でも言ってて吐きそうな浮いたセリフで言い訳する。誰も部屋に入れる訳にはいかないのだ。


 万が一にでも、ダンジョンへと続く大穴を発見されたら困る。


「見城くんは私になにかエロいことするの?」


 佐倉が俺にぐっと顔を近づけてきた。甘い匂いがする。


 いや、大丈夫だ。もう俺はガキじゃないんだぞ! 


 こんなことくらいで惑わされてたまるか!


「いや……もちろんしないけど、誰かに見られてるかもしれないし。変な噂が立ったら嫌だろ?」


「ははは、見城くんって結構古風なんだね。もしそうなっても私は別に気にしないけど、見城くんは、私と噂になるの……いや?」


 佐倉が上目遣いでこちらを見てきた。


 意図的か、それとも女の本能か、こっちがNOと言えない質問ばっかり放り込んできやがって。


「いやじゃない。だけど、いきなり部屋を見たいだなんて言われても、普通戸惑うだろ。まずは理由を聞かせてくれないとさ」


「うん……そうだね。でも、どうしても、今日見城くんが言ってた動物のことが気になっちゃって。何で私にそうかたくなに隠すんだろうって。色々考えたの。そしたら、わかっちゃった! 見城くんの秘密!」


 佐倉はそう言って、俺の鼻を指でちょんと小突いてきた。


 少しドキっとした。


 まさか佐倉がダンジョンのことを知っているはずがないのだが、その口ぶりが、あまりにも自信たっぷりだったから。


「秘密、といえば秘密かな。ものすごくプライベートな事情だからね」


 まあ隠していたことは丸分かりなので、『これ以上踏み込んでくんな』的な雰囲気を醸し出すことに全力を費やす。


「わかるー。すごくわかるよ。見城くんの気持ち。やっぱりダメって言われると欲しくなっちゃうよねー。うん。うん。わかるー」


 なんかものすごい勢いで共感された。


 こわい。


「佐倉が何を考えてるかしらないけど、確実に違うと思う」


「またまたー。見城くん、手を出しちゃったんでしょ? 禁断のアレに」


「アレって何?」


「もう。私に全部言わせるつもり? 仕方がないなあ――」


 そう言って、佐倉は俺の耳元に唇を近づけて囁いた。


「ワ・シ・ン・ト・ン・条・約。違反しちゃったんでしょ?」


 佐倉がウィンクしてきた。こりゃ男が逃げ出すのもわかる。


「いやしてないけど」


 ゴブリンの取引を禁止している法律なんてあったら、世も末だ。


「ほんとー? だったら、部屋を見せてくれもいいよね? 変な動物をかくまってないか確認させてよ。安心して。素直に見せてくれるなら、通報しないから。ちょっと珍獣を愛でたいだけだから! すぐ帰るから!」


「だから何もいないって」


「うー、どうしてもだめ?」


「うん。だめ。俺もさすがにここまで疑われたら気分よくないし」


「うー、じゃあ通報しちゃうよ? 警察来ちゃうよ?」


「無実だから問題ない。それに、根拠もないのに警察は動かないよ」


「それはどうかなー? 私のお家の職業的に、通報には重みがあるかもよ?」


「いいよ。それがデマだったら、佐倉のご両親の評判が下がるからあまりおすすめはできないけど」


「むむむむむ」


 佐倉は二の句を継げずに唸る。


 はい、論破。


 勝った。


 完全勝利。


「もうそろそろ腕がしびれたから、中に入っていいかな」


 俺は買い物袋の持ち手の、細いビニールで圧迫された白い指を佐倉に見せつける。


「ううううううう、こうなったら――、トイレ貸して!」


 答えに窮した末に、佐倉はそんなアホなことを言い放つ。


「ええ……。このタイミングでそれ言うとか、明らかに嘘じゃないですか。やだー」


「貸してくれなかったら! 見城くんのせいでおしっこ漏らしたってみんなに言いふらします!」


 佐倉はそう叫んで、スカートの丈をパンツが見えるギリギリまでたくし上げた。


 やばい奴だとは思ってたけどここまでマジキチだったとは。


 ただ、こういう感情だけで突っ走る奴は厄介だ。


 あることないこと言いふらされたら、俺の学校での評判がやばい。


「……トイレを貸す『だけ』ならいいよ。その代わり、他の部屋とかは一切見ないって約束してもらうけど。それでいいよな? 本当に佐倉がトイレを貸して欲しいだけならさ」


「わかった。……約束する」


 佐倉が真剣な顔で頷いた。


「じゃ、ついて来て」


「うん」


 俺はエントランスを抜け、エレベーターに乗る。犬どもが舌を出し、つぶらな瞳でこちらを見つめていた。


 俺の家――八階の角部屋までやってくる。


「悪いけど、犬は中に入れないでくれ。足を洗ってないし、床が汚れるからな」


「――ステイ!」


 佐倉が短くそれだけ言うと、犬たちがぴたりと動きを止めた。


 鍵を開け、中に入る。


「ほら、まっすぐいったすぐそこがトイレだ」


 俺は玄関に荷物を降ろし、トイレのドアを指差す。


「ふっ、ふっ、ふ。油断したね! 見城くん!」


 佐倉は丁寧に靴を脱ぎ揃えると、突如、そう言って不敵な笑みを漏らした。


「なんだよ。早くトイレ使えよ」


 まさか、強引に突破しようとでもいうのか。


 だが、佐倉は所詮女だ。男の俺との体格差をくつがえせるはずがない。


「ペットの臭いはね。中々隠しきれないものなんだよ! そして、私は鼻がきくの! 臭いを嗅げば、どんな種類の動物がいるかくらい判別できるんだから!」


 俺がそう警戒していると、佐倉は誇らしげにそんなことをまくし立て始めた。


「あっ、そう。別にいいよ。ここには人間以外の動物はいないから」


 まさか、佐倉が、クローゼットに隠され、しかも五メートルも下にある穴の先にいるゴブリンの匂いがわかるはずがない。


「ふーん。そんなこと言っていいのかな。ぷんぷん臭ってくるよー。この臭いは――魚だね! ということは、見城くんが飼ってる動物は、魚も餌にする動物。そして、その中でこの部屋の広さで飼える子といったら、ペンギンだね? ねっ、そうでしょ?」


 佐倉、それ魚やない。ティッシュや。鼻水の染み込みまくったティッシュや!


 なんて突っ込めるはずもない。これで、ますます俺の部屋に佐倉を入れる訳にはいかなくなった。


「あのなあ、お前、元々、俺がコンビニ弁当を何に食わせるかが気になってここまでつけてきたんだろ? それ忘れてないか?」


 俺は諭すように言った。


「もちろん、忘れてないよ。そこが見城くんのトリックだったんだね。ペンギンの餌代はものすごいからね。自分の分のご飯代がなくなっちゃたんでしょ?」


 あまりにも馬鹿馬鹿し過ぎて、もはや反論する気にもならない。


「はあ……トイレ使わないなら帰ってくれるか?」


「いいじゃん、見せてー。見せて―。ペンギン見たいー。見たいー!」


「どうやら、トイレは必要ないようだな」


 俺は佐倉の肩を掴んで、ドアに向かって押していく。


「あー、暴力反対―! どうしても見せてくれないなら、私も実力行使しちゃうから!」


 ピュイ!


 佐倉が短く口笛を吹いた。その瞬間――


 ガチャ。


 ドアがゆっくりと開き、大型のゴールデンレトリバーが玄関に飛び込んできた。


「マリア! ライト!」


 佐倉がキレのある声で指示を出す。


 犬じゃなくてもわかった。佐倉は通路右にある俺の部屋を狙っているのだ。


「おいっ」


 俺は舌打ちした。


 そうだ!


 こういう時こそ『憑依』があるじゃないか! あの犬畜生を操ってくれるわ!


 と悪役っぽいモノローグを心の中で叫びながら特殊能力を使う。


 一瞬で視界が変わる――と、思ったのも束の間、強烈な嘔吐感が俺を襲った。


 何とか吐きだすのを堪える。次の瞬間にはもう、普通の人間バージョンの視界に戻ってしまっていた。


(失敗した?)


 俺の『憑依』の実力が足りないのか、それとも犬の佐倉への忠誠心が強いのか。そう簡単にはいかないようだ。


 良く考えればそりゃそうか。簡単に他人のペットを乗っ取れるようなら、他の魔王の魔物を使役し放題になってしまう。――などと考えているうちに、犬は鼻先で器用にドアノブを押し下げ、ドアを開けて俺の部屋に侵入する。


「突撃ー!」


「――ちょっと待て!」


 佐倉が俺の制止の手をすりぬけて走る。


 コンマ数秒遅れで俺はそれを追った。


 佐倉と同時に俺は自分の部屋に飛び込む。


 ワンワンワン!


 犬が吠える。


 俺のクローゼットの前で。


「へえ、クローゼットで飼ってるんだ! ペンギイイイイイイイイイン!」


 佐倉がクローゼットに近づき、手をかけた。


「やめろおおおおおおお」


 グルルルルルル!


 止めようとする俺を、犬が犬歯を剥き出しにして、威嚇してきた。大型犬だけに結構怖い。


 くそっ、こんなことなら、攻撃系の特殊能力を取っておくべきだった!


「うへへへへ。御開帳おおおおおお――」


 クローゼットが音を立てて開かれる。


 バレた!


 俺は目を瞑って俯く。


「あれ? 何もいない?」


 佐倉が拍子抜けしたように言う。


「お?」


 佐倉の意外なセリフに俺は顔を上げた。


 未だクローゼットに向かって吠え続ける犬を避けながら、クローゼットに近づく。


 俺の目には、普通に大穴が空いているように見えるのだが。


 ちらっと下を見ると、シャテルがしたり顔でこちらに手を振っていた。


 どうやら、奴が気をきかせて、何か魔法を使って佐倉の目を誤魔化してくれたらしい。


 やっぱり持つべきものは友達……友サキュ? だね。


「そんな。私のマリアが間違えるなんて……シット」


 佐倉が犬の首筋を撫でると、犬は口を噤み、しゅんと首を下げた。


「だから、何もないって言ったじゃん」


 俄然強気になった俺はたしなめるようにそう言った。


「うー、じゃあ、なんでさっき『やめろおおおおおお』って叫んだの?」


「それは、佐倉に恥をかかせたくなかったからだよ。なんなら、他の部屋を探してもいいぞ」


 俺はさらっと嘘をついた。


「うううううう」


 佐倉は悔しそうに俺の家の部屋を片っ端から開けて回るが、当然、何も出てくるはずがない。


「どうだ。満足したか?」


「――ご、ごめんなさい。わ、私、見城くんにすごく失礼なことをしたよね。私、動物のことが絡むとどうもダメなの」


 しばらく歩き回っている内に冷静になったのか、佐倉が深く頭を下げてきた。


 今更謝られても困る感もあるが、俺も外からの侵入者に対して警戒が甘かった面もあるので、ある意味でいい教訓になった。


 ここで佐倉を責めても得はないから、ここは寛大な所を見せて、俺の株を上げておこう。


「……もういいよ。気にすんな」


「そういう訳にはいかないよ! 何かお詫びをしないと……」


「うんうん。何か佐倉に協力して欲しいことがあったら必ず声をかけるから。今日の所は帰りなよ。散歩もまだ残ってるだろ?」


 俺は努めて優しい声色で言った。


「うん。わかった。ありがとう。見城くんは優しいね」


 佐倉はそう言って頷いた。


 玄関まで佐倉を送る。


 彼女がマンションのエントランスを出て、その姿が消えるのを確認してから、俺は部屋に戻った。


 もちろん、鍵は二重にしっかりかける。


 思わぬところでぐったりと精神的な疲労を与えられたが、ここで休んではいられない。


 ダンジョンの先で、冒険が俺を待っているのだから。

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