第4話 ルクスの割り振り

「ふうー。久しぶりに飢えてる感じがなくなったのじゃ」


 顔をつやつやさせたシャテルが、満足げに言った。


「それは良かったな……」


 一方の俺は、シャテルの『エナジードレイン』の魔法にエネルギーを吸われて、虚脱感に襲われていた。もっとも、不愉快な感じはなく、スポーツを終えた後のような心地よい疲労感だが。


「して、ジューゴよ。商業というても、具体的に何を始めるのじゃ?」


「うーん、とりあえずは、ストレートに地球の商品を買ってきて、それを転売するかな」


 俺はちょっと考えてそう答えた。特に手に職がある訳でもない俺にできる商売といえばおのずと数は限られてくる。


「ふむふむ」


 シャテルが相槌を打つ。


「後は宿屋をやりたいが……ラスガルドの宿屋のレベルがわからないと困るな。シャテルは宿やっていうとどういうイメージがある?」


「そうじゃなあ。基本的に、『盗人や淫売や人さらいの集まる信用ならない場所』じゃろうな。まあ、冒険者の集まるダンジョンの周辺には、金を積めば魔法で贅をこらしたまともな宿屋に泊れることもないではないじゃろうが、基本的に宿屋に良い印象を持っている人間は少ないはずじゃ。まともの人間が旅行をするとなれば、知人を頼ってそこに身を寄せるのが普通じゃからの」


 割とリアルに中世ナイズされた世界のようだ。


 RPGの世界の宿屋は、金さえ払えばがっつり体力を回復させてくれる良心的な宿屋ばかりだが、現実はそんなに甘くないらしい。


「サービスはどんな感じだ? 寝具とか、食事とか、そこらへんはどうなっている?」


「そうじゃな。わらわもあまり地上の宿屋に泊った経験が豊富な訳ではないが、前の主の戯れに付き合って、人間に化け、地上を見聞した時に泊った宿屋の例でいえば、寝具は藁束にシーツをかけた簡単なベッドに、毛布の一枚がある程度じゃな。何か月も洗ってないような臭い毛布じゃった。食事は――その宿屋によってまちまちなのではないか。そもそも、大抵の店主にとって宿屋は副業じゃからの、本業の『肉屋』やら、『酒場』やら、それに準じた料理が供されるのじゃろう。我が主は金はもっておるのに、宿自体のクオリティは二の次、三の次で、とにかく、いい女がいて、酒の美味い所を優先したから、色々苦労したもんじゃ」


 シャテルは過去に思いを馳せるように目を閉じ、しみじみと呟く。


 なるほど、この世界の宿泊施設は、宿屋と言うよりは、『食事のおまけで宿泊もできるところ』と言った方が正確らしい。


 この程度のクオリティなら、素人の俺が宿を経営しても何とかなりそうだ。


「オッケー。わかった。地上でそれくらいのレベルってことは、ダンジョンの宿屋はもっとひどいと思っていいか?」


「うむ。ダンジョンにある宿屋は、地上とは趣旨が違うのじゃ。『快適に泊まる』というよりは、『安全な空間を金で確保する』といった意味合いの方が強いのではないか。まともな寝具を備えた宿屋なんぞ聞いたことがない。そもそも、『冒険者が魔王の経営する宿に泊まる』というシチュエーションが発生すること自体が稀じゃしな。つまり――」


「冒険者が魔王より強ければ、当然、魔王は冒険者に殺される。魔王が冒険者より強ければ、いちいち宿に泊めなくても殺して魂と金を奪った方が早い。例外は、お互いの戦力が拮抗している場合、だろ?」


 俺はシャテルの言葉を遮り、後を継いだ。


「そういうことじゃな。戦力が拮抗していて、まともに殺し合えば、魔王が勝つか、冒険者が勝つか分からない。そういう場合、魔王と冒険者は、お互いの損害を抑えるため、妥協することがある。魔王は冒険者一行を見逃す代わりに金品を要求する。冒険者は金品を払う代わりに、安全に身体を休められる空間を要求する。そんなところじゃ。しかし、ジューゴが目指す宿屋は、そういうものではあるまい?」


「ああ。金さえ払ってくれれば、誰でも泊める普通の宿屋をやるつもりだ」


「なら、他のダンジョンの宿屋を気にする必要はないじゃろうな」


「よし。後は、俺の特殊能力と、コスト(魂)と相談か」


 俺は情報を要求する。


 今俺の持っている特殊能力は、


 迷宮創造……『真の魔王』に魂を捧げ、望む形の迷宮を得る。


 魔物創造……『真の魔王』に魂を捧げ、望む形の魔物を得る。


 の二つだけだ。改めて調べるまでもなく、最初の説明通りである。


 次に知りたいのは、それぞれの基準値だ。


 試しに、最初から与えられていたデフォルトの部屋を思い浮かべてみる。


 迷宮部屋(材質・土 広さ・十畳 燃魂灯×4)……その迷宮の創造に『真の魔王』は100ルクスを要求する。


 まあ、こんなもんか。


 与えられているのは1000ルクスだから安くはないが、とりあえずもう一部屋は作っておこう。商品とかを保管しておくスペースが必要だし、さすがに扉を開けたらすぐ俺の部屋に繋がっているという状況は、心が休まらない。


 二つの部屋の中は、普通に扉でつなげばいいか。で、他のダンジョンと繋がっている方の扉を新しい部屋に移動してっと。


 扉(ダンジョン転移なし)・・・その創造に、『真の魔王』は五ルクスを要求する。


 扉(ダンジョン転移あり)・・・その移動に、『真の魔王』は一ルクスを要求する。


 配置換えにも少量ながらマージンは要求されるらしい。


 後、最低限、宿屋に必要なものといえば――トイレか。


 でも、トイレってどうすればいいんだ。


 俺が普段使っているような水洗トイレにするなら、常時供給される水と、排水管と、排泄物を流す下水道が必要な訳だが、そもそもこのダンジョンがどこにつながっているんだ。まあ、とりあえず、イメージして概算を要求してみるか。


 迷宮(任意構造物)・・・その創造に『真の魔王』は、二万三千五百ルクスを要求する。


 高すぎぃ! 


 まあ、ウオシュレット付きの水洗トイレなんてラスガルドには存在しないだろうしなあ。


 どうやら、無理に地球の環境を再現しようとすれば、とてつもないコストがかかってしまうらしい。


「なあ。シャテル。ダンジョンでトイレってどうしてんの?」


「落とし穴のトラップにしたり、スライムに食わせたり、冒険者への嫌がらせに使ったり。まあ、色々じゃの」


「ふーん。じゃあ、とりあえずは落とし穴でいいか。トイレの広さは、三畳もあれば十分だろ。もちろん、またこれにも扉をつけて、と」


 トラップ・落とし穴(直径50cm)・・・その創造に、『真の魔王』は五十ルクスを要求する。


 迷宮部屋(材質・土 広さ・三畳 燃魂灯×1)・・・その創造に、『真の魔王』は二十九ルクスを要求する。


 扉(ダンジョン転移なし)・・・その創造に、『真の魔王』は五ルクスを要求する。


 こんなもんか。合わせると、計百九十ルクスか。


 とりあえず、これでいこう。


 俺は心の中でそう決断すると


 『真の魔王』は、百九十ルクスの魂を受けいれた。


 心の中にまた一方的にメッセージが伝えられた。


 何の音もしなかったけど、これでダンジョンは拡張されたらしい。


「とりあえず、部屋をもう一つと、トイレ作っといたから」


 ちょっと警戒しながら扉を開けて、新しくできた部屋を確認する。どれもちゃんと想像通りにできていた。


「ふむ。そうか。これでジューゴも魔王としての第一歩を踏み出したという訳じゃな」


「まあ、あんまりかっこよくはないがな。……次は、魔物か」


 本拠地はシャテルに任せるにしろ、当然、施設の維持コストは俺が自分で稼がなくてはならない。そのためには魔物が必要だ。


 どうせなら、シャテルほど強くなくていいから、普通に会話ができるくらいの知能があるかわいいメスのモンスターがいい。


 俺はケモナーじゃないから、全身毛むくじゃらみたいなのはNG。頭からぴょこんと犬耳が出ているくらいでいいんだけど、そこんとこどうよ。『真の魔王』さん。


 ・ワーウルフ(任意構成)……その創造に、『真の魔王』は、一万千五百ルクスを要求する。


 高い! どうやら、基本的に細かく注文をつければつけるほど要求される魂の量は多くなるようだ。


 安ければケモノっ娘ハーレムが作れたのに、残念だ。


 仕方ないから諦めてもうちょっと安そうなモンスターを探してみるか。


 ファンタジーで定番の雑魚モンスターといえば、


 ・スライム(粘性異形・酸)・・・その創造に、『真の魔王』は100ルクスを要求する。


 結構高い。アスガルドのスライムは結構強いらしい。作れなくはないが、ちょっと躊躇してしまう。


 ならば――


 ・ゴブリン(人型異形・小型)・・・その創造に、『真の魔王』は、10ルクスを要求する。


 おっ。これはお手頃な感じだ。


 これにしてみよう。人型なら扱いやすそうだし。様子見で六匹くらいつくってみよう。♂が三匹に、♀が三匹でいいか。


 ・『真の魔王』は、六十ルクスを受け入れた。


 そして、目の前に出現する。六匹のゴブリン。基本的には想像する通りの仕上がりだ。俺の膝上ちょいくらいの身長の小鬼。肌の色は緑で、顔はしわくちゃで醜悪に歪んでいる。


 六匹はそれぞれ微妙に異なった外見をしていた。耳が短かったり、毛が濃かったり、睫毛が長かったり、個体差がある。


 ギャア。ギャア。ギャア。ギャア。ギャア。ギャア。


 と、そんな観察をしていたら、なんかゴブリン同士でどつき合いを始めた。あんまり頭は良さそうじゃない。


「とりあえず静かに待機」


 俺が命令するとゴブリンは鳴くのをやめた。次の指示を待つように、じっとこちらを見つめている。


 主の俺には従順らしい。


「ほう。ゴブリンか。まあ、妥当なとこじゃろう」


「それで、こいつらを使って何とか施設の維持費くらいは稼ぎたいんだけどさ。よくよく考えたら、結構むずくね? だって、他の魔王のとこに勝手に扉をつなげてそこのモンスターぶっ殺したらさ、普通にそいつらと戦争になるよな?」


 魂が貴重なものである以上、相手のモンスターを殺すのはその財布に手を突っ込むとの同じだ。


「なるの。じゃが、安心せい。今のジューゴのダンジョン分の魂を賄うくらいなら、他の魔王に喧嘩を売らずとも稼げる。廃ダンジョンで野良モンスターを狩れば良い」


 シャテルが自信満々に言い放つ。


「そんなのがあるのか」


「魔王が殺されるなどして放置されたダンジョンは、『真の魔王』が整理しない限り、そのまま残るからの。主を失ったモンスターはそういう場所に根を張るんじゃ。何を隠そう、わらわも主が殺されてからはそういう場所でモンスターを狩って糊口を凌いでおったのじゃ」


「じゃあ、シャテルはその廃ダンジョンに詳しいんだな。適当にこのゴブリンでも倒せそうなところを見繕ってくれよ」


「それは構わぬが、今から行くのか?」


「いや、今日はやめとく。色々戦略を練ってから戦いたいから。でも、一応、今日中に『扉』の接続先は決めといた方がいいだろ? 今のまま扉の接続先がランダムだっと、さっきみたいにいきなり変なモンスターが来るかもしれないし、そんな状況じゃ、シャテルも気が休まらないだろ?」


「わらわのことを気遣ってくれるとはシューゴは紳士じゃのお」


 シャテルがからかうように言った。


「まあなー」


 俺は適当に頷いた。


 本当は保身を優先しただけである。


 強いモンスターがいそうな下層に接続して、誘い受けの形でシャテルに倒してもらえば効率的に魂が稼げるのではないかとも考えたが、万が一シャテルが捌き切れないようなやつが大量に来て、ダンジョンを突破されたら、俺の命と地球が危ない。


「では、とりあえず、ダンジョン『スピラ』の二階層につないでおくがよい」


「おっけー」


 言われた通りの場所に設定する。


 ・『真の魔王』は、『扉』の新たなる接続先を受け入れる。


「残るは特殊能力じゃな。多くの魂を費やす、魔王の命運を決める重要事項故、しっかり選んだ方がよいぞ」


「おすすめは?」


「そうじゃな。ほとんど全ての魔王が修得しておるスキルは『憑依』じゃな。魔王というからには魔物を操らねば始まらんからの」


 ・憑依・・・対象の意識を乗っ取る。その成功如何は、対象の精神の強固さと魔王の『憑依』の実力に左右される。


「ふーん。確かにこれはとっておいた方がよさそうだなあ」


 俺は異世界人なのだから、ラスガルドの世界やダンジョンを見回って色々見聞を広めなくてはいけない訳だが、生身のまま歩き回るような危険は冒せない。となれば、モンスターの視点を借りた方が賢いだろう。


 もちろん、魂稼ぎの戦闘に関しても、魔物と視点を共有して実戦からフィードバックを得て、有効な作戦を立てなければいけないし。


 後はコストだが――


 ・『憑依』の習得に、『真の魔王』は四百ルクスを要求する。


 高い。だが、いくつか他のスキルを漁ってみてもどれも数百~数千ルクスはするので仕方なさそうだ。


 ・『真の魔王』は、四百ルクスを受け入れた。


 これで憑依できるのだろうか。


 試しにゴブリンの一匹に意識を集中してみる。


 急に視線の位置が低くなった。


 違和感はないし、手足も思う通りに動かせる。


「グギャア」


 「すげえ」と言おうと思ったら、赤ちゃんの鳴き声みたいな甲高い音が出た。

 元に戻るように念じる。


「おっ、戻った。結構おもしろそうだな」


 確かめるように自分の身体を撫でた。


 ちょっとわくわくしてきた。


 どんな最新の体験型ゲームでも、ここまでの五感のリアル具合は再現できないだろう。


「それは上々。魂の余裕としては、後一つ特殊能力をとれるかといったところか」


「そうだな。といっても、あんまり選択肢はないけどな」


 ざっと見たところ、特殊能力はその性質によって、コストの大きさに差異があるらしい。


 例えば、さっき習得した『憑依』など、魔王として最低限必要と思われる基礎的能力にかかるコストは低く、『相手に死をもたらす闇の魔法』とか、『全てを焼き尽くす業火』とか、強い魔法を操るような特殊能力はむちゃくちゃコストが高い。


 何となく、基本無料のソシャゲーを思い出した。入り口は広いが、全力で楽しもうと思うと金がかかるタイプだ。


 まあどちらにしろ、商業系でいくと決めた以上、魔王にありがちな戦闘力強化は後回しだ。


 とりあえず、どんな商業にも使えそうな特殊能力といえば――


 ・鑑定・・・対象の本質を見極める。その深さは『魔王』の『鑑定』の実力に左右される。


 これしかないだろう。コストも――


 ・『鑑定』の習得に、『真の魔王』は三百ルクスを要求する。

 

 なんとか、残りのルクスの範囲に収まる。これでも特殊能力の中ではかなりコストが低い方だ。


 一見魔王とは何の関係もないようだが、どうやら、『鑑定』も魔王が最低限必要としている特殊能力の範疇に含まれるらしい。


 まあ、ダンジョンに侵入してきた冒険者の情報が分からないと、魔王としては対策が立てにくいから、納得できる話である。


 ・『真の魔王』は、三百ルクスを受け入れた。


「とりあえず、『鑑定』にしたわ」


「ふむ。商売をするにしても、それはとっておくに越したことはないの」


 シャテルが納得したように頷いた。


 そんな彼女を試しに『鑑定』してみる。


 ・シャテル・・・生気を食糧とするサキュバス。かなり強い魔物。いろいろな魔法を使える。ほがらかな性格。


「小学生の作文かよ」


 予想外のしょぼさにびっくりした。それとも、シャテルが強いから、『鑑定』の効果がないのか?


 そう思って、ゴブリンを『鑑定』してみる。


 ・ゴブリン・・・ジューゴの魔物。雑食。弱い。勇敢。

 

 うん。どうやら、相手の強さは関係ないらしい。


 じゃあ、物はどうだろう。


 俺は自分のパンツを『鑑定』してみる。


 ・綿とポリエステルで編まれた下着。


 うん。それはそうだけれども。


 しょぼい。


 しかし、一応、材質を教えてくれるということは、詐欺られるのを予防することくらいには役に立つのだろうか。


 例えば、向こうが銅に金メッキをして売りつけてくるとか、そういった場合に材質の偽装を見抜くくらいならできそうだ。


「なんじゃ。不満か?」


 俺の微妙な顔を見てとったのか、シャテルがそう尋ねてきた。


「不満ってほどじゃないけど、期待したほどの情報は与えてくれないみたいだ」


 俺は小さく首を振った。


「まあ、取ったばかりの特殊能力はそんなもんじゃよ。魂で強化していけば、やがてその者の過去すらも見渡せるようになるじゃろう」


 シャテルが慰めるように言う。


 まあ、そんなものか。


 『真の魔王』も、実力が定かでない魔王に、いきなり大きな力を与えるほどギャンブラーではないらしい。それに、簡単にすごいチートを貰えるなら、ダンジョンを経営するモチベーションも薄れてしまうしな。


 まあ、銅の剣一本で外に放り出す王様よりは太っ腹だと思うことにしよう。


「そうだな……。じゃあ、今日はもう夜遅いし、これくらいにしとくわ」


 俺はそう自分を納得させ、小さく欠伸をした。


 既に合計950ルクスを消費した。今日はもうできることがない。


「そうか。では、明日からもよろしく頼むのじゃ」


 シャテルが手を差し出してくる。


「こっちの方こそ、がっちりダンジョンを守ってくれよ」


 俺はその手をしっかりと握りかえす。


 俺の一日は、こうして不審者からパートナーへと転じたサキュバスとの握手で閉じた。

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