第3話 淫魔との契約と初めての魔王

「『真の魔王』は何も教えてくれなかったのか? 前の主は、向こうが答えたくない情報でない限りは、求めれば与えられると言っておったがのお」


 魔物を一瞬でぶっ殺したシャテルが、意外そうに呟く。


「うーん」


 そう言われた俺は、早速求めてみた。


 ・扉……ダンジョンとダンジョンを繋ぐ結節点。魔王の意思により、望むダンジョンへと接続を固定することができる。固定しない場合、その接続先は無作為となる。


「こええええええ」


 どうやら、一から十まで手とり足とり教えてくれるシステムじゃないらしい。先ほど俺に囁かれた情報は、ごく一部、必要最低限の情報だったということか。


「魔王殿は異世界の人間じゃからな。ラスガルドのダンジョンの事情に疎くても仕方ないのじゃ。よしっ、男の生気が染み込んだ食糧を貰ったお礼に、わらわが色々教えてやるのじゃ」


 シャテルが人懐っこい笑顔を浮かべて言った。


 もしかしていい奴なのだろうか。


「それは助かる」


 特殊な性癖とかじゃなくてガチで俺の汗がついたティッシュを食べてたのか。ということはこいつは――。


「うむ。では、早速。まずはわらわのことについて教えてやろう。わらわの名はシャテル。かつて200階層の威容を誇り、全世界から畏れられた『不帰の洞窟』が主、『鮮血の魔女』の四天王が一人、聖者の性と生を屠る、偉大なるサキュバス――だったんじゃが、主様が勇者たちに討たれてしまっての。今は人目を避けてひっそりと生きたいと願う、ただのしがない野良サキュバスじゃ」


「へえー。でも、さっき何か『純潔のシャテル』って名乗ってたよな。それって、処女の娼婦並に矛盾してね?」


「お主がそう思うのも無理はないが、矛盾してはおらぬぞ。わらわの主様は、種族的には女のヒューマンじゃったんじゃが、その癖、極度の男嫌いの女好きでな。ご自身の身の周りにはもちろん、配下のわらわにも一切男を近づけようとしなかったんじゃ」


「ええー、何かそれめっちゃ闇が深そう」


「まあ、色々苦労されたお人じゃったからの」


 シャテルがどこか遠い目をして言った。


 過去を、懐かしんでいるのか、悼んでいるのか、あるいはその両方か。


「でも、そしたら、シャテルは何を食ってたんだ? サキュバスは男の生気を吸収しないと生きていけないんじゃないのか?」


「いや、そうではない。魔物を養う方法は二つあってな。一つは、お主の言うような、そのモンスター個別に定められた食糧を供給する方法。もう一つは、魂を消費してモンスターに直接供給する方法じゃ。わらわの主は後者の方を選んでおったという訳じゃな」


「ふーん」


 一応、確認のために知識を求めてみる。


 ・魔物はその生存に魂を必要とする。その消費量は、一年につき、その魔物を創出した時に捧げたものと同等である。ただし、魔物が外部から魂を養う手段を有する場合には、それをもって魂の代替とすることも可能である。


 だ、そうだ。


「魂と生気だったら、生気の方が集めるの簡単っぽいよな。損じゃね? 例えば、男一人捕えて飼い殺しにしてればいい訳だし。そこまで男嫌いを徹底する必要あったのか?」


「魔王というのは往々にして癖の強いものじゃよ」


「うーん。まあ、個人的にはわからなくもないけどな」


 ギャルゲーユーザーとしては、処女のサキュバスなど邪道だという声もあるだろうが、ギャップ萌え的にはちょいちょい見かけるシチュエーションだ。シャテルの主も、本来淫乱な存在であるのに処女という、屈折した設定に魅力を感じていたのだろうか。


「さあ。我のことはこれで大体わかったであろう。次はお主のことを教えるのじゃ」


「教えるって言ってもなあ。わざわざ語るほど、大したことはないぞ。見ての通り、ただの人間の男だ。名前は、見城充悟 みしろじゅうご。高等学校という教育機関に通っている。死んだ両親が資産家でな。今はその遺産で悠々自適に暮らしてる。いや、いたんだよ。ついさっきまではな」


「随分淡々としてるのお。親が死んだというのに悲しくはないのか?」


 シャテルは俺に咎めるような視線を送ってくる。魔物の癖に割とまともな倫理観でなんかウケる。


「うーんまあ、両親が死んだのはもう三年も前のことだし、そもそも二人とも仕事が忙しすぎてあんまり絡んでなかったからな。元々感情的なつながりは薄かったんだよ」


 あまりにもあっけない事故死だった。


 俺の人生的にも未曾有の大イベントだったが、ショックだったのは、親の死そのものよりも、その死が俺の物質・精神両面の生活に、何の影響も与えないという事実だった。


 それなりの大企業を経営していた両親は諸外国を飛び回っており、年一回顔を合わせるかどうかだったし、彼らの関心は俺が『社会的に』まともに育っているかどうかだけであり、そもそも、俺と両親の間に親子らしい感情的触れあいは皆無だったのだから仕方がない。


 幼い頃はむしろ、ハウスキーパーとして家に来ていてくれたジェニファー(フィリピン人)や、飯を作ってくれていた越子(中年主婦)に懐いていたように思う。


 まあ、それも小学生までのことで、中学生になった俺は、『あれ? 家事を自分でやって二人に払ってる金を俺の懐に入れた方がおいしくない?』と気が付いてしまい、両親には『なんでも人に頼ってはだめになる。自立するために、家事は自分でしたい』とか何とか適当な理由をつけて、二人を解雇してもらってしまった。一応、多めの退職金は渡したし、次の就職先も斡旋したから恨まれてないとは思うのだが。


 まあ、とにかくそんな俺だが、両親を憎んでいたかといえばそうではなく、親がいなくても別に学校生活は普通に楽しかったし、物質的にも何も不自由していなかったから、不満はなかった。むしろ、金持ちの家に産んでくれて感謝すらしていた。しかし、だからといってその事実によって両親に愛情を抱くようになるかといえば、それはまた別問題な訳で。


 つまり、俺にとって両親は『生活費を出してくれる人』でしかなく、それが死んだところで、『遺産で俺を食わしてくれる死体』にクラスチェンジするだけのことでしかなかったということだ。


 もちろん、クラスメイトとか親戚とかに親について尋ねられた際には本音をひけらかすことはないし、殊勝に悲しんでみせたりもするのだが、この異世界の魔物に地球産の演技を見せつけるつもりはさらさらなかった。


「まあ、人の人生はそれぞれじゃからな」


 俺の言葉に何かを察したように、シャテルはそんなわかったようなことを言う。


「じゃ、自己紹介はこれで終わりな。今度は俺から質問するぞ?」


「よかろう」


「このダンジョンでは、魔王同士の戦闘が推奨されないまでも、許可されている。だとすれば、弱肉強食の論理で、俺のような新しい魔王は、すでに力を持っている他の魔王の食い物にされるような気がするんだが。どうだ?」


「もっともな疑問じゃ。確かに、このままジューゴのような新米の魔王が何の手段も講じず、そのままダンジョンを繁栄させようとすれば、たちまち他の力ある魔王の餌食になるじゃろう。だから、魔王同士はそれぞれ連合を組んだり、派閥を組んだりして、お互いの身を守っておる。まあ、大抵の新米魔王は、それぞれの方針に合せて、似たような性向の他の魔王の派閥に庇護を求めるのが常道じゃな」


「まあ、そうなるよな。でも、それも結局派閥の中でも弱い者は従属関係を強いられるんだろ?」


「うむ。魂の貢納や、戦力の徴用などは避けられぬじゃろうな」


「うーん。めんどくせえな。誰かに縛られるのはあんまり好きじゃない」


「まあ、そうくさるな。わらわも落ちぶれたとはいえ、他の魔王とも知己である故、それなりに他の派閥に顔がきく。比較的、『マシ』な派閥を紹介してやることもできよう。じゃが、それにはまず、ジューゴがどのような魔王になりたいかを知らねばならぬのじゃ。ジューゴはダンジョンに何を望む?」


「かわいい女冒険者を捕まえてエッチなことしたい! それでハーレムを作りたい!」


 俺は即答した。


「うむ。そうか。わかった」


 シャテルは平坦なトーンで頷いた。


「なんだ。素っ気ない反応だな。もっと罵ってくれてもいいんだぞ。それとも心の中でめっちゃ馬鹿にしてる?」


「馬鹿にしておらぬぞ。我が主が魔王をやっていたのも同じような理由じゃしな。どちらにしろ、魔王になるくらいの人間は、みんなそれぞれ欲望を抱えておる。とにかく生き物を苦しめた上で嬲り殺したいとか、そういう魔王に比べれば、人倫に照らしてもまだかわいげがある方ではないかの」


「まあ、魔王っていうくらいだから、そういうやばいのがいてもおかしくないわな」


「そういうことじゃ。しかし、ジューゴの望む方向は、現実問題、中々の茨の道じゃぞ? わらわも主の側で見てきたから分かるが、まず、ダンジョン稼業は荒仕事、冒険者の中でも、女はどちらかといえば少数派じゃ。しかも、はっきり言って、その女の中で、見目麗しい者の比率は少ない。容姿端麗な女ならば、厳しい修行を積み、わざわざ危険なダンジョンに潜らずとも、金持ちの男に嫁ぐなり、春をひさぐなり、金を稼ぐ方法はいくらでもあるからの。加えて、仮にもし女冒険者を確保できたとて、そやつがそうそう素直に言う事を聞くはずもない故、ジューゴはさらに洗脳や服従の特殊能力を習得せねばならず――」


「アーアー聞こえないー」

 俺は耳を塞いだ。もちろん、シャテルに言われなくてもちょっと考えればそれくらいのことは分かる。しかし、そんなダンジョンあまりにも夢がない。


「加えていえば、冒険者を確保するには――」


「ああ。わかってる。殺すよりも無力化して捕まえる方が何倍も難しい。ということは、こっちの戦力は、相手の戦力を圧倒している必要がある。それが可能なのは、相当余裕のある魔王だけだ」


 魔物の軍団を作るのでも、ダンジョンを造営するのでも、殺す用と捕まえる用ではその内容が異なるはずだ。戦力を増強するために必要なのは、生き物を殺した時に手に入る魂なのだから、わざわざ殺さないためのシステムを用意するのは、かなり非効率なやり方といえるだろう。


「なんじゃ。よくわかっておるではないか。どちらにしろ、美しい女冒険者を確保したければ、とにかくたくさんの冒険者が訪れるような名のあるダンジョンの魔王となるしかない。基本的にこちらからどんな冒険者が来るのかは選べないのじゃからな」

 単純な確率論だ。


 たとえかわいい女冒険者が少なくとも、とにかくたくさんの冒険者がダンジョンを訪れれば、その内何人かは目当ての人間もいるだろう。


「結局、それってさっき言ってた派閥みたいなのに入って臥薪嘗胆するしかないってことじゃん。ヤダーめんどいー。ダンジョン大きくした頃には、年取って性欲なくなってそうだもん」


「それは言い過ぎじゃ。寝食を忘れて日夜励めば、十年で女冒険者の一人くらいは捕まえられるくらいにはなると思うぞ」


「いや、無理。十年とか無理。大体、俺には地球での生活があるの。学校にも行かなきゃならんし、二十四時間ダンジョンにかかりっきりなんてやってられるか」


「しかし、お主は先程、親の遺産で悠々自適の生活をしていると言っておったではないか、学び舎に通う必要など無いであろう? そちらはやめて、ダンジョンに集中する訳にはいかぬのか?」


「まあ、それが色々と複雑でな、確かに今、俺は親の遺産の一部をもらって生活してはいるんだが、正式に全ての遺産を相続するにはいくつか条件があるんだ。高校に通うのもその条件の内の一つだ」


 両親はそれなりの資産家だけあって、きちんと遺言を残していた。


 その内容は、親心かそれとも俺の怠惰な本質を見抜いていたのか、俺がきちんと大学を卒業して、就職し、一人前になるまでは、俺は遺産に手を出せない、というアメリカのハリウッドスターにありがちなモノだった。遺産は今、親の指定した財産管理人によって運用されており、そこから一定の生活費が俺の口座に振り込まれる仕組みになっている。


 まあ、仮に遺産を全部受け取れていたとしても、海のものとも山のものともしれない魔王とかいう職業のために、現実を犠牲にはしなかっただろう。


 俺の学校は、エスカレーター式だから、特にヤンチャせず真面目に過ごしていれば、大学にはまず行けないことはありえないし、そうすればそれなりに名のある大学だけに、高望みしなければ就職先くらいは見つかるだろう。


 それだけこなせば莫大な遺産が手に入って、後の人生を消化試合にできるのだから、こんなにおいしい話はない。


「なるほどのお」


「あー、せめて、女冒険者とは言わないけど、金を貯めてかわいい奴隷の一人くらいには買いたいもんだぜ」


「それなら先ほどの計画よりは現実的じゃな。五年もあれば十分じゃろう」


「それでも五年かよ」


「あっはっは、それが人生というものじゃよ。魔王とはいえ、裸一貫から身を起こす訳じゃから、そんな一朝一夕にはいかぬのじゃ。お主が元々、ラスガルドの有力者であるというならば話は別じゃがな」


「んー、だよなあ。くそー、どうせなら俺が異世界人であるメリットを最大限活かせる商業系でダンジョンを発展させたかったんだけどな。困ってる冒険者に色々売りつけたりしてさ」


「商業とな? ではジューゴは戦う気はないと申すか?」


「ああ。本当のことをいえば、俺はできるだけ冒険者とも他の魔王とも、敵対的な関係になりたくないんだよなあ。ダンジョンに常駐できない俺じゃあ、攻め込むにも守るにも、突発的な事態に対処できないから」


 もちろん、別の殺人が許されないとか、覚悟がどうのだの、綺麗ごとを言うつもりはないし、魂を必要とするダンジョンのシステム的に争いは避けられないのだが、現実問題、俺がダンジョンにかけられる時間は限られている。常時緊張状態を強いられるような環境はできればごめん被りたい。


「ふむ。良いではないか。やったらどうなのじゃ。商業」


「あ? だって、そんなの無理じゃん。わかって言ってんだろ。戦闘を避けるということは、戦力の強化も避けるということだ。魂がなけりゃ、ダンジョンの強化も戦力の増強もできない。そんな雑魚が商人やってたら、冒険者にとっても他の魔王にとっても、これ以上ないくらいの鴨になるだろ」


「うむうむ。普通に考えればそうじゃ。細かくいえば、ダンジョンの維持するだけでも魂が必要じゃしな」


 そうなのか。


 俺はまた知識を寄越すように心の中で要求する。


 ・『真の魔王』はダンジョンを有する魔王に、一日ごとに対価の魂を要求する。その割合は、ダンジョン創造時に捧げた魂の100分の1とする。


 つまり、一日に1%のマージンか。結構エグい気がする。


「だったら余計に無理じゃん。最初から商業で身を起こした魔王なんているのかよ」


「おらぬな。ぼったくりの宿屋や商店が設置されているダンジョンもあるにはあるが、どれも余裕のある大きなダンジョンの魔王が、あくまで副業としてこじんまりとした規模でやってるに過ぎんの。まあ、基本的に魔王にとって冒険者を助ける誘因は少ないのじゃ。相手がよっぽどの金持ちならば捕らえて身代金を要求するのも悪くなかろうが、普通はそのまま殺して魂に変えた方が得じゃから」


「答え出てんじゃん。それって、新米の魔王の俺には無理ってことだろ」


「新米だからこそじゃよ。簡単な話じゃ。冒険者とて魔物や魔王と見れば見境なく襲い掛かってくる訳ではない。魔物や魔王と戦うことにより得られるメリットとデメリットを判断して、戦うか戦わないかを決めるのじゃ。今、ジューゴは何も持たぬ名もなき魔王じゃ。つまり、冒険者にとっては、名声が得られる訳でもなく、金銭が得られる訳でもなく、倒してうま味のある敵ではない。仮に多少の商品があったとて、それを上回る損害が出ると判断すれば、冒険者も手を出してこれまい」


「いや、それは分かるけど。その『損害』って奴をどうやって準備するんだよ。どうせ、『真の魔王』から支給された初期準備分じゃ大した戦力は整えられないだろうし、貧弱な戦力じゃ冒険者に対する抑止力になんないだろうが。商売するんだったら、最低限相手と対等の戦力がないと交渉にならないし」


「ジューゴの目は節穴か。おるじゃろう。目の前にその戦力がな」


 シャテルがドヤ顔で胸を張った。その豊満な脂肪の塊が上下に揺れる。


「お前が? 俺の用心棒になってくれるとでも言うのか?」


 俺はうさんくさげにシャテルを見た。一応、助けてもらったし、シャテルがそんなに悪い奴だとは思わないが、かといって全面的に信用した訳ではない。


「そうじゃ。ジューゴもさっきわらわがサイクロプスを吹き飛ばすところをみたじゃろう? わらわは頼りになるぞ? 中堅程度の冒険者なら片手でひねれるし、ダンジョンの下層に潜るような手練れでもまず負けることはない」


「でも、お前の主の魔王って勇者に倒されたんだろ」


「うぬぬ、それを言われると苦しいの。あの戦いには、色々事情があったのじゃが、それを今お主に話したとて言い訳としかとられまい……ともかく! わらわが万能ではないにしろ、今のジューゴには不相応なほどの戦力であることは確かじゃろう?」


 シャテルは悔しそうに唇を噛みしめてから、俺を上目遣いで見てきた。


「確かにな。だからこそ、俺はお前を疑っちまうんだよ。お前がそんなに強いなら、俺の用心棒になんかならなくても、もっと力のある魔王の下で働くこともできるだろ。まさか、生気の恩でそこまでしてくれるとは言わないよな?」


「もちろん、わらわとてそこまでお人よしではないのじゃ」


「なら、なぜ俺に力を貸そうと思ったんだ?」


「ふむ。理由はそうじゃの。一言でいえば、もう戦うのに疲れたのじゃよ。冒険者は殺しても殺しても次から次へとやってきて、際限がない。しかも、魔王の名望が高まれば高まるほど、わらわの下にやってくる勇者は強くなる。結局のところ、その先に待つのは破滅じゃ。今更他の魔王の傘下に入ったとて、外様とざまとして前の主以上に酷使されることは分かりきっておる。しかし、戦う気の薄い、ジューゴの所ならば、それなりにのんびり暮らせそうじゃ」


「それに、今の俺なら、シャテルに比べて圧倒的に弱いからくみしやすいしな」


「そうなんでも人の言葉を悪しざまに解釈するものではない」


 シャテルがちょっとむっとしたように顔をしかめた。


「でも、正直ちょっとは思っただろ?」


 俺はにやりと笑う。


 別にシャテルを非難しようというつもりはなかった。むしろ、彼女の打算がわかってほっとしていた。


「まあの。わらわより強い魔王に比べれば、交渉しやすかろうと思ったことも確かじゃ」


 シャテルが悪代官のような笑みを返してくる。


 その瞬間、確かに何かが通じ合った気がした。


「いいだろう。力を貸してくれ。異世界人の俺には、ラスガルドのあれこれを教えてくれるシャテルが近くにいてくれれば何かと助かるしな。それで、その代償にシャテルは何を求める?」


 改めてそう問いなおす。


「そうじゃな。わらわが求めるのは平穏な生活じゃ。冒険者にしろ、他の魔王のモンスターにしろ、向こうから仕掛けてきた喧嘩は買ってやっても良いし、その結果得られた魂もジューゴに譲ってやろう。しかし、わらわの方から他者を殺しに行くことはないし、もしジューゴがわらわにそのような行動を強いるなら、わらわはすぐにここを出て行く。だから、卑怯なことはしてくれるなよ。例えば、わざと扉を凶悪なモンスターがいるところにつないで、わらわの仕事を増やしたりな」



 釘を刺された。


 実は、雑魚モンスターで強いモンスターを釣って、俺のダンジョンまで引っ張ってきて、シャテルに倒して貰えばおいしいかな? とかちょっと考えたのに。


「ああ。わかったよ。ダンジョンの維持費用も含め、魂は基本的には自分で稼げってことだな」


 俺は頷いた。


「うむ。そういうことじゃな。――あっ、そうじゃった。もう一つ、一番大切な条件を忘れておったのじゃ」


 シャテルが思い出したように手を打った。


「なんだ?」


 俺は首を傾げる。


「わらわの食糧もジューゴに供給してもらわないといけないのじゃ――。ま、ハーレムを目指すというのなら、これくらい簡単なことよの?」


 そう言うと、シャテルがこちらに身体を寄せてくる。


 ミルクにも似た甘い香りが鼻腔をくすぐった。


 こうして俺は、魔王になったのだった。


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