第28話 追跡者

「ヴォォフッ!!」 

 ぽつぽつと雨が当たってくる中を、大きな狼が人間二人と小さな精霊を乗せて疾走する。

 まずいな……。雨が強くなってくれば今の速度を維持するのは危険だ。ぬかるみに足をとられかねない……。

「ごめんなポンタ急がせて……」

「ポンちゃん大丈夫?」

「ヴォッフ!!」(全然平気っ!!)

 雨が本格的になる前に都市までの距離を稼いでおきたい。

 最悪、穂乃香だけでも……。


「アオ、やっこさんは?」

「ずっと追ってきてる」

「……う~ん。黒っぽいなぁ」

「漣さん…。危ないモンスターですか?」

「分からん。ただ──いや~な感じがするんだよね……」


 少し考え、取れる手段を模索する──

「…うんっ! 連盟に連絡しようっ!」

 情報が確定前に、時期尚早かもしれないが安全策をとる。

 ……やっぱホウレンソウですわっ! 面倒ごとは丸投げするんだよぉ~!! 

 まぁ、何にもなかったらそれでいいんだから。小言は言われるかもだけど……。

「穂乃香頼める?」

「分かりました。連盟に繋ぎます!」

 穂乃香が連盟に直通でつながる魔道具を使用するが────


「!? っ、漣さんっ! 魔力通信繋がりませんっ! なんでっ!? 故障!?」


「……いや────俺のも繋がらない。妨害か? まぁ、なんにしても……あんまりよろしい感じじゃあないね……」

 雨足も強くなる一方。もはや作為的なものしか感じない。

~どうも……」

 この雨雲、誰かいじってねぇか?

「漣さん……」

 不安からだろう、穂乃香の抱きつく力が強くなる。……こんな不穏な気配がプンプンの変事、初めての経験だろう。無理もない……。

 

「大丈夫だよ。心配ない。ちゃんと家に帰れる。帰ったらみんなで──」

 穂乃香を安心させられる様に、優しい言葉を選んだんだが……。

「! っ、漣さんっ! なんかそれっ、フラグ立ててるみたいですっ!?」

「!! ッハ!」

 俺のやらかしのせいなのか、雨はさらに強くなった……。おまけに奴さんの速度も上がったらしい。…………ぐぐっぐうっぜんだよっ!!


「……てへっ♪ やっちこいたっ♪」

「…………」(ゴゴゴゴゴゴ~)

 背中から強い圧を感じる……。穂乃香ちゃん……怒った? 

(ねぇアオ君。……穂乃香ちゃんどんな顔してる?)*思念

(……のーこめんと)



「なるほど……こりゃ~たしかに変だな」

 ついに正体不明の追跡者が俺の感知領域に入ってしまった。思ったより早い。

 アオが不安がる気持ちも分かる。魔力の気配がぼやけたようで掴みづらい。人間の魔力のようにも感じるけど……。これは──


「なんか皮でも被ってるみてぇだな……」

 この間、穂乃香と「ズブリの もののけ王子」見たせいかな? そんな連中いたよなぁ。

 雨もひどくなる中ポンタも頑張ってくれるが──

「ッチ! 無理……だな。追いつかれる──」

(何が出てくるか分からん。敵性個体の場合、魔術でサポートする。このまま都市まで走れるか?)*思念

「ヴォッフ!! ヴォフフ~ン♪」(余裕~♪)

「いい子だ。おやつなしは免除だな」

「! ヴォフッ♪」

 頑張ってくれているでっかいわんこを一撫ひとなで。


「穂乃香っ! 追跡者ストーカーに追いつかれる! 何があるか分からん! しっかり捕まって! 絶対に離さないように──いいね?」

「はいっ! ぎゅう~!!」

 これでもかと抱きしめてくる穂乃香に────

 はわわわっ! ドキドキしちゃうよぅ! キュンキュンするゅ~

 脳内がピンクに染まる。


(漣……。しっかりしなよ)ジト目

(あぃ……ごめんなさい。アオ君もサポートお願いね。穂乃香を頼むよ)

(うん。分かった)



 背後から大きな足音を響かせ──

 絶望がやってくる。

 ついに追跡者の正体が露わになる。

 その姿を視認した瞬間──あまりの衝撃に言葉を失う。


 身の丈三メートルに迫るであろう大男。

 死人のような青白い肌。その肌には毛の一本も確認できない。

 ギョロギョロと動く大きな目。

 乱杭歯染みた上に茶色く変色している不気味な歯。


 絶えず垂れ流される粘り気のある涎。

 化け物にしか見えないその相貌。


 そして──── 

 ばか みたいに でかい おてぃ〇てぃん……。

 凄まじいデカさを持つ凶器を右に左に振り乱しながら迫ってくるっ!

 そう やつは 全裸だった。


「ほのかぁ!!!! 絶対に振り向くな!! 命令だっ!!絶対だぞっ!! 絶対に奴を見るなぁ!!」

「っ!? はいっ!! 絶対振り向きませんっ!!」(ぎゅっ!!)

 穂乃香がさらに腕に力を込める。それでいい!

「……おえっ。キモチワルイ……」

「ヴォフ! ヴォッフ!! ヴォッフ!!!!」(一生懸命疾走中)


 なななななっなんてでかさだ……。ばっ化け物っめ!!

 おおよそまともな人間には見えない。どう考えても上位の不審者ヘンタイだ。

 追われていれる俺たちは被害者以外の何物でもない。

 そもそも、あんなおぞましいものを穂乃香の視界に入れるわけにはいかない!


 故に──

「鎖ぃっ!!」

 不審者の周辺から出現させた、無数の氷鎖ひょうさが不審者を絡めとる。

「っ!! イデェ……ウゴゲネェ」

 態勢を崩し派手に転倒する不審者ヘンタイ

 「こんなものではまだ足りぬっ!」といわんばかりに、さらに鎖で縛りあげる。

 完全に動けなくなってであろう変態不審者に── 

「雨は俺にプラスに働くんじゃいっ! クタバレっ変態がぁ!!」

 変態を縛り上げる鎖が、煌々と蒼い光を放ち始め── 


「フンっ!!」

 掛け声と共に、拳を思いっきり握りこむ。

 鎖が爆発し、凄まじい氷魔力の奔流が変態に直撃する。

 草原に誕生した ……げいじゅつてきな氷像。

 題名「穢れしもの」


「ッチ! 汚ねぇ氷像だぜ」

「……漣さん? どうなったんです?」

「あぁ……。終わったよ」

 俺は憂いを帯びた声音で穂乃香に告げる。カッコつけた。

「とんでもない相手だった────」



 ぴきっ!

 ぴきぴきぴきっ!!

「イデェ」

 ぴきぴきぴきぴきぴきっ!!





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