幕間 休日の過ごし方3


「コンコンコン」3度扉をノックする。

「は~い」

 中から聞こえてくる返事は湿気により少しこもっている。

 極度の緊張から怖気づきそうな自分に活を入れる。逃げちゃだめだ!

「穂乃香……タオルはちゃんと巻いてる?」

「は~い~巻いてますから~、入ってきて大丈夫ですよ~」

「……わかった……。それじゃあっ! 失礼します!」


 少し時間ときさかのぼろう。(カッコつけ)

 現在午後八時。時雨しぐれ、クランハウス。

 みんなで楽しく食事を終え、片付けも済ませた。

 皆が思い思いにくつろいでいた最中であった。いつものようにのんびりとした時が流れる、はず、だった……。


 穂乃香が、あの一言さえ……言わなければ。

「ゴロゴロ!! ガシャーン!!!!」(雷の音)


 俺ぁ、ポンタとアオと一緒に遊んでいたんだ。

 アオに大きくなってもらって、ポンタと一緒にのしかかって戯れていた。とても幸福だった……。むにむに~きゃっきゃっ♪


 そんなとき、席を外していた穂乃香が現れ――こう、訪ねてきた……。

「漣さん。私、お先にお風呂いただいてもいいですか?」

 穂乃香の澄んだ可憐な声。

 断る理由はない。俺はすぐさま答える。

「ん? ぜんぜんいいよ~。温まってきてね~」

「はい♪ ありがとうございます」

 ここまではいつも通りの会話だった。ここまでは……。


「それじゃあ、少ししたら来てもらえますか?」

「ん? 来てくれってどこに?」

「もちろんお風呂にです♪ 前、約束してくれたじゃないですか。私の髪、洗ってくれるって、楽しみにしてたんです♪」

「…………」

 ……?……!?

 あ゙----思い出した! 誕生日の夜のやつだ!! ほんげーーーー!!


「漣さん……。覚えて……ないんですか?」(悲しげな表情)

 あばぁ! 穂乃香の表情が曇ったものにぃ~! おまけにそんな消え入りそうな声でぇ!! 考える隙がねぇ。

「覚えてるよぉっ!! 誕生日の夜のことでしょう!? 覚えてる覚えてる! 俺の頭、洗ってくれた時のやつね!! 全然覚えてるよぉ! 任せてよ!!」

 慌てて捲し立てる。正直何を口走っているのか分からねぇ。

「! よかったです! 一瞬、焦っちゃいました! えへへ~。それじゃあ──」

「ほのかっぁ~! ちょっとまってぇ~!」

 風呂場に直行しようとする穂乃香に待ったをかけるっ!!

「タオルっ! タオルだけは!! 俺が入る前に巻いといてね!!」


「…………当り前じゃないですか~。もう、漣さんたらっ」(照れ)

「あぁっ、そ、そうだよね……。ははっ。ごめんね」

「それじゃあ少ししたら来てくださいね♪」

「…う…ん。わかったょ」



 回想終了ときはもどる

「……わかった……。それじゃあっ! 失礼します!」

「えへへ~お願いしますね~漣さん」

「……っ」


 思わず息をのむ。

 タオル越しでも──彼女の美しさがわかってしまう。

 体のラインが。水をはじく張りのある綺麗な肌が。

 金糸のような美しい髪が肌に張り付いた様のなんと妖艶なことか!!


 自分の内の獣が叫ぶ──

『なにを我慢する必要がある?』

「…っ!!」

 口の中に血が溢れる。鉄の味。深いじゃぁない。



「漣さん?」

 彼女の心配そうな声が聞こえる……。

「で、では御髪おぐしを洗わせていただきますっ。こ、こちらの洗髪料でよろしいでしょうか?」

 こちらを振り向いた彼女に悟られまいと、道化を演じる。

「クスっ。はい、お願いしますね♪」

 彼女が笑ってくれた──よかった。

 あの笑顔がみれた、なら……もう……大丈夫だ。

 大丈夫……。



「こんな感じで大丈夫? 髪、痛んだりしない?」

 なるべく優しく、慎重に──

 決して爪を立てないように指の腹で、頭皮をマッサージするように心がける。

 もみもみ。ぐにぐに。


「はい~だいじょ~ぶです~。すっごくきもち~ですぅ~。漣さんお上手ですね~。はわ~」

「ふ~。それはよかった~」

 穂乃香が喜んでくれているようで何よりだ。それにしても──

 穂乃香の髪、凄い綺麗だな……。サラサラな上に手触りが絹みたいなんだが。俺の髪と全然違う……。俺の髪はこんなにしっとりしてない。ざらざら、ギシギシだ……。俺の髪は、髪じゃないんじゃないか?? 別の何かなのでは? たわしかな?


「とりあえず、こんなもんで大丈夫かな?」

「はい~。ありがとうござます~。はぁ~。気持ちよかったです~」

「よかったよ♪ それじゃあ、流していくよ~」

 洗い残しがないように、しっかりとすすぐ。……なるべく髪以外を視界に入れないように~。


 うぉぉぉぉ!! 負けないぞぉ!! 

 あぁっ、でもうなじがっ、うつくしい……。はっ!!


「そしたら、これを髪全体に揉みこめばいいの?」

「はい。お願いします。長いから大変かもですけど……」

「大丈夫、大丈夫~。穂乃香の髪、すごく触り心地いいからご褒美みたいなもんだよ~」

「! んふ~褒め上手ですねぇ♪ ありがとうござますっ」



「よしっ。こんなもんかな?」

「はい! ありがとうございました。いつもより髪の感じ、いい気がします。それに、とっても気持ちよかったです♪」

「それはなにより。俺も穂乃香が喜んでくれて嬉しいヨ」

「むふ~♪ またお願いしますねっ♪ 私も漣さんの髪と背中、洗ってあげますから!」

 彼女が振り向いて満面の笑顔を見せてくれる。

 かぁいいなぁ。


「だけどね穂乃香……オイラには刺激が強いから、その~お手柔らかにお願いします……」

「えへへへ~」

 俺の懇願に、彼女は緩んだ笑顔で応える。

 もうっ! 穂乃香ちゃんたら!! かわいすぎっ!!



 廊下の壁に寄りかかりながら腰を下ろす。

 なにも考えられず、ただ呆然としていた。

 少しの間そうしていると──

「漣~だいじょ~ぶ?」

「くぅ~ん……?」

 ふわもこがおれの傍に寄って来てくれた。

 ポンタとアオがふわふわの顔を擦り付けてくる。

 二人の温もりがありがたい。

 徐々に思考が戻ってくる。


「大丈夫だよ……。大丈夫、大丈夫」

 二人を強く抱きしめながら言葉繰り返す──

 大丈夫だと、自身に言い聞かせるように。




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