第2話 第二の相談者

 「こんにちわ、予約したあららぎです、今日はよろしくお願いします。」


 寒さが一瞬緩んだ1月の昼下がり、70代くらいの男性が事務所に訪れた。


 「どうぞお入りください、今日は寒さも一段落ですね。」


 「そうてすね、ここしばらくの寒さは身体にこたえます。」


 私は客人を応接ソファーに案内してお茶菓子と淹れたてのモカコーヒーを出す。


 「今日は新制度の相続土地国庫帰属制度についてのご相談ということですね。」


 「そうなんです、実は手放したい土地がありましてね。」


 塔さんは不動産屋の名前が入った区画図を取り出した。


「ここが私の土地なんです。」


 それは少し繁華街からは離れた、はっきり言ってしまうとものすごいど田舎に開発された住宅街の一角である。

 グーグルアースで周辺画像を引っ張り出してみるとポツポツと一軒家は立っているが多くは空き地のままである。

 グーグルカーが入り込み撮影できている場所なので原野ということではないが、確かに不便な場所であり買い手はつかなそうだ。


 「失礼ですがこちらの不動産会社様には相談なさっているのですか?」


 私は地図に載っている不動産屋を指差して尋ねる。


 「実は若い頃にに薦められてこの土地を買ったのです、いずれ引退したら家を建ててのんびり田舎暮らししようかと思いましてね。」


 私は塔さんの言葉にあるキーワードが出てきたのだが話を遮ることなく聞き続けた。


 「今は建物は建っているのですか?」


 「いえ、何かと忙しくて実は更地のままなのです。」


 「息子が二人いましたのでどちらかに譲ろうとも思ったのですが息子たちもそれぞれ大阪と名古屋に自分の家を買いましてもうそんな土地はいらないと言うのです。」


 「なるほど、塔さんはもう住むおつもりはないのですか?」


「はい、若い頃は魅力的な田舎暮らしだったのですが今ではバスの便もなくなり、車なしでは買い物や通院すらできません。まだ75歳なのでいまは運転できますが先のことを考えると運転免許を返納した時に通院すらできなくなってしまいます、妻が持病もあり今の家からもう引っ越す気はなくなってしまったのです。」


 「なるほど、それでは売却はお考えではないのですか?」


 「実はその不動産屋に10年前から売りには出してもらっているのです、でも買い手は見つからず、草刈りなどの管理費もバカになりません。」


 「その管理はどこに頼んでいるのですか?」


 「それもその不動産屋です。」


 私は腕組みして少し考え込んだ、いろいろと思うところはあるのだが塔さんに全て話しても過去のことはどうしようもないし指摘しても始まらない、これからの最適解を探すべきだな。


 そんなことを考えていた。


 「相続土地国庫帰属制度の相談ということはもう売れなくても土地も要らない、ということなんでしょうか?」


 「はい、10年も売れなければもう買い手もつかないでしょう、管理費を毎年払うくらいならいっそ国に引き取ってもらってもいいかな、と考え始めているところです、息子たちが要らないと言ってるので私が元気なうちにカタをつけたいとも思いますし。」


 「ではいくつか選択肢を提案したいと思います。」

 私は頭に浮かんだ解決策を説明する。


 「一つ目は都会にある大手の不動産会社に相談することです、医者で言うセカンドオピニオン的な考え方です、不動産屋は会社によってそれぞれ得て不得手があるものです、場合によっては売却可能な道筋があるかもしれません。

 「二つ目はに買ってもらえるよう直接話をしてみることです。先ほどグーグルアースで確認したところ、あなたの敷地の隣には家が建ってますね、この方にとっては隣の土地が安く手に入れば自分の駐車場にしたり物置を建てたりすることができます、それこそ家族全員が車を持つのであれば100万円でも買ってもらえるかもしれません。現地の不動産屋に任せっきりにせず一度訪問なさってお隣の方とも話してみられてはいかがでしょうか。」

 「そんなものですか、そういえば長いこと現地に行ってないですね、一度行ってみることにします、それと今の家の近所の不動産屋にも相談してみます。」

 心なしか塔さんの表情に明るさが戻ったように感じる。


 「それでもダメなら三つめを検討することになりますね。」


 「そこで国に土地を引き取ってもらうことを考えるのですね。」


 「ええ、ただ一つ問題があるのです。」


 さっき明るくなった塔さんの表情が一瞬で曇る。


 「それは、この制度は文字通りに対しての制度であり、塔さん、あなたは商取引で土地を手に入れたのでこの制度は使えないのです。」


 塔さんの表情がみるみる暗くなっていく。


 「そうなんですか、国に土地を引き取ってもらうことはできないということですね。」


 「はい、塔さんの希望のように息子さんに迷惑をかけないために、という意味では使えないということになります。」


 「それでは先ほどお聞きした二つの方策を試してダメなら諦めるしかないのですね。」


 「それは少し違います、確かに塔さん自身はこの制度を使うことはできません、しかしながら将来、息子さんが相続した時、まさにその時には利用することができます。塔さんの土地は更地ですし何の問題もない土地ですから国へは基本の214000円だけで引き取ってもらえると思います。

あとは私への手続き報酬ですが現地に一度行くだけでさほど手間暇掛からなそうですから格安にしておきます、息子さんに私に連絡するように伝えておいていただければ万事うまくやりますよ。もちろん売却できたり隣の人が買ってくれればそれに越したことはありません。頑張ってください。」


 塔さんは相談料を払い明るい表情で帰っていった。


 

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